No | 119145 | |
著者(漢字) | 赫,宇曦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハ,イゥシ | |
標題(和) | 蛍光性 Pseudomonas HP72株の植物病害防除メカニズムの解明 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119145 | |
報告番号 | 甲19145 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2696号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物病害はその原因によって、伝染性または非伝染性の二つに大別される。伝染性の病気は糸状菌、細菌、マイコプラズマ、ウイルス、ウイロイドなどによって起こる。現在のところ、伝染性の植物病害防除には農薬(殺菌剤など)が最も一般的に使用されているが、その他、耕種的防除法、物理的防除法、及び生物的防除法もある。農業の生産性の向上を目指して開発された化学合成農薬は、高性能、安価、長期保存可能といった利点から広く使用されている一方、農薬の過度な使用は水質汚染、土壌汚染、農作物への残留などの理由から、人体への毒性、持続的農業への悪影響が危惧されている。特に、ゴルフ場で使用された芝草は一般の農作物と異なり、その利用の目的上、ほぼ一年間を通して生育を良好に維持する必要があり、また、輪作、混作ができないといった理由から、一般農作物と比較して農薬の散布期間が長くなるのが現状である。そのため、ゴルフ場の農薬散布による環境汚染は一般農作物の栽培に使用される農薬による汚染よりも大きくクローズアップされることとなり、社会的に問題視されている。従って、減農薬、環境保全型の農薬が課題とされている今、農薬にかわる有効な植物病害防除法の確立が必要となっている。近年、様々な防除法の中、拮抗微生物による生物防除法が注目され、積極的な研究が行われた。しかしながら、一般の畑作物を対象にした土壌病害の生物的防除に関する研究は積極的に行われているが、ゴルフ場における芝草病害の生物防除の研究は、一般農作物に比べて少ない、特に病害防除のメカニズムに関する研究はほとんどないのが現状である。 蛍光性 Pseudomonas HP72株は、芝草病害 Brown patch の防除を目的とし、芝草病原性糸状菌に対して拮抗性を持つ菌株としてスクリーニングされてきた。HP72株は2, 4-diacetylphloroglucinol (Ph1)、HCN、fluorescent siderphore などの拮抗物質を生産し、イネ科植物(シバ、オオムギ、コムギなど)によく定着することが明らかになっている。そこで、本研究では、上述拮抗物質に着目し、HP72株の芝草病害防除メカニズムを解明することを目的とした。 Pseudomonas fluorescens HP72株が生産した抗生物質Phlは芝草病害防除において、重要な役割を示した。 HP72株ヘトランスポゾン遺伝子を導入することによって作られたランダム変異株の中から、芝草病原菌の Rhizoctonia solani AG 2-2 IIIB の対峙培養で拮抗能を欠失した株、5株をスクリーニングした。これら5株は、Rhizoctonia solani AG2-2 IIIB の他、他の芝草病原菌である Pythium aphanidermatum、Sclerotinia homoeocarpa に対しての拮抗能も失っていた。HP72株および拮抗能欠損株5株の培養液抽出物を薄層クロマトグラフィーで解析した結果、5株とも2, 4-diacetylphloroglucinol (Phl) を生産しなかったことから in vitro でのPhlの重要性が示唆された。また、5株がすべて蛍光性 siderophore 生産能を欠失していないことや、5株の中2株がHCNを生産したにも関わらず、拮抗能を失った事から、HP72株において、蛍光性 siderphore 及びHCNの生産は少なくとも in vitro での拮抗性には関与しないと考えられた。HP72株による in vitro での拮抗性には、Phlが重要な因子であり、他の拮抗物質の可能性は低いことが示唆された。また、野生株、Phl生産能しか欠失していない変異株のHP72-52、HP72-679について病害防除能を調べた結果、HP72-52株、HP72-679株の病害防除能は野生株に比べ、低下することが確認された。HP72-52株、HP72-679株の定着能は野性株とほとんど変化はなかったため、病害防除能の低下はPhl生産能の欠損によるものであることが示唆された。よって、これまでにQ2-87株のコムギ立ち枯れ病防除やCHAO株のタバコ黒根病防除において、Phlが重要であることが示された結果と同様であり、HP72株による brown patch 病害防除におけるPhl生産の重要性が示唆された。 抗生物質Phl生産に関与する遺伝子の単離 HP72株において、Phlの生産制御システムを研究するため、HP72株やPhl非生産の変異株HP72-52、HP72-679から、Phl生産に関連する遺伝子の単離を試みた。これまでに、生物防除研究に用いられたP. fluorescens Q2-87株、F113株およびCHAO株などの菌株からPhl合成遺伝子群が単離され、そのPhl合成遺伝子の部分配列が報告された。