No | 119146 | |
著者(漢字) | 劉,啓徳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | リュウ,チター | |
標題(和) | 水田および森林土壌におけるメタン生成・酸化の分子生態学的研究 | |
標題(洋) | Molecular analyses of microbial production and oxidation of methane in paddy soils and forest soils | |
報告番号 | 119146 | |
報告番号 | 甲19146 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2697号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | メタンは対流圏および成層圏で起こる光化学反応において重要な役割を果たしており、その濃度変動はオゾンやOHラジカルなどの大気微量成分の動態に大きな影響を及ぼしている。また二酸化炭素 (CO2)、 亜酸化窒素 (N2O) クロロフルオロカーボン (CFC) などとともに温室効果ガスとしても知られており、メタン-分子当たりの温室効果が二酸化炭素の約20倍にも及ぶという事実に加え、大気メタン濃度が急激な割合で増加を続けていることが確認され、近年大きな注目を集めている。 メタンの主要発生源は水田、自然湿地など嫌気的環境であり、好気的な土壌では大気からのメタン吸収が認められている。しかしIPCC(気象変動に関する政府間パネル)で各種メタン発生源からの年間メタン発生量の推定の根拠となったのは科学的推定に基づくが、いまだ多くの不確定要因が存在すると指摘されている。メタン発生量をより正確に把握するためには各発生源で土壌・大気間および土壌内部でのメタンの発生・吸収機構を解明することは重要である。 水田土壌中及び海洋底質中の古細菌の分子生態学的研究 現在の微生物生態学において特定遺伝子を用いた分子系統学的手法は、自然環境における微生物の群集構造や培養困難種の生態についての研究にとってきわめて重要な解析手段として受け入れられてきている。また、化石の残りにくい細菌には分子進化学的アプローチがとりわけ有効であった。分子系統学的解析方法は、従来の分離、培養可能な極めて限られた微生物を対象とした手法に比べ、環境中のDNAやRNAを直接調べることにより現場における微生物の群集構造及びその活力を、培養条件や技術に影響されることなく、定量的かつ客観的な解析を可能とすると考えられている、また極めてバイオマスの低いサンプルや地理的及び物理的に採集が困難な環境サンプルにも応用できる。本研究では分子系統学的手法を用いて、水田や海洋底質の微生物生態を探索し、多様な未知の微生物の存在することを明らかにした。環境試料からのDNA抽出法の検討 環境試料中の核酸は、粘土などの土壌成分に吸着することや、抽出した核酸液中に腐植酸などのPCR阻害物質が混入してくるため、解析に用いるDNAを抽出することは容易ではない。これらの問題を解決するために、DNA抽出法を検討した。その結果、環境試料(水田土壌と海洋底質)を4% paraformaldehyde/PBSで予め固定し、低速遠心分離により細胞濃縮を行い、ビーズビーターにより細胞を破壊し、DNA精製キット (FastDNA【○!R】SPIN Kit for Soil) で精製する方法が最適であると考えられた。得られたDNAはサイズも大きく (9〜23kb)、純度も高いため、PCRの Template として、直接に用いることができた。 16S rDNA配列による古細菌生態解析 水田土壌に生息している古細菌と海洋底質で見いだされた古細菌とどんな関連性を示すかを比較するため、16S rDNAによる系統解析を行った。その結果、水田土壌及び海洋底質ではよく似た古細菌系統が確認されて、また、これらのほとんどはこれまで培養されていない系統であった。 Fluorescent in situ hybridization (FISH) による環境中の古細菌の測定自然界の微生物の大部分は、生きていても培養できない状態にあるため、生菌数測定法では菌数が正しく評価できないことが多い。