学位論文要旨



No 119130
著者(漢字) 有村,直人
著者(英字)
著者(カナ) アリムラ,ナオト
標題(和) 脂肪滴形成と脂肪細胞分化の分子機構の解析
標題(洋)
報告番号 119130
報告番号 甲19130
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2681号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 助教授 加藤,久典
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
内容要旨 要旨を表示する

脂肪細胞は、生体内のエネルギー源として貯蔵するために中性脂肪を脂肪滴に効率よく蓄積する機能を有する細胞である。しかし、中性脂肪の過剰な蓄積による脂肪細胞の肥大は肥満を引き起こし、生活習慣病の発症要因となる。

脂肪細胞の形態的特徴である脂肪滴はトリアシルグリセロールを核とし、小胞体膜由来のリン脂質などで構成される一重層で覆われている。さらにその周囲には数種類のタンパク質が局在する。その中で発現量が多いPerilipinは、脂肪細胞やステロイド産生細胞特異的に発現するタンパク質である。Perilipinノックアウトマウスを用いた解析では脂肪滴の形成が著しく抑制されることが報告されており、Perilipinは脂肪滴の形成に必須であると考えられている。

前駆脂肪細胞はホルモンや増殖因子などの刺激を受けると、転写因子PPARγ(peroxisome proliferator-activated receptorγ)、C/EBP (CCAAT/enhancer binding protein)、SREBP (sterol regulatory element-binding protein) が活性化し、脂肪細胞特異的な遺伝子群の発現を制御することで脂肪細胞へと分化する。

近年、コレステロールや脂肪酸代謝体などの細胞内脂質が核内受容体のリガンドとして機能したり、転写因子の活性を制御したりすることが明らかになりつつある。従って脂肪細胞における脂肪滴の形成は、従来考えられてきたような中性脂肪を貯蔵する機能の他に、脂肪細胞内の機能的な脂質の濃度や種類を調節することで脂肪細胞分化を制御している可能性が考えられる。

本研究では、脂肪細胞における脂肪滴形成と脂肪細胞分化の制御機構の一端を明らかにすることを目的とし、脂肪細胞分化過程におけるPerilipinの発現制御機構の解析、さらに脂肪細胞分化時の脂肪滴形成による転写因子SREBP活性化の検討を行った。

脂肪細胞分化過程におけるPerilipin遺伝子の発現制御機構の解析

Perilipinは脂肪細胞の脂肪滴の周囲を覆うことでリパーゼによる脂肪分解を抑制している。Perilipinは脂肪細胞分化に伴い発現量が上昇するが、発現制御機構についてはまだ明らかにされてはいない。そこで脂肪細胞分化過程におけるPerilipin遺伝子の発現制御機構の解析を行った。

マウス3T3-L1前駆脂肪細胞を定法に基づき脂肪細胞に分化誘導し、脂肪細胞分化を制御する主要な転写因子であるPPARγの合成リガンドを添加したところ、Perilipin遺伝子の mRNA量は上昇した。また、脂肪細胞分化誘導培地にPPARγ合成リガンドを添加したところ、Perilipin遺伝子の発現および脂肪滴の形成が脂肪細胞分化の初期段階で認められた。以上の結果から、脂肪細胞分化過程でPerilipin遺伝子の発現はPPARγにより亢進する可能性が示唆された。

