学位論文要旨



No 119156
著者(漢字)
著者(英字) Peki,Mex Memisang
著者(カナ) ペキ,メックス メミサン
標題(和) パプアニューギニアの天然林における択伐林管理のための成長解析とその応用
標題(洋) The growth analysis and its application for management of selective cutting natural forest in Papua New Guinea
報告番号 119156
報告番号 甲19156
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2707号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 梶,幹男
 東京大学 助教授 石橋,整司
内容要旨 要旨を表示する

パプアニューギニアの熱帯降雨林は3,930万ヘクタールにおよび、国土面積4,640万ヘクタールの85%を占めている。そのうち、1,520万ヘクタールは木材生産に利用可能と考えられており、現在1,062.5万ヘクタールを対象に年間313万立方メートルの伐採が行われている。パプアニューギニアの森林は生物の多様性に富み、産業上有用な樹種も多く含まれている。パプアニューギニアの林業部門は、1997年の輸出額が4億5,000万キナ(およそ3億5,000万ドル)に達しているように、鉱業部門、石油部門につぐ第3番目の重要な輸出産業であり、農業、水産業部門がそれに次いでいる。また、林業部門に従事する労働者は約7,500人であり、総労働者数の約4%を占めている。

このような背景から、天然林を対象とした持続的木材生産(保続林業)は、パプアニューギニアの森林経営の重要な目標となっており、原則として胸高直径50cm以上の樹木についてのみ択伐が許されるなどの制約を設けた上での択伐が行われている。しかし、パプアニューギニアにおける天然林の成長、動態に関する情報はほとんどなく、現在の択伐施業のもとで持続的木材生産を続けることが可能か否か、択伐後の林分はどのように変化していくのかまったくわからないままに択伐が行われている。今後、パプアニューギニアの天然林を破壊することなく、また資源を減少させずに天然林からの木材生産を行っていくためには、パプアニューギニアの天然林の成長特性を明らかにし、成長予測を的確に行い、その予測結果に基づいた施業を行っていく必要がある。

本研究は、パプアニューギニアで収集が始まった天然林固定プロットの調査資料を用い、択伐の行われている天然林の林分構造、林分成長について択伐後の動態を中心に解析し、パプアニューギニアの天然林における択伐林管理のための基礎的情報を得ると同時に、今後の研究に向けての有用な知見を得ることを目的としたものである。

本研究で用いた資料は、パプアニューギニアの択伐施業を行っている天然林内に設けられた8箇所の調査地のデータである。各調査地には100m×100mの成長プロットが2箇所ずつ設置され、個体識別をしながら胸高直径、樹高、樹種、樹木位置の毎木調査が行われている。熱帯林の常としてパプアニューギニアの天然林にも多くの樹種が見られ、個々の樹種の特性を解析することは重要である。しかし、一方で林分全体の動きを的確に捉えるためには個々の現象にとらわれずに見る視点も重要となる。そこで、本研究では樹種を先駆種、中間種、極相種の3つの樹種群に分けて取り扱った。

林分構造について、直径分布を用いて分析をした結果、いずれのプロットも天然林に広く見られる逆J型(指数型)の分布を示しており、この傾向は極相種、中間種別に見ても同様であった。先駆種は個体数が少なく択伐直後には明確な分布形を認めがたいプロットも多かったが、伐採2年後には小径木の本数増加が顕著であり、指数型の分布へと変化していることが推察された。しかし、Iva inika、Sogeramのプロットでは本数の減少が激しく、また、Vudalのプロットでは択伐直後に極端に小径木本数が少なかったのに対して2年後には大量の小径木の進界が見られるなど特徴的な変化をするプロットも見られた。これらの変化の理由としては、Iva inikaとSogeramについては択伐後のエルニーニョ時に起こった山火事の影響が、Vudalについては択伐前から地元の住民によって森林が利用され強度に攪乱が行われていた可能性が考えられた。パプアニューギニアの天然林は奥地林といっても古くから人間が生活をしてきた森林地域であり、人為の影響をまったく受けていないところばかりではない。林分構造の解析をもとに検討した結果からは、択伐による影響は先駆種の大量の更新という、天然林に対するインパクトが大きなものであることを推察させるものであり、同時に、自然災害、人為による攪乱が比較的日常的に見られるものである可能性も示唆するものであった。

つぎに、樹種構成について検討を行った結果、極相種、中間種を中心に多くのプロットに共通して出現する樹種が多数見られた。その一方で、特定のプロットにのみ見られる樹種も多く、多様性という観点から見た場合の天然林の取り扱いはかなり複雑になることがわかった。また、上述のように択伐による先駆種の更新への影響は大きく、択伐後速やかに現れていることがわかった。極相種、中間種の更新も見られたが、先駆種に比較して少ないプロットが多く、パプアニューギニアの天然林における択伐は、自然に形成されるギャップに比べて大きなギャップを形成するインパクトの大きなものであることが推察された。さらに、天然更新によると伐採した樹種と同じ樹種が更新するとは限らず、場合によっては森林の樹種構成を変える可能性もあることがわかった。

