学位論文要旨



No 119149
著者(漢字) 和,愛軍
著者(英字)
著者(カナ) ワ,アイグン
標題(和) 中国長江上流域における持続可能な森林経営・管理に関する研究 : 雲南省元麗江県を中心に
標題(洋)
報告番号 119149
報告番号 甲19149
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2700号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 大橋,邦夫
 東京大学 助教授 白石,則彦
 東京大学 助教授 井上,真
 東京大学 助教授 石橋,整司
内容要旨 要旨を表示する

中国の長い歴史を振り返ると,人口増加につれ人間活動の拡大もしくは中華文明の発展とともにつねに森林の破壊あるいは環境の劣化が生じてきた。しかし,今や人間の責任において,環境劣化地域の自然生態系を回復させると同時に,「持続可能な森林経営・管理」をキーワードとする循環型地域社会づくりや持続的発展に対する社会的要請が強まっており、それらに関連する基礎的研究が重要な課題となっている。そこで、本研究では,1998年に大洪水の災害を受けた長江の上流域に位置する元麗江県を主な対象地として、各種統計・政策資料、フィールド調査、アンケート調査、聞き取りなどを基に、環境経済学や森林経理学の手法及び環境社会学の考え方を援用しながら、持続可能な森林経営・管理に関して包括的分析を試みたものである。

本論文は9章から成る。

第1章では,近年の「森林減少問題」と「水問題や洪水災害」を概観しながら,本研究の方向性と意義を明確化させ,上記の目的について述べた。

第2章では,「長江上流域(主に金沙江流域)と元麗江県の特性と歴史的変遷」について,10数回のフィールド調査や多数の文献調査によって自然環境条件および歴史的な経緯をおさえ,長江上流域と元麗江県の「多面的重要性」を位置づけた。

第3章では,中国の基本的環境問題やアジアにおける国際協力の現状を概観し、それぞれ長江上流域の雲南・四川両省と金沙江流域を事例に自然科学的な観点と歴史的な視点から森林減少や土地荒廃問題を把握し、森林・林業の時代的変化を解明した。

第4章では,中国における各行政単位をそれぞれ国家レベル、雲南省・青海省・内蒙古自治区、西双版納州・臨安市、元麗江県黄山郷白華村及び石頭郷桃花村などレベル別に取り上げ、森林・林業の事情を概説した。

第5章では、地域住民サイドからの森林評価法を編み出しそれによって公益的機能を含んだ森林全体の新しい評価を試みた。また経営サイドからの森林評価も行った。先ず主要国の自然資本や環境資源勘定の状況について概説し、中国のこれまでの森林資源勘定に関する研究状況を把握した。また、中国における自然資源勘定と環境評価研究プロジェクトの概要を述べ、最初の実践的模索や理論的準備から環境資源価値の評価と産業問題、『中国版アジェンダ21世紀』の展開まで論じた。更に、ケーススタディとして、中国の長江防護林プロジエクト(雲南元麗江県域)と雲南省西北部の水源涵養林を事例に評価してみた。また、持続可能な森林経営における資本のつかみ方やその評価についても平田・箕輪方式を拡張した。即ち、皆伐・人工林を対象とした平田説を、伐採率と回帰年をキーワードとする択伐林経営の資本評価に応用することを試みた。長江上流域の天然択伐林や東京大学北海道演習林の択伐林を事例にして適用してみた結果:元麗江県のトウヒ・モミを中心とした森林資本の評価額は約110億円になった。このストックから毎年約1.7億円の伐採収益が産出されている。単位面積あたりの資本評価額は約26.7万円/haになる。また、同様の評価を、東京大学北海道演習林の択伐林に対して行うと、約6000 haの面積で概ね138億円(約230万円/ha)の資本評価になり、毎年約2.7億円の伐採収益が出てくると見られる。また、環境経済学のCVM手法による世界遺産麗江古城の評価価値は30.99億元(約400億円)となり、「雲杉坪」観光地のレクリエーション機能の価値は約112億円となった。

本論では、森林の木材生産、水土保全、森と人の共生という三つの機能を同時に考慮する評価法について平田説を拡張する方向で考察を加え、敢えて「三和説」と名付けた。さらに、長江上流域における雲南松の人工林を事例に住民との協働管理を考慮した森林経営の資本評価としてu (k+CS) が導かれた。ここでは,地域住民の森林価値に対する認識や評価,環境保全ならびに持続的自然資源管理に向けての住民との協働管理が重要な条件となる。そこで,住民との協働管理を考慮した持続可能な森林経営の資本評価は,K'=u'{k+α(CS+ε)}と,ある程度幅がある柔軟性を持たせた表現方法が妥当であると思われる。ただし,u'は広義の輪伐期の概念であり,土壌の回復などエコシステムの維持を考慮した森林経営における一巡期間である。αは,経済状況,自然環境,そして教育や制度面など社会の成熟度等によって左右される係数(α≧0)である。なおεは誤差成分である。