PPARγがPerilipin遺伝子の転写を直接制御するかを検討する目的で、マウスPerilipin遺伝子5'上流域約2.0kb以下の様々な領域を含むレポーター遺伝子を作成し、ルシフェラーゼアッセイを行った。3T3-L1脂肪細胞に5'上流域約2kbを含むレポーター遺伝子を導入し、PPARγ合成リガンドを添加したところ、活性の上昇が認められた。しかし、5'上流域約1.9kb以下を含むレポーター遺伝子では活性の上昇は認められなかった。また、3T3-L1前駆脂肪細胞あるいはHEK293細胞に上記レポーター遺伝子およびPPARγ発現プラスミドを遺伝子導入したところ、5'上流域約2kbを含むレポーター遺伝子では活性が著しく上昇したが、5'上流域約1.9kb以下を含むレポーター遺伝子では顕著な活性の上昇は認められなかった。以上からPerilipin遺伝子5'上流域約2.0kb−1.9kb間の約100bpにPPARγ応答配列 (PPRE) が存在すると考えられ検討したところ、相同性が高い配列が1ヶ所存在した。この配列に変異を入れたレポーター遺伝子ではPPARγによる顕著な活性の上昇は認められなかった。ゲルシフトアッセイおよびChIPアッセイにより解析したところ、Perilipin遺伝子のプロモーター領域上に存在するPPREとPPARγの複合体を検出した。以上の結果から、Perilipin遺伝子はPPARγにより直接転写が制御される応答遺伝子であることが明らかになった。

脂肪滴形成によるSREBP活性化

転写因子SREBPは、コレステロール合成や脂肪酸代謝に関わる酵素などの発現を制御し、細胞内の脂質代謝に重要な役割を担っている。SREBPは細胞内のコレステロール濃度により活性が厳密に調節されている。小胞体膜上に局在する前駆体型SREBPは、細胞内のコレステロール濃度が減少すると小胞体膜上からゴルジ体へ移行し、プロセシング酵素による2段階の切断によりN末端側が切り出され活性型になる。活性型SREBPは核へ移行し、転写因子として機能する。脂肪細胞分化におけるSREBP の機能については、SREBP-1は脂肪細胞分化過程において脂肪酸代謝を制御する遺伝子群の発現を上昇させることで脂肪細胞分化を促進することが知られている。しかし、脂質が過剰に蓄積した状態である脂肪細胞におけるSREBP活性化機構の詳細については明らかにされてはいない。また、脂肪細胞分化におけるSREBP-2の役割も不明な点が多い。

そこで、SREBPが脂肪細胞分化過程においてプロセシングが亢進することで活性化するかについて解析を行った。3T3-L1前駆脂肪細胞を分化誘導し核内活性型SREBP量を検討したところ、SREBP-1、SREBP-2ともに上昇した。また、SREBP応答遺伝子の発現を検討したところ、脂肪細胞分化に伴い上昇した。以上の結果から、脂肪細胞分化過程においてSREBPは活性化されることが示された。

脂肪細胞分化過程におけるSREBP活性化機構を明らかにする目的で、はじめにSREBPプロセシングに関与する因子の発現を検討したが、発現量に変動は認められなかった。

脂質が過剰に蓄積した脂肪細胞におけるSREBPの活性化機構を明らかにしていく上で、脂肪細胞の形態的特徴である脂肪滴の形成に着目した。脂肪細胞における脂肪滴は小胞体で合成されたトリアシルグリセロールを核にして小胞体膜から分離して形成される。脂肪滴の形成時に小胞体膜上のコレステロールも脂肪滴に取り込まれることが考えられ、結果的にSREBP活性化を制御する小胞体近辺のコレステロール濃度が減少し、SREBPのプロセシングが亢進する機構が考えられる。

そこで、脂肪滴の形成によるSREBPプロセシングの活性化を検討する目的で、NIH-3T3細胞にPerilipinを過剰発現させ、脂肪滴を効率よく形成する細胞株を樹立した。脂肪酸を含む培地でこの細胞株を培養することで脂肪滴形成を誘導し、SREBP応答遺伝子の発現量を検討したところ、脂肪滴の形成によりSREBP応答遺伝子の発現量は上昇した。核内活性型SREBPの発現量を検討したところ、活性型SREBP-1はほとんど変動しないのに対し、活性型SREBP-2は上昇した。また、脂肪滴を除いた膜画分のコレステロール量は脂肪滴の形成を誘導することで減少した。以上から、脂肪滴の形成に伴い小胞体膜コレステロールが減少し、SREBP活性化を促進していることが示唆された。

