学位論文要旨



No 119127
著者(漢字) 樽谷,芳明
著者(英字)
著者(カナ) タルタニ,ヨシアキ
標題(和) ストレス応答に関与する植物固有の受容体様キナーゼの解析
標題(洋)
報告番号 119127
報告番号 甲19127
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2678号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 助教授 藤原,徹
 東京大学 助教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

細胞外の受容体様領域、膜貫通領域、細胞内のキナーゼ領域から成る受容体様キナーゼ(RLK)は、植物固有の受容体であり、細胞外のリガンドによる刺激に伴いキナーゼ領域が活性化され、細胞内標的タンパク質をリン酸化することで細胞外からの情報を細胞内へと伝達すると考えられている。このようなRLKはシロイヌナズナのゲノム上に約600種存在しているが、その機能およびリガンドが判明しているものは、CLV1, BRI1, BAK1, FLS2などごく僅かなものに限られる。

シロイヌナズナ変異株のスクリーニングの過程で得られた変異株902 (rlk902) では、このようなRLKの一つであるRLK902にT-DNAが挿入されていた。ノーザン解析からrlk902ではRLK902が発現していないことが判明したが、通常の生育下ではrlk902は野生型と比較して明瞭な形質の違いを示さなかったことから、RLK902と相補的な働きをするRLKの存在が示唆された。相補的な働きをするRLKの候補として、BLAST検索の結果RLK902と最も高い相同性を示したRKL1に着目した。本研究では、RLK902, RKL1の発現解析、下流で機能するタンパク質のスクリーニングを行い、これらのRLKが介する情報伝達経路を追求することを目的とした。

各破壊株、各種形質転換体を用いたRLK902, RKL1の機能解析

rlk902が通常の生育条件下で明瞭な表現型を示さなかったように、rkl1破壊株も通常の生育条件下では明瞭な表現型を示さなかった。そこで、rlk902/rkl1二重破壊株を作製したが、通常の生育条件下では、rlk902, rkl1と同様、明瞭な表現型を示さなかった。このことから、RLK902とRKL1は互いに相補的な機能を有してはいないか、あるいはさらに別の相補的な情報伝達経路が存在しているものと考えられた。

次に、β-エストラジオール誘導性プロモーター制御下でRLK902 cDNAを発現させ、誘導の有無による形質の違いを観察した。2μMβ-エストラジオール添加によりRLK902 cDNAの発現増加は認められたものの、明瞭な形質の違いは認められなかった。また、ドミナントネガティブな効果を期待してRLK902の受容体様領域のみをCaMV35Sプロモーター下で発現させたが、形質の変化は認められなかった。以上の結果から、RLK902が介する情報は、RLK902のみによって制御されているのではなく、複数の因子によって制御されている可能性が示唆された。

RLK902, RKL1の発現解析

高い相同性にもかかわらず、RLK902とRKL1が相補的な機能が観察されない原因を究明するため、これらのRLKの発現の時間的、空間的な重複性を検討した。通常の生育状況においてRLK902, RKL1がどの部位で発現しているかを検討するため、花序・ロゼット葉・花茎・根の各部位からRNAを抽出し、ノーザン解析を行った。その結果、RLK902, RKL1共に花序で強い発現を示し、花茎やロゼット葉では弱く、根では中程度の発現量を示した。より詳細に発現部位を解析するため、RLK902, RKL1プロモーター制御下でGUSレポーター遺伝子を発現させ、GUS活性を指標に両遺伝子の発現部位を調べた。プロモーターとして、RLK902は開始コドンの上流2000 bpの領域を、RKL1は開始コドンの上流2548 bpの領域をそれぞれPCRにより増幅し用いた。RLK902プロモーター-GUS形質転換株では、根において先端や側根原基で強いGUS活性が認められ、維管束においてもGUS活性が認められた。地上部では、托葉・花器官離層形成領域でGUS活性が認められ、ロゼット葉・花茎ではGUS活性が認められなかった。このように根では細胞分裂が盛んな場所に局在して発現しているのに対して、地上部では細胞死や老化等を連想させる部分で発現しており、本遺伝子機能の複雑さが示された。一方、RKL1プロモーター-GUS形質転換株では、根において、維管束でGUS活性が認められたが、先端ではGUS活性は認められなかった。地上部では、葉の排水構造・トライコーム、花糸の先端、葯・がくの孔辺細胞、花器官離層形成領域でGUS活性が認められ、水分排出との関連性が考えられた。また、以上のように、RLK902とRKL1は基本的な発現場所が異なるために生物学的には重複する機能を持っていないが、生化学的な機能の相同性については、さらに検討する必要があると考えられた。