そこで、単離された推定Phl合成遺伝子群の配列相同性を基に、プライマーを作製し、HP72株の全ゲノムを鋳型とするPCRによりPhl合成遺伝子の配列を増幅した。その結果、Phl合成遺伝子とされる phlA、phlC、phlB、phlD、転写リプレッサータンパク質をコードする遺伝子とされる phlFおよび放出タンパク質をコードする遺伝子とされるphlEが単離された。また、PhlACBDF部分の推定アミノ酸配列について、Q2-87株やF113株と90%以上の高い相同性を示したが、CHA0株とやや低い80%の相同性を示した。次に、ゲノムライブラリの作製およびPCR増幅などの遺伝子単離手法を用い、HP72-52株やHP72-679株から、トランスポゾン遺伝子Tn5挿入部位の周辺遺伝子を単離し、塩基配列を決定した。この結果、すべでのTn5周辺遺伝子領域は、Phl合成遺伝子群との関連性は見られなかった。さらに、相同性組換えにより変異株を作製し、単離した遺伝子からPhl合成と関連する部分を絞り出した。その結果、HP72-679株から一つのPhl生産と関連する、約557推定アミノ酸を含む open reading frame が確認された。それは、P. putida の GutR family 転写因子と63%の相同性を示した。今までの GntR family 転写因子に関する研究報告によると、GntR family タンパク質は炭素代謝において、カルボン酸塩を有する触媒タンパク質のリプレッサーとして働くことが多い、また、転写促進因子として働く報告もある。HP72-52株については、5つの open reading frame が確認され、一つのオペロンーになっていると推定された。その中、推定3-Alpha-hydroxysteroid dehydrogenase (73%)、推定BNRdomain protein (44%)、推定トランスポータータンパク質 (63%) などに相同性を示したことから、炭素代謝、栄養利用または物質輸送に関わると推定できる。 Phl生産制御システムについての研究 これまでに知られているPhlの生産制御因子については、Phl合成遺伝子群の1つのタンパク質であるPhlFが負の制御をすることが知られている他は、2次代謝物全般に関わる代謝制御因子とPhl生産性との関連性を指摘する報告しかないため、Phl非生産株であるHP72-52、HP72-679で破壊された領域が、Phl生産を特異的に制御することは興味深い。ノザンブロット解析およびRT-PCR解析の結果から、二つのPhl非生産変異株では、Phl合成遺伝子の転写が抑制されていることがわかった。さらに、相同性組換えによりHP72株、HP72-52株、HP72-679株のphlF変異株を作製し、RT-PCR解析および培養液抽出物のTLC解析を行った。その結果、Phl非生産株でのPhl合成遺伝子の転写が回復され、野生株のPhl生産能が大幅に増加した。しかし、HP72-52株やHP72-679株のPhl生産能は、全く回復されていなかった。また、今まで生産しなかった、Phlの生産と密接に関わるとされている褐色色素が生産された。その褐色色素の正体はまだ不明だが、Phl生産菌から共通に生産され、Phl生産に生じた一つの中間産物と考えられている。よって、HP72-52株、HP72-679株で破壊された領域の遺伝子がリプレッサータンパク質PhlFを通じてPhl合成遺伝子の転写に影響する一方、別の制御システムでPhlの生産を制御することが示唆された。また、Phl非生産株の培養液抽出物をGS-MSで解析した結果、Phl前駆体とされるMAPGの生産もされていなかったことから、それらの遺伝子はPhl合成遺伝子を発現レベルで制御するか、またはMAPGのさらなる前駆体の生産に関わるかと考えられる。 次に、quorum sensing に関わるPhl生産制御システムの研究を行った。quorum sensing システムはグラム陰性菌に普遍的に存在し、二次代謝物の生産、細胞外酵素の分泌を誘導するシステムである。特に、AHLs依存の quorum sensing システムは拮抗微生物と植物病原菌の両方に存在し、生物防除において特殊な存在である。すなわち、quorum sensing システムを巧みに利用することも生物防除の一つの手法である。HP72株について、培養液の上清からシグナル因子AHLsは検出できなかったが、King's B培地へこの上清抽出物を添加すると、HP72株の生育が著しく遅くなり、またPhlの生産と合成遺伝子の転写が促進されたことから、AHLs以外のシグナル因子が存在する可能性を示唆した。 総括 Pseudomonas fluorescens HP72株生産した抗生物質2, 4-diacetylphloroglucinol は、芝草病害防除において重要な役割を果たすことが本研究で証明された。また、Phl生産と関連する新しい遺伝子が単離され、これらの遺伝子はリプレッサータンパク質PhlFを通じて、Phl合成遺伝子の転写に影響する一方、別の制御システムでPhlの生産を制御することが示唆された。今後、HP72株Phl生産制御システムをさらに明らかにしていくことで、植物病害抑制へ生物防除法を効果的に利用することが期待される。 | |
