学位論文要旨



No 119147
著者(漢字) 田中,恵
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,メグミ
標題(和) in vitro における菌根圏バクテリアの機能解明に関する研究
標題(洋)
報告番号 119147
報告番号 甲19147
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2698号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井出,雄二
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 寳月,岱造
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 石田,健
内容要旨 要旨を表示する

外生菌根とは樹木を宿主とする共生系のことである。樹木は自然状態で菌根を形成し、そのことにより環境への適応性を高め良好な成長を維持していることは良く知られている。通常、樹木に対する菌根の作用は、菌根保有個体と非保有個体との比較によって調べられる。しかし、菌根の作用は単に樹木と菌根菌との関係だけで説明されるわけではなく、他の要因と複雑に関係していると考えられる。生物的要因のひとつとしてあげられるのが根圏微生物である。根圏においては、根の表面および周辺ではそれより遠く離れた部位とは異なる微生物相が成立しており、植物に対して多様な代謝活性を通して促進的あるいは阻害的作用に関与している。

また、根圏に対応して菌根圏環境内においても特殊な微生物相が存在し、バクテリアまたは他の微生物-外生菌根菌-ホスト植物の複雑な相互作用系が形成されていると考えられている。これらの菌根形成を促進するバクテリアはMHB(Mycorrhization helper bacteria)と呼ばれ、土壌中のバクテリア群集との関連に興味が持たれている。菌根圏環境内においては特殊な微生物相が存在し、バクテリアまたは他の微生物-外生菌根菌-ホスト植物の複雑な相互作用系が形成されていると考えられている。近年、バクテリア接種が菌根形成や菌根菌の成長に与える影響や菌根菌に対する特異性、などが調べられており、これらの研究はいずれもバクテリアが菌根形成に何らかの影響を及ぼしていることを示唆しているが、菌根圏におけるバクテリアの機能について具体的なことは明らかになっていない。

MHBの菌根合成に与える影響について、詳細に検討するためには、土壌の構造や成分、土壌中の他のバクテリアや菌などの不確定な要素を取り除く必要があるが、これまでそうした点に留意した研究は行われていない。そこで、本研究は、菌根圏環境におけるバクテリアの挙動を単純な実験環境下で調べることを目的として、まず、in vitroにおける菌根合成法を開発し、次に植物、菌根菌、バクテリアの同時培養技術を確立した。その上で、野外菌根から分離・種同定したバクテリアを、開発したin vitro同時培養系に導入し、バクテリアが植物根及び菌根菌に及ぼす影響についてそれぞれ観察した。さらに、その結果に基づいてバクテリアが、菌根圏において植物及び菌根菌にどのように関わっているかについての仮説を構築し、今後のヘルパーバクテリア研究展開の基礎を確立した。

in vitro菌根合成法の開発

まず、菌根合成のために植物組織培養に用いられるSH培地を改変したFungus-Host(FH)培地を新たに開発し、コツブタケとキツネタケを培養したところ、従来菌根菌の培養に用いられるMMN培地よりも菌叢の直径成長において良好な生育を示した。次にFH培地を用いて、角シャーレ法と培養ポット法の2つの方法で、モミとコツブタケとの菌根合成を、角シャーレ法を用いてモミとシーノコッカムとの菌根合成を試みた。培養ポット法では、バーミキュライトを入れた培養ポットの中に、FH培地を注ぎ滅菌後、接種源を埋め込み培養した。菌糸がバーミキュライト表面に広がったころ、バーミキュライトをかき混ぜ、モミの無菌個体を植え付けた。角シャーレ法では、角シャーレにFH培地を入れ斜面培地とし、滅菌したモミの芽生えを置床し、ろ紙をかぶせた。8週間培養した後、ろ紙をはずし、接種源を主根から約1cmの所に置いた。培養ポット法では培養12週間後に、バーミキュライトから根を掘り出してみたところ、1次側根に菌糸が取り巻いており、そこに、菌根様の短い根が形成されているのが確認された。角シャーレ法ではコツブタケとの菌根合成については培養11週間後、シーノコッカムとの菌根合成については培養5ヶ月後に、菌糸に取り巻かれた菌根様の短い根が観察された。これらについて、光学顕微鏡による観察を行ない、ハルティヒネットの形成を確認した。また、アカマツについても、滅菌した芽生えと外生菌根菌であるコツブタケ、シーノコッカムとの菌根合成を試みた。角シャーレにFH培地を入れ斜面培地とし、アカマツの芽生えを置いた。接種源を側根の形成が見られない時期に、主根から約1cmの所に置いた。6週間後、両種ともに菌糸に取り巻かれた、菌根様の短い根が誘導された。これらについて、光学顕微鏡による観察を行ない、ハルティヒネットの形成を確認した。

