学位論文要旨



No 119128
著者(漢字) 朴,昇玹
著者(英字)
著者(カナ) パク,スンヒョン
標題(和) アズキ黄化胚軸のジベレリン結合タンパク質に関する研究
標題(洋)
報告番号 119128
報告番号 甲19128
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2679号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

植物ホルモンの一つであるジベレリン (GA) は、茎部の伸長促進や発芽促進・性の分化など、植物の様々な生理現象に関わっている。GA のシグナル伝達機構に関しては、ここ数年で急速に新しい知見が蓄積され、受容体以外の主要な伝達因子が多くの植物種で明らかにされてきている。一方、エチレンやサイトカイニン、ブラシノステロイドなど他の植物ホルモンでは受容体遺伝子が単離され、それに関する報告が続く状況下、GA の受容体の特定に結びつく情報は全く報告されていない。所属する研究室では黄化アズキ (Vigna angularis) 地上部より活性型 GA に高い親和性を示す可溶性タンパク質 (GBP) が検出され、GA 結合活性に関して詳細な性状解析を行った結果、(i) アズキ上胚軸切片に対する伸長促進効果の高い GA には高い親和性を示すこと、(ii) 特に活性型 GA である GA4 に対して高い親和性(解離定数〜10-10M)を示すこと、また、(iii) アズキ上胚軸切片に対する GA の伸長促進効果は10-10M 付近から有意に確認することが可能であり、その生理的濃度と解離定数が合致すること、さらに、(iv) 結合に関する可逆性や飽和性なども認められたことから、受容体として機能するための必要条件は備えているとの判断に立って単離に向けた検討が継続されてきた。

この研究の過程で、GA 結合活性の検出効率や精製効率の向上が図られてきたが、本活性が2-オキソグルタル酸 (2-OG) の共存下で増幅されることや金属イオンの影響を受けて変動することが確認された。特に、2価の金属イオンが GBP の GA 結合活性に大きな影響を与える点では、活性型 GA を不活化する代謝変換酵素で2-OG要求性ジオキシゲナーゼに分類される GA 2-oxidase (GA2ox) との類似性が認められた。

そこで、本研究においては精製手法の改良を検討し、GBP の単離にむけた更なる精製を進めると共に、アズキ GBP 活性画分中に GA2ox が含まれる可能性、さらには、アズキ GBP と GA2ox との異同について検討を加えることを目的とした。

アズキ GBP の部分精製と活性画分中のペプチドの部分アミノ酸配列解析

結合活性測定に用いる3H-16, 17-dihydroGA4の比放射活性と結合量に基づいて GBP 含有量を推定した。これにより、活性本体のN末端アミノ酸配列分析には約130kgの抽出材料(黄化芽生え)に由来する活性画分が必要と考えられた。そこで、その1/10〜1/20量を用いて回収率や諸性質を検討すると共に、並行して活性画分の集積を行った。

上述の量的な検討結果から、精製段階の数をさらに減ずる必要があること、即ち各段階あたりの精製効率を可能な限り高めることが要求されると判断し、GBP に関する精製法の改良を行った。こうして新たに構築された精製法を用いて精製を行った結果、GBP はそれぞれの画分中に主に存在するタンパク質の保持時間に重なって溶出されることが判明し、活性成分がこの精製段階では単一成分ではなく、幾つかの分子種が混在するのではないかと考えられた。GBP の多様なバリエーションに対する説明としては、GA 結合能を持つタンパク質自体にバリエーションがある可能性、単一の GA 結合タンパク質に対し強い相互作用を持つ他の分子が存在し、その分子にバリエーションがある可能性などが考えられた。いずれにしても画分中に認められるバンドのいずれかが GBP 本体あるいは、それと相互作用するタンパク質に該当すると考え、最終精製画分中に認められるバンドの網羅的な N 末端アミノ酸配列分析を行った。その結果、Germin-like proteinやputative lipaseに相同性のあるタンパク質などの部分配列情報が得られた。

一方、少しでも活性の検出感度が増大すれば、精製を有利に進められると考え、GBP の GA 結合活性に与える各種添加剤の影響について検討を行った。Co2+イオンや2-OGの添加により GA 結合活性強度が大きく影響を受けることから、GA2ox の酵素活性が2-OGや2価金属イオンの影響を強く受けるという事実とよく似た点が多いことが判明した。

VaGA2ox 遺伝子の単離と活性型リコンビナントタンパク質の調製

常法に従い、既知情報をもとに縮重プライマーを合成し、アズキ胚軸由来の cDNA を用いて PCR 反応を行い増幅断片を得た。5'-及び3'-RACE を行い、最終的に5種の GA2ox 相同遺伝子 (VaGA2oxA1、A2、B1、B2、B3) の全長配列情報を得た。相同検索の結果、いずれも他の植物で報告されている GA2ox 遺伝子と高い相同性を有していた。ノーザン解析を行ったところ、黄化アズキ地上部では5種のうち VaGA2oxA1、A2が主に発現していることが判明した。