さらに、脂肪細胞における脂肪滴の形成によるSREBPの活性化を検討する目的で、RNA干渉法を用いてPerilipinの発現を抑制した3T3-L1脂肪細胞株を樹立した。この細胞株では脂肪細胞分化誘導条件で培養しても脂肪滴の形成はほとんど認められなかった。この細胞株の核内活性型SREBP量を検討したところ、活性型SREBP-1はほとんど変動しないのに対し、活性型SREBP-2は減少した。従って、脂肪細胞の脂肪滴形成を抑制することで特にSREBP-2のプロセシングが抑制されることが示された。また、脂肪滴の形成を抑制させた細胞を用いて脂肪細胞分化時に発現変動が認められる遺伝子群の発現を解析したところ、SREBP応答遺伝子だけでなくPPARγなど脂肪細胞分化を制御する遺伝子群の発現量も低下した。この細胞株にSREBP-2を過剰発現させると脂肪滴の形成が認められ、PPARγ発現量が上昇した。以上から脂肪滴形成が抑制されることで細胞内脂質の量や組成などが変動し、SREBP活性化の抑制や脂肪細胞分化を制御する遺伝子群の発現が変動し、脂肪細胞分化を負に制御する可能性が考えられる。

以上、本研究において中性脂肪を貯蔵する脂肪滴が脂肪細胞分化を制御しうるオルガネラとして機能する可能性を初めて示すことができた。今後、脂肪滴形成により変動する細胞の内因性脂質の詳細を検討し、細胞内の機能的な脂質による脂肪細胞分化制御機構の全体が明らかにされることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

脂肪細胞は生体内のエネルギー源として中性脂肪を貯蔵する細胞である。脂肪細胞の形態的特徴である脂肪滴はトリアシルグリセロールを核とし、リン脂質やコレステロールで構成される脂質一重層、さらに数種類のタンパク質により覆われている。その中で発現量が多いPerilipinは、脂肪細胞やステロイド産生細胞特異的に発現するタンパク質であり、脂肪滴の形成に必須であると考えられている。前駆脂肪細胞はホルモンなどにより刺激されると、転写因子PPARγ (peroxisome proliferator-activated receptor γ)、SREBP (sterol regulatory element-binding protein)などが活性化され、脂肪細胞へ分化する。近年、コレステロールや脂肪酸代謝体などの細胞内脂質が核内受容体のリガンドとして機能したり、転写因子の活性を制御したりすることが明らかになりつつある。従って、脂肪細胞における脂肪滴の形成は中性脂肪を貯蔵する機能の他に、機能的な細胞内脂質の濃度や種類を調節することで脂肪細胞分化を制御している可能性が考えられる。そこで、本論文では、脂肪細胞における脂肪滴形成と脂肪細胞分化の制御機構の一端を明らかにすることを目的とし、脂肪細胞分化過程におけるPerilipinの発現制御機構の解析、さらに脂肪細胞分化時の脂肪滴形成による転写因子SREBP活性化の検討が行われた。

