学位論文要旨



No 119134
著者(漢字) 川崎,常臣
著者(英字)
著者(カナ) カワサキ,ツネオミ
標題(和) 生物活性を有する複素環天然物の合成研究
標題(洋)
報告番号 119134
報告番号 甲19134
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2685号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 鈴木,義人
 東京大学 助教授 東原,和成
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

天然には興味深い生物活性物質が数多く存在し、農薬・医薬などの諸分野で広く研究され、利用されてきた。生物学的な観点から見た生物活性物質の合成研究の意義は、化合物の供給のみならず誘導体合成を可能とし、それらの化合物が関与する生命現象の解明や、さらに有用な機能を持った化合物の創製を行う上で重要な役割を担っている点にある。

また一方で、天然物合成の基礎有機化学的な意義は、新たな合成手法開発の端緒となっている点にある。天然有機化合物の多くは複雑な構造を有しており、それら化合物の合成には構造的特徴に即した新規な合成手法が要求されることが多い。必要となる変換法開発の試みは有用性の高い反応の発見につながり、創造的な研究を促進してきたと言える。

筆者は両側面を念頭に、本研究において特に複素環を有する生物活性物質の合成研究を行ったので以下に報告する。

殺虫活性アルカロイド Cocculolidine の合成研究1)

Cocculolidine (1)は殺虫活性を有する化合物として、1966年名古屋大学農学部の和田らの研究グループにより、アオツヅラフジ (別名 カミエビ、Cocculus trilobus DC) の葉から単離・構造決定されたエリスリナアルカロイドである2)。エリスリナアルカロイドはポリヒドロインドール環とテトラヒドロイソキノリン環が、窒素とスピロ炭素を共有して縮合した構造を有しており、D環に芳香環を有する化合物とラクトン環を有する物とに大別することができる。前者に関しては全合成例がいくつか報告されているが、後者に関しては合成研究の報告はなされているものの、全合成は未だに達成されていない。そこで不飽和5員環ラクトンを有する Cocculolidine の全合成法の確立を目的とし、合成研究を行った。","既知のシクロヘキサノン2よりアルキル化及びニトリルの還元段階等6工程を経てイミン4を合成した。

既知のシクロヘキサノン2よりアルキル化及びニトリルの還元段階等6工程を経てイミン4を合成した。

今回開発した新規骨格構築法に従いテトロン酸(5)とのカップリング反応を行ったところ速やかに反応が進行しA、B、D環を有する3環性の6を91%と良好な収率で得ることができた。続いて Stille カップリング等3工程を経て7へと誘導し、Boc 基の脱保護とアミノ基の1,6-付加反応によりC環を構築し、Cocculolidine 骨格を有するケトン9を調製した。

ケトン9のA環上のカルボニル基を足がかりとして、3工程にて位置選択的にフェニルセレノ基を導入し、10へと導いた。四酸化オスミウムによりセレンの酸化及びメチルビニルエーテルのジヒドロキシル化を一挙に行い、望む位置に二重結合及び酸素官能基を有するヒドロキシエノン11を得た。カルボニル基の還元、メチルエーテル化等5工程を経て Cocculolidine の全合成に成功した。

テトロン酸とイミンとのカップリング反応、アミノ基の1,6-付加反応を鍵反応とした新規骨格構築法を確立することができたとともにA環への官能基の導入に関しても効率的な手法を開発することができた。この合成法は、光学活性体の合成にも応用可能であると考えている。

細胞周期阻害活性を有する Curvularol の合成研究

Curvularol (12)は、理化学研究所の長田らのグループにより糸状菌 Curvularia sp. PK97-F166株より単離・構造決定されたセスキテルペンである3)。カビ毒である Trichothecene 類と類似した構造を有しており、動物細胞のタンパク質合成を阻害し細胞周期をG1期で停止させることが報告されている。Curvularol の作用解析に利用する誘導体合成を行うため、まず全合成法の確立を目指して合成研究を行った。

DIBAL を用いた新規 Claisen 転位反応の開発及び(±)-Trichodiene の形式合成

Curvularol はそのヘミアセタール結合を開裂して考えると12'のように6員環と5員環が4級炭素同士で結合した構造を有している。この連続4級炭素の立体選択的な構築が合成の鍵となることが予想された。その部分構造は Claisen 転位反応を用いて構築することとし、以下に示すDIBAL(水素化ジイソブチルアルミニウム)を用いた新規 Claisen 転位反応の開発を行った。

