学位論文要旨



No 119135
著者(漢字) 後藤,貴康
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,タカヤス
標題(和) 免疫寛容を誘導されたCD4陽性T細胞において特異的に発現する遺伝子に関する研究
標題(洋)
報告番号 119135
報告番号 甲19135
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2686号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 八村,敏志
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 大久保,明
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

我々生物は常に外界と接しているため、外来抗原に常に暴露されている。外来抗原には細菌やウィルスなど我々にとって有害となるものも多い。それら外来抗原から身を守るために我々の体には免疫系と呼ばれる極めて精巧な機構が備わっている。また、食物は我々が生きていくために必要不可欠なものであるが、食物も生体にとって外来抗原であることに変わりはない。しかし、食物のように生体にとって有用な物質には免疫系は排除するという反応を起こさない。また、同様に自己抗原に対しても免疫系の反応は起きない。これらの現象を免疫寛容現象と呼び、免疫寛容が破綻するとアレルギーや自己免疫疾患などの疾病を発症する。

特に経口的に摂取した抗原に対して免疫系が応答しなくなる現象は経口免疫寛容現象と呼ばれている。実験的には、抗原をあらかじめ経口的に投与すると同一の抗原を免疫した際に特異的T細胞のインターロイキン2(IL-2)産生や増殖応答が抑制される。経口免疫寛容は生体に生まれながらに備わっている自然な免疫抑制機構であり、その臨床への応用はアレルギーや自己免疫疾患に対する安全かつ有効な治療法として期待される。

経口免疫寛容の機構には、T細胞の免疫応答が低下する免疫不応答 (anergy)、抑制性サイトカインを産生する調節性T細胞の誘導による抑制(active suppression)、アポトーシスにより抗原特異的T細胞が除去される細胞除去(clonal deletion)などが考えられている。このようにこれまでの経口免疫寛容研究は、細胞の応答レベル(サイトカイン産生量、抗体産生量、細胞増殖能)での現象に焦点を当てたものが主流であり、分子レベルでの解析は遅れており、経口免疫寛容の誘導・維持機構は十分に明らかにされていない。本研究は、経口免疫寛容に中心的な役割を果たしているとされるCD4陽性T細胞に着目して、経口免疫寛容の分子レベルでの誘導・維持機構の解明、また経口免疫寛容状態T細胞のマーカーとなる分子の同定を行うことを目的とし遺伝学的手法を用いて実験を行った。

また、T細胞は単一のT細胞レセプター(TCR)を発現しており、体内に侵入してくる膨大な種類の抗原に対応するために、免疫系は莫大な種類のTCRを用意しなくてはならない。その為、経口免疫寛容の解析を通常のマウスを用いて行うと、単一の抗原を認識するリンパ球の頻度が低いため、抗原特異的な応答を解析することが困難であった。本研究では、鶏オバルブミン(OVA)を特異的に認識するTCRを高発現しているTCRトランスジェニックマウス(DO11.10)を用いた。この系を用いることにより単一抗原特異的かつ経口免疫寛容状態のT細胞を高純度で得ることが可能となる。

Suppression Subtractive Hybridization 法による経口免疫寛容を誘導されたCD4陽性T細胞に特異的に発現する遺伝子の検索

組織や細胞由来の2種類のRNA群のうち片方のRNA群に特異的に発現、もしくは多く含まれる遺伝子を濃縮する方法であるサブトラクション法を用いて経口免疫寛容を誘導された脾臓由来CD4陽性T細胞に特異的に発現している遺伝子の検索を行った。経口免疫寛容誘導群として、20%の卵白含有飼料を28日間自由摂取させたDO11.10マウスから脾臓由来CD4陽性T細胞を単離しRNAを精製した。また、コントロール群として解剖10日前にアジュバント(CFA)と共にOVAを腹腔免疫したDO11.10マウスから脾臓由来CD4陽性T細胞を単離しRNAを精製した。細胞の単離には磁気細胞分離システム(MACS)を用いてOVA特異的CD4陽性T細胞のみを精製し、経口免疫寛容を誘導した群はコントロール群に比べてIL-2産生能、増殖能が低下していた。サブトラクション法は、活性化したCD4陽性T細胞群に対して免疫寛容を誘導されたCD4陽性T細胞群に特異的に発現する遺伝子の濃縮(forward subtracted cDNAとする)と免疫寛容を誘導されたCD4陽性T細胞群に対して活性化したCD4陽性T細胞群に特異的に発現する遺伝子の濃縮(reverse subtracted cDNAとする)を行った。Forward subtracted cDNAを用いてサブトラクション済みライブラリー(subtracted cDNA library)を構築した。

