学位論文要旨



No 119121
著者(漢字) 魏,薇
著者(英字)
著者(カナ) ウェイ,ウェイ
標題(和) ファイトプラズマの免疫組織化学的手法による動態解析
標題(洋)
報告番号 119121
報告番号 甲19121
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2672号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 助教授 宇垣,正志
 静岡大学 教授 瀧川,雄一
内容要旨 要旨を表示する

ファイトプラズマは、世界中で700種以上の植物に病害を引き起こす農業生産上重要な植物病原細菌の一群で、Mollicutes綱に分類される。感染した植物は萎黄、叢生、萎縮、てんぐ巣、花の葉化・緑化などの特徴的な病徴を呈する。また、植物体内では篩部組織に局在し、篩管液を吸汁するヨコバイ等の害虫により伝搬される。ファイトプラズマは、植物と昆虫の細胞内という全く異なる環境下で生息することができるユニークな細菌であり、両宿主組織における局在・増殖・移行パターンなどその動態は非常に興味深い。しかし、人工培養が困難であることから、検出に適した特異抗体の作出、免疫組織学的手法の確立、定量法の確立など技術的な課題が多く、ファイトプラズマの宿主組織内における動態についてはほとんど知見がない。そこで本研究では、ファイトプラズマのタンパク質に対する特異抗体を作出し、それを用いて有効な検出法・免疫組織化学的解析法を確立し、nested-PCRによる高感度な検出法とリアルタイムPCRによる定量法を確立することを試みた。それをもとに、ファイトプラズマの植物・昆虫両宿主における感染・増殖・移行の過程を明らかにすることを目的として行った。

抗ファイトプラズマタンパク質抗体の作出およびその比較解析

抗IDP抗体

ファイトプラズマは細胞壁を持たず細胞膜表面に膜タンパク質が露出していると考えられ、菌体を特異的かつ高感度に検出するためには、膜タンパク質に対する抗体を用いることが有効である。immunodominant membrane protein(IDP)はファイトプラズマの主要な膜タンパク質であり、タマネギ萎黄病(OY)ファイトプラズマ強毒株(OY-W)のゲノムDNAより単離したIDP遺伝子をもとに抗IDP抗体が作出されている(Kakizawa et al., in press)。そこで、数種ファイトプラズマに対する本抗体の有効性をウェスタンブロット解析により検討した。その結果、「AY 16S-group」に属するOY-Wおよびセリ萎黄病(WDY)、レタス萎黄病(LeY)、クワ萎縮病(MD)、アジサイ葉化病(JHP)の各ファイトプラズマに感染した植物より抽出した全タンパク試料のそれぞれより、OYファイトプラズマIDPの分子量に一致する健全植物からの試料には認められないバンドが検出された。しかし、「WX 16S-group」に属するアズキ萎黄病(AdY)、リンドウてんぐ巣病(GWB)の各ファイトプラズマに感染した植物からは検出されなかった。次いで、免疫組織化学的手法により感染植物の組織切片におけるファイトプラズマの組織内所在の観察を試みた。その結果、「AY 16S-group」ファイトプラズマの感染植物では篩部特異的に強いシグナルが認められたが、「WX 16S-group」ファイトプラズマの感染植物ではシグナルが認められなかった。以上より、抗IDP抗体は、「AY 16S-group」ファイトプラズマの検出に有効であることが明らかになった。またこれにより、ファイトプラズマの免疫組織化学的検出法が初めて確立された。

抗SecA抗体

Sec分泌系は真正細菌に普遍的に存在する膜輸送系であり、分泌タンパク質を菌体細胞質から細胞膜外へと輸送するシステムである。そこでOY-WのSec分泌系の構成因子(SecA, Y, E)のひとつ、SecAタンパク質に対する抗体(Kakizawa et al., 2001)を用いて、AY, WX, EY, RYDの各16S-groupに属する8種のファイトプラズマの感染植物に対し、この抗体を用いてウェスタンブロット解析を行った。その結果、すべてのファイトプラズマ感染植物試料において、OY-WのSecAタンパク質の分子量に相当する95.7 kDa付近にバンドが観察された。また、感染植物の組織切片におけるファイトプラズマの組織内所在を観察した結果、すべてのファイトプラズマ感染植物篩部において特異的にシグナルが認められた。以上より、抗SecA抗体は異なる16S-groupのファイトプラズマに反応することが明らかになり、ファイトプラズマに共通した抗体である可能性が示唆された。