第一章では、脂肪細胞分化および脂肪滴形成機構に関する知見と、それを調節する核内受容体、転写因子に関する近年の研究について概説している。

第二章では、脂肪細胞分化におけるPerilipin遺伝子の発現制御機構の解析が行われた。Perilipinは脂肪細胞分化に伴い発現量が上昇するが、制御機構についてはまだ明らかにされてはいない。そこで、脂肪細胞分化におけるPerilipin遺伝子の発現制御機構を明らかにすることを目的として、解析が行われた。脂肪細胞分化を制御する主要な転写因子であるPPARγの合成リガンドをマウス3T3-L1脂肪細胞に添加することにより、Perilipin発現量は上昇した。また、脂肪細胞分化誘導培地にPPARγ 合成リガンドを添加したところ、脂肪細胞分化初期段階でPerilipin発現および脂肪滴形成が認められた。PPARγがPerilipin遺伝子の転写を直接制御するか検討する目的で、マウスPerilipin遺伝子5'上流域約2.0kb以下様々な領域を含むレポーター遺伝子を作成し、ルシフェラーゼアッセイにより解析を行った。3T3-L1脂肪細胞にPPARγ 合成リガンドを添加したところ、5'上流域約2.0kbを含むレポーター遺伝子では活性の上昇が認められたが、5'上流域約1.9kb以下を含むレポーター遺伝子では認められなかった。また、3T3-L1前駆脂肪細胞にPPARγ発現プラスミドを遺伝子導入したところ、5'上流域約2.0kbを含むレポーター遺伝子では活性の上昇が認められたが、5'上流域約1.9kb以下を含むレポーター遺伝子では顕著な活性の上昇は認められなかった。以上からPerilipin遺伝子5'上流域約2.0kb−1.9kbの約100bp間にPPARγ応答配列 (PPRE) の存在が示唆され、検討したところ、相同性が高い配列が1ヶ所存在した。この配列に変異を入れたレポーター遺伝子ではPPARγによる顕著な活性の上昇は認められず、ゲルシフトアッセイおよびChIPアッセイにより解析したところPerilipin遺伝子プロモーター領域上のPPREとPPARγの複合体が検出された。以上からPerilipin遺伝子はPPARγにより直接転写が制御されることが明らかにされた。

第三章では、脂肪滴形成によるSREBP活性化機構の解析が行われた。主に脂質代謝に関わる遺伝子の発現を制御するSREBPは、細胞内のコレステロール濃度が減少すると、プロセシング酵素によりN末端側が切り出され、活性型になる。脂肪細胞分化におけるSREBP の機能については、脂質代謝を制御する遺伝子群の発現を上昇させることで脂肪細胞分化を促進することが知られているが、脂質が過剰に蓄積した状態である脂肪細胞におけるSREBP活性化機構の詳細については明らかにされてはいない。そこで、脂肪細胞分化過程におけるSREBP活性化機構を明らかにすることを目的として、解析が行われた。3T3-L1前駆脂肪細胞を分化誘導したところ、核内活性型SREBP-1、SREBP-2ともに上昇した。SREBP活性化機構を明らかにする目的で、SREBPプロセシングに関与する因子の発現を検討したが、発現量に変動は認められなかった。脂肪細胞分化におけるSREBPの活性化機構を明らかにしていく上で、脂肪滴の形成に着目した。脂肪滴は小胞体膜から分離して形成されるが、脂肪滴形成時に小胞体膜上のコレステロールが脂肪滴膜に取り込まれ、結果的に小胞体膜のコレステロール濃度が減少し、SREBPのプロセシングが亢進される機構が考えられた。脂肪滴形成によるSREBP活性化を検討する目的で、NIH-3T3細胞にPerilipinを過剰発現させた細胞株を樹立し、脂肪滴形成を誘導したところ、Perilipin過剰発現細胞株において脂肪滴形成の誘導によりSREBP応答遺伝子の発現量および核内活性型SREBP-2量は上昇した。また、脂肪滴形成の誘導により脂肪滴を除いた膜画分のコレステロール量は減少した。以上から、脂肪滴の形成による小胞体膜のコレステロール量の変動がSREBP活性化を制御していることが示唆された。さらに、脂肪細胞分化における脂肪滴形成の抑制によるSREBP活性化への影響を検討する目的で、Perilipinの発現を抑制させた3T3-L1脂肪細胞株を樹立した。この細胞株を脂肪細胞分化誘導したところ、核内活性型SREBP-2は上昇せず、SREBP応答遺伝子、PPARγおよびその応答遺伝子の発現量は上昇しなかった。この細胞株にSREBP-2を過剰発現させると脂肪滴の形成が認められ、PPARγなどの発現量が上昇した。以上から脂肪滴形成が抑制されることで細胞内脂質の量や組成などが変動し、SREBP活性化の抑制や脂肪細胞分化を制御する遺伝子群の発現が変動し、脂肪細胞分化を負に制御する可能性が考えられた。

以上本論文は、PPARγによりPerilipin遺伝子の転写が制御されること、及び、脂肪滴形成によるSREBP活性化、脂肪細胞分化機構の新たなメカニズムを明らかにしており、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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