サブトラクション法により免疫寛容を誘導されたCD4陽性T細胞群に特異的に発現する遺伝子を濃縮したが、実際には擬陽性クローンが含まれている。そこで、ディファレンシャルスクリーニングを行い陽性クローンの絞込みを行った。その際、subtracted cDNA libraryより無作為に単離したクローンのインサート部位のみをPCRにより増幅してメンブレンにブロットし、プローブとしてforward subtracted cDNAとreverse subtracted cDNAを用いた。3300クローンのディファレンシャルスクリーニングを行い forward subtracted cDNAをプローブとして用いた際に強いシグナルを示すクローンが陽性クローンの候補として110クローンに絞り込んだ。110クローンについて塩基配列を読み、BLASTを用いてホモロジー検索を行った。その後、110クローン全てに対して定量PCRを行い免疫寛容に関与すると思われるクローンを12クローンに絞った(機能未知遺伝子:4クローン)。それらの遺伝子には、LAX (Linker for Activation of X cells, X indicates “to be defined”)、culin1、Napg (N-ethylmaleimide-sensitive factor attachment protein, gamma)、HSP40(Heat shock protein 40)、Zfhx1b(Zinc finger homeobox protein 1b)、emerin、Zfp36(Zinc finger protein 36)、MKP-1(MAP kinase phosphatase-1)が含まれていた。

免疫寛容の誘導されたCD4陽性T細胞に高発現している遺伝子の発現特性についての解析

最近、Tob(Transducer of ErbB2)、GRAIL(Gene related to anergy in lymphocytes)など新たなT細胞における不応答化関連遺伝子が報告されている。これらの遺伝子は in vivoではなくin vitroの不応答化誘導条件で同定されてきた。T細胞の完全な活性化にはTCRからのシグナルの他に補助刺激分子であるCD28からのシグナルが必要であり、補助刺激の無い状態でTCR(CD3)刺激のみを加えるとT細胞は不応答化状態になることが知られている。上述のTobやGRAILはin vitroにおいて、補助刺激の無い状態でTCR刺激のみを加えることにより誘導された不応答化状態のCD4陽性T細胞で高発現している遺伝子として同定された。また、その他の不応答化関連遺伝子の多くもin vitroの誘導系を用いて同定されている。In vitroの誘導系には、より均一な細胞を大量に取得可能となるという利点や、不応答化が誘導される過程での遺伝子発現を詳細に検討できる利点がある。その一方で、in vitro実験系で得られた結果がin vivoを正確に反映していない可能性も考慮する必要がある。そこで、本研究では第一章で同定した遺伝子がin vitro系で誘導された不応答化CD4陽性T細胞においても高発現が見られるかについて定量PCRにより解析した。その結果、in vivo誘導系(経口免疫寛容を誘導された群)においては発現の上昇が見られたがin vitro誘導系では発現上昇が見られないものが6遺伝子(Napg、Zfp36、LAX、機能未知遺伝子3個)あった。誘導方法によるこのような遺伝子発現の違いは、IL-2産生能の低下・細胞増殖能の低下に見られる不応答化状態の誘導機構にも複数の機構が存在する可能性や、in vivo不応答化T細胞とin vitro不応答化T細胞では性質を異にする可能性を示している。

また、in vitro不応答化誘導系で経時的な遺伝子発現変化についても解析した。すなわち、in vitro系での不応答化誘導時間を6、24、48時間および48時間の刺激後2日間の休止期間をとった群を準備し経時的な遺伝子の発現量の変化について解析を行った。その結果、不応答化誘導初期段階(48時間以内)で高い発現上昇がみられる遺伝子3個(Zfx1b、emerin、機能未知遺伝子1個)、休止期間後での発現上昇が見られた遺伝子が3個(culin1、Zfp36、機能未知遺伝子1個)あった。この結果から、本研究で同定した遺伝子は、T細胞の不応答化誘導において初期段階で発現し、不応答化の誘導に関与する遺伝子と、誘導後に高発現し、不応答化の維持に関与する遺伝子に分類される可能性が考えられた。

免疫寛容状態のT細胞で高発現している遺伝子のT細胞活性化抑制能についての解析

第一章、第二章より経口免疫寛容T細胞に高発現していることが確認された遺伝子がT細胞の活性化において抑制能を有するかどうかについて検討した。まず、注目している遺伝子を取得するために完全長cDNAをPCRを用いて増幅し、塩基配列に変異が無いことの確認を行った。T細胞の活性抑制能の指標としてT細胞の増殖因子であるIL-2遺伝子の転写抑制能について調べた。すなわち、T細胞ハイブリドーマ(68-41)にIL-2のプロモーター領域が挿入されたレポータープラスミドを遺伝子導入し、IL-2の転写活性についてルシフェラーゼアッセイを行った。現在までにculin1、Napg、LAX、HSP40さらに1個の機能未知遺伝子の計5個の遺伝子について IL-2転写抑制活性を確認した。Culin 1はE3 ubiquitination ligase活性を有し、前述のGRAILがE3 ubiquitination ligaseであることからculin 1もT細胞の低応答化に関与している可能性が高いと考えられる。また、LAXはT細胞の活性化を負に抑制するシグナル分子であるため、免疫寛容誘導への関与が示唆される。さらにNapgは、小胞の輸送に関与しておりT細胞の不活性化に必要な何らかのレセプターの細胞表面への発現を制御している可能性が考えられる。これらのことから、本研究で同定した遺伝子がT細胞の低応答化に関与している可能性が高いと考えられる。

