学位論文要旨



No 119137
著者(漢字) 高野,順平
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,ジュンペイ
標題(和) シロイヌナズナ ホウ素トランスポーターの同定と制御機構
標題(洋) Identification of an Arabidopsis boron transporter and its regulation
報告番号 119137
報告番号 甲19137
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2688号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

本研究は生物界で初めてホウ素トランスポーターを同定し、その機能と制御を解析したものである。

ホウ素は植物の生育に必須な元素の一つであり、最近では動物における必須性も示されつつある。 植物においてホウ素は、細胞壁構成多糖ラムノガラクツロナンIIとエステル結合を形成し、細胞壁の構造維持に必須な役割をはたす。そのため、ホウ素欠乏は植物の生長を著しく抑制する。同時にホウ素は、植物に過剰害を引き起こしやすい。ホウ素の欠乏および過剰による作物生産性低下は、世界各地において報告されている。したがって、植物におけるホウ素輸送機構を理解し、適切に制御する技術の開発が望まれる。しかしながら、植物のみならず生物界においてホウ素輸送の分子機構の理解は限られ、実際にホウ素輸送を担うトランスポーターが同定されていなかった。

シロイヌナズナ高ホウ素要求性変異株bor1-1は低ホウ素条件下で成長抑制を受け、高濃度のホウ素供給で回復する劣性一遺伝子の変異株である (Noguchi et al 1997)。bor1-1変異株では、ホウ素の根への吸収には野生型株との間に差はみられないが, 野生型株の導管液にみられるホウ素の濃縮がみられない。したがってbor1-1変異株はホウ素の導管への積極的な輸送機構に欠損をもち、その結果地上部ヘホウ素を十分に供給できないと考えられる (Noguchi et al 2001)。

本研究では、BOR1遺伝子の関わるホウ素輸送の分子機構を解明するため、bor1-1変異株の詳細な生理解析、BOR1遺伝子の同定および解析を行った。

BOR1による若い葉への優先的ホウ素輸送

bor1-1変異株におけるホウ素欠乏症状の観察を行った結果、成長抑制は根よりも茎葉、特に若い葉において顕著であった。若いロゼット葉は強く展開抑制を受け、その組織では細胞伸長と細胞間隙形成に抑制がみられた。一方、野生型株のホウ素欠乏症状では、茎葉全体の成長抑制がみられたが、特に若い葉が強く生育抑制を受けることはなかった。このホウ素欠乏症状の差異は、bor1-1変異株における導管へのホウ素の積極的輸送の欠損によってだけでは説明できない。そこで、若い葉と古い葉について元素濃度を分析したところ、bor1-1変異株では両部位で野生型株よりも低いホウ素濃度を示したが、その低下の程度は若い葉で著しかった。よって、bor1-1変異株の若い葉の展開抑制はホウ素濃度低下によるものと考えられた。さらに、安定同位体10Bを用いたトレーサー実験によって若い葉と古い葉へのホウ素の取り込みを比較した結果、野生型株は低ホウ素条件下で若い葉へ優先してホウ素を輸送し、変異株はその優先的な輸送を行っていないことが明らかになった。

これまで、ホウ素は植物体内において蒸散流によって受動的に輸送されると考えられていたが、本研究は蒸散の少ない若い部位への優先的輸送の存在を明らかにした。さらに、BOR1遺伝子はホウ素の導管への積極的な輸送だけではなく、若い部位への優先的輸送をも担うことを明らかにした。

ホウ素トランスポーターBOR1の同定

bor1-1変異株の原因遺伝子BOR1は、ポジショナルクローニング法によって同定された。アミノ酸配列より、BOR1遺伝子は10個の膜貫通領域を持つ膜タンパク質をコードすると予想された。また、Database 解析により、相同遺伝子はシロイヌナズナゲノムに6つ存在する他、イネ, ナタネ, トマト, カボチャなど, ESTクローンの大量解析が行われている植物には例外なく存在することが明らかになった。したがって、BOR1は高等植物に共通の遺伝子と考えられる。動物界においては、Anion exchanger および Sodium bicarbonate co-transporter を含む炭酸水素イオントランスポーターに相同性が認められる。パン酵母にも相同遺伝子が存在する。

