学位論文要旨



No 119158
著者(漢字) 篠田,章
著者(英字)
著者(カナ) シノダ,アキラ
標題(和) ウナギの接岸回遊に関する生態学的研究
標題(洋)
報告番号 119158
報告番号 甲19158
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2709号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 渡邊,良朗
 東京大学 教授 白木原,国雄
 東京大学 助教授 木村,伸吾
内容要旨 要旨を表示する

ウナギ Anguilla japonica はわが国では年間13万トンも消費されている水産重要魚種である。しかしながら、シラスウナギの採捕量はここ30年間変動を繰り返しながらも確実に減少しており、早急に適切な資源保全の対策が望まれている。保全策の立案・計画のためには、まず、ウナギの接岸状況の実態を把握し、その初期生活史や接岸回遊機構を解明する必要がある。

近年の耳石を用いた日齢解析によって、孵化から接岸までに要する日数や、変態時期に関する情報が数多く集積されてきた。しかしながら、いずれの研究も扱った材料が単年度のものであったり、限られた地域のものであったりするため、ウナギの接岸回遊の全貌は依然として不明であり、また資源変動機構についても十分に理解されたとは言い難い。

本研究の目的は、まず(1)東アジアの各地に接岸したシラスウナギを複数年度に亘って採集し、耳石の解析に基づいてその初期生活史を明らかにすることにある。また(2)種子島において、13年間に亘って実施したシラスウナギの接岸調査から、接岸状況の実態とその年変動を把握することを目的とした。さらに、(3)個体の孵化日、初期成長率、体サイズ、色素発達段階、接岸時期などの相関関係から、シラスウナギの接岸加入機構を明らかにすることも本研究の狙いとした。

初期生活史

1999年1月に水産庁養殖研究所で人工孵化・飼育した30日齢のウナギ仔魚の耳石微細構造を走査型電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、孵化輪の外側に26-28本の輪紋が認められ、プレレプトケファルス期とレプトケファルス期の早期において、本種は耳石に日周輪を刻むことが明らかになった。また、全ての耳石において直径約23 μmのチェックが給餌開始とほぼ時期を同じくして形成されることから、これは摂餌開始輪であると考えられた。

1997年11月から2000年4月までの3年度に亘り、本種の全分布域を代表する9地点からシラスウナギを採集し、計307個体の耳石微細構造を解析した。その結果、いずれの年度、地点、時期に採集された個体においても、輪紋間隔は中心から外縁に向かってほぼ同様の変化パターンを示した。すなわち、輪紋間隔はまず孵化輪の外側で増大し、孵化後20-40日で小さなピーク(小ピーク)に達した。その後しばらく低値で推移した後、輪紋間隔は再び急増し、最大(大ピーク)に達した後耳石外縁で急激に減少した。

外洋で採集された変態完了直後とみられるシラスウナギ6尾の耳石微細構造とSr:Ca 比の解析を行った。変態に伴って生じるSr:Ca 比の急減と一致して、輪紋間隔の急増とそれに続く大ピーク、その後の輪紋間隔の急減が全ての耳石に認められた。このことから、輪紋間隔の急増が変態期に相当し、大ピーク直前に変態が終了するものと考えられた。また、これらのサンプルにおいては耳石縁辺部にチェックが全く存在しなかった。

シラスウナギの耳石には一般に次のようなチェックと輪紋間隔の特異点があった。すなわち中心から外縁に向かって、耳石核、孵化輪、摂餌開始チェック、輪紋間