審査要旨 | 植物病害はその原因によって、伝染性または非伝染性の二つに大別される。伝染性の病害は糸状菌、細菌、マイコプラズマ、ウイルス、ウイロイドなどによって起こる。現在のところ、伝染性の植物病害防除には農薬(殺菌剤など)が最も一般的に使用されているが、その他、耕種的防除法、物理的防除法、及び生物的防除法もある。農業の生産性の向上を目指して開発された化学合成農薬は、高性能、安価、長期保存可能といった利点から広く使用されている一方、農薬の過度な使用は水質汚染、土壌汚染、農作物への残留などの理由から、人体への毒性、持続的農業への悪影響が危惧されている。減農薬、環境保全型の農業が課題とされている今、農薬にかわる有効な植物病害防除法の確立が必要となっている。本論文はシバクサに対して病害抑止性を示す蛍光性Pseudomonsについて、その病害抑止のメカニズムを解明したもので3章で構成されている。 序論に続く第一章では、Pseudomonas fluorescens HP72株が生産する拮抗物質2,4-diacetylphloroglucinol(Phl)が病害抑止性に関与することを明らかとした。HP72株はPhl、HCN、fluorescent siderphoreなどの拮抗物質を生産する。シバクサ病原菌であるRhizoctonia solani AG2-2 IIIB、Pythium aphanidermatum、Sclerotinia homoeocarpa を用いた対峙培養で拮抗性を示さないTn5変異株を5株作製したところ、全ての株がPhlの生産能を失い、シバクサに対する病害抑止性も失われたことから、病害抑止性にはPhlが関与していることが明らかとなった。 第二章では、HP72株の、Phl合成遺伝子および上記の非生産性変異株の遺伝子領域を分離して、どのような遺伝子がPhlの合成に関与しているか解明することを試みた。その結果、Phl合成遺伝子とされるphlA、phlC、phlB、phlD、転写リプレッサータンパク質をコードする遺伝子とされるphlFおよび放出タンパク質をコードする遺伝子とされるphlEをコードする領域を取得した。PhlACBDF部分の推定アミノ酸配列については、これまで報告されたQ2-87株やF113株と90%以上の高い相同性を示したが、CHA0株とやや低い約80%の相同性を示した。次に、ゲノムライブラリの作製およびPCR増幅などの遺伝子単離手法を用いて、Phl非生産変異株から、Tn5挿入部位の周辺遺伝子を取得した。この結果、すべでのTn5挿入周辺遺伝子領域は、Phl合成遺伝子群との関連性が見られなかった。さらに、これらの領域の複数の遺伝子部分を相同組換えにより破壊し、Phl合成と関与する遺伝子を絞り出した。その結果、1つの遺伝子領域からP. putida のGntR family転写因子と63%の相同性を示す遺伝子が生産制御に関与することが確認された。GntR family転写因子に関する研究報告によると、GntR familyタンパク質は炭素代謝において、カルボン酸塩を有する触媒タンパク質のリプレッサーとして働くことが多く、転写促進因子として働くという報告もある。もうひとつの遺伝子領域からは、5つのopen reading frameが確認され、一つのオペロンになっていると推定された。これらの遺伝子群は3-alpha-hydroxysteroid dehydrogenase (73%)、BNR domain protein (44%)、推定トランスポータータンパク質(63%)などに相同性を示したことから、炭素代謝または物質輸送に関わると推定された。 第三章では、第二章で得られたPhl生産制御遺伝子について制御メカニズムを解明するための実験を行った。相同組換えによりHP72株、Phl非生産変異株のphlF 破壊株を作製し、RT-PCR分析および培養液抽出物のTLC分析を行った。その結果、野生株のPhl生産能が大幅に増加したが、Phl非生産株では、Phl合成遺伝子の転写が回復されたにも関わらず、Phl生産能は、全く回復されていなかった。これらの株ではPhlの生産と密接に関わるとされている褐色色素は生産されていた。その褐色色素の正体はまだ不明だが、Phl生産菌から共通に生産され、Phl生産で生じた一つの中間産物と考えられている。よって、これらの株では破壊された領域の遺伝子がリプレッサータンパク質PhlFを通じてPhl合成遺伝子の転写に影響する一方、別の制御システムでPhlの生産を制御することが示唆された。また、Phl非生産株の培養液抽出物をGC-MSで解析した結果、Phl前駆体とされるMAPGの生産もされていなかったことから、それらの遺伝子はPhl合成遺伝子を発現レベルで制御するか、またはMAPGのさらなる前駆体の生産に関わると考えられる。次に、quorum sensing反応 がPhl生産制御に関与するか検討した。HP72株について、培養液の上清からシグナル因子AHLsは検出できなかったが、King's B培地へこの上清抽出物を添加すると、HP72株の生育が著しく遅くなり、またPhlの生産と合成遺伝子の転写が促進されたことから、AHLs以外のシグナル因子が存在する可能性が示唆された。 以上、本論文は植物病害抑止性の蛍光性Pseudomonasの病態抑止のメカニズムの解明を試みたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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