学位論文要旨



No 119136
著者(漢字) 高井,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) タカイ,シゲキ
標題(和) 抗腫瘍性を指標とした生物活性物質の合成研究
標題(洋)
報告番号 119136
報告番号 甲19136
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2687号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

現在に至ってもなお、ガンは健康で幸せな生活を送ることを阻む人類の大きな難題である。臨床の現場では効果的かつ副作用の少ない抗がん剤が待ち望まれている一方、そういった高いレベルでの需要を満たすのは現在でも非常に難しい。これまでにさまざまな機構で作用する抗腫瘍性を示す化合物が見いだされてきた。これらの化合物を合成的手法を用いて改変することによって新たな知見が得られてきて、その中からガンを克服する可能性が出てくると期待される。本研究においては特異な坑腫瘍性作用を有する2種類の天然物に着目し、これらの合成研究およびその活性評価を行った。

坑腫瘍性抗生物質ネオカルチノスタチン・クロモフォアをモデルとした新規DNA切断分子の設計、合成および機能評価1)

坑腫瘍性抗生物質ネオカルチノスタチン・クロモフォア (1) は生体内のグルタチオンなどのチオール存在下、エンジイン部分が芳香化する際に活性種のビラジカルを生じ、これがDNAのチミンとアデニンを切断することが知られている。1989年、京都大学の杉浦らはネオカルチノスタチンが光照射下、DNAのチミン、アデニンに加え、グアニンも切断することを見いだした2)。その後、東北大学の平間らは光照射下エンジイン部分が芳香化した化合物を単離し、1が光照射下においても同様の機構でDNAを切断すると提唱した3)。しかし、光照射下においてのみグアニンが切断される理由については明らかにされていなかった。著者はネオカルチノスタチン・クロモフォアの光照射下のDNA切断機構には、平間らが提唱した機構以外のエンジインが関与しない別の作用が存在するのではないかと考えた。そこで主たる活性発現部位と考えられているエンジイン部分の欠落した化合物2のような誘導体を合成し、そのDNA切断活性評価を行うこととした。

すなわち誘導体2は、芳香環部分がDNA塩基対間に挿入されやすく、また糖部分はDNAの狭い溝と高い親和性を有する可能性がある。また化合物2の置換ナフタレン環に直結したC=O結合は光によって励起されラジカルの様な活性種となりDNAを切断する可能性があるのではないかと考えた。

この仮説を検証するにために、以下に示す五つの化合物を設計し、合成した。すなわち先に示した1の糖および芳香族カルボン酸部分をエチレングリコールでつないだ化合物2、化合物2のアノマーである化合物3、化合物1の構成糖およびリンカー部分に相当する化合物4およびそのアノマーに相当する化合物5、芳香族カルボン酸エステル部分に相当する化合物6をそれぞれ合成することとした。

D-ガラクトサミン塩酸塩(7)を出発原料としてアミノ基およびアノマー位の保護、一級水酸基を還元することによって、6位がデオキシ化されたN-メチル-アミノグリコシド8を得た。これをチオグリコシド9へと変換後、エチレングリコールとNBSを用いてグリコシル化し、α-体10およびβ-体11を極めて良好な収率で得た。10、11を文献既知の方法4)にしたがい別途合成した芳香族カルボン酸12とエステル化した後、脱保護し目的化合物2および3を得た。また中間体9から4、5も合成した。

得られた化合物2、3、4、5、6のDNA切断活性評価は超らせん状のΦX174DNAを用いて行った。その結果、光照射下、化合物2および3はDNAを1本鎖切断し、開環型のDNAに変換していることを見い出した。一方化合物4、5、6はDNA切断活性を示さず、「糖-芳香環」複合型構造が活性に寄与していることが示唆された。また化合物2の方が化合物3よりも強い活性を示したことから糖のアノマー位の立体化学が活性に寄与していることがわかった。DNA切断活性のあった化合物2および3について Sanger の方法にしたがって切断位置を同定したところ、グアニン選択的に切断されていることが判った。この結果、ネオカルチノスタチン・クロモフォアのDNA切断部位と考えられていたエンジインを持たない誘導体がDNAを切断し、その切断位置がグアニン選択的であったことから、平間らが提唱したものとは異なる機構による新たなDNA切断がネオカルチノスタチン・クロモフォアに存在する可能性が示唆された。

