学位論文要旨



No 119122
著者(漢字)
著者(英字) Ledesma,Nadine Adellia
著者(カナ) レデスマ,ネイディン アデリア
標題(和) イチゴ主要2品種の生殖生長に対する高温ストレスの影響に関する比較研究
標題(洋) A comparative study on the effects of high temperature stress on the reproductive growth in two main strawberry cultivars
報告番号 119122
報告番号 甲19122
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2673号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 助教授 山岸,順子
 東京大学 助教授 高野,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

イチゴは北半球で最も人気のある果実のひとつである。イチゴ植物体の生長や果実の発育に好適な温度は10〜26℃で,夏にあまり温度が上昇せず,冬季温暖な地域が栽培の適地とされる。このため,イチゴの生産は冬と春に集中し,夏から初秋にかけての生産量はごく僅かである。イチゴは熱帯および亜熱帯でも生産されているが,温帯での生産に比べると,ずっと小規模である。また,イチゴは花成に低温を必要とするので,熱帯や亜熱帯での栽培は,冬に夜温が15℃以下にまで低下する標高の高い地域で行われている。このようにイチゴの生育適温はごく狭く,温度の変化に対しても敏感な反応を示す。特に生殖生長期は,多くの植物同様,温度に対して敏感な反応を示す時期であると考えられている。しかし,イチゴの生殖生長に対して高温がどのような影響を及ぼしているのかに関して,詳細な研究は行なわれていない。これまで,イチゴでは,耐病性,耐虫性,花成,果実品質,収量などの改良を目標として育種が行われてきた。一方,乾燥,塩ストレス,霜害,高温ストレスなどの非生物的なストレスについては,近年やっと関心がもたれるようになったに過ぎない。生物は不良環境下にある程度耐えることのできる能力をもっており,その能力には品種間差があることが明らかにされている。しかし,イチゴの高温ストレスに対する品種間差についての研究はほとんどない。本研究では,高温地域でのイチゴ生産を実現するために,高温ストレスに対してイチゴの生殖生長がどのような反応を示すのか,また,その反応の程度に品種間差が見られるのか,否かを明らかにしようとした。

イチゴの生殖生長に及ぼす高温の影響

イチゴの結実と果実の生長に及ぼす昼・夜温の影響をわが国の主要品種である‘とよのか'と‘女峰'について調べた。第一花房出現期に両品種を30/25℃と23/18℃の自然光ガラス室内に移し,第一花房の収穫終了時まで栽培した。両品種とも30/25℃の高温区では,花房数,花数,果実数は23/18℃の低温区よりも減少した。30/25℃で両品種を比較すると,花房数,花数,果実数はいずれも,‘とよのか'に比べ,‘女峰'の方が多かった。‘女峰'の結実率は30/25℃と23/18℃とで差が認められなかったが,‘とよのか'は23/18℃に比べ,30/25℃の結実率が低かった。開花から果実成熟までに要する日数は,両品種とも23/18℃よりも30/25℃の方が少なく,この日数に品種間差は認められなかった。第1,第2,第3果の果実重は両品種ともに23/18℃の方が大きくなった。30/25℃で栽培した場合,第2,第3果の果実重は‘とよのか'よりも‘女峰'の方が大きかった。果実直径は,両品種とも23/18℃に比べ,30/25℃の方が小さかった。品種間で比較すると,30/25℃における第3果のみは‘女峰'の方が大きかった。果実の発育に伴う相対生長速度の変化を見ると,両品種とも,栽培温度に関わらず,2つのピークを示した。2つのピークの出現時期はともに,23/18℃に比べ,30/25℃の方が早かった。第2,第3果における痩果数は23/18℃に比べ,30/25℃の方が少なかったが,品種間差は見られなかった。高温下では両品種とも花粉発芽率が低下したが,特に‘とよのか'の低下率が大きかった。以上の結果から,高温が結実,果実生長に及ぼす影響の程度には品種間差があることが明らかになった。また,高温ストレス耐性のイチゴ品種を育成する際に,結実率や果実生長を指標として用いることができると思われた。