抗P17抗体

植物病原細菌のプラスミドには、病原性、抗生物質耐性、表現形質等に関与する重要な遺伝子をコードするものが多く知られている。OY-W、その弱毒株(OY-M)、および昆虫伝搬能喪失株(OY-NIM)のそれぞれに存在するプラスミドの遺伝子構造の比較解析により、OY-NIMのプラスミドにはOY-WおよびOY-Mのプラスミドにコードされる機能未知の膜タンパク質遺伝子(p17)が欠失しており、このタンパク質の昆虫伝搬能との関連が示唆されているが(Nishigawa et al., 2003)、その発現については調べられていない。そこで、このp17遺伝子をクローニングし、コードされるタンパク質(P17)を大腸菌で発現させたのち、P17精製タンパク質を用いて抗P17抗体を作出した。この抗体を用いてウェスタンブロット解析を行ったが、OY-W、-M、-NIM感染植物より特異的なタンパク質バンドは検出されなかった。そこで、同じ植物を材料に免疫組織化学的解析を行った結果、OY-W、-M感染植物篩部で特異的シグナルが観察されたが、OY-NIM感染シュンギクでは認められなかった。また、OY-Wを保毒する媒介昆虫(ヒメフタテンヨコバイ)について免疫組織化学的解析を行ったところ、抗IDP抗体および抗SecA抗体を用いた場合と異なり、植物と昆虫におけるシグナル強度が異なり、昆虫においてより強いシグナルを呈した。このことは、植物を用いたウェスタンブロット解析においてP17タンパク質が検出されなかったことと合わせ、P17タンパク質が昆虫体内においてより発現量が高いことが示唆された。

宿主植物における動態解析

宿主植物におけるファイトプラズマの動態はこれまで知られていない。そこで、高感度検出法であるnested-PCRによりファイトプラズマの植物体内の移行を追跡し、リアルタイムPCRによりファイトプラズマの増殖速度を測定し、本研究で確立した免疫組織化学的手法により、各組織におけるファイトプラズマの分布を観察した。これらの結果をもとにファイトプラズマの植物における動態を解析した。すなわち、16S rRNA遺伝子を増幅するnested-PCRにより、接種1日後には接種葉に加えて茎頂と主茎全体にOY-Wの移行が認められた。2日後には根と最上位葉に検出された。1週間後より順次新たな最上位葉が展開を始めたが、これらの葉では常にOY-Wが検出された。そして2週間後以降上位葉から下位葉に向けて順にOY-Wが移行し、3週間後にはすべての葉より検出された。以上から、OY-Wが植物体全体に展開するのは接種3週間後であることが明らかになった。また、翻訳伸長因子EF-Tuをコードするtuf遺伝子を増幅するリアルタイムPCRにより、接種葉においても根においても、接種後2〜4週間のあいだ、1週間あたり約6倍ずつOY-Wは増殖することが明らかになった。さらに、感染植物の茎と根について切片を作製し、抗IDP抗体を用いてファイトプラズマの所在を観察した結果、接種1週間後までは検出されず、2週間後に一部の篩部にシグナルが観察され、3週間後以降には篩部全体に観察された。以上から、OY-Wは接種後短時間のうちに接種葉から主茎まで移行し、接種1日後に茎頂を含む主茎全体に、2日後には最上位葉および根に、その後は最上位葉から下位葉へと篩管を通じて移行することが明らかになった。リアルタイムPCRによるファイトプラズマの定量的解析はこれが初めてである。

媒介昆虫における3次元動態解析

ヒメフタテンヨコバイにおけるOYファイトプラズマの経時的局在変化を、nested-PCR、リアルタイムPCR、免疫組織化学的手法により解析した。Nested-PCRにより、OY-W、-Mの獲得吸汁1日後では腹部、4〜6日後では胸部、10〜14日後では頭部でファイトプラズマが検出された。以上より、吸汁により虫体内に取り込まれたファイトプラズマは腹部、胸部、頭部という順番で移行・増殖することが明らかとなった。一方、OY-NIMは、獲得吸汁直後nested-PCRを用いても検出されなかったことから、(1)虫体内増殖量が検出限度以下であるか、(2)植物篩管から口針を通じた取り込みが出来ないか、(3)吸汁直後に口針あるいは消化器官内で速やかに分解されるか、のいずれかの可能性が考えられた。リアルタイムPCRにより昆虫体内におけるファイトプラズマを定量した結果、1週間あたり約9〜11倍の割合で増殖することが明らかとなった。また、抗IDP抗体を用いた免疫組織化学的手法により得られた画像をもとに虫体の3次元立体構造を再構築し、虫体内におけるファイトプラズマの3次元動態を解析した。その結果、OY-Wは、獲得吸汁14日後には腸の一部、20日後には腸の大部分、体腔と唾腺の一部、27日後には唾腺の大部分、34日後では唾腺全体、41日後には脳の一部で検出された。媒介昆虫体内におけるファイトプラズマの増殖速度の解明および動態の可視化はこれが初めてである。

