学位論文要旨



No 119123
著者(漢字) 寺内,かえで
著者(英字)
著者(カナ) テラウチ,カエデ
標題(和) 大豆アスパラギン酸プロテイナーゼの同定および植物生理学的機能の解析
標題(洋)
報告番号 119123
報告番号 甲19123
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2674号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 助教授 反町,洋之
内容要旨 要旨を表示する

アスパラギン酸プロテイナーゼ(AP)(EC3.4.23)は動物、微生物、ウイルス、植物において広く存在する酵素である。植物APは酵素学的には2つのアスパラギン酸残基を活性部位とし、至適pHを酸性域にもち、ペプスタチンにより活性阻害されるなど、すべてのAPに共通な性質を有しているが、一次構造的には約100アミノ酸残基からなる植物特異的挿入配列(PSI)を有する特徴がある。現在までに大麦のphytepsin、コメのoryzasin、チョウセンアザミの一種であるカルドンのcardosin、シロイヌナズナのAPなど多数の植物APがクローニングされ、しかも単一植物には複数のAPが存在することが報告されている。植物APの多くは種子において見いだされたことから、APの機能については種子生理学的な研究が行なわれてきた。しかし詳細な解析は少なく、phytepsinやoryzasinなどについて貯蔵タンパク質のプロセシングを行なうことがin vitroで示されたのみである。一方、種子以外のAPの機能として、cardosinAは花粉認識への関与、トマトAPは傷害応答、ユリ科やアブラナ科のAPは植物体の老化への関与などが報告されている。このように、植物に存在する複数のAPがどのような機能を持つのか、そして、それらの機能が特異的なのかなどはよくわかっていない。

大豆は栄養学的に優良な植物性タンパク資源であると同時に、食品学的にも興味ある化学的・物理的特性を持つことから、古くから食品素材として活用されてきた。しかし、種子中での大豆タンパク質の貯蔵、分解などの制御に関わることが予想されるAPについては、分子生物学的な研究が全くなされていない。本研究は大豆APのクローニングおよび発現解析を行ない、大豆APの植物生理学的機能を解明することを目的とした。

大豆アスパラギン酸プロテイナーゼの同定

植物APでアミノ酸配列の高度に存されている部分について、当研究室で同定されたコメのAPであるoryzasin1の塩基配列からプライマーを作成し、RT-PCR、3'-RACEおよび5'-RACEにより2種類の大豆APのクローン(soyAP1、soyAP2)を単離した。soyAP1は514アミノ酸残基、soyAP2は508アミノ酸残基からなり、いずれも植物特有のPSI配列を有していた。soyAP1はsoyAP2と55%のアミノ酸同一性を有し、ササゲAPとは87%のアミノ酸同一性を示した。 soyAP2はウツボカズラAPsやトマトAPなどに最も近く63%〜65%のアミノ酸同一性を示した。近年、整備されたESTデータベースを検索したところ、大豆にはsoyAP1およびsoyAP2を含め、合計5種類のAPが存在することが示唆された。

大豆アスパラギン酸プロテイナーゼの発現解析

組織レベルでの発現解析

大豆APの発現する時期および部位をノーザン解析によりしらべた。soyAP1は登熟後期の種子や完熟種子で強い発現が観察されたが、様々な発育段階の葉、茎、根、花では発現がほとんど認められなかった。一方、soyAP2は播種から5日目、10日目、2週目、3週目の植物体の子葉、葉、根および茎、花などの組織において発現したが、soyAP1の発現する完熟種子では発現が認められなかった。これらの結果から、soyAP1とsoyAP2は発現する組織や時期が全く異なることが判明した。

発芽過程は種子内の生理環境が最も大きく変化することから、特に発芽の初期過程を詳細に検討した。soyAP1は吸水後8時間まで高い発現レベルを示し、以降急速に低下した。一方、soyAP2は吸水後8時間まではほとんど発現していないが、24時間以降に急激に発現量が増した。このようにsoyAP1とsoyAP2は発芽種子においても対照的な発現パターンを示した。

細胞レベルでの発現解析

種子におけるsoyAP1とsoyAP2の発現パターンが大きく異なることから、2つのAPの種子における発現に着目した。細胞レベルでの知見を得るため、室温で48時間吸水させた種子の組織(胚軸、根の先端)(図1)において、soyAP1とsoyAP2の発現をin situハイブリダイゼーション(ISH)により解析した。