高温ストレスが正常花粉率,花粉発芽,花粉管伸長に及ぼす影響

花粉が正常に発芽し,受精が起こらないと,結実が不良となり,奇形果が発生する。しかし,高温ストレスがイチゴの花粉の発達に及ぼす影響については十分検討されていない。そこで,高温ストレスが正常花粉率,発芽率,花粉管伸長に及ぼす影響を明らかにするため,第一花房出現時に‘女峰'と‘とよのか'を23/18℃,30/25℃に調節した自然光ファイトトロンに移し,開花時にそれぞれの植物体から花粉を採取した。アセトカーミンによって赤く染色される花粉を正常花粉とみなした。また,花粉を人工培地上に撒き,23℃と30℃で発芽させ,花粉発芽率と花粉管の伸長を調べた。‘女峰'の正常花粉率は23/18℃で78〜86%,30/25℃では74〜76%で,高温下でやや低下した。これに対して,‘とよのか'の正常花粉率は23/18℃で70〜80%,30/25℃で30〜55%で,高温下で大きく低下した。人工培地上での発芽率は両品種とも23/18℃に比べ,30/25℃で有意に低下した。しかし,30/25℃での発芽率は‘女峰'が29〜35%,‘とよのか'が18〜24%で,‘とよのか'の方が低下の程度が大きかった。発芽温度の比較では,両品種とも23℃の方が30℃よりも発芽率が高かった。花粉管は,両品種とも発芽温度に関わらず,30/25℃に比べ,23/18℃の方が長くなった。しかし,30/25℃では‘女峰'の方が‘とよのか'よりも花粉管が長くなった。蛍光顕微鏡による観察の結果,‘女峰'では大部分の花粉が柱頭上で発芽し,花粉管が花柱を伸長し,一部は胚珠に到達していることが分かった。‘とよのか'では,23/18℃では柱頭上での花粉の発芽,花粉管の胚珠への到達が認められたが,30/25℃では花粉発芽,花粉管の伸長は抑制された。これらの結果は,正常花粉率,花粉発芽率,花粉管の伸長に及ぼす温度の影響には品種間差があり,このため高温下での結実率に品種間差が現れたことを示唆している。また,高温下でも正常花粉率,発芽率が高く,花粉管の伸長もよい品種を選択することが高温条件下でのイチゴ栽培に必要と思われた。

高温が葉と花におけるタンパク発現に及ぼす影響

‘女峰',‘とよのか'を4時間,20,33,42℃の温度条件下に置いた後,葉と花におけるタンパクの発現を2次元電気泳動と免疫ブロットによって分析した。両品種の葉,花ともに,多くのタンパクのスポットで発色程度の減少が見られたが,熱ショック処理によっていくつかの新しいスポットが出現した。これらの熱ショックタンパクの分子量は,葉では19〜29kDa ,花では16〜26kDa であった。花における16〜26KDa の熱ショックタンパクの発現強度は‘女峰'の方が強かった。また,‘女峰'の花では,16〜26KDa の範囲に‘とよのか'には見られない熱ショックタンパクのスポットが一つ出現した。43KDa の熱ショックタンパクのスポットは‘女峰'の花では発現強度が熱ショックによって強まったが,‘とよのか'では差がみられなかった。葉でも,熱ショックタンパクの発現には品種間差が認められ,‘女峰'でのみ発現が認められるスポットと‘とよのか'でのみ発現が認められるスポットがあった。また,熱ショックによって発現強度の強まるスポットには品種間で差が認められるものがあった。peaHsp 17.7を用いた免疫ブロットの結果,両品種とも,葉では26kDaのバンドが1本,花では16 kDa と17 kDa のバンドが検出された。葉における26kDaのバンドは‘とよのか'の方が‘女峰'よりも明瞭であったが,花における16 kDa と17 kDa のバンドは‘女峰'の方が明瞭であった。これらの結果から,熱ショックが熱ショックタンパクの発現に及ぼす影響は品種により,また器官によって異なっていることが明らかとなった。また,高温下での結実率の低下が大きかった‘とよのか'は花における熱ショックタンパクの発現量が‘女峰'に比べて少ないことから,高温ストレスに対する感受性と熱ショックタンパクの発現との間に関連があることが示唆された。

熱ショックタンパクのアミノ酸配列

‘女峰'を42℃の条件に4時間置いた後,2次元電気泳動によって検出された熱ショックタンパクのうちの一つをとって,N末端のアミノ酸配列を調べた。その結果,N末端から9番目までのアミノ酸配列はNH2 - MARDGDSNGであることが明らかになった。

以上要するに,本研究の結果,高温ストレスは正常花粉率,花粉発芽率,花粉管伸長に影響を及ぼすこと,また,高温ストレスの影響の程度には品種間差があり,高温ストレスの結果,正常花粉率,発芽率,伸長速度が大きく低下する品種では結実率も低下し,奇形果の発生が多くなることが明らかとなった。さらに,高温ストレスの影響を受けやすい品種では熱ショックタンパクの生成が低いことから,熱ショックタンパクの生殖生長への関与が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

イチゴは冷涼な気候を好む植物であり,生長や果実の発育に好適な温度は10〜26℃と狭い。このため,イチゴの生産は冬から春にかけて行われ,夏から初秋にかけての生産量はごく僅かである。他の作物では生殖生長期が特に温度に対して敏感な時期であることが明らかにされているが,イチゴの生殖生長に対して高温がどのような影響を及ぼしているのかについての研究は極めて少ない。本研究は,高温期,高温地域でのイチゴ生産を実現するために,高温ストレスに対してイチゴの生殖生長がどのような反応を示すのか,また,その反応の程度に品種間差が見られるのか,否かを明らかにしようとしたものである。得られた結果は次の通りである。