続いて、各々のクローンについて大腸菌発現系を用いて可溶性のリコンビナントタンパク質を調製し、3H-16, 17-dihydroGA4を基質として酵素活性の有無を調べたところ、いずれのクローンについても明瞭な酵素活性が確認された。そこで、反応条件を酵素活性検定条件から GBP の GA 結合活性検定条件に変えて GA 結合活性を測定したところ、いずれのクローンのリコンビナントタンパク質も3H-16, 17-dihydroGA4との特異的結合活性を有することが示された。なお、クローン間で検出される GA 結合活性には明瞭な差が認められた。しかし、GBP検出系においてGA2oxはGBPとしての性状を示すと考えてもさしつかえない結果であった。

これにより、アズキ胚軸中に含まれるGBP活性本体として、これらVaGA2oxのいずれかが含まれる可能性が浮上したため、VaGA2oxの性状とアズキGBPの性状を比較検討した。まず、GBP について酵素活性検出系を用いて検討したところ、微弱ながらGBP活性画分を用いた場合においても同様の代謝変換反応が認められた。そこで、VaGA2ox及びアズキGBPを対象として酵素活性ならびにGA結合活性に対する比較検討を行った。その結果、Co2+イオンがGA結合活性を増大させる代わりに酵素活性を阻害すること、逆にFe2+イオンがGA結合活性を阻害し酵素活性を増大させることや、3H-16, 17-dihydroGA4の水酸化反応に対する阻害の強さからGA4 > GA3 = GA1 >> GA9の順に親和性を示すことが示された。この傾向はGBP活性画分の結合の基質選択性についても認められるものであり、この中に含まれる GA 結合活性及び酵素活性の各本体として、いずれもGA2oxがその役を担うと考えても大きく矛盾しない結果であった。

各種抗体を用いたGBP候補タンパク質同定の試み

VaGA2ox のリコンビナントタンパク質を免疫原に用いて抗体を調製し、SDS-PAGE後のウェスタンブロットでVaGA2oxA1、A2の双方に反応する抗血清を得た。そこで、GBP 活性画分中にこの抗血清との反応物が存在するか検討した。まずVaGA2oxA1について、ウェスタンブロットによるバンドの検出が可能な量のタンパク質を含む酵素活性量及び GA 結合活性量を決定し、ウェスタンブロット検出におけるポジティブコントロールとした。その上でこれと同じ酵素活性量または GA 結合活性量を有する GBP 活性画分についてウェスタンブロットを行ったが、いずれの場合においても抗体との反応性を示すバンドを確認することはできなかった。

次に、酵素としての比活性が極めて高く量的にウェスタンブロット検出が到底困難な場合においても酵素活性の阻害の検出により、そのタンパク質と抗体との相互作用を検出し得ることを期待して、GBP 活性画分中に認められる酵素活性を抗 VaGA2ox 抗体を用いて阻害することが出来るか否か検討することにした。その結果、抗 VaGA2ox 抗体を VaGA2ox を用いた酵素反応系に加えた場合、対照の正常抗体添加区には認められない阻害効果が明瞭に認められたのに対し、GBP 画分の酵素活性はほとんど阻害されなかった。このことから、GBP は抗 VaGA2ox 抗体に認識されないと考えられた。

一方、最終精製段階において、GBP 活性と同一保持時間に溶出される26kDa及び36kDaのバンドに着目し、これらの部分アミノ酸配列情報を得、これらの N 末端領域の合成ペプチドに対する特異抗体を調製した。現在、これらの抗体による GBP 活性の阻害などが認められるか否か検討を行っている。

まとめ

GBP活性本体が酵素活性を持つと考えられることから、Native なGBP活性本体はGA2oxの一種であるものの、糖鎖を有するなどして、抗GA2ox抗体との反応が生じない可能性も考えられる。また、本研究でクローニングした5つのVaGA2ox以外にまだアズキの中には異種のGA2oxが存在する可能性、GBPが持つ酵素活性がGA2oxでなく、他の水酸化酵素活性を持つ可能性も考えられる。いずれにしろ、GBP活性画分を用いた酵素反応阻害試験の結果を明瞭に説明することは現段階では困難である。酵素活性やGA結合活性におけるFe2+イオンやCo2+イオンに対する応答から、アズキGBPとVaGA2oxA1が同一である可能性も依然として少なくないと考えるが、ポリクローナル抗体である抗GA2ox抗体が、抗原であるVaGA2oxA1、A2の特定の部位に対する抗体のみを含んでいるとも考え難く、更なる検討が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、黄化したアズキ胚軸中に検出されたジベレリン結合タンパク質の本体特定に関するもので、序章につづき三章より構成されている。