細胞周期阻害剤ベラクトシン類の合成研究

近年、多数の低分子化合物を用いた研究によって、細胞周期の調節機構がサイクリンCdk複合体によるという知見が得られ、しだいに細胞周期の調節の仕組みが解明されるようになってきた。ガン細胞ではこの調節機構の一部が壊れ、細胞が無秩序に増殖する状態となっている。そのため細胞周期を停止させるような薬剤は有用な抗ガン剤になりうると考えられる。ベラクトシンA、B、Cは2000年に協和発酵工業(株)の浅井、長谷川らによって、神奈川県の土壌より採取された微生物 Streptomyces sp. KY11780 の培養液より細胞周期阻害剤として単離、構造決定された化合物である5)。

ベラクトシンAとCは細胞増殖阻害活性を示すが、ベラクトシンBは活性を示さないことからβ-ラクトン構造が活性に寄与しているのものと考えられる。またベラクトシンAおよびBの構成アミノ酸には、新規異常アミノ酸である3-(2-Aminocyclopropyl)alanine (AcpAla) が含まれている。著者はベラクトシン類の構造と活性に興味を持ち、合成研究に着手することとした。ベラクトシン類はそのアミド結合を開裂させることにより、3ユニットにわけて合成することができると考えられた。まず比較的構造が単純であるが、β-ラクトンを有するベラクトシンCから合成することとした。

森らの方法6)にしたがい、光学活性なアルコール18より(S)-β-メチル吉草酸(19)を得た。これを Evans の不斉補助基と縮合させた後、グリコールアルデヒドユニット21とのアルドール反応を種々検討した結果、四塩化チタンを用いたときにのみ立体選択性は高くないものの (syn : anti=41:59) 良好な収率で望む立体のアルドール生成物22を得ることができた。加水分解により不斉補助基をはずし、ヒドロキシカルボン酸24へと変換した。さらに分子内でラクトン環を形成後、脱保護、酸化の段階を経て、鍵中間体であるβラクトン26を得た。

アミノ酸ユニットは、L-オルニチンとL-アラニンから出発し、右ユニットと結合後にβ-ラクトンを開環させないためにベンジル系保護基を用いることとした。保護されたL-オルニチン(28)をCbzアラニンと縮合させ、続いてラクトン26との縮合により30を得た。最終工程の加水素分解ではβ-ラクトンの開環を避ける条件設定が必要であったが、ラクトン環を壊すことなくベラクトシンCを合成することができた。総収率は13工程5.7%であった。

このベラクトシンCの合成研究で得た知見を参考にベラクトシンAの合成を行うこととした。シクロプロパン環を含む新規アミノ酸の合成に成功すれば、ベラクトシンCと同様に各ユニットをつなげていくことで合成できるものと考えた。新規異常アミノ酸 (AcpAla) 合成にあたり、出発原料にL-アスパラギンを用い、既知の合成法7)8)を一部改良してアリルアルコール33を得た。

得られたアリルアルコール33を用いて Charette の不斉 Simmons-Smith 反応を行ったところ良好な選択性でシクロプロパン環の構築に成功し、化合物35を得た。これを酸化しカルボン酸とした後、混合酸無水物を経由しアシルアジドを36を得た。36をトルエン中加熱し Curtius 転位反応を行った。転位反応で生じるイソシアナートを捕捉するアルコールについても検討したが最終的にtert-ブチルアルコールを用いることとし、37を良好な収率で得た。

現在、得られた化合物37の脱保護、アラニンユニットとのカップリングおよびβ-ラクトンとのカップリングを検討中である。

まとめ

抗腫瘍性抗生物質ネオカルチノスタチン・クロモフォアは光照射下、DNA切断活性を示すがその際、切断部位がチオールを添加した際の切断部位と異なっていた。この理由は主たる活性発現部位であるエンジイン部分以外にも、発現部位があるものと仮説を立て、エンジイン部位のない誘導体を合成したところ、グアニン選択的にDNAを切断することを見いだした。これにより天然物のネオカルチノスタチン・クロモフォアにエンジインの関与しないDNA切断機構が存在する可能性が示唆された。

ベラクトシン類には特異な構造と興味深い活性がみられる。これらの構造活性相関を調べるには、立体選択的な不斉の構築および充分な量を供給可能な合成法の確立が必要であった。本合成研究においてはラクトン環の効率的な合成法、新規異常アミノ酸の立体選択的な合成法を確立し、またベラクトシンCの合成を達成した。今後、ベラクトシンAの合成も行うとともに、各種誘導体合成により構造活性相関を明らかにしていく予定である。

