学位論文要旨



No 119144
著者(漢字) 李,愚哲
著者(英字)
著者(カナ) イー,ウーチョル
標題(和) 脱硫酵素 BdsA、DszB、DszC の結晶構造解析
標題(洋) Crystal structures of dibenzothiophene desulfurization enzymes BdsA, DszB and DszC
報告番号 119144
報告番号 甲19144
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2695号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 助教授 宮脇,長人
内容要旨 要旨を表示する

石油に含まれる硫黄化合物は燃焼により大気中に放出され、酸性雨など様々な環境問題を引き起こす。原油の中でも比較的に高沸点画分である軽油に含まれている硫黄化合物は除去が困難である。軽油の硫黄化合物の主な成分はジベンゾチオフェン(DBT)の基本構造を採っており、DBTをモデルとする脱硫研究が活発に行われている。Rhodococcus sp. IGTS8から同定されたdszオペロンはDBTをDBT スルフォン、2'-(2'-ヒドロキシ)ビフェニルスルフィン酸、2,2'-ジヒドロキシビフェニルと亜硫酸まで分解する酵素DszA、DszB、DszCのクラスターである。これらの酵素によりDBTの硫黄原子のみが亜硫酸として微生物に代謝され、炭素骨格は燃料として残るような理想的な脱硫が可能となる。dsz遺伝子群の脱硫反応機構を原子レベルのモデルから理解するために、これら酵素の結晶構造解析を行った。

DszCの結晶構造

脱硫の初発反応を行うDszCはFMN依存性モノオキシゲナーゼであり、全長417残基(分子量約4万5千)である。DszCは2回の一酸素添加反応によりDBTをDBTスルフォンまで変換する。本酵素はアミノ酸配列上、脂肪酸代謝のβ酸化経路でアシルコエンザイムAのチオエステル基を脱水素するACDデヒドロゲナーゼ(ACD)に相同性を持つ。生化学的解析により、FADを補酵素とするACDデヒドロゲナーゼとは異なり、DszCはFMN酸化還元酵素との共役反応による還元FMNの供給が必須であることが明らかにされている。DszCの還元FMN認識及びDBT環の一酸素添加機構を理解するためDszCの結晶構造解析を行った。

精製DszCのままではFMNの黄色を持たない結晶が析出するが1 mMのFMN存在下では黄色の結晶が得られた。これらの結晶を用いて結晶構造解析を行った。DszCはラット由来のACD(Protein Data Bank ID: 1IVH、アミノ酸の相同性は約24%)をモデルとした分子置換法により構造解析を行った。DszCは4量体であり、プロトマーはN末端、C末端側のαヘリックスドメイン、中央部のβバレルドメインで構成されている(図1、左)。FMN複合体構造ではFMNのリビトール基と相互作用するβ鎖AとBの間のループ部分の構造が異なり、FMNが外れやすくなっていることがわかった。

フラビンを補酵素とするモノオキシゲナーゼは還元型イソアロキサジン環のC4A炭素原子が酸素分子と共有結合し、反応中間体のヒドロペルオキシフラビンを形成する。FMNのイソアロキサジン環のsi面にはHis92、His391、Tyr96などの残基が位置し、反応中間体の形成にかかわることが示唆された。変異体の解析でH92A変異体は活性を有しないことからヒドロペルオキシフラビンの形成の時に水素を提供する残基と推定される。ピリジン環付近のαヘリックス5とβバレルの間にはDBTが結合できる空洞が存在する。DBTの結合モデリングから、DszC相同タンパク質の中で保存されているGly91、Gly95、Gly164残基がDBTの結合に重要であることが示唆された(図2、右)。

BdsAの結晶構造

脱硫反応の第2段階を触媒するBdsAはFMN酸化還元酵素から供給された還元FMNと酸素分子からDBTスルフォンのC-S結合に一酸素添加を行う反応を触媒し、2-(2'-ヒドロキシ)ビフェニルスルビン酸を生成する活性を持つ。PSI-BLASTによるタンパク質のアミノ酸配列データベースの検索によると、DszAはNTAモノオキシゲナーゼ、pristinamycin IIA合成酵素、EDTAモノオキシゲナーゼなど、TIM (β/α)8 バレル(TIMバレル)を基本構造とするFMN依存性モノオキシゲナーゼファミリーに属する。また、DszAはN末端部分が海洋性発光細菌のルシフェラーゼとアミノ酸配列の相同性を持つ。

DszA相同体であるBacillus subtilis由来のBdsAの結晶構造解析はセレノメチオニンの異常分散効果を用いた単波長異常分散法により行った。BdsAは結晶の非対称単位の中で四量体を形成しており、各々のサブユニットはTIMバレル、βヘアピン、αヘリックスバンドルにわけることができる(図3、左)。BdsAの構造にはFMNが含まれていないため、活性中心を特定することは難しいが、ルシフェラーゼとの立体構造比較により保存されているArg159残基周辺がFMNのリン酸基を認識することが示唆された(図3、右)。四量体同士の重ね合わせではαヘリックスバンドルドメインの移動度が高いため反応中心を溶媒から隔離するような働きをしているものと考えられる。

DszBの結晶構造

脱硫反応の最終ステップを触媒するDszBは2-(2'-ヒドロキシ)ビフェニルスルビン酸を2,2'-ヒドロキシビフェニルと亜硫酸に加水分解する。DszBは分子質量約39kDaのタンパク質であり、水溶液中では単量体として存在する。DszBは全365アミノ酸残基の中で相同体において保存されたCys27が唯一硫黄原子を含む残基でありC27S変異体は活性が認められない。DszBは活性が非常に低く、脱硫反応の律速酵素である。DszBの基質認識機構や反応機構を理解するためその結晶構造解析を行った。