これら林分構造の分析をもとに20のプロットを択伐前後の取り扱いの違いから5つに分類し、それぞれの成長パターンについて検討した。その結果、極相種、中間種については特別に自然災害や人為の影響を受けていないプロットにおいて20〜50cm、特に30〜40cmクラスの樹木が高い成長量を示していた。上述のようにパプアニューギニアでは択伐の基準として特別な有用樹種を除いて50cm未満の樹木は伐採が認められていないため、択伐された樹木のすぐ下の林冠層に分布する樹木が択伐によって良好な成長環境を得ることによって成長を増加させていることが推察された。また、Vudalのように小径の先駆種が多数更新している林分では小径木が活発に成長している様子が見受けられた。さらに、各プロットに見られる樹木の損傷について検討したところ、択伐時に起きたと考えられる樹冠の損傷や樹梢の損失がみられ、その多くは小径木に起こっていることがわかった。

以上の分析結果を基に天然林を対象とした既存の成長モデルを利用しパプアニューギニアの天然林の成長予測を試みた。モデルとしては石橋(1989)が天然林の直径分布の変化を予測するために作成したモデルFDS(Feedback type Stand growth prediction model using Diameter transition probability)を改良して用いた。プロットの成長データからモデルのパラメータを決定し、各プロットの成長を予測した。まず、予測結果と実際の再測定データを比較したところ、先駆種の小径木の進界成長量の予測が過大または過小な結果となる点が認められたが概ね直径分布の変化をよく予測することができた。そこで、次に今後10年間の林分成長の予測を行った。予測の結果小径木、特に先駆種の小径木の成長が大きいことが予測された。パラメータの決定に利用できるデータが限られているため詳細な分析は困難であったが、天然林のモデルを用いて成長予測を行っていくための基礎的は手順を確認することができ、パプアニューギニアの天然林の成長予測が十分可能であることがわかった。

一連の解析の結果、(1)小径木には択伐によるダメージを受ける個体がみられるものの成長もよく、林分構造や林分成長に択伐による大きなダメージは認められない、(2)自然災害や人間の活動による長期的な攪乱は天然林の林分構造や林分成長に大きな影響を与える可能性がある、(3)成長モデルによる将来の林分構造の予測は択伐施業による保続的な森林管理を行っていく上で有用な道具である、(4)成長予測の結果、小径木への進界成長が進むことが予測されているが、今後慎重にモニタリングを行っていくことが必要である、などの成果が得られた。

今後、パプアニューギニアの天然林を対象とした択伐林施業を進め、同時に持続的木材生産を実現していくためには、さらに継続的に成長データを収集することが不可欠である。また、人間の活動による極端な攪乱が森林の状態を悪化させることのないよう社会を対象とした教育・啓蒙を進めることも重要である。さらに、天然林における択伐施業を行う際に成長モデルによる予測を行う手法を導入し、適切な森林の管理と利用を進めていく必要がある。本研究の結果、パプアニューギニアの特に低地に広がる天然択伐林に関しての基礎的情報を得ることができ、これまでの成長モデルを改良していくことでパプアニューギニアの天然林択伐施業をより保続的な形で進めていくことが可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

PNG(以下PNG)の熱帯降雨林は3,930万ヘクタールにおよび、国土面積4,640万ヘクタールの85%を占めている。そのうち、1,520万ヘクタールは木材生産に利用可能と考えられており、現在1,062.5万ヘクタールを対象に年間313万立方メートルの伐採が行われている。PNGの林業部門は、鉱業部門、石油部門につぐ第3番目の重要な輸出産業であり、林業部門に従事する労働者は約7,500人で総労働者数の約4%を占めている。このような背景から、天然林を対象とした持続的木材生産(保続林業)は、PNGの森林経営の重要な目標となっており、原則として胸高直径50cm以上の樹木についてのみ択伐が許されるなどの制約を設けた上での択伐が行われている。しかし、PNGにおける天然林の成長、動態に関する情報はほとんどなく、現在の択伐施業のもとで持続的木材生産を続けることが可能か否か、択伐後の林分はどのように変化していくのかまったくわからないままに択伐が行われている。今後、PNGの天然林を破壊することなく、また資源を減少させずに天然林からの木材生産を行っていくためには、PNGの天然林の成長特性を明らかにし、成長予測を的確に行い、その予測結果に基づいた施業を行っていく必要がある。