胚軸における発現

胚軸において、soyAP1は中心柱と皮層の間の特定の細胞に強く発現していた(図2A)。soyAP1のこの発現部位を特定するために、胚軸の篩部で発現するacyl CoA oxidase (ACOX)を用いてISHを行なった。その結果、soyAP1はACOXの発現細胞群の中に含まれることから、胚軸の篩部で発現していると判断した。さらに篩部内の発現細胞を特定するため、内皮特異的マーカーである転写因子SCRを使用したところ、soyAP1発現細胞はSCR発現細胞の、2層から数層内側に位置していた(図2B)。しかも、発現細胞の形が篩管に特徴的な五角形の形態をしていることから、soyAP1発現細胞は篩管細胞であると特定した。一方、soyAP2は特定の細胞ではなく、中心柱と皮層の境界付近の何層かの細胞群に発現していた(図2C)。

根の先端における発現

soyAP1が篩管細胞に特異的に発現していることから、次に篩管・導管を含む維管束におけるsoyAP1の発現を解析した。特に、維管束の成熟過程に伴うsoyAP1の発現変化を観察した。根の維管束系は、一般に先端部は未成熟であり、先端から離れるに従って成熟する。未成熟な部分では篩管、導管は中空ではなく、成熟してはじめて中空となる。本研究では導管、篩管細胞ともにまだ中空となっていない部位(根の先端からの距離が1600μmまで)を用いてsoyAP1とsoyAP2についてISHを行なった。

維管束系が形成された初期段階(根の先端から380μm)では既に篩管細胞にsoyAP1の発現が認められた。やや上部においては、篩管細胞以外の細胞も含めた篩部全体でのシグナルが強くなった。さらに先端からの距離が離れるにつれ、篩部でのシグナルは狭い範囲へと収束し、1600μmでは篩管細胞でのみシグナルが観察されるようになった。一方、導管における発現は、篩管細胞での発現が認められた部位(380μm)より少し上部(600μm)から観察されはじめた。篩部とは異なり導管を含む木部ではさらに上部になっても発現強度の変化は認められなかったが、さらに上部(1600μm)の導管では未成熟であるにもかかわらずsoyAP1のシグナルは観察されなかった。このように、soyAP1は未成熟な篩管と導管のいずれにおいても発現し、しかも維管束の成熟段階に伴って大きく発現様式を変えていくことが判明した。一方、soyAP2は、根の先端からの距離が変わっても、胚軸同様、中心柱と皮層の境界部分の幅広い細胞群に発現した。

soyAP1およびsoyAP2の細胞内局在の解析

soyAP1およびsoyAP2の細胞内局在をしらべるため、蛍光タンパク質GFPをレポーターとして、シロイヌナズナの根由来の培養細胞に一過的に発現させた。液胞に輸送されることが知られている、カボチャの2SアルブミンのC末端液胞シグナルを対照とした。soyAP1またはsoyAP2遺伝子は、対照と同様に、いずれもGFP蛍光が液胞に蓄積しているのが観察され、大豆の細胞内では両者ともに液胞に輸送される可能性が強く示唆された。soyAP1およびsoyAP2のC末端には大麦レクチンの液胞シグナル(VFAEAIA)と類似した配列(soyAP1:508VGFADAA514、soyAP2:502VGFAEAV508)が存在する。両者の液胞輸送が、これらのシグナル配列によるかについては今後検討する必要がある。また、phytepsinにおいて、PSIを欠失させることによって液胞に輸送されず分泌されるとの報告があるが、soyAP1およびsoyAP2においてもPSIが液胞への局在化に関与するかは興味深い。

総括

本研究では大豆から、soyAP1およびsoyAP2を単離し、それぞれ異なった生理機能を有している可能性を示した。soyAP1は未成熟な篩管と導管に発現しており、成熟過程におけるこれらの細胞の自己分解に関与することが示唆された。Phytepsinにおいても維管束の成熟化への関与が示されていたが、本研究は、導管および篩管の成熟化機能を担うAPが植物に共通して存在することを明らかにし、植物APの1つの機能として“プログラムされた細胞死の一形態”を提唱するものである。soyAP2は根、茎、花、葉など液胞が発達している組織で強い発現がみられること、また、実際に液胞に輸送されることから、液胞に存在するさまざまなタンパク質を分解する機能を有すると考えられた。

今後、soyAP1およびsoyAP2タンパク質の酵素学的な諸性質の解析を行ない、各々のターゲット分子の特定を行なうことにより、植物APの生理機能についての理解がさらに深まるであろう。またsoyAP1については、未成熟な篩管細胞や導管からタンパク質を単離し、soyAP1の基質となるタンパク質を特定することにより、篩管細胞や導管の成熟化のプロセスにおける役割の解明が期待される。