この研究では、水田土壌試料と海洋底質試料を固定し、スラリー状態でDAPI、rhodamine-EUB338 probe 及びFITC-ARC915 probe で三重染色を行って、古細菌のポピュレーションを調べた。結果、水田土壌における微生物のうちの3.3%〜8.8%、海洋底質では7.8%〜10.1%が古細菌で占められことを確認した。環境中の培養困難な微生物の分離技術の開発 環境中で分離培養困難なVBNC (viable but non-culturable) 細菌や数少ない菌種の分離技術の開発を試みた。環境試料(水田土壌試料と海洋底質試料)を固定して、ビオチン化 oligonucleotide プローブと磁性高分子ポリマービーズを用いて、標的・土壌から微生物DNAを直接抽出しPCRで標的配列を増幅し、DGGEなどで解析する方法・土壌から抽出したリン脂質の脂肪酸組成を解析する方法・土壌から抽出したキノンの組成を解析する方法・Biologなどを用いて基質代謝能を解析する方法 などがあげられる。 筆者はこれまでに土壌中での難分解性腐植の生成機構、とりわけ火山灰土壌においてなぜ難分解性の腐植が集積するのかを明らかにするために、各種土壌における有機物分解過程の解析を試み、有機物分解に関与する微生物の群集構造解析を試みてきた。しかしその過程で、従来の群集構造解析法では日本の代表的な土壌の一つである火山灰土壌を対象とした場合、バイオマーカーの抽出量が極めて少ないことなど、現状ではその解析結果の信頼性に大きな問題があることが判明した。 そこで本博士論文では、土壌微生物の群集構造解析法として土壌抽出DNAを用いたPCR-DGGE解析、リン脂質脂肪酸組成解析、キノン組成解析という主要な3種類の方法を取り上げ、それらの改良と相互比較を行った。 土壌からのDNA抽出 土壌や汚泥などの環境サンプルからDNAを直接抽出し、そのDNAよりPCR反応を用いて解析対象の塩基配列を増幅し、クローニングやPCR-DGGEなどを経た解析が現在盛んに行われている。土壌から直接抽出したDNAの塩基配列を解読することにより、培養できない微生物についても系統学的な群集構造や新規の遺伝子に関する情報の入手が可能になるからである。土壌からのDNA抽出法としては、Zhouら(1996)やCullenとHirsch(1998)、TsaiとOlson(1991)らの方法が代表的である。しかし、これらの方法では日本の主要な土壌の一つである火山灰土壌からはDNA抽出効率が極めて悪く、また腐植の混入が問題となり、精製操作に時間を要した。 そこで火山灰土壌からも抽出可能でかつ簡便な土壌DNA抽出法の開発を試みた。従来法でも非火山灰土壌からはDNA抽出が可能であったので、火山灰土壌からDNAが抽出できない原因は土壌自体の性質にあると推定した。火山灰土壌はアロフェンなどの非晶質成分により有機物を集積する能力が極めて高いことが知られている。このことから火山灰土壌からDNAが抽出できない原因は土壌によるDNAの吸着であるという作業仮説を設け、実験を進めた。抽出条件を詳細に検討した結果、EDTAとリン酸緩衝液の高濃度混合溶液を用いると火山灰土壌からも十分な量のDNA抽出が可能になった。EDTAやリン酸緩衝液の高濃度での使用は腐植物質の抽出量を増加させるため、従来これらを低濃度で使用する方法が主であった。しかし、火山灰土壌からのDNA抽出においては、火山灰土壌のDNA吸着部位すなわちアロフェンに含まれる活性Alをキレートあるいはマスキングすることが不可欠であるため、EDTAおよびリン酸緩衝液を極めて高濃度で使う必要があったと考えられる。 またDNAとともに土壌から抽出される腐植物質は極微量でもPCR反応を阻害するため、DNA抽出後に腐植の除去を目的とした精製操作が必要である。従来法ではこの精製操作は極めて煩雑で時間もコストもかかることが問題であった。極めて高濃度のEDTAやリン酸を使用する新方法では、DNAとともにアロフェンに吸着している腐植物質も多量に抽出される。そこで比較的腐植物質の混入を低減する抽出条件を明らかにするとともに、CTAB処理とPEG沈殿という原理の異なる簡便な精製を組み合わせることにより、PCR可能な高純度DNAを得ることができる精製方法を開発した。今回開発した抽出、精製方法は非常に簡便であり、しかもPCR可能なDNAを極めて多量にかつ再現性よく土壌から得られる方法である。 