学位論文要旨



No 119138
著者(漢字) 高橋,竜久
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,タツヒサ
標題(和) 生理活性マクロライド類の合成研究
標題(洋)
報告番号 119138
報告番号 甲19138
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2689号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 鈴木,義人
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

天然より得られるマクロライド (大環状ラクトン) 化合物の中には、顕著な生理活性を示す物質が数多く存在するが、一般に試料の供給がごくわずかであるため、有機合成による効率的な供給が必要である場合が多い。筆者は癌細胞のアポトーシス誘導活性を有するマクロライド化合物およびその類縁体の合成法を開発し、活性試験へサンプル提供することを目的として本研究を行った。

Cineromycin Bの全合成研究

Cineromycin B (1)1-3およびAlbocycline (2)4,5はそれぞれ異なる種々のStreptomyces株から単離され、黄色ブドウ球菌および枯草菌などのグラム陽性菌に対する抗菌作用を持つことが、古くから知られていた化合物である1,4,6。また、ヒトのプロリルエンドペプチダーゼ阻害作用も知られているが、2がそれぞれに比較的高活性を示すのに対して1の活性は弱く、他の顕著な活性も知られていなかった。ところが最近未報告ではあるが、堀之内、吉田らにより、1が癌細胞のアポトーシスを誘導するという興味深い活性が見出されている。このため、癌の治療薬およびそのリード化合物として期待されるが、1の合成例は未だ報告されていない。筆者はこの構造および活性に興味を持ち、類縁体を含めた全合成研究を行った。

Cineromycin B (1) を合成するにあたっての最大の難関は、4、7位の不斉ジアリルアルコールの構築である。これら水酸基は容易に脱離や異性化を起こすことが予想されることから、その合成には温和かつ、酸処理を含まない条件が必要となる。そこで筆者は本全合成の鍵反応として、セレニドの酸化的[2,3]-シグマトロピー転位を用いることにした。

実際の合成についてであるが、まず、出発原料である既知化合物5をDIBAL-H還元により対応するラクトールとし、Wittig 反応を行った後、水酸基の保護、エステルの還元を行ってアリルアルコール6を得た。6を光延条件でスルフィドとした後、モリブデン触媒存在下、過酸化水素で酸化してスルホン7を合成した。次に、既知のアルデヒド8の Wittig 反応を行い、TBS基を除去して共役アリルアルコール9を得た。9の香月-Sharpless 不斉エポキシ化反応を不斉収率93%にて行った後、Dess-Martin試薬で処理してエポキシアルデヒド10を合成した。7は5から6工程74%、10は8から4工程67%と、それぞれ優れた収率で合成することができた。

続いて7と10の Julia カップリングを行ったが、通常の条件は乏しい収率およびEZ選択性でしか11が得られなかった。しかし、反応温度、溶媒、添加剤について詳細な検討を行った結果、HMPAおよびMS4A存在下、-98℃で反応を行えば6位のオレフィンがE/Z=70:30の選択性でカップリング体を合成できることが分かった。11とセレン試薬との反応は求核攻撃が5位で選択的に起こり、セレニド12を得た。12を過酸化水素で処理したところ、期待した通りに[2,3]-シグマトロピー転位が起こり、4位と7位に選択的に水酸基を導入した化合物13を合成することができた。収率は7から3工程で52%であった。

次に、13のTBS基の脱保護、エステルの加水分解を行い、トリヒドロキシカルボン酸14へと誘導した。当初、14の大環状ラクトン化反応を行うことにより、Cineromycin B (1) の合成を完了する予定であったが、得られたのは2位のオレフィンが異性化してγ-ラクトンを形成した化合物15であった。この異性化には4位の3級水酸基が関与しているものと考え、これを保護してから再び環化反応を行った。保護基にはTESを用い、3段階で16を合成した。16の大環状ラクトン化反応は期待通り進行し、望みの環化体17およびその7位のエピマーである7-epi-17を得た。17と7-epi-17の生成比は66:34であり、JuliaカップリングにおけるEZ比を概ね反映した結果となった。

最後に、17のTES基をTBAFで脱保護し、Cineromycin B (1) の全合成を達成した。17および1は天然物である類縁体への変換が可能であった。まず、大過剰のMe3OBF4およびプロトンスポンジによる17の7位の水酸基のメチル化、続く脱保護により、Albocycline (2) を合成することができた。また、1を酸化マンガン (IV) で処理することにより、Dehydrocineromycin B (18) の合成にも成功した。

合成したこれら3種の化合物は、NMRなどによる分析で天然物と良い一致を示した。さらに、7-epi-1、17および7-epi-17と共に生理活性試験へ提出したところ、興味深い結果が得られた。