BOR1の細胞内局在を調べるために, BOR1と Green fluorescence protein (GFP) の融合タンパク質をシロイヌナズナのプロトプラストに発現させたところ, GFP蛍光は細胞膜に観察された。また、BOR1の組織局在を調べるため、BOR1プロモーターとGFPの融合遺伝子を導入した形質転換シロイヌナズナを観察したところ, GFP蛍光は根の内鞘で強く観察された。したがって、BOR1は主に内鞘細胞の細胞膜に発現すると考えられる。

BOR1はトランスポーターに相同性を示したため、酵母を用いてホウ素膜輸送活性を検定した。まず, 酵母のBOR1相同遺伝子であるYNL275w遺伝子の破壊株と, 野生型の酵母について, ホウ素を含む培地で培養後の菌体内ホウ素濃度を測定した。YNL275w遺伝子が破壊されると, 菌体内のホウ素濃度が13倍に増加した。さらに, 破壊株でBOR1を発現させると, 発現しないものに比べて菌体のホウ素濃度が約1/3に減少した。これらの結果は, BOR1およびYNL275wが排出型のホウ素トランスポーターであることを示唆している。

以上より、BOR1は内鞘細胞からホウ素を積極的に排出するホウ素トランスポーターであることを示した。BOR1は低ホウ素条件下にホウ素を導管へ積極輸送し、地上部のホウ素濃度を十分に保つ役割を担うと考えられる。本研究は、生物界で初めてホウ素トランスポーターを同定したものである。また、導管への積極輸送を担うトランスポーターとしても初の発見である。

土壌中のホウ素は、表皮および皮膚において細胞内に取り込まれ、シンプラスト経由でカスパリー線の内側に運ばれる。BORIはホウ素を内鞘細胞から濃度勾配に逆らって排出する。濃縮されたホウ素はアポプラスト経由で導管に到達し、地上部へ運ばれる。

BOR1のホウ素栄養に依存した転写後制御

ホウ素は植物に欠乏害と過剰害の両方を引き起こしやすい元素である。したがって、植物はホウ素栄養状態を適切に保つ必要があり、ホウ素トランスポーターを制御していると考えられる。本研究では、活性、タンパク質蓄積、RNA蓄積の各レベルでBOR1のホウ素栄養条件による制御を解析した。

低ホウ素条件および通常ホウ素条件で前処理した植物について安定同位体10Bを用いたトレーサー実験を行った結果、野生型植物において、低ホウ素条件の前処理によって地上部へのホウ素トレーサーの移行が増加した。BOR1遺伝子破壊株においてはこの増加はみられなかった。したがって、BOR1による導管へのホウ素輸送は、低ホウ素条件により誘導されることが明らかになった。

しかし、定量的RT-PCR解析の結果、BOR1 RNAの蓄積量はホウ素栄養条件に大きな影響を受けないことが明らかになった。一方、BOR1のペプチド抗体を作成し野生型株の膜画分について western 解析を行ったところ、BOR1タンパク質の蓄積量は低ホウ素条件で増加することが明らかになった。さらに、35Sプロモーター制御下でBOR1-GFP融合タンパク質を発現する形質転換植物においてGFP抗体を用いた western 解析を行ったところ、同様の傾向が認められた。BOR1-GFPタンパク質は低ホウ素処理後24時間以内に増加し、ホウ素再添加後24時間以内に減少した。

以上より、BOR1がホウ素栄養状態によって転写後制御されていることが明らかになった。植物は、低ホウ素条件下にBOR1を発現させ地上部のホウ素欠乏害を防ぎ、ホウ素十分条件下にはBOR1の発現を抑えホウ素の過剰な蓄積を防いでいると考えられる。ホウ素トランスポーターの制御機構の理解は、将来人為的に作物のホウ素栄養状態をコントロールする技術の開発につながるものと期待される。

シロイヌナズナ根におけるホウ素輸送とBOR1の役割

Takano et al. Preferential translocation of boron to young leaves in Arabidopsis thaliana regulated by the BOR1 gene (2001) Soil Science and Plant Nutrition Vol. 47, No. 2 345-357Takano et al. Arabidopsis boron transporter for xylem loading (2002) Nature Vol. 420, No. 6913 337-340
審査要旨 要旨を表示する

