学位論文要旨



No 119142
著者(漢字) 本吉,元
著者(英字)
著者(カナ) モトヨシ,ハジメ
標題(和) 生物活性を有する天然有機化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 119142
報告番号 甲19142
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2693号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

魚卵の発生を阻害するMueggeloneの合成

Mueggelone (1) は1995年にシアノバクテリウムの一種であるAphanizomenon flos-aquaeから単離された十員環ラクトン誘導体である。Mueggeloneが10 μg/mLの濃度の水中でzebra fishの卵を養育すると、その45%が死滅し、生き残った幼生についても発育不全や浮腫・血栓などをもたらすことが知られている。Mueggeloneが単離された時点では、エポキシドがトランスであること以外の相対・絶対立体配置は不明であったので、Mueggeloneの絶対立体配置を決定するために、考えられる四つの立体異性体を合成することにした。

合成計画を上に示したが、四つの立体異性体を効率よく合成するために鍵中間体Aを利用することにした。このAはアルデヒドBとホスホナートCのHorner-Wadsworth-Emmons (HWE) 反応により合成できると考えた。アルデヒドBおよびホスホナートCはそれぞれ市販のD-アラビノース、アゼライン酸ジメチルから誘導することにした。

実際の合成は、既知の方法に従ってD-アラビノースより4工程で得られるアルコール3から開始した。これをWittig反応、HWE反応等9工程を経てケトン4(=A)とした。ケトン4の不斉還元についてはCBS試薬とボラン-THF錯体を用いた条件が最もよい結果を与えた(dr = 9:1)。続いて末端のメチルエステルを加水分解し、山口法でラクトン化した。

DDQでPMBを脱保護した後、メシル化、TBAF処理によって望む2を得た。また7αに対してTBDPS化した後、TBSのみを選択的に除去し8αとした。これに対してメシル化、TBAF処理を行って望む1を得た。同様にして5βからはent-1、ent-2を合成した。

四つの異性体が合成できたので、1H NMR、13C NMR、および比旋光度のデータを天然物のものと比較した。その結果、天然物のデータと一致するのは1であったので、天然体Mueggeloneの絶対立体配置は1に示すように9R,12S,13S であると決定することができた。

細胞周期阻害活性を有するFR901464および各種誘導体の合成

FR901464 (9) は1996年に中島らによりPseudomonas属の土壌菌の培養液から単離・構造決定された化合物である。この化合物は細胞転写調節、細胞周期G1期およびG2/M期停止作用、クロマチン機能調節などの様々な活性を有し、この活性に由来すると考えられる強力な抗腫瘍活性を発揮する。また、構造的には、高度に官能基化された二つのテトラヒドロピラン環がジエン側鎖によって結ばれた骨格を有している。以上のことから、9の顕著な生物活性とユニークな化学構造に興味が持たれ、本研究室内で合成研究が行われていたが、合成の最終工程であるメチルアセタール部分の加水分解の反応条件を見出せずにいた。そこで筆者は、このメチルアセタール部分の加水分解条件の検討を含めた各工程の最適化、および生物試験への提供を前提とした各種類縁体ならびに標識体の合成を目指し、本研究に着手した。

合成計画としては、9をD、E、Fの三つのセグメントに分割して合成した後、各々をカップリングさせるという収束的な方法をとることにした。セグメントDとEは縮合剤を用いたアミド結合の形成により、セグメントEとFはベンゾチアゾール型のスルホンとアルデヒドのJuliaカップリングにより連結することができると予想した。また、セグメントDは (S)-乳酸エチルから、セグメントEはL-スレオニンから、セグメントFは2-デオキシ-D-グルコースからそれぞれ誘導することとした。

実際の合成に関してであるが、まずセグメントDは既知の方法に従って合成した10のメチルエステル部分を加水分解することにより容易に調製することが出来た。

セグメントEはL-スレオニンより合成できるGarnerアルデヒドから出発し、Wittig反応、加圧条件での水素添加反応などを経て13工程で変換することが出来た。

セグメントFは2-デオキシ-D-グルコースから誘導した既知物質14を経由し、Tebbe反応、TPAP酸化などの10工程により得ることが出来た。

求める三つのセグメントが合成できたので、カップリング反応を行った。HBTUを縮合剤として用いた13由来のアミンとカルボン酸11の反応は良好な収率で進行して16を与えた。このスルホンとアルデヒド15によるJuliaカップリングは中程度の収率ながらも望むtrans, trans-ジエン体17をほぼ一方的に与えた。この後、最終的な官能基変換を行い、最長部分で20工程、総収率1%にてFR901464の全合成に成功した。

また全合成研究とは別に、FR901464のアナログ化合物、ビオチンプローブ誘導体および蛍光プローブ誘導体を合成した。これらは生物試験に提供され、興味深い知見が得られている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は生物活性を有する天然有機化合物の合成研究に関するものであり、全2部よりなる。申請者は、全合成研究のみならず、有機化学的手法による構造の決定や、誘導体・標識体の合成による生物活性の解明を目的とし、研究に着手している。

まず序論で研究の背景と意義を論じた後、第一部では魚卵の発生を阻害するMueggeloneの合成研究について述べている。Mueggeloneは、シアノバクテリウムの一種であるAphanizomenon flos-aquaeから単離された魚毒活性を有する十員環ラクトン誘導体である。Mueggeloneが単離された時点では、エポキシドがトランスであること以外の相対・絶対立体配置は不明であったので、考えられる四つの立体異性体を合成することにより、その絶対立体配置を決定することとした。

文献既知の方法に従ってD-アラビノースより調製したアルコールから出発し、Horner-Wadsworth-Emmons反応、CBS還元、山口法でのラクトン化、立体選択的なエポキシドの構築など17工程によりMueggeloneの全合成に成功した。また、同様の手法を用いて残る三つの立体異性体も合成し、NMR、比旋光度を天然物のものと比較することにより、天然体Mueggeloneの絶対立体配置は9R,12S,13Sであると決定した。

第二部は細胞周期阻害活性を有するFR901464に関する研究について述べたものであり、第一章、第二章の2章からなる。第二部第一章ではFR901464の全合成研究、第二部第二章ではFR901464の誘導体・標識体の合成、およびそれらを用いた生物学的研究についてそれぞれ論じている。

FR901464はPseudomonas属の土壌菌の培養液から単離・構造決定された化合物である。この化合物は細胞転写調節、細胞周期G1期およびG2/M期停止作用、クロマチン機能調節などの様々な活性を有し、この活性に由来すると考えられる強力な抗腫瘍活性を発揮する。また、構造的にも、高度に官能基化された二つのテトラヒドロピラン環がジエン側鎖によって結ばれた骨格を有しており、合成のターゲットとして非常に興味深い。以上のことから、申請者はFR901464の全合成研究に着手した。

実際の合成は、FR901464を三つのセグメントに分割して合成した後、各々をカップリングさせるという収束的な方法をとることにし、(S)-乳酸エチル、L-スレオニン、2-デオキシ-D-グルコースを原料として、最長部分で20工程、総収率1.3%にてFR901464の全合成に成功した。

また、FR901464の合成中間体に関して生物活性試験を行うことにより構造活性相関についての知見を得、これを利用して強力な活性を有するビオチン標識体を合成した。このビオチン標識体を用いて結合タンパクが実際に単離されている。加えて、申請者の開発した標識体の合成法は広く応用可能であり、今後の展開が期待されるものである。

以上、本論文は生物活性を有する天然有機化合物に関して、全合成のみに留まらず、有機合成化学的な手法による絶対立体配置の決定、誘導体・標識体の合成による生物活性の解明への寄与など、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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