PCR-DGGE解析 土壌抽出DNAを鋳型としたPCRはmultitemplate PCRであり、反応前の鋳型比を正確に反映しないPCRバイアス、heteroduplex(相補鎖同士が正しくない組み合わせの二本鎖DNA)やキメラ鎖の生成など微生物群集のDGGE解析結果に誤りをもたらす可能性がある。 DGGE解析の際、特に問題となると思われたのがheteroduplexの生成である。塩基配列が既知の細菌株について16S rRNA遺伝子のV3領域を増幅しDGGE解析したところ、複数のリボタイプを持つ菌株の中にはheteroduplexに由来する泳動パターンを示すものが存在し、このheteroduplexのバンドが群集構造解析の際にも出現する可能性があった。そこでheteroduplexが生成する条件ならびにその解消方法について、既知の細菌株を用いて検討した。その結果PCRの反応サイクル数が多い場合にheteroduplex生成率が高くなるこもにメタンを酸化しているとするならば、メタン生成の生育を抑えた場合、嫌気性メタン酸化に影響する可能性があある。そこで、土壌試料にメタン生成反応の特異的阻害剤であるBES(ブロモエタンスルホンサンナトリウム)を添加し、40日間嫌気培養を行った。その結果、BESが存在しない条件で観察される激しいメタン濃度変化がみられなくなった。このことは、BESがメタン生成を押さえると同時にメタン酸化を抑制したと考えられた。この結果は、メタン生成菌がメタン生成をすると同時にメタンを酸化する反応を行う、即ち気相中のメタン濃度によって逆反応を行うという仮説(Hoehler ら、1994)を支持するものである。 嫌気性メタン酸化菌(ANMEグループ))の系統解析 環境試料(水田、森林、畑)からDNAを抽出し、嫌気性メタン酸化菌であるANMEグループに対する特異性を持つプライマーでPCRを行い、16S rDNA遺伝子の一部約800塩基を増幅した。クローン化した後、塩基配列を決定した。決定した配列とデータベース上の古細菌の配列のアライメントを行い、遺伝子解析用プログラムを利用し、系統樹を作成した。得られたクローンのうち、ANME1-bおよびANME2に近い系統が見出されたので、海以外の環境で嫌気性メタン酸化古細菌が存在する可能性が示された。リアルタイムPCR (Real time PCR) 法により環境試料中における嫌気性メタン酸化菌の定量土壌試料中における嫌気性メタン酸化菌の数を計るために、既知濃度のプラスミドDNAをスタンダードとして、希釈系列を作り、それぞれについて嫌気性メタン酸化細菌に特異性をもつ16S rDNAプライマーを用いてPCRを行った。ここでは、増幅が指数関数的に起こる領域で一定の増幅産物量になるサイクル数(threshold cycle Ct値)と核酸量をプロットし、検量線を作成した。土壌試料について同じ条件でPCRを行い、Ct値を求めることにより、検量線から試料中の目的嫌気性メタン酸化菌の数を測定した。その結果、嫌気状態でメタン酸化率が大きいほど試料の中から嫌気性タン酸化菌の数も多く検出された。 | |
審査要旨 | メタンは対流圏および成層圏で起こる光化学反応において重要な役割を果たしており、その濃度変動はオゾンやOH-ラジカルなどの大気微量成分の動態に大きな影響を及ぼしている。また二酸化炭素(CO2),亜酸化窒素(N2O).クロロフルオロカーボン(CFC)などとともに温室効果ガスとしても知られており、メタン一分子当たりの温室効果が二酸化炭素の約20倍にも及ぶという事実に加え、大気メタン濃度が急激な割合で増加を続けていることが確認され、近年大きな注目を集めている。メタンの主要発生源は水田、自然湿地など嫌気的環境であり、好気的な土壌では大気からのメタン吸収が認められている。しかしIPCC(気象変動に関する政府間パネル)で各種メタン発生源からの年間メタン発生量の推定の根拠は科学的推定に基づくが、いまだ多くの不確定要因が存在すると指摘されている。メタン発生量をより正確に把握するためには各発生源でメタンの発生・吸収機構を解明することが重要である。本研究は土壌中のメタンの発生と分解に関与する微生物の動態を解明したもので5章より成る。 第一章の序論に続く第2章では水田 (埼玉農林研究センター)、温帯林 (丹沢大山)、熱帯林 (インドネシアのGununung walat とHaubentesの二カ所)、畑 (インドネシア Institute Pertanian Bogor における実験圃場)などでガスをサンプリングし、各地のメタンフラックスを測定した。