本論文は生物界で初めてホウ素トランスポーターを同定し、その機能と制御を解析したものである。

序章では研究の背景と目的を述べている。ホウ素は植物の生育に必須な元素の一つであり、細胞壁構成多糖ラムノガラクツロナンIIとエステル結合を形成し、細胞壁の構造維持に必須な役割をはたす。そのため植物におけるホウ素輸送の機構を理解することが必要である。しかしながら、植物のみならず生物界においてホウ素輸送の分子機構の理解は限られ、実際にホウ素輸送を担うトランスポーターが同定されていなかった。本研究ではホウ素輸送の分子機構を解明するためシロイヌナズナ高ホウ素要求性変異株bor1-1を用いて、詳細な生理解析とBOR1遺伝子の同定および解析を行った。

第1章では、BOR1が若い葉への優先的ホウ素輸送に重要であることを証明した。bor1-1変異株におけるホウ素欠乏症状の観察を行った結果、成長抑制は根よりも茎葉、特に若い葉において顕著であった。若い葉と古い葉について元素濃度を分析したところ、bor1-1変異株では両部位で野生型株よりも低いホウ素濃度を示したが、その低下の程度は若い葉で著しかった。よって、bor1-1変異株の若い葉の展開抑制はホウ素濃度低下によるものと考えられた。さらに、安定同位体10Bを用いたトレーサー実験によって若い葉と古い葉へのホウ素の取り込みを比較した結果、野生型株は低ホウ素条件下で若い葉へ優先してホウ素を輸送し、変異株はその優先的な輸送を行っていないことが明らかになった。これまで、ホウ素は植物体内において蒸散流によって受動的に輸送されると考えられていたが、本研究は蒸散の少ない若い部位への優先的輸送の存在を明らかにした。さらに、BOR1遺伝子は野口によって明らかにされていたホウ素の導管への積極的な輸送だけではなく、若い部位への優先的輸送をも担うことを明らかにした。

第2章ではホウ素トランスポーターBOR1の同定について述べている。bor1-1変異株の原因遺伝子BOR1を、ポジショナルクローニング法によって同定した。BOR1は10個の膜貫通領域を持つ膜タンパク質と予想され、動物の炭酸水素イオントランスポーターと相同性が認められた。BOR1とGreen fluorescence protein (GFP)の融合タンパク質をシロイヌナズナのプロトプラストに発現させたところ,GFP蛍光は細胞膜に観察された。また、BOR1プロモーターとGFPの融合遺伝子を導入した形質転換シロイヌナズナを観察したところ,GFP蛍光は根の内鞘で強く観察された。したがって、BOR1は主に内鞘細胞の細胞膜に発現すると考えられた。BOR1のホウ素膜輸送活性を酵母発現系によって検定した。その結果、BOR1およびその酵母における相同遺伝子であるYNL275wは、酵母細胞内ホウ素濃度を低下させることを明らかにした。これらの結果は,BOR1およびYNL275wが排出型のホウ素トランスポーターであることを示唆している。以上より、BOR1は内鞘細胞からホウ素を積極的に排出するホウ素トランスポーターであることを示した。これは生物界で初めてホウ素トランスポーターの同定となった。また、導管への積極輸送を担うトランスポーターとしても初の発見である。

第3章では、BOR1のホウ素栄養に依存した転写後制御を明らかにしている。低ホウ素条件および通常ホウ素条件で前処理した植物について安定同位体10Bを用いたトレーサー実験を行った結果、BOR1による導管へのホウ素輸送は、低ホウ素条件により誘導された。しかし、定量的RT-PCR解析の結果、BOR1 RNAの蓄積量はホウ素栄養条件に大きな影響を受けなかった。一方、BOR1のペプチド抗体を作成し野生型株の膜画分についてwestern解析を行ったところ、BOR1タンパク質の蓄積量は低ホウ素条件で増加した。さらに、35Sプロモーター制御下でBOR1-GFP融合タンパク質を発現する形質転換植物においてGFP抗体を用いたwestern解析を行ったところ、同様に低ホウ素条件で増加が認められた。

以上本論文は、生物界で初めてホウ素トランスポーターを同定したものであり、シロイヌナズナBOR1が内鞘細胞の細胞膜ではたらく排出型のトランスポーターであること、若い部位への優先的輸送を担うこと、BOR1はホウ素栄養状態によって転写後に制御されていることを明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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