Toshima, K.; Takai, S.; Maeda, Y.; Takano, R.; Matsumura, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2000, 39, 3656-3658.Uesawa, Y.; Kuwahara, J.; Sugiura, Y. Biochem. Biophys. Res. Commun. 1989, 164, 903-911.Gomibuchi, T.; Hirama, M. J. Antibiot. 1995, 48, 738-740.Takahashi, K.; Suzuki, T.; Hirama, M. Tetrahedron Lett. 1992, 33, 4603-4604.Asai, A.; Hasegawa, A.; Ochiai, K.; Yamashita, Y.; Mizukami, T. J. Antibit. 2000, 53, 81-83.Mori, K.; Kamada, A.; Kido, M. Liebigs Ann. Chem. 1991, 775-781.Garrard, E.; Borman, E.; Cook, B.; Pike, E.; Alberg, D. Org. Lett. 2000, 2, 3639-3642.Adams, D.; Bailey, P.; Collier, I.; Heffernan, J.; Stokes, S. Chem. Commun. 1996, 349-350.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は抗腫瘍性を指標とした生物活性物質に関する合成研究であり、3章からなる。序論で本論文の背景と意義について概説した後、第1章では抗腫瘍性抗生物質ネオカルチノスタチン・クロモフォアをモデルとした新規DNA切断分子の設計、合成および機能評価について述べている。

坑腫瘍性抗生物質ネオカルチノスタチン・クロモフォア(1)は光照射下においてのみDNAのグアニンを切断するが、その理由については明らかにされていなかった。著者はネオカルチノスタチン・クロモフォアの光照射下のDNA切断機構には、エンジインが関与しない別の作用が存在するのではないかと仮説を立てた。その仮説を実証するため、主たる活性発現部位と考えられているエンジイン部分の欠落した化合物を合成し、そのDNA 切断活性評価を行った。

すなわちネオカルチノスタチン・クロモフォアをモデルとしたエンジン部分のない次のような五つの化合物を設計し、合成した。先に示した1の糖および芳香族カルボン酸部分をエチレングリコールでつないだ化合物2、化合物2のアノマーである化合物3、化合物1の構成糖およびリンカー部分に相当する化合物4およびそのアノマーに相当する化合物5、化合物1の芳香環部分に相当する化合物6をそれぞれ合成した。

得られた化合物2, 3, 4, 5, 6のDNA切断活性評価は超らせん状の FX174 DNA を用いて行った。その結果、光照射下化合物2および3はDNAを1本鎖切断した。この結果ネオカルチノスタチン・クロモフォアのDNA切断部位と考えられていたエンジインを持たない誘導体がDNAを切断し、その切断位置がグアニン選択的であることがわかった。本研究により、これまで提唱されてきたものとは異なる機構による新たなDNA切断がネオカルチノスタチン・クロモフォアに存在することが示唆された。

第2章においては細胞周期阻害剤ベラクトシン類の合成研究について述べている。ベラクトシン類はそのアミド結合を開裂させることにより、3ユニットにわけて合成することができると考えられた。まず比較的構造が単純であるが、β-ラクトンを有するベラクトシンCから合成した。

(S)-β-メチル吉草酸 (11) をEvansの不斉補助基と縮合させた後、グリコールアルデヒドユニット13とのアルドール反応を種々検討した結果、良好な収率で望む立体のアルドール生成物14を得ることができた。加水分解により不斉補助基をはずし、ヒドロキシカルボン酸15へと変換した。さらに分子内でラクトン環を形成後、脱保護、酸化の段階を経て、鍵中間体であるβ-ラクトン16を得た。

アミノ酸ユニットは、L-オルニチンとL-アラニンから出発し、L-オルニチンをCbzアラニンと縮合させ、続いてラクトン16との縮合により18を得た。その後ラクトン環を壊すことなくベラクトシンCを合成することができた。総収率は13工程5.7% であった。

このベラクトシンCの合成研究で得た知見を参考にベラクトシンAの合成研究をおこなった。新規異常アミノ酸(AcpAla)合成にあたり、L-アスパラギンより誘導されたアリルアルコール19を用いた。この19をCharetteによって開発された不斉制御剤20によって不斉を誘起したSimmons-Smith反応を行ったところ、良好な選択性でシクロプロパン環の構築に成功し、化合物21を得た。これを酸化しカルボン酸とした後、Curtius転位反応を行い、22を良好な収率で得た。得られた22をL-アラニンおよびβ-ラクトンユニット16とカップリングしベラクトシンAの炭素鎖の調った化合物23を合成することに成功した。現在、23からベラクトシンAへの変換を鋭意検討中である。

以上、本論文では抗腫瘍性を指標とした天然物および誘導体の合成研究をおこない、新たな知見を得ており、有機合成化学分野において学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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