次に、試験管内における効率的菌根合成法としてin vitroでのアカマツ芽生えとコツブタケ菌糸の共存培養による菌根の効率的合成法を確立した。角シャーレ中の斜面培地、試験管にペーパーブリッジを配した液体培地、培養ポット中のバーミキュライトと液体培地の混合培養基をそれぞれ用いて培養した。その結果迅速な菌根の合成にはペーパーブリッジ法、菌根数では角シャーレ法が優れていた。更に、ペーパーブリッジ法と角シャーレ法を組み合わせた二段階培養法を検討し、角シャーレ法のみと比較し菌根数は大幅な増加を認めた。また針葉乾重も増加し、菌根形成が芽生えの初期成長促進に寄与することが確認できた。二段階培養法は効率的な菌根合成が可能であり、菌根の働きを調べる上でも有効な方法といえる。

植物、菌根菌、バクテリアの同時培養技術の確立

in vitroにおけるMHB研究法を確立するため、アカマツ芽生えとその外生菌根菌であるキツネタケの共存培養系に蛍光性シュードモナスを組み込んだモデル実験を構築し、バクテリアの添加がアカマツ芽生え及び菌根菌に及ぼす影響を観察した。キツネタケ菌糸の成長に対するシュードモナスの影響について、滅菌水に分散させたシュードモナスを培地表面に塗布して培養した場合、キツネタケ菌叢の直径成長が明らかに減少した。また、シュードモナスを培養した培養液を添加した場合にも、菌叢の直径成長は抑制された。一方、シュードモナス培養液をろ過して添加した場合は、菌叢の直径成長が促進された。これはシュードモナスが産生したろ液中の物質の影響と考えられる。また、アカマツとキツネタケの間の菌根合成系では、キツネタケの接種がアカマツ側根の形成を促進した。一方キツネタケを接種し、さらに分散シュードモナスを添加した場合、キツネタケのみを接種した場合に比べ側根数が減少した。このことから、分散シュードモナスの添加がキツネタケ菌糸成長を阻害し、アカマツの側根形成を抑えた可能性を指摘できる。

野外菌根からのバクテリア分離および同定

野外菌根からのバクテリアを分離するために、東京大学富士演習林のアカマツ林内においてアカマツ菌根を採取した。採取した菌根について、希釈平板法により、純粋分離を行った。分離したバクテリア100株について、培地試験を行い、培養可能なバクテリア計40株を得た。これらのうち、形態からPseudomonas属に類似性の高い1株(以下FB1とする)について、16S rDNAの塩基配列に基づく同定を行ったところ、Paenibachillus属の種と95%の相同性で一致した。これらのことから、分離したバクテリアはPaenibachillus属の新種と判断された。Paenibacillus属の菌には、MHBとして識別された例があるほか、アーバスキュラー菌根合成を促進するものが存在するとの報告がある。

菌根由来バクテリアの同時培養系における挙動

菌根由来バクテリアFB1について、共生関係における挙動を調べるためin vitroにおいてアカマツ芽生え、あるいはキツネタケ菌糸とそれぞれ別に共存培養し、相互の成長に及ぼす影響について調べた。その結果、FB1がアカマツ根に及ぼす影響として、側根の形成および主根の伸長に促進効果を持つことが分かった。これはMHBの機能の一つとして仮定されている、根の感受性に対する影響に値するものと考えられる。本研究においては根の成長にバクテリアが影響を与えることは明らかにしたが、詳しいメカニズムについては今後詳細な検討が必要である。また、培養ろ液の添加がアカマツ根の成長を阻害した点については、培地中にバクテリアが産生した物質が阻害した可能性と、培養時に消費された培地中の栄養分の減少の結果という2つの可能性が考えられる。また、根圏バクテリアFB1が菌根菌の成長に及ぼす影響については、培養ろ液の添加により直径成長が大きくなる傾向が見られた。このことは、MHBの機能の一つとして考えられている菌糸の成長に相当すると考えられる。また、このことは培養ろ液中に含まれるバクテリア産生物質の影響であると考えられるため、今後はバクテリアの培養ろ液の分析を行うなど、さらに詳細な検討が必要である。以上のことから、菌根由来バクテリアFB1が培養系に与える影響は、添加するバクテリアの種類、添加方法及び培養時の栄養条件によって異なり、アカマツ根、キツネタケ菌糸のそれぞれに異なる局面でアプローチしていることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、樹木と外生菌根菌との共生関係において、菌根圏に生息するバクテリアが一定の役割を果していることを想定し、その機能解明に有効なin vitro実験系を確立し、菌根圏バクテリアの働きの一端を明らかにしたものである。

まず始めに、菌根圏環境におけるバクテリアの挙動を単純な実験環境下で調べる第一段階として、in vitroで植物と菌根菌とを同時に培養し菌根を合成させる方法を開発した。菌根と植物を同時に培養するのに適した培地として、植物組織培養に用いられるSH培地を改変し、従来菌根菌の培養に用いられるMMN培地よりもコツブタケとキツネタケで菌叢の直径成長が良好なFungus-Host(FH)培地を新たに開発した。このFH培地を用いて、角シャーレ法と培養ポット法の2つの方法でモミとコツブタケとの菌根合成を、角シャーレ法でモミとシーノコッカムおよびアカマツとコツブタケあるいはシーノコッカムとの菌根合成を試みた。その結果、合成菌根様の短い根が形成されており、光学顕微鏡でハルティヒネットの形成を確認できた。すなわち、in vitroで植物と菌根菌とを同時に培養し、菌根を合成させることに成功した。