本研究は、PNGで収集が始まった天然林固定プロットの調査資料を用い、択伐の行われている天然林の林分構造、林分成長について択伐後の動態を中心に解析し、PNGの天然林における択伐林管理のための基礎的情報を得ると同時に、今後の研究に向けての有用な知見を得ることを目的としたものである。

本研究で用いた資料は、PNGの択伐施業を行っている天然林内に設けられた8箇所の調査地のデータである。各調査地には100m×100mの成長プロットが2箇所ずつ設置され、個体識別をしながら胸高直径、樹高、樹種、樹木位置の毎木調査が行われている。熱帯林の常としてPNGの天然林にも多くの樹種が見られ、個々の樹種の特性を解析することは重要である。しかし、一方で林分全体の動きを的確に捉えるためには個々の現象にとらわれずに見る視点も重要となる。そこで、本研究では樹種を先駆種、中間種、極相種の3つの樹種群に分けて取り扱った。

林分構造について、直径分布を用いて分析をした結果、いずれのプロットも天然林に広く見られる逆J型(指数型)の分布を示しており、この傾向は極相種、中間種別に見ても同様であった。先駆種は個体数が少なく択伐直後には明確な分布形を認めがたいプロットも多かったが、伐採2年後には小径木の本数増加が顕著であり、指数型の分布へと変化していることが推察された。しかし、Iva inika、Sogeramのプロットでは本数の減少が激しく、また、Vudalのプロットでは択伐直後に極端に小径木本数が少なかったのに対して2年後には大量の小径木の進界が見られるなど特徴的な変化をするプロットも見られた。これらの変化の理由としては、Iva inikaとSogeramについては択伐後のエルニーニョ時に起こった山火事の影響が、Vudalについては択伐前から地元の住民によって森林が利用され強度に攪乱が行われていた可能性が考えられた。

つぎに、樹種構成について検討を行った結果、極相種、中間種を中心に多くのプロットに共通して出現する樹種が多数見られた。その一方で、特定のプロットにのみ見られる樹種も多く、多様性という観点から見た場合の天然林の取り扱いはかなり複雑になることがわかった。また、上述のように択伐による先駆種の更新への影響は大きく、択伐後速やかに現れていることがわかった。極相種、中間種の更新も見られたが、先駆種に比較して少ないプロットが多く、PNGの天然林における択伐は、自然に形成されるギャップに比べて大きなギャップを形成するインパクトの大きなものであることが推察された。さらに、天然更新によると伐採した樹種と同じ樹種が更新するとは限らず、場合によっては森林の樹種構成を変える可能性もあることがわかった。

これら林分構造の分析をもとに20のプロットを択伐前後の取り扱いの違いから5つに分類し、それぞれの成長パターンについて検討した。その結果、極相種、中間種については特別に自然災害や人為の影響を受けていないプロットにおいて20〜50cm、特に30〜40cmクラスの樹木が高い成長量を示していた。また、Vudalのように小径の先駆種が多数更新している林分では小径木が活発に成長している様子が見受けられた。さらに、各プロットに見られる樹木の損傷について検討したところ、択伐時に起きたと考えられる樹冠の損傷や樹梢の損失がみられ、その多くは小径木に起こっていることがわかった。

以上の分析結果を基に天然林を対象とした既存の成長モデル(FSD)を利用しPNGの天然林の成長予測を試みた。まず、予測結果と実際の再測定データを比較したところ、先駆種の小径木の進界成長量の予測が過大または過小な結果となる点が認められたが概ね直径分布の変化をよく予測することができた。そこで、次に10年後の予測を行った。予測の結果、小径木、特に先駆種の小径木の成長が大きいことが予測された。パラメータの決定に利用できるデータが限られているため詳細な分析は困難であったが、天然林のモデルを用いて成長予測を行っていくための基礎的は手順を確認することができ、PNGの天然林の成長予測が十分可能であることがわかった。

一連の解析の結果、(1)小径木には択伐によるダメージを受ける個体がみられるものの成長もよく、林分構造や林分成長に択伐による大きなダメージは認められない、(2)自然災害や人間の活動による長期的な攪乱は天然林の林分構造や林分成長に大きな影響を与える可能性がある、(3)成長モデルによる将来の林分構造の予測は択伐施業による保続的な森林管理を行っていく上で有用な道具である、(4)成長予測の結果、小径木への進界成長が進むことが予測されているが、今後慎重にモニタリングを行っていくことが必要である、などの成果が得られた。

本論文は、PNGの特に低地に広がる天然択伐林の林分構造や林分成長に関しての基礎的情報を詳細な調査資料を分析することにより得るとともに、天然林の成長モデルを利用していくことでPNGの天然林択伐施業をより保続的な形で進めていくことが可能であるとの知見を得たものである。今後のPNGの択伐林管理にとって貴重な基礎的研究であると評価できる。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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