最後に,本章で扱った資本評価の提示は,持続可能な森林経営に関する協働型管理を進めて行く上で,さらには森林を社会の核と捉えて,地域の持続可能な発展に寄与できる可能性を有すると考えられる。

第6章では、雲南省における観光開発や自然保護区管理の挾間について考察し、省全体の観光開発を概観した上で元麗江県の玉竜雪山自然保護区などを事例に、観光開発行為が自然保護区管理にもたらす影響を明らかにした。そして、雲南省全体に対する総合的考察や自然保護区管理における衝突や利害関係者を分析し、幾つかの問題点と具体的な提案を提示した。

第7章では、「三江並流」世界自然遺産保護地域の現状をめぐって自然資源管理における紛争管理及び利害関係者分析(SA)を述べ、それぞれ観光化に伴う麗江都市のホスト社会の変容と伝統知識を活かした農村部桃花村のモデル的森林資源管理と利用を論じた。また、雲南省西北部農村の<幇忙・互助>と<雇用>の機構を事例に、農村社会における人間関係の形成機構も解明した。

第7章では、現代中国における「生態(環境)建設」および問題点を考察し、本学学生団体の活動の一つである「長江緑色希望プロジェクト・環境教育林事業」について,生態的・経済的・社会的観点から,プロジェクト評価を行い、「エコカンティービレッジネットワーク」の形成や「森林共同体」の可能性について考察した。さらに、日本沙漠植林ボランティア協会の活動事例から日本の対中緑化協力のあり方について考察した。一方、金沙江流域の上・中・下流を代表した五つの県を抽出し、近代における森林環境の荒廃や社会状況を詳細に比較し、持続可能な森林経営や自然再生事業のシナリオを幾つか提示した。追って、長江・黄河流域における植林を主体とする環境保全事業の全面的展開の状況をまとめた。また、地域社会の意識調査によって元麗江県におけるエコシステムマネジメントの可能性も考察した。

第9章では、長江上流域を中心に持続可能な森林経営や自然資源管理の問題点・循環型社会づくりの可能性について考察し、各章の論証を通じて「総合的考察」として本研究のまとめとしたが、森林・林業分野における日中国際協力の「Win-Win」シナリオを提示し、トップダウ方式からボトムアップへの転換と言った中国における「非公有制林業」の概念を定義し、その発展経緯を考察し、展開すべき将来像を提示した。また、ホスト社会や現場を振り返ってこれまでの歴史的変遷を反省し新たな可能性を展望してみた。そこで長期的・国際的視野からの地域計画についての考察を行い、学・官・民協働型森林経営・管理、モデル森林づくり、そして、持続可能な地域の発展に向けての考察を加えて、今後の研究課題と応用化への展望を指摘した。

以上、本研究を通じて,筆者は,歴史的に形成された森林を取り巻く中国社会の構造を念頭において、持続可能な森林経営・管理をキーワードにそれぞれ「点」(桃花村、黄山郷など)、「線」(長江流域とか)、「面」(元麗江県から省・全国まで)のレベルから「虫の目」、「ロケットの目」、「鳥の目」から見てきた(井上語録)。分析手法としては, 常に現場を重視し、同時に主に森林経理学的な視点を弁証法や環境社会学・環境心理学などに混じえながら,中国の社会構造把握を試みてきた。今後は,それぞれの特徴を持つ地方を抽出して,地域住民と森林との関わりの変化に対するより一層の理解を深めていく必要があり、基層社会のフィールドワークをより詳細に行うと同時に協働型「森林共同体」・エコカンティービレッジネットの構築が急務であると考えられる。最後に、本研究の方法論的特徴をまとめると次のようになる。

最後に、本研究の方法論的特徴をまとめると次のようになる。

1)森林経営論・地域開発論的視点を持ちつつ、実証的研究方法による地域の社会的・文化的事象の把握を最重視する点。フィールドワークに基づく一次資料を中心として地域の社会的・文化的事象の動態的側面を分析するアプローチを採り、地域に内在する問題の所在を明らかにしていくことを試みている点。2)森林利用や観光開発の負のインパクトのみならず、その創造的側面にも着目し、森林資源や観光産業を活用した地域発展の拠り所として、「愛と善良な心」を持つ「知的人間」の誘導の上で、地域の「自律的な活動」による「参加型モデル森林づくり」や「生態的観光文化の創造」の考え方を適用する点。3)ケース・スタディの分析においては、地域の自然環境・伝統文化と社会構造、ならびにその役割に注目するが、単なる地域研究としての特定地域の現象分析ではなく、その地域開発における手法的可能性についてプラグマティック(実践的応用)な知見を得ることを最終目的とする点。

こうした点から、本研究から得られる知見は、特定地域に留まらず他の類似地域の森林経営・生態系管理や観光開発にも適用していくことが可能であると期待され、ひいては林業不振の日本にまで今後の国際交流理念のあり方を展望する上でも示唆するところがあると考えられる

審査要旨 要旨を表示する

中国の長い歴史を振り返ると,人口増加につれ人間活動の拡大もしくは中華文明の発展とともにつねに森林の破壊あるいは環境の劣化が生じてきた。しかし,今や人間の責任において,環境劣化地域の自然生態系を回復させると同時に,「持続可能な森林経営・管理」をキーワードとして循環型地域社会づくりや持続的発展に対する社会的要請が強まっており、それらに関連する基礎的研究が重要な課題となっている。そこで、本研究では,1998年に大洪水の災害を受けた長江上流域の麗江県を主な対象地域として、各種統計・政策資料、フィールド調査、アンケート調査などを基に、環境経済学や森林経理学の手法及び環境社会学の考え方を援用しながら、持続可能な森林経営・管理に関して包括的分析を試みたものである。本論文は9章から成る。

第1章では,近年の「森林減少問題」と「水問題や洪水災害」を概観しながら,本研究の方向性と意義、目的に言及している。

第2章では,「長江上流域(主に金沙江流域)と麗江県の特性と歴史的変遷」について,10数回のフィールド調査や多数の文献調査によって自然環境条件および歴史的な経緯を明らかにしている。

第3章では,中国の基本的環境問題やアジアにおける国際協力の現状を概観し、それぞれ長江上流域の雲南・四川両省と金沙江流域を事例に自然科学的な観点と歴史的な視点から森林減少や土地荒廃問題を把握し、森林・林業の時代的変化を解明している。

第4章では,中国における各行政単位をそれぞれ国家レベル、雲南省・青海省・内蒙古自治区、西双版納州・臨安市、元麗江県黄山郷白華村及び石頭郷桃花村などレベル別に取り上げ、森林・林業の事情を概説している。

第5章では、地域住民サイドからの森林評価法を編み出しそれによって公益的機能を含んだ森林全体の新しい評価を試みている。ケーススタディとして、中国の長江防護林プロジエクト(雲南元麗江段)と雲南省西北部の水源涵養林の評価、長江上流域の人工林や東京大学北海道演習林の択伐林の評価がとりあげられている。それによると、元麗江県のモミを中心とした森林資本の評価額は約110億円、単位面積あたりの資本評価額は約26.7万円/ha、東京大学北海道演習林の択伐林の評価額は約230万円/haである。また、環境経済学のCVM手法による世界遺産麗江古城の評価価値は30.99億元(約400億円)となり、「雲杉坪」観光地のレクリエーション価値は約112億円となっている。

さらに、長江上流域における雲南松の人工林を事例に住民との協働管理を考慮した森林経営の資本評価式として,K'=u'{k+α(CS+ε)}を導いた。ただし,u'は広義の輪伐期の概念であり,土壌の回復などエコシステムの維持を考慮した森林経営における一巡期間である。αは,経済状況,自然環境,そして教育や制度面など社会の成熟度等によって左右される係数である。なおεは誤差成分である。

第6章では、雲南省における観光開発や自然保護区管理の挾間について考察し、全体の観光開発を概観した上で元麗江県の玉竜雪山自然保護区などを事例に、観光開発行為が自然保護区管理にもたらす影響を明らかにしている。

第7章では、「三江並流」世界自然遺産保護地域の現状をめぐって自然資源管理における紛争管理及び利害関係者分析(SA)を述べ、それぞれ観光化に伴う麗江都市のホスト社会の変容と伝統知識を活かした桃花村のモデル的森林資源管理と利用を論じている。

第8章では、現代中国における「生態(環境)建設」の観点から、「エコカンティービレッジネットワーク」の発展や「森林共同体」の可能性について考察し、さらには、金沙江流域の上・中・下流を代表した五つの県を抽出し、近代における森林環境の荒廃や社会状況を詳細に比較し、持続可能な森林経営や自然回復のシナリオを幾つか提示している。また、地域社会の意識調査を通じて元麗江県におけるエコシステムマネジメントの可能性を分析している。

第9章では、各章の分析を基に、「総合的考察」を行っている。「非公有制林業」などの将来像を提示すると共に、現場を振り返り、これまでの歴史的経緯を反省しつつ、長期的・国際的視野からの地域計画についての考察を行い、学・官・民協働型森林経営・管理、モデル森林づくりなどに言及し、今後の研究課題と応用化への展望を述べている。

以上のように、本研究は、「点」(桃花村とか)、線(長江流域とか)、面(麗江県など)のレベルから、フィールドワークと森林経理学、環境社会学・環境心理学などを結びつけることにより、中国における持続可能な森林経営・管理の実態とその可能性を総合的に研究したものであり、方法論面、現実の施策及び他地域への応用面で資するところが大きい。

よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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