測定した土壌では、インドネシアの土壌(畑および森林)ではメタンは吸収され、日本の土壌(水田および森林)では発生するという結果を得た。次に、各々の土壌を採取し、培養実験により各土壌の潜在的メタン生成能と酸化能を明らかにした。その結果、水田土壌を用いた場合に、ほかの土壌サンプルよりも早くメタンが酸化されることが確認された。潜在的メタン生成能を測定する実験では、30日間の培養期間で、水田土壌の平均メタン生成能が一番高いことが示された。さらに、この実験において、嫌気培養実験でメタンの濃度が激しく変化する現象が観察されたことから、海洋以外の場所でも嫌気性メタン酸化が起こっていることが示唆された。 第三章では、第二章で観察された嫌気培養実験におけるメタン濃度の激しい変動について検討した。これまで嫌気性メタン酸化は深海のメタン湧水帯の堆積物や地下からメタンを含んだ湧水する場所などのところでしか発見されていない。また嫌気性メタン酸化が起こるところでは盛んに硫酸還元反応も行われている。このような場所のサンプルについて、16S rRNA 系統解析を行うと、メタンの嫌気性酸化はANME-1およびANME-2と呼ばれる2つの古細菌グループ(Methanosarcinales属に近縁)によって行われていることが報告されている。さらにANMEグループに対する特異的なプローブを用いて蛍光顕微鏡観察を行うと古細菌はしばしば硫酸還元細菌(SRB)とコンソーシアとして観察される。以上の事実から、ANMEグループに属する古細菌と硫酸還元細菌は共生関係にあると考えられる。このことから、どちらの菌の生育にも適した条件を作ることで、嫌気性メタン酸化能を高めることができるか検証することを目的に、土壌試料に硫酸塩、酢酸、メタノールなどの基質を添加し、60日間嫌気培養を行った。その結果、基質を添加しない場合にはメタン濃度の変化が少ないサンプルでも、嫌気培養開始1ヶ月後から著しい濃度変化が観察された。嫌気状態でMethanosarcinaグループに属するメタン生成菌が硫酸還元菌とともにメタンを酸化しているとするならば、メタン生成菌の生育を抑えた場合、嫌気性メタン酸化に影響する可能性がある。そこで、土壌試料にメタン生成反応の特異的阻害剤であるBES(ブロモエタンスルホンサンナトリウム)を添加し、40日間嫌気培養を行った。その結果、BESが存在しない条件で観察される激しいメタン濃度変化が見られなくなった。このことは、BESがメタン生成を押さえると同時にメタン酸化を抑制したと考えられた。この結果は、メタン生成菌がメタン生成をすると同時にメタンを酸化する反応を行う、即ち気相中のメタン濃度によって逆反応を行うという仮説(Hoehler ら,1994)を支持するものである。 第五章では、上記の嫌気的メタン酸化を観察する培養試験において、ANMEグループのクローン解析および土壌中DNA量を定量する試験を定量的PCR法で行った。この結果、クローン解析では得られたクローンのなかにANME2に近い系統が見出されたため、海以外の環境で嫌気性メタン酸化古細菌が存在する可能性が示された。ANMEグループの定量では、嫌気状態でメタン濃度の変動が大きい試料ほど嫌気性タン酸化菌の数も多く検出された。 第六章では、第二章から五章で用いた土壌とは別のサンプル(埼玉水田土壌および東京湾海洋底質)を用いて、土壌中のメタン生成細菌を含めた古細菌の動態を解明するため、細菌菌体分離法によるDNA抽出によってクローン解析を行った。その結果、従来まで報告された全DNAによるクローン解析と大きく異なる結果が得られた。この結果では、メタン生成細菌はごくわずかしか検出されず、大部分が培養困難な古細菌であった。この結果は、土壌中のメタン生成細菌とその他の古細菌では土壌中での生態が異なる可能性を示唆している。すなわち、メタン生成細菌は土壌構造内部に吸着した状態で生息していることを示唆している。 以上、本論文は土壌中の古細菌の挙動と嫌気的メタン酸化現象に新しい知見を加えたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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