1,2-ジケトン及び対応する臭化アリルより調製した転位前駆体13に対して DIBAL を1.2当量作用したところ、還元反応の後、室温下速やかに Claisen 転位反応が進行し、連続4級炭素に関して望む立体化学を有する14を主生成物として得ることができた。この化合物14のカルボニル基は、異性化し下に示す構造を有していた。

Curvularol の合成研究

今後21のエノン部分の1,2-還元、末端二重結合のエポキシ化、1, 2-ジオールのヒドロキシケトンへの酸化を経て Curvularol と合成等価体である22を得、分子内でヘミアセタールを形成することにより全合成が達成できるものと考えている。

まとめ

以上筆者は、生物活性を有する複素環天然物の合成研究を行った結果、殺虫活性を有する Cocculolidine の全合成を達成することができた。また、Curvularol の合成研究に関しては新規 Claisen 転位反応を開発し、その有用性を Trchodiene の形式合成を通して示すことができた。この転位反応を Curvularol の合成にも応用し、現在全合成に向けて研究を継続中である。

Kawasaki, T.; Onoda, N.; Watanabe, H.; Kitahara, T. Tetrahedron Lett. 2001, 42, 8003.Wada, K.; Marumo, S.; Munakata, K. Tetrahedron Lett. 1966, 42, 5179.Honda, Y.; Ueki, M., Okada, G.; Onose, R.; Usami, R.; Horikoshi, K.; Osada, H. J. Antibiot. 2001, 54, 10.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は生物活性を有する複素環天然物の合成研究に関するものであり、2章よりなる。まず序論にて研究の意義を論じた後、第一章では殺虫活性アルカロイドCocculolidineの合成研究について述べている。

既知のシクロヘキサノン2よりアルキル化及びニトリルの還元段階等6工程を経てイミン3を合成した。テトロン酸(4)とのカップリング反応を行ったところ速やかに反応が進行しA、B、D環を有する3環性の5を良好な収率で得ることができた。続いてStilleカップリング等3工程を経て6へと誘導し、Boc基の脱保護とアミノ基の1,6-付加反応によりC環を構築し、Cocculolidine骨格を有するケトン8を調製した。ケトン8のA環上のカルボニル基を足がかりとして、3工程にて位置選択的にフェニルセレノ基を導入し、9へと導いた。四酸化オスミウムによりセレンの酸化及びメチルビニルエーテルのジヒドロキシル化を一挙に行い、望む位置に二重結合及び酸素官能基を有するヒドロキシエノン10を得た。カルボニル基の還元、メチルエーテル化等5工程を経てCocculolidineの最初の全合成を達成した。

第二章では細胞周期阻害活性を有するCurvularolの合成研究を行い、経過について述べている。本研究においては基本骨格を構築するため連続4級炭素の立体選択的な構築法を検討し、DIBALを用いた新規Claisen転位反応の開発を行った。モデル実験としてTrichodieneの形式合成についても述べている。

1,2-ジケトン及び対応する臭化アリルより調製した転位前駆体11に対してDIBALを1.2当量作用したところ、還元反応の後、室温下速やかにClaisen転位反応が進行し、連続4級炭素に関して望む立体化学を有する12を主生成物として得た。立体選択性に関しては熱力学的により安定な椅子型遷移状態TS1を経て反応が進行するために、示した立体化学を有する化合物が主生成物として得られてきたものと考えている。転位反応により得られるヒドロキシケトンを空気酸化した後、エノール性水酸基を還元的に除去することにより既知化合物である13へと効率よく変換した。エノン13からは文献既知の方法により3工程にてTrichothecene類の生合成中間体であるTrichodiene (14)へと誘導可能である。

既知化合物より6工程にて得られる臭化アリルと1,2-ジケトンとのエーテル化反応により15を調製した。DIBALによるClaisen転位反応を行ったところ、椅子型遷移状態TS2を経て反応が進行したと考えられる化合物16を40%の収率で得た。ヒドロキシケトンをエノンへと変換した後、アセトニドを脱保護しジオール17を合成した。現在Curvularol(18)の全合成を検討中である。

以上本論文は殺虫活性アルカロイドCocculolidineの全合成、連続4級炭素の立体選択的構築法の開発および細胞周期阻害剤Curvularolの合成研究について述べられたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク