学位論文要旨



No 119150
著者(漢字) 加藤,誠章
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ノブアキ
標題(和) 樹木根系が土質強度に与える影響の評価 : 模擬根を用いた一面せん断試験及び数値計算モデルによる検討
標題(洋)
報告番号 119150
報告番号 甲19150
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2701号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 芝野,博文
 東京大学 助教授 仁多見,俊夫
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、降雨を誘因として発生する表層崩壊に対して樹木根系の与える土質力学的影響を実験及び根系評価モデルにより評価するものである。

第1章では、森林地における斜面安定に関する研究における本研究の位置付けを示し、研究の目的、論文の構成の提示を行った。

降雨を誘因とする表層崩壊を予測するためには、斜面内での降雨の飽和・不飽和浸透過程を明らかにした上で、さらに土壌水分変化に伴う斜面の安定評価を正確に行う必要がある。森林斜面では、樹木根系が存在するため、根系による斜面安定補強メカニズムを明らかにすることが課題となる。

従来の多くの研究において、樹木根系の土質強度補強効果の評価は、根を含んだ一面せん断試験により行われてきた。また、その補強メカニズムは、極限平衡法により論じられてきた。極限平衡法により斜面の安定を論じる際、崩壊の形状を初期条件として決定してしまうため、根系の影響は、その初期条件に必要なパラメータの応答として評価されるに過ぎない。根系の補強メカニズムを物理的に明らかにするためには、せん断変形から破壊に至る過程における根の影響を応力解析的に評価する必要がある。

以上を踏まえて、本研究では、模擬根を含む一面せん断試験を対象とし、模擬根によるせん断強度補強メカニズムを明らかにすることを目的とした。

第2章では、樹木根系の土質強度補強効果に関する既存の研究についてレビューを行い、研究目的を達成するために問題となる点について指摘した。

樹木根系の補強メカニズムを解明するためには、様々な条件に対する応答、せん断変位に伴う内部のひずみの分布、土と根の力学的関係を明らかにする必要がある。従来の研究では、多くの場合応答的な評価のみがなされており、土壌水分条件の影響を測定した実験データが非常に少ないこと、既存の手法ではせん断試料内部のひずみ分布を三次元的に測定することが困難であることが明らかになった。

第3章では、撹乱森林土壌を試料とし、竹串を模擬根とした一面せん断試験を行い、土壌水分条件の影響を評価した。

はじめに、テンシオメーターで測定した土壌水分によってポンプを自動制御することにより0-37.3kPaの範囲で水分条件を調節することが可能な一面せん断試験機を新たに開発した。東京大学千葉演習林内袋山試験地で採取した森林土壌を2mmのふるいにかけた後に有機物を除いたものを試料として実験を行い、既存の豊浦標準砂を試料とする実験結果との比較を行った。模擬根は直径2.7mm、長さ100mmの竹串を用い、鉛直に24本挿入した。

土壌水分条件が見かけの粘着力に与える影響については、豊浦標準砂の場合、限界毛管水頭(2.94kPa)において最大値を示すのに対して、撹乱森林土壌試料では、0kPaから限界毛管水頭付近(7.85kPa)まで線形に近い増加を示し、不飽和領域においてはサクションに対するせん断強度の増加率が低下するものの、増加を示していることがわかった。

模擬根を含む場合、いずれの試料についても見かけの粘着力は増加を示した。また、試料のみの粘着力が大きいほど模擬根を含んだときの増分は大きかった。

内部摩擦角については、豊浦標準砂を試料としたときは土壌水分条件に関わらずに一定値を示したのに対し、撹乱森林土壌を試料としたときにはサクションと正の相関が見られた。また、いずれの試料のときも模擬根を含むときの増分はサクションに関わらず一定であった。

これらのことから、森林土壌と砂では、試料そのものの土壌水分に対する応答が異なるという知見と、模擬根が土質強度の補強に与える影響はいずれの試料についても傾向が同じであることがわかった。

第4章では、模擬根を含む一面せん断について内部の変形を測定し、土壌水分条件と根系密度の影響の評価を行った。

本研究では試料内部の変位を測定することが可能な一面せん断試験機を新たに作成した。試料の内部変位は直径2mm、高さ約1.6mmの円筒形のアクリルビーズをマーカーとして用い、垂直に試料内に並べて埋め込むことにより、座標を測定した。この手法により、従来の試験システムでは測定されなかった精度で内部の変形状態を測定することが可能になり、さらに、多様な土壌水分条件についての変形の評価が可能になった。

試料としては豊浦標準砂を、模擬根系としては竹串(直径2.7mm、長さ100mm)とゴム製の棒(直径2.8mm、長さ100mm)を0-40本使用し、実験を行った。

土のみを試料とする一面せん断試験において、せん断変位に対するせん断応力の応答は、土壌水分条件によらず、せん断の進行に伴い増加し、約5mm付近で最大値をとったのちに減少することが確認され、既存の研究結果と同様であった。

竹串の本数がせん断強度増分に与える影響は、従来指摘されているように、群杭効果が確認され、根系密度が高いときに増加の傾きが減少した。また、本研究では、サクションが小さいほど群杭効果が明瞭に出現することが明らかになった。一方、ゴム製の棒によるせん断強度増分は、竹串を用いたときより小さく、群杭効果は認められなかった。

土のみの試料は、せん断初期においては単純せん断変形を示すこと、以降の範囲では一面せん断変形を示すことが、内部の変形を測定することにより明らかになった。また、せん断面は試料の両端から発生し、せん断の進行に伴い中央部に拡大することがわかった。

一方、模擬根を含む試料は、竹串とゴム製の棒の両方について、せん断初期(0-約50mm)においては土のみの場合と同様に単純せん断変形を示すこと、それ以降の範囲においては一面せん断変形と単純せん断変形を同時に示すことがわかった。そのとき、根系密度が大きいほど単純せん断変形に近い変形を示し、せん断面が中央部まで拡大せずせん断面の面積が小さくなることが明らかになった。上述した現象は、竹串とゴム製の棒の両方で認められた。

一方、せん断に伴う模擬根の変形は、ゴム製の棒の場合にのみ確認され、竹串については変形が認められなかった。いずれの模擬根についても、土の平均的な変位と模擬根の平均的な変位は必ずしも一致せず、せん断変位が大きく、根系密度が小さいほどせん断箱の境界付近に大きな変位差が生じた。また、変位差は竹串の場合により明瞭であった。

内部の平均的な変形状態に対する土壌水分条件の影響は認められなかった。一方、せん断面の形成には土壌水分条件の影響が認められ、サクションが小さいほどせん断面は小さく、せん断箱の上下で試料の連続性が保たれることがわかった。

以上のことから、本実験で得られたこれらの知見は、従来の多くの根系評価モデルで仮定されている変形と大きく異なるものであることが明らかになった。

第5章では、根によるせん断応力補強効果と内部の変形との関係を明らかにするため、根と土の間に生じている力を測定し、第4章で求めた変形とせん断応力増分の関係について検討を行った。

水平抵抗力については、新規に実験装置を作成し、試料に豊浦標準砂、模擬根に竹串を用いて測定を行った。また、接線方向の摩擦力については模擬根を含む試料の単純せん断試験を行った研究の結果を基に求めた。その結果、模擬根の水平抵抗力は接線方向の摩擦力と比較して十分に大きいことが明らかになった。さらに、第4章で求めた土と根の水平変位差と実験で求めた水平抵抗力の積と、根によるせん断応力増分の関係を求めた結果、両者は正比例の関係にあることがわかった。また、この関係は、模擬根の種類(竹串とゴム製の棒)、模擬根の本数、土の土壌水分条件によらず成立した。従って、模擬根によるせん断応力の増分とそのときの試料の変形状態には相関があることが明らかになり、模擬根の水平抵抗力が土質強度補強効果の主要な要因となっていることがわかった。

第6章では、模擬根を有する一面せん断の試料を対象に弾塑性有限要素解析を行い、根の水平抵抗力がせん断試料内部の変形に及ぼす影響について明らかにした。

本モデルでは、せん断面を joint 要素を用いて表現した。joint 要素には、土のみの場合のせん断変位とせん断応力の関係を再現するような関係式を与えた。また、根の影響は、根と土の間に生じる水平抵抗力のみを入力値とした。水平抵抗力は、節点力に換算して構成式に与えた。土のみの計算では、せん断初期の立ち上がりは実験値の方が大きかったものの、せん断初期に単純せん断変形を示し、その後一面せん断変形を示すことが再現された。本モデルでは群杭効果が再現されなかったため、模擬根によるせん断応力の増分は、群杭効果が明瞭に出現する0kPaのときには再現性は低いものの、2.94及び4.90kPaのときは、実験値と計算値の差は小さかった。

また、模擬根を含むときは、せん断初期においては土のみのときと同様に単純せん断変形を示し、その後は単純せん断変形と一面せん断変形を同時に示すことが再現された。このことは、土壌水分条件に関わらず再現された。

このことから、根と土の間に生じる水平抵抗力が、土の変形ならびにせん断応力増分に影響を与える支配的な要因となっているという結論が得られた。

第7章では、土壌水分制御が可能な一面せん断試験機における模擬根が発揮する土質強度補強効果について、せん断試験機内部の変形の評価とそれを再現する数値計算モデルの構築を主要な成果とする本研究の総括を行った。