まず,イチゴの結実と果実の生長に及ぼす昼・夜温の影響をわが国の主要品種である‘とよのか'と‘女峰'について調べた。第一花房出現期に両品種を30/25℃と23/18℃の自然光ガラス室内に移し,第一花房の収穫終了時まで栽培したところ,両品種とも30/25℃の高温区では,花房数,花数,果実数が減少した。30/25℃で両品種を比較すると,花房数,花数,果実数は‘とよのか'に比べ,‘女峰'の方が多かった。‘女峰'の結実率は両温度区で差が認められなかったが,‘とよのか'は30/25℃の結実率が低かった。高温下では両品種とも花粉発芽率が低下したが,特に‘とよのか'の低下率が大きかった。以上の結果から,高温が結実,果実生長に及ぼす影響の程度には品種間差があることが明らかになった。

花粉が正常に発芽し,受精が起こらないと,結実が不良となり,奇形果が発生するが,高温ストレスがイチゴの花粉の発達に及ぼす影響については十分検討されていない。そこで,第一花房出現時に‘女峰'と‘とよのか'を23/18℃,30/25℃に調節した自然光ファイトトロンに移し,開花時にそれぞれの植物体から花粉を採取し,アセトカーミン染色によって正常花粉率を測定した。また,花粉を人工培地上に撒き,23℃と30℃で発芽させ,花粉発芽率と花粉管の伸長を調べた。‘女峰'の正常花粉率は高温下でわずかに低下しただけであったが,‘とよのか'の正常花粉率は大きく低下した。人工培地上での発芽率は両品種とも30/25℃で有意に低下したが,生育温度が高くなった場合,‘女峰'の方が‘とよのか'よりも低下の程度が小さかった。発芽温度の比較では,両品種とも23℃の方が30℃よりも発芽率が高かった。30/25℃で栽培した場合,‘女峰'の方が‘とよのか'よりも花粉管が長くなった。蛍光顕微鏡による観察の結果,‘女峰'では大部分の花粉が柱頭上で発芽し,花粉管が花柱を伸長し,一部は胚珠に到達していることが分かった。‘とよのか'では,23/18℃では柱頭上での花粉の発芽,花粉管の胚珠への到達が認められたが,30/25℃では花粉発芽,花粉管の伸長は抑制された。これらの結果は,正常花粉率,花粉発芽率,花粉管の伸長に及ぼす温度の影響には品種間差があり,このため高温下での結実率にも品種間差が現れたことを示唆した。

果実生長に及ぼす高温の影響を花におけるタンパク発現との関連で明らかにしようとした。‘女峰',‘とよのか'を4時間,20,33,42℃の温度条件下に置いた後,葉と花におけるタンパクの発現を2次元電気泳動と免疫ブロットによって分析した。両品種の葉,花ともに,多くのタンパクのスポットで発色程度の減少が見られたが,熱ショック処理によっていくつかの新しいスポットが出現した。これらの熱ショックタンパクの分子量は,葉では19〜29kDa ,花では16〜26kDa であった。花における16〜26kDa の熱ショックタンパクの発現強度は‘女峰'の方が強かった。また,‘女峰'の花では,16〜26kDa の範囲に‘とよのか'には見られない熱ショックタンパクのスポットが一つ出現した。43kDa の熱ショックタンパクのスポットは‘女峰'の花では発現強度が熱ショックによって強まったが,‘とよのか'では差がみられなかった。葉でも,熱ショックタンパクの発現には品種間差が認められた。また,熱ショックによって発現強度の強まるスポットには品種間で差が認められるものがあった。peaHsp 17.7を用いた免疫ブロットの結果,両品種とも,葉では26kDaのバンドが1本,花では16 kDa と17 kDa のバンドが検出された。葉における26kDaのバンドは‘とよのか'の方が‘女峰'よりも明瞭であったが,花における16 kDa と17 kDa のバンドは‘女峰'の方が明瞭であった。高温下での結実率の低下が大きかった‘とよのか'は花における熱ショックタンパクの発現量が‘女峰'に比べて少ないことから,高温ストレスに対する感受性と熱ショックタンパクの発現との間に関連があることが示唆された。なお,‘女峰'の熱ショックタンパクの一つについて,N末端のアミノ酸配列を調べた結果,N末端から9番目までのアミノ酸配列はNH2-MARDGDSNGであることが明らかにした。

以上要するに,本研究は,高温ストレスが正常花粉率,花粉発芽率,花粉管伸長に影響を及ぼすこと,また,高温ストレスの影響の程度には品種間差があること,また高温ストレスの影響を受けやすい品種では熱ショックタンパクの生成が低いことを明らかにし,熱ショックタンパクの生殖生長への関与を示唆した研究で,学術上,応用上の価値が認められた。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)を授与されるに相応しいと認めた。

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