Mutolideの合成研究

Mutolide (18) はSphaeropsidales sp. (strain F-24'707) にUVを照射して生じた変異株から単離され、枯草菌、大腸菌への弱い抗菌作用を有す化合物である8。それ以外の生理活性は明らかとなっていないものの、Cineromycin B (1) と非常によく似た構造であることから、アポトーシス活性を見出せる可能性がある。また、1の合成で用いたものと同じ方法論によって合成できると考えられるため、酸化的[2,3]-シグマトロピー転位を活用したアプローチの応用性を調べる意味でも興味深い。そこで、筆者はこの化合物の合成研究に着手した。

19は1と異なり4位の水酸基が2級であるため、エポキシドとセレン試薬との求核反応に選択性を発現させるべく、エポキシドの左側のみをアリル位とした25を合成中間体として選択した。22および23は20から7工程で、25は24から3工程で、それぞれ合成することができた。現在、これらのJuliaカップリングから[2,3]-シグマトロピー転位の段階を検討中である。

まとめ

以上筆者は、生理活性マクロライド化合物の有機合成を軸として研究を行った。まず、Cineromycin Bの全合成研究では、セレニドの[2,3]-シグマトロピー転位を鍵反応として、二つの不斉ジアリルアルコールを短工程かつ高立体選択的に構築し、本化合物の初の全合成を達成した。また、天然物を含めた類縁体についても同様に合成し、生理活性試験において興味深い結果を得た。Mutolideの合成については、カップリング前駆体の合成を完了しており、今後全合成の達成に向けて尽力する予定である。

Miyairi, N.; Takashima, M.; Shimizu, K.; Sakai, H. J. Antibiot., Ser. A 1966, 19, 56-62.Burkhardt, K.; Fiedler, H.-P.; Grabley, S.; Thiericke, R.; Zeeck, A. J. Antibiot. 1996, 49, 432-437.Schiewe, H.-J.; Zeeck, A. J. Antibiot. 1999, 52, 635-642.Nagahama, N.; Suzuki, M.; Awataguchi, S.; Okuda, T. J. Antibiot., Ser. A 1967, 20, 261-266.Furumai, T.; Nagahama, N.; Okuda, T. J. Antibiot. 1968, 21, 85-90.Reusser, F. J. Bacteriol. 1969, 100, 11-13.Christner, C.; Kullertz, G.; Fischer, G.; Zerlin, M.; Grabley, S.; Thiericke, R.; Taddei, A.; Zeeck, A. J. Antibiot. 1998, 51, 368-371.Bode, H. B.; Walker, M.; Zeeck, A. Eur. J. Org. Chem. 2000, 1451-1456.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は天然マクロライド化合物類の合成化学研究に関するもので、二章よりなる。申請者は癌細胞のアポトーシス誘導活性で再発見されたCineromycin B、およびAlbocycline (2) をはじめとするその類縁体化合物、またこれらと類似の骨格構造を有するMutolideについて、有機合成化学的手法を用いた合成研究を遂行し、構造活性相関を通じての有用物質創成を目的とした以下の研究を行った。

まず序論にて研究の背景と意義を述べた後、第一章ではCineromycin Bの立体選択的全合成、簡便な2種の天然類縁体の合成、それらの細胞増殖阻害活性について述べている。既知のラクトン4およびアルデヒド5からスルホン6、エポキシアルデヒド7を誘導し、HMPAおよびMS4Aを添加剤とした6と7のJuliaカップリングを用いてエポキシトリエン8を得た。次に8から[2,3]-シグマトロピー転位を含む4工程を経て立体選択的に二つの水酸基を導入したトリヒドロキシカルボン酸9を合成した。

9に大環状ラクトン化反応を用いると予期せぬ反応が進行するという知見を得ると共に、原因となる3級水酸基を保護した化合物10を合成し、環化して11およびJuliaカップリングのZ異性体由来の化合7-epi-11を得た。

最終段階でTES基の脱保護を行い、Cineromycin B (1)の全合成を達成した。また、1および11からの反応により、類縁天然物Albocycline (2) およびDehydrocineromycin B (12) の合成にも成功した。

合成したこれら3種の化合物は、NMRなどによる分析で天然物と良い一致を示した。さらに、7-epi-1、11および7-epi-11と共に細胞増殖阻害活性試験へ提出したところ、どの化合物も正常細胞モデルよりも癌細胞モデルへの活性が高く、癌細胞選択的な活性を有していることがわかった。特に12はIC50=1 μMと高活性を示すことがわかった。

また第二章ではMutolide (3) の合成研究について述べている。3は1と類似の骨格構造を持つことから、1の合成の際に用いた方法論で合成できると考えられる。既知のヒドロキシエステル13およびアリルアルコール14からカップリング前駆体となるスルホン15、エポキシアルデヒド16を合成した。現在、これらのJuliaカップリングから[2,3]-シグマトロピー転位の段階を検討中である。

以上本論文は、興味深い生理活性を有するマクロライド化合物について、効率良い合成法の確立、構造と活性の相関の解明を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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