多くの植物ホルモン受容体の構造が明らかになっている状況下、ジベレリン (GA) の受容体はまだ特定されていない。申請者は、所属する研究室の前任者等によって黄化アズキ (Vigna angularis) 地上部より検出された活性型GAに高い親和性を示す可溶性タンパク質 (GBP) の単離を目指した精製を引継ぎ、更に精製を加速する種々の検討を行うと共に、その途上で見い出された「GBPが活性型GAの代謝酵素である可能性」について、分子生物学的手法・生化学的手法を用いて検討し、それらの異同を明らかにすることを目的として以下の研究を行った。

序章で、植物ホルモンの受容に関する研究の最近の動向ならびにアズキGBP研究の背景と本研究の目的について言及した後、第二章ではアズキGBPの大量精製と最終精製画分中に存在するタンパク質のアミノ酸配列分析について述べている。まず、材料中の存在量から、アミノ酸配列分析に必須な量の活性本体を得るには、約130kgの材料を用いて精製を行う必要性を唱えた。また、精製ルートを再構築して、活性の回収率を向上させた。活性の回収率から最終精製段階を定め、ルーチン化した精製を計画的に行って、約130kgの材料からの最終精製画分を得た。この画分中に含まれるタンパク質を網羅的にアミノ酸配列分析に供したが、配列情報だけから受容体候補を特定することはできなかった。新たに構築した精製法の中で、陽イオンカラムクロマトグラフィーにおけるGBPの挙動から、GBPが単一の成分ではない可能性や、他に相互作用する分子が共存する可能性を示した。一方、活性の検出感度向上を狙ってGA結合活性に与える各種添加剤の効果についても並行して検討した。その結果、Co2+イオンや2−オキソグルタル酸 (2-OG) の添加効果が大きく、GBPとGA代謝酵素 (GA2ox) の性状と多くの類似点を明らかにした。

第三章では、アズキのGA2ox遺伝子の単離と、そのリコンビナントタンパク質の調製について述べている。既知GA2ox遺伝子と高い相同性を示す5種 (VaGA2oxA1、A2、B1、B2、B3) の全長配列情報を得るとともに、いずれのリコンビナントタンパク質も酵素としての代謝変換活性を有することを明らかにした。次に、ノーザン解析を行い、GBP抽出材料中で5種のGA2oxうちクローンA1、A2のみ発現を認めた。一方、酵素活性を有するリコンビナントを用いて酵素活性強度を揃えてGA結合活性を比較した結果、クローンA1では明瞭な結合活性が認められたが、クローンA2の活性は極めて微弱であった。従って、GBP活性画分中に含まれる可能性のあるGA2oxとしては、クローンA1が最も有力な候補であろうと予想し、以降、クローンA1に照準をあわせて、GBPとの性状比較を行った。GBP画分中にクローンA1と同様の酵素活性が検出されるかという検討においては、当初はその活性を検出できなかったが、反応時間を延長することにより微弱な代謝変換反応が認められ、少なくとも同画分中にそのような酵素活性を示す成分が含まれることを明確にした。GBP画分およびクローンA1について、酵素活性およびGA結合活性に関する各種添加物の影響、各種GAの添加によるトレーサーとの競合等の比較を行ったところ、いずれの検討においてもGBP画分とクローンA1の性状は似ており、GBP画分中に含まれるGA結合活性及び酵素活性の各本体として、クローンA1を主成分とするGA2oxがジベレリン結合活性を示していると考えても大きく矛盾しないことを明らかにした。

第四章では、リコンビナントGA2oxに対する抗体調製と、それらを用いてのGBP画分中にGA2oxが含まれることを証明する試みを中心に展開している。リコンビナントを免疫原に用いて抗体を調製し、クローンA1、A2の双方に反応する抗血清が得られた。第1の証明方法としてウェスタン解析を行い、最終精製画分を用いて抗体と反応性を示すタンパク質が存在するか検討した。しかし、抗体と反応性を示すバンドは確認できなかった。そこで、第2の証明方法として、当該抗体による酵素反応の阻害効果の有無を検討した。その結果、抗体はクローンA1の示す酵素活性を明瞭に阻害するが、GBP画分の酵素活性はほとんど阻害しなかったことから、GBP活性本体はこの抗体に認識されないと結論づけ、GBPがGA2oxときわめて類似した性質を持つ一方、同一のタンパク質ではない可能性が高いことを示している。

以上、本論文は、アズキGBPの精製法を組み直し、活性本体の単離に必要な約130kgの材料を処理して、最終精製画分中に存在するバンドのN末端アミノ酸配列情報を得るとともに、GBPとGA2oxとの異同について、詳細な検討を行ったもので、アズキのジベレリン結合タンパク質の解明における重要な知見を得たもので、学術上、貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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