発芽大豆種子

胚軸におけるsoyAP1およびsoyAP2の発現

Terauchi, K., Asakura, T., Nishizawa, N. K., Matsumoto, I., Abe, K:. Characterization of the genes for two soybean aspartic proteinases and analysis of their different tissue-dependent expression. Planta (in press)
審査要旨 要旨を表示する

アスパラギン酸プロテイナーゼ(AP)(EC3.4.23)は動物、微生物、ウイルス、植物において広く存在する酵素である。植物のAPは2つのアスパラギン酸残基を活性部位とし、至適pHを酸性域にもち、ペプスタチンにより活性阻害されるなど、すべてのAPに共通な性質を有しているが、一次構造的には約100アミノ酸残基からなる植物特異的挿入配列(PSI)を有する特徴がある。

本論文は食糧として重要なタンパク資源である大豆を対象とし、大豆APを同定し、少なくとも5種類あることを明らかにした。ついで、5種類のAPについて組織レベルでの発現解析を行ない、特徴ある2つのAP(soyAP1、soyAP2)について細胞レベルおよび細胞内オルガネラレベルでの発現解析を行ない、soyAP1とsoyAP2の植物生理学的機能を推定したものである。

まず序論では、APの特徴、植物APの構造、発現、生理機能について概説し、本論文の研究意義と目的を示した。

第1章では、網羅的な大豆APの同定を試み、コメのAP、oryzasin1の塩基配列からプライマーを作成し、RT-PCR、3'-RACEおよび5'-RACEにより2種類の大豆APのクローン(soyAP1、soyAP2)の全長を単離した。また、ESTデータベースを検索し、大豆にはsoyAP1およびsoyAP2を含め、合計5種類のAPが存在することを明らかにした。また、大豆完熟種子の粗精製画分にAP活性が存在することを確認した。

第2章では、組織レベル、細胞レベル、細胞内オルガネラレベルでの発現解析を行なった。組織レベルの解析では5種類の大豆APについてノーザン解析を行ない、互いに異なる組織で発現するAP、同じような発現様式を示すAPの両方が存在することを明らかにした。特に、soyAP1とsoyAP2は発現組織の比較においても互いに相補的であり、発芽過程における発芽種子での発現量変化においても対照的であることを見い出した。細胞レベルでの解析においては、soyAP1とsoyAP2の発現をin situハイブリダイゼーションにより調べた。発芽種子(室温吸水、48時間)の胚軸においては、soyAP1は特定の細胞に強く発現しているのに対し、soyAP2は不特定な様々な細胞に発現していることを示した。次いで、胚軸に発現する分子マーカーを用いて、soyAP1が発現している部位が篩部であることを特定し、さらに、内皮特異的なマーカーを用いることにより、soyAP1発現細胞の発現位置を明確にし、発現細胞の形状を考慮して、soyAP1は篩管細胞に発現していることを特定した。発芽種子の根の先端部においては、根の先端からの距離と対応させて解析を行ない、soyAP1が未成熟な篩管細胞と導管で発現していることを明らかにした。また、根の先端からの距離の違いによりsoyAP1の発現様式は大きく変化することを明らかにした。さらに、播種1週目の根の先端においてもsoyAP1は未成熟な維管束に発現していることを示し、発芽の初期過程(4℃吸水、48時間)における子葉部分においてもsoyAP1は維管束に発達する細胞に発現していることを明らかにした。細胞内オルガネラレベルでの解析では、蛍光タンパク質GFPをレポーターとして、シロイヌナズナの根由来の培養細胞に一過的に発現させ、soyAP1およびsoyAP2いずれも液胞においてGFP蛍光が観察されることを明らかにし、両者が液胞タンパク質であることを示唆した。

以上の結果から、soyAP1およびsoyAP2の生理機能について推定した。すなわち、soyAP1は未成熟な篩管細胞および導管に発現することから、これらの細胞の自己分解による成熟化に関与していることを示唆した。オオムギのAPについても同様な報告があることを考慮し、複数存在するAPのうち、篩管細胞および導管の成熟化という共通の機能を有するものが存在することを示唆し、APは植物におけるプログラムされた細胞死の一形態に関与していることを提案した。また、soyAP2については、分解型液胞が発達している組織で発現していること、液胞タンパク質であることが示唆されることから、液胞に存在する様々なタンパク質を分解処理しているものと推定した。

本論文は、大豆APを同定し、それらのAPの発現解析を行なうことにより、2つの大豆APの生理機能について推定し、特に1つについては植物AP共通の機能を提案したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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