本研究では新規に免疫寛容を誘導されたCD4陽性T細胞に高発現し、活性化抑制能を有する遺伝子を同定した。その作用機構についてはさらなる解析が必要であるが、本研究が免疫寛容の誘導・維持機構の解明の手がかりとなることを確信している。

審査要旨 要旨を表示する

細菌やウィルスなどの外来抗原から身を守るために我々の体には免疫系と呼ばれる極めて精巧な機構が備わっている。しかし、同様に外来抗原である食物に対しては排除するという反応を起こさない。このように経口的に摂取した抗原に対して過剰な免疫応答を起こさなくなる現象は経口免疫寛容現象と呼ばれている。本論文は、経口免疫寛容の分子レベルでの誘導・維持機構の解明、経口免疫寛容のマーカー分子となる分子を目的として、経口免疫寛容に中心的な役割を果たしているとされるCD4陽性T細胞に着目して、経口免疫寛容状態で特異的に発現する遺伝子を同定、解析したものである。

緒言において本論文の背景、意義、目的について概説されている。続く第一章では、経口免疫寛容を誘導されたCD4陽性T細胞に特異的に発現する遺伝子の検索を行っている。鶏オバルブミンを特異的に認識するT細胞レセプターを高発現しているTCRトランスジェニックマウス(DO11.10)に、卵白含有食を摂取させることにより経口免疫寛容状態CD4陽性T細胞を誘導し、サブトラクション法を用いて、遺伝子の検索を行った。その結果、経口免疫寛容を誘導されたT細胞に特異的に高発現する遺伝子として新規に12個の遺伝子を同定した。それらの遺伝子は、LAX (Linker for Activation of X cells, X indicates “to be defined”)、culin1、Napg (N-ethylmaleimide-sensitive factor attachment protein, gamma)、HSP40 (Heat shock protein 40)、Zfhx1b (Zinc finger homeobox protein 1b)、emerin、Zfp36 (Zinc finger protein 36)、MKP-1 (MAP kinase phosphatase-1)、4個の機能未知遺伝子 (unknown gene 1、2、3、4) であった。

第二章では、免疫寛容の誘導されたCD4陽性T細胞に高発現している遺伝子の発現特性についての解析を行っている。また、これまで不応答化関連遺伝子の多くはin vitroにおいてT細胞を不応答化した実験系で同定されており、in vitro実験系で得られた結果が生体内でのT細胞の不応答化を反映していない可能性がある。そこで、第一章で同定された遺伝子のin vitro系で誘導されたCD4陽性T細胞での遺伝子の発現特性についての検討も行った。その結果、第一章で同定された遺伝子には、経口免疫寛容誘導初期で特に高い発現が見られる遺伝子(Zfhx1b)と、誘導後期で特に高い発現が見られる遺伝子(LAX、MKP-1、emerin、unknown gene 1、3、4)が存在することが判明した。その発現時期から誘導初期で特に高い発現が見られる遺伝子は免疫寛容の誘導に、誘導後期で特に高い発現が見られる遺伝子は免疫寛容状態の維持に関与していることが示唆された。また、in vivo誘導系とin vitro誘導系ではその発現特性に違いがあることが示されたことから、in vivo誘導とin vitro誘導系では、その誘導機構・維持機構に違いがあることが示唆された。

第三章では、経口免疫寛容状態のT細胞に高発現していることが確認された遺伝子がT細胞活性化抑制能を有するかどうかについて検討を行った。その際、T細胞の増殖・分化に必要であるインターロイキン2(IL-2)遺伝子の転写抑制能を指標にT細胞活性化抑制能の評価を行った。IL-2のプロモーター領域を挿入したレポータープラスミドをT細胞ハイブリドーマ(68-41)に遺伝子導入してルシフェラーゼアッセイを行った。その結果、LAX、HSP40、Napg、emerin、culin 1、MKP-1、unknown gene 2についてIL-2遺伝子の転写抑制能を確認し、これらの遺伝子がT細胞活性化抑制能を有していることが強く示唆された。

以上、本論文では、経口免疫寛容を誘導されたCD4陽性T細胞に高発現している遺伝子を新規に12遺伝子同定し、その中にはT細胞活性化抑制能を有する遺伝子が含まれることを強く示唆する結果を得た。経口免疫寛容は生体に生まれながらに備わっている自然な免疫抑制機構であり、アレルギーや自己免疫疾患に対する安全かつ有効な免疫抑制法として期待されているもので、本論文は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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