細胞内での局在性を調べるため、RLK902のC末端にGFPを融合させ、上記のRLK902プロモーター制御下で発現させた。根におけるRLK902 : GFP蛍光は、RLK902プロモーター-GUSと同様、根の先端や側根原基の細胞表面で観察された。また、維管束の前形成層・内鞘といった組織でも蛍光が認められた。根を0.8 Mのマンニトールで処理し原形質分離を起こさせると、蛍光は細胞壁から分離した細胞膜に認められたことから、RLK902は細胞膜上に存在することが示された。

RLK902プロモーター-GUS発現株の解析時に、植物体の切断部位の近傍でGUS活性が認められた。そこで、RLK902, RKL1の傷害応答性をプロモーター-GUS形質転換株を用い検討した。RLK902プロモーター-GUS形質転換株では、傷害を与えた部位の周辺部で、花茎・葉柄・葉の主脈では処理直後から、ロゼット葉では処理後3時間後以降からGUS活性が認められた。RKL1プロモーター-GUS形質転換株でも、花茎・葉柄の切断部位の近傍の孔辺細胞でGUS活性が認められ、いずれのRLKも傷害応答への関与が示唆された。

RLK902, RKL1が介する情報伝達経路の解明

RLKは、細胞内標的タンパク質をリン酸化することにより情報伝達を行う。そこで、まず、RLK902, RKL1のキナーゼ領域がリン酸化能を有するかどうかを検討した。RLK902, RKL1のキナーゼ領域を glutathione S-transferase との融合タンパク質(以下それぞれGST-902KD, GST-1KDと記す)として大腸菌で発現させ、各融合タンパク質をアフィニティー精製し、32P-ATPを用いて自己リン酸化能の有無を調べたところ、GST-902KD, GST-1KD共にリン酸化能を有することが判明した。

次に、RLK902, RKL1の細胞内標的タンパク質の同定を目指し、両RLKのキナーゼ領域を用いた yeast two-hybrid 法によるシロイヌナズナcDNAライブラリーのスクリーニングを行った。His 要求性、α-Gal 活性を指標にしたところ、RLK902, RKL1両者に共通して相互作用するクローンとしてY-1〜Y-4の4種類のクローンが取得された。Y-1は615アミノ酸から成る機能未知のタンパク質を、Y-2は234アミノ酸から成る Ser rich region、核局在シグナルを持つタンパク質を、Y-3は211アミノ酸から成る核局在シグナルを持つタンパク質を、Y-4は242アミノ酸から成る機能未知のタンパク質をそれぞれコードしていた。これらのクローンは、RLKの一つであるBRI1のキナーゼ領域とは相互作用を示さないことから、これらはRLKファミリーに非特異的に結合するのではなく、RLK902及びRKL1に対して選択的に結合するものと考えられた。

Y-1, 2, 3の発現部位、花茎・ロゼット葉での傷害応答をRT-PCRにより検討した。Y-1は、花茎・ロゼット葉で発現しており、花序での発現は弱く、根での発現はほとんど認められなかった。傷害により、花茎・ロゼット葉のどちらにおいても、処理後30分以内に発現量が増加し、1時間後ではその発現量が維持され、3時間後以降で元の発現量に戻る傾向が認められた。Y-2は、花茎・ロゼット葉・根で発現しており、花序での発現は低かった。傷害により、花茎・ロゼット葉のどちらにおいても、処理後30分以内に発現量が増加し、1時間後ではその発現量が維持され、3時間後以降で元の発現量に戻る傾向が認められた。Y-3は、花序・花茎・ロゼット葉で発現しており、根での発現は低かった。傷害により、花茎・ロゼット葉のどちらにおいても、処理後30分以内に発現量が減少しはじめ、1時間後でその発現量が最も低くなり、6時間後以降で元の発現量に戻る傾向が認められた。以上のように、傷害処理後30分でY-1, Y-2は発現量の増加、Y-3は発現量の減少が認められたことから、これらのクローンは傷害応答時の情報伝達に関与していることが示唆された。なお、Y-4に関しては、現在調査中である。

まとめ

本研究により、相同性が高い二つのRLK、RLK902とRKL1は、基本的な発現部位の空間的違いから生物学的には重複する機能を持っていないが、yeast two-hybrid 法によるスクリーニングにより、両RLKのキナーゼ領域に共通して相互作用する4種類のクローンが取得されたことから、生化学的には相同的な機能を持っている可能性が示された。また、取得された3種類のクローンの発現量が、傷害処理後30分以内に増加あるいは減少すること、RLK902, RKL1プロモーターが傷害を与えた部位の近傍で活性化されることから、これらの遺伝子が傷害応答に関与している可能性が示唆された。これらの結果に基づき、傷害処理後の各クローンのタンパク質レベルでの挙動を追究することで、RLK902, RKL1が介する情報伝達経路の一端が解明されると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

細胞外の受容体様領域、膜貫通領域、細胞内のキナーゼ領域から成る受容体様キナーゼ(RLK)は、植物固有の受容体であり、細胞外のリガンドによる刺激に伴いキナーゼ領域が活性化され、細胞内標的タンパク質をリン酸化することで細胞外からの情報を細胞内へ伝達すると考えられている。シロイヌナズナのゲノム上には約600種類のRLKが存在しているが、その機能及びリガンドが判明しているものは、ごく僅かなものに限られる。本博士論文研究では、このようなRLKのなかで、高い相同性を示すRLK902とRKL1がどのような情報伝達に関与しているかを多面的に検討した。

第1章では、変異体を用いたRLK902, RKL1の機能解析を試みている。T-DNA挿入変異体rlk902やrkl1は、通常の生育条件下で明瞭な変異形質を示さなかったが、rlk902/rkl1二重変異体も通常の生育条件下では変異形質を示さなかった。また、誘導性プロモーター制御下でRLK902 cDNAを発現するシロイヌナズナ形質転換体も、誘導条件下での発現誘導は認められたものの、変異形質は認められなかった。このことから、RLKには相補的に働く他のRLKが存在する可能性や、その情報伝達経路には、相補的な経路が別に存在している可能性が示唆され、変異体を用いた遺伝学的手法によるRLKの機能解析は困難であると考えられた。

第2章では、プロモーター-GUS形質転換体を作製し、それぞれの遺伝子の組織特異的発現や各種ストレス処理による発現応答を検討している。RLK902は根において先端や側根原基で強いGUS活性が認められ、維管束においてもGUS活性が認められた。地上部では、托葉・花器官離層形成領域でGUS活性が認められた。このように根では細胞分裂が盛んな場所に局在して発現しているのに対して、地上部では細胞死や老化等を連想させる部分で発現しており、本遺伝子機能の複雑さが示された。一方、RKL1は根において維管束でGUS活性が認められたが、先端ではGUS活性は認められなかった。地上部では、葉の排水構造・トライコーム、花糸の先端、葯・がく・花茎の孔辺細胞、花器官離層形成領域でGUS活性が認められた。以上の結果から、RLK902とRKL1は基本的な発現場所が異なるために生物学的には重複する機能を持っていないことが判明した。また、プロモーター領域にW-boxが存在することから両RLKのサリチル酸や病原菌感染への応答性が期待されたが、RT-PCRによる解析からサリチル酸処理や病原菌感染により両RLKの発現が一過的に減少することが判明し、これらのストレス応答に関与している可能性は低くなった。

第3章では、RLK902、RKL1のキナーゼ領域を用いたyeast two-hybrid法によるスクリーニングを行い、相互作用因子を取得している。それぞれのスクリーニングで取得されたクローンのうちの4種類(Y-1、2、3、4)が両RLKで取得されたことから、両RLKが生化学的には相同な機能を有する可能性が示唆された。in vitroでの実験結果から、今回取得されたクローンは標的タンパク質ではないと考えられたが、両RLKのリン酸化能の調節に働く可能性が示唆された。また、Y-1、2、3についてサリチル酸や病原菌感染への応答性を解析し、これらのストレスによりY-1, 2の発現が一過的に増加することが、Y-3の発現は一過的に減少することが判明した。

以上、本論文は受容体様キナーゼRLK902およびRKL1の発現と機能についての研究を行い、発現の組織特異性の解明し、キナーゼ領域との相互作用因子を取得しており、両RLKが介する情報伝達経路の解明に向けて、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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