DszBは重原子同型置換体の単波長異常分散解析により構造解析を行った。Daliデータベースによる類似立体構造の検索では、ペリプラズム基質結合タンパク質である硫酸結合タンパク質とラクトフェリンなどと3次元構造が類似していることが分かった(図3、左)。Cys27を含む活性中心は基質結合タンパク質と同様、二つのαβドメインの間に位置している。DszBのC27S変異体と基質2-ビフェニルスルフィン酸(BPSi)の複合体の結晶化により、基質のビフェニル環はPhe61、Phe203、Pro28、Trp255と疎水性相互作用により結合していることが明らかとなった。基質結合によるαβドメイン間の位置変化はなく、活性残基であるHis60を含むループ部分の構造変化による基質導入機構が示唆された。さらに、BPSiのスルフィン酸基はSer27、His60、Arg70と水素結合を形成していることがわかり、システインプロテアーゼのようなシステイン-ヒスチジンdyadの求核反応によるアシル中間体形成を介した触媒機構が示唆された(図3、右)。保存されたArg70は反応中間体の負電化を安定させる役割をしていると思われる。

DszC単量体のリボンモデル(左)とその活性中心部位(右)

BdsA単量体のリボンモデル(左)と活性中心におけるFMNとの結合モデル(右)

DszBのC27S変異体(リボンモデル)とBPSi(CPKモデル)の複合体の構造図(左)と活性中心における基質BPSiと活性残基との相互作用図(右)

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、石油に含まれる硫黄化合物のジベンゾチオフェン(DBT)を分解するRhodococcus erythropolis由来のdsz脱硫酵素群のX線結晶構造解析を行い、その基質結合および反応機構について述べている。本論文は第一章の序論、第五章の結論を含む全5章からなる。

第一章の序論では、DBTが石油、特に軽油に含まれる有機硫黄化合物であり、硫黄酸化物放出による環境汚染の原因となることを説明し、DBT分解酵素による石油の脱硫への応用性について説明している。また、dsz脱硫酵素群はまだその立体構造解析が行われておらず、本論文は脱硫酵素の構造としてははじめての報告であると述べ、脱硫酵素群の構造解析は生物脱硫研究に大いに役立つものと説明している。

第二章では、脱硫反応の第一ステップを担うDszCの結晶構造について述べている。DszCの構造解析はアポ酵素結晶、基質FMNとの複合体結晶を用いた分解能2.6AのX線回折データから行っている。その結果、DszCはアミノ酸配列の相同性が30%以下であるアシルCoAデヒドロゲナーゼ(ACAD)と全体構造は類似するものの、活性部位を囲むループ構造の違いにより、補酵素がFAD(ACAD)からFMNに変わると説明している。また、C末端のループ構造がACADの基質結合ポケットに相当する部位を封鎖しており、基質のDBTがFMNと同じ経路で活性中心に導入されることを示している。DszCとFMNとの複合体構造ではFMNのイソアロキサジン環のsi面にHis92、His391、Tyr96などの残基が位置し、酵素活性において重要な残基であることを示している。さらに、変異体の解析によりH92A変異体が活性を有しないことから触媒に関わる重要な残基であることを見出している。FMN結合ポケットの奥にはDBTが結合する空洞が存在することからDBTの結合モデリング解析を行った結果、Gly91、Gly95、Gly164残基がDBTの結合に重要であることも示している。

第三章では、脱硫反応の第二ステップを触媒するBacillus subtilis由来のBdsAの結晶構造について述べている。セレノメチオニン化されたBdsAを結晶化し、異常分散効果を用いた分解能2.4Aの構造解析に成功している。その構造からBdsAは四量体を形成し各々のサブユニットはTIM バレル、βヘアピン、αヘリックスバンドルにより構成されていると分析している。各サブユニットの重ね合わせでは、αヘリックスバンドルがVal304、Gly373残基付近を軸にしたhinge motionを示すことからドメイン間の動きにより反応中間体を溶媒から保護する反応機構を提唱している。また、BdsAと基質のFMN、DBTスルホンとのドッキングシミュレーション解析を行い、その結合部位を特定することに成功している。この結果からBdsAのHis156、Arg159、Tyr160残基がFMNのリン酸基を認識する、FMN結合モデルを提唱している。また、DBTスルホンの結合部位はN末端のループ部位に位置し、二量体を形成するサブユニットからドメイン交換されたβヘアピンが基質結合部位の形成にも関わっていることを示している。

第四章では、脱硫反応の最終ステップを担うDszBの構造について述べている。本章では重原子同型置換法による構造解析によりDszBの結晶構造を分解能1.8Aで決定している。また、DszBのC27S変異体と基質BPSiとの複合体の結晶構造解析にも成功している。DszBの構造からはDszBが二つのα/βドメインからなる球状タンパク質であり、その立体構造上、基質結合ファミリーに属することからDszBが基質結合タンパク質から進化した酵素であることを示している。また、DszBのC27S変異体と基質との複合体結晶構造では、基質のビフェニル環がPhe61、Phe203、Pro28、Trp255残基と疎水性相互作用により結合していることを明らかにしている。そして基質の結合により、Ser27残基とHis60残基が基質のスルフィン酸を介した水素結合を形成することを見出している。この知見から、基質の結合により活性中心には触媒残基のCys27、His60残基がCys-His対を形成することを示し、thiolate-imidazolium対の求核反応によるアシル中間体形成を介した触媒機構を提唱している。また、Cys-His対に立体構造上隣接しているArg70残基は反応中間体の負電荷を中和するoxyanion holeとして働くことも示している。

以上のように、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところ大であると考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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