さらに、試験管内において効率的に菌根を合成するため、in vitroでアカマツ芽生えとコツブタケ菌糸を共存培養し、菌根の効率的合成法の確立を試みた。迅速な菌根の合成には液体培地を入れた試験管内のペーパーブリッジで培養するペーパーブリッジ法、菌根数では角シャーレ中の斜面培地で培養する角シャーレ法が優れていた。そこでまず始めにペーパーブリッジ法で両者を培養し、その後、角シャーレへと植え替える二段階培養法を開発し、この方法が有効であり、かつ角シャーレ法のみと比較し菌根数が大幅に増加することを明らかにした。ここで開発された二段階培養法は効率的な菌根合成が可能であり、また、後半に用いる角シャーレ法は植物体の観察が容易であるため、菌根の働きを調べる上でも有効な方法である。

次に植物、菌根菌、バクテリアの三者を同時に培養し、in vitroにおける菌根圏バクテリア研究法を確立するため、アカマツ芽生えとその外生菌根菌であるキツネタケの共存培養系に蛍光性シュードモナスを組み込んだモデル実験を構築し、バクテリアの添加がアカマツ芽生え及び菌根菌に及ぼす影響を検討した。まず、キツネタケ菌糸の成長に対するシュードモナスの影響について検討するため二者のみで培養を行なった。その結果、滅菌水に分散させたシュードモナスを培地表面に塗布して培養した場合とシュードモナスを培養した培養液を添加した場合はキツネタケ菌叢の直径成長は抑制され、一方、シュードモナス培養液をろ過して添加した場合は、菌叢の直径成長が促進されたことから、シュードモナスやその培養液および培養ろ液がキツネタケ菌糸の成長に影響を与えることを示した。また、アカマツとキツネタケの二者間の菌根合成系により、キツネタケの接種がアカマツ側根の形成を促進することを示した。さらに三者培養として、アカマツにキツネタケを接種し、分散シュードモナスを添加した場合、キツネタケのみを接種した場合に比べ側根数が減少したことから、分散シュードモナスの添加がキツネタケ菌糸成長を阻害し、アカマツの側根形成を抑えた可能性を指摘した。

以上の結果を踏まえ、実際の野外で生育する菌根から分離・種同定したバクテリアを、開発したin vitro同時培養系に導入し、バクテリアが植物根及び菌根菌に及ぼす影響についてそれぞれ検討した。まず、東京大学富士演習林のアカマツ林内において採取したアカマツ菌根から希釈平板法により、バクテリアの純粋分離を行った。分離したバクテリア100株について、培地試験を行い、培養可能なバクテリア計40株を得、形態からPseudomonas属に類似性の高い1株(以下FB1とする)を選択した。FB1について、16S rDNAの塩基配列に基づく同定を行ったところ、Paenibachillus属の種と95%の相同性で一致したため、分離したバクテリアはPaenibachillus属の新種と判断された。この菌根由来バクテリアFB1について、共生関係における挙動を調べるためin vitroにおいてアカマツ芽生え、あるいはキツネタケ菌糸とそれぞれ別に共存培養し、相互の成長に及ぼす影響について調べた。その結果、FB1がアカマツ根に及ぼす影響として、側根の形成および主根の伸長に促進効果を持つことを示した。これは菌根形成を促進するバクテリアであるMycorrhization helper bacteriaの機能の一つとして仮定されている、根の感受性に対する影響に値するものと考察された。また、FB1が培養系に与える影響は、添加するバクテリアの種類、添加方法及び培養時の栄養条件によって異なり、アカマツ根、キツネタケ菌糸のそれぞれに異なる局面でアプローチしていることが明らかとなった。

以上、本研究では、植物、菌根菌の二者をin vitroで同時に培養し、効率的に菌根合成を行なう方法を開発し、さらにそこにバクテリアを加え、三者で同時に培養する手法を確立した。また、その手法を応用し、野外菌根から採取、同定したバクテリアがアカマツ根、キツネタケ菌糸に与える影響を評価し、開発した手法がバクテリアの機能解明に有効であることを示した。さらに、その結果に基づいてバクテリアが、菌根圏において植物及び菌根菌にどのように関わっているかについての仮説を構築し、今後のヘルパーバクテリア研究展開の基礎を確立した。すなわち本研究の成果は、従来複雑な環境要因の中で研究されてきた菌根圏環境におけるバクテリアの機能解明研究に対して、植物、菌根菌、バクテリアの三者のみの系を用いることにより他の要因を排し、より明確にヘルパーバクテリアの機能解明を行なうのに幅広く応用できるものであり、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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