結論

以上を要するに、抗SecA抗体は異なる16S-groupのファイトプラズマに対して広く反応し、全てのファイトプラズマの検出に有効である可能性が示唆された。OY-W由来の抗IDP抗体は、AY 16S-groupのファイトプラズマに特異的な抗体であることが明らかになった。また、OY-Wおよび-Mのプラスミドにコードされ、OY-NIMのプラスミドで欠失しているp17遺伝子は、昆虫体内で特異的に発現量が増加することから、このタンパク質が昆虫伝搬能に関与している可能性が示唆された。また、nested-PCR、本研究で確立したリアルタイムPCRおよび免疫組織化学的手法により、ファイトプラズマの宿主における動態解析を行った結果、OY-Wはシュンギクにおいては「接種葉⇒主茎⇒最上位葉・根⇒下位葉」、媒介昆虫においては「口針⇒腹部(腸管)⇒体腔⇒胸部(唾腺)⇒頭部(脳)」というパターンで移行・増殖することが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

ファイトプラズマは主にヨコバイにより伝搬され、数百種の植物に萎縮・黄化・叢生などの病気を引き起こす農業上重要な植物病原細菌である。植物と昆虫の細胞内という全く異なる環境下で生息し、両宿主におけるファイトプラズマの局在・増殖・移行パターンなどその動態は非常に興味深い。そこで本研究では、ファイトプラズマのタンパク質に対する特異抗体を作出し、それを用いてファイトプラズマの有効な検出法および免疫組織化学的解析法と real-time PCR による定量法を確立し、同時に nested-PCR による高感度な検出法を駆使して、ファイトプラズマの植物・昆虫両宿主における感染・増殖・移行の過程を解析した。

抗ファイトプラズマタンパク質抗体の作出およびその比較解析

抗IDP抗体

タマネギ萎黄病(OY)ファイトプラズマ強毒株(OY-W)の immunodominant membrane protein (IDP) に対する抗体 (Kakizawa et al., in press) を用いて、本抗体の有効性をウェスタンブロット解析及び免疫組織化学的解析により検討した結果、抗 IDP 抗体は「AY 16S-group」ファイトプラズマの検出に有効であることが明らかになった。

抗SecA抗体

OY-WのSecAタンパク質に対する抗体 (Kakizawa et al., 2001) を用いて、ウェスタンブロット解析及び免疫組織化学的解析を行った結果、AY, WX, EY, RYDの各16S-groupに属する8種のファイトプラズマに反応することが明らかになり、ファイトプラズマに共通した抗体である可能性が示唆された。

抗P17抗体

OY-W、弱毒株 (OY-M) 及び昆虫伝搬能喪失株 (OY-NIM) のプラスミド構造解析より、OY-NIMにはP17タンパク質が欠失することが分かった (Nishigawa et al., 2003)。P17タンパク質に対し、抗P17抗体を作出した。この抗体を用いてウェスタンブロット解析を行ったが、OY-W、-M、-NIM感染植物よりバンドは検出されなかった。そこで、免疫組織化学的解析を行った結果、OY-W、-M感染植物でシグナルが観察されたが、OY-NIM感染植物では認められなかった。また、OY-W保毒昆虫(ヒメフタテンヨコバイ)について免疫組織化学的解析を行ったところ、植物体内よりも昆虫体内においてより強いシグナルが得られ、P17 タンパク質は昆虫伝搬能に関与している可能性が示唆された。

宿主植物における動態解析

nested-PCR により、接種1日後には接種葉に加えて茎頂と主茎全体に、2日後には根と最上位葉に検出された。1週間後新たな最上位葉が展開を始めたが、これらの葉では常にOY-Wが検出された。そして2週間後上位葉から下位葉に向けて順にOY-Wが移行し、3週間後にはすべての葉より検出された。また、real-time PCR により、OY-Wは接種葉と根において、接種後2〜4週間では1週間あたり約6倍 増殖することが明らかになった。さらに、感染植物の茎と根の横断切片に対する免疫組織化学的解析を行った結果、2週間後に一部の篩部にシグナルが観察され、3週間後以降には篩部全体に観察された。OY-Wはシュンギクにおいては「接種葉〓主茎〓最上位葉・根〓下位葉」というパターンで移行・増殖することが明らかになった。

媒介昆虫における三次元動態解析

ヒメフタテンヨコバイにおけるOYの経時的局在変化を解析した。nested-PCR により、OY-W、-Mの獲得吸汁1日後では腹部、4〜6日後では胸部、10〜14日後では頭部でファイトプラズマが検出され、OY-NIMは、獲得吸汁直後 nested-PCR を用いても検出されなかった。real-time PCR により、昆虫体内におけるファイトプラズマは1週間あたり約9〜11倍の割合で増殖することが明らかとなった。また、免疫組織化学的手法により得られた画像から3次元画像を構築し、虫体内におけるファイトプラズマの動態を解析した。OY-W, OY-Mは媒介昆虫においては「口針〓腹部(腸管)〓体腔〓胸部(唾腺)〓頭部(脳)」というパターンで移行・増殖することが明らかになった。

これらの成果は学術上・応用上の価値もきわめて高く、特に免疫組織化学的手法によるファイトプラズマの可視化は病原性や昆虫伝搬能などの解明及び、その防除の面においても今後非常に役立つ知見であり、高く評価される。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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