以上、本研究では、模擬根を含む一面せん断試験を対象とし樹木根系の与える土質力学的影響を実験及び根系評価モデルにより評価をおこなった。その結果、せん断変形ならびにせん断応力に及ぼす根の補強メカニズムに新規の知見を加えた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、降雨を誘因として発生する表層崩壊に対して樹木根系の与える土質力学的影響を実験及び根系評価モデルにより評価するものである。

第1章では、森林地における斜面安定に関する研究における本研究の位置付けを示し、模擬根を含む一面せん断試験を対象とし、模擬根によるせん断強度補強メカニズムを明らかにすることを目的とした、論文の構成の提示がなされている。

第2章では、樹木根系の土質強度補強効果に関する研究についてレビューし、研究目的を達成するための課題として、1)樹木根系の補強メカニズムを解明するために、せん断変位に伴う内部のひずみの分布、土と根の力学的関係を明らかにする必要があること、2)土壌水分の影響を評価する実験データが少ないこと、3)せん断試料内部のひずみ分布を三次元的に測定することの必要性、を指摘している。

第3章では、撹乱森林土壌を試料とし、竹串を模擬根とした一面せん断試験を行い、土壌水分の影響を評価している。0−37.3kPaの範囲で水分条件の調節が可能な一面せん断試験機を新たに開発し、東京大学千葉演習林内袋山試験地で採取した森林土壌を2mmのふるいにかけたものを試料として、既存の豊浦標準砂を試料とする実験結果との比較がなされた。2種類の土壌試料における模擬根の挿入が見かけの粘着力と内部摩擦角に与える影響の差異が明らかにされている。

第4章では、模擬根を含む一面せん断について内部の変形を測定し、土壌水分と根系密度の影響評価をしている。直径2mm、高さ約1.6mmの円筒形のアクリルビーズをマーカーとして垂直に試料内に並べて埋め込むことにより試料内部の変位が求められる一面せん断試験機を新たに考案し、多様な土壌水分条件について変形の評価が可能になった。豊浦標準砂を試料とする一面せん断試験において、せん断変位に対するせん断応力の応答は、土壌水分によらず、せん断の進行に伴い増加し、約5mm付近で最大値をとったのちに減少することが確認した。模擬根の本数がせん断強度増分に与える影響が調べ、せん断初期は土のみの場合と同様に単純せん断変形を示すこと、それ以降の範囲では一面せん断変形と単純せん断変形を同時に示すこと、根系密度が大きいほど単純せん断変形に近い変形を示し、せん断面が中央部まで拡大しないこと明らかになった。また、土の平均的な変位と模擬根の変位は必ずしも一致せず、せん断変位が大きく、根系密度が小さいほどせん断箱の境界付近に大きな変位差が生じる。そして、せん断面の形成には土壌水分の影響が認められ、サクションが小さいほどせん断面は小さくくなることを明らかにした。これら本実験で得られたこれらの知見は、従来の多くの根系評価モデルで仮定されている変形と大きく異なった。

第5章では、根によるせん断応力補強効果と内部の変形との関係を明らかにするため、根と土の間に生じている力を測定し、第4章で求めた変形とせん断応力増分の関係について検討を行った。水平抵抗力は、新規に実験装置を作成し、試料に豊浦標準砂、模擬根に竹串を用いて測定し、接線方向の摩擦力は模擬根を含む試料の単純せん断試験を行った研究の結果を基に求めている。その結果、模擬根の水平抵抗力は接線方向の摩擦力と比較して十分に大きいこと、第4章で求めた土と根の水平変位差と実験で求めた水平抵抗力の積と、根によるせん断応力増分の関係は正比例の関係にあること、がわかった。この関係は、模擬根の種類(竹串とゴム製の棒)、模擬根の本数、土の土壌水分によらず成立し、模擬根の水平抵抗力が土質強度補強効果の主要な要因という知見がえられた。

第6章では、模擬根を有する一面せん断の試料を対象に弾塑性有限要素解析を行い、根の水平抵抗力がせん断試料内部の変形に及ぼす影響について明らかにした。作成したモデルでは、せん断面を joint 要素を用いて表現し、根の影響は根と土の間に生じる水平抵抗力として節点力に換算して構成式に与える。模擬根を含むときは、せん断初期においては土のみのときと同様に単純せん断変形を示し、その後は単純せん断変形と一面せん断変形を同時に示すことが、土壌水分条件による応力変形関係とともに再現された。模擬根を有する一面せん断において、根と土の間に生じる水平抵抗力が、土の変形ならびにせん断応力増分に影響を与える支配的な要因となっているという結論がモデルによっても確認されたことを意味する。

第7章では、土壌水分制御が可能な一面せん断試験機における模擬根が発揮する土質強度補強効果について、せん断試験機内部の変形の評価とそれを再現する数値計算モデルの構築を主要な成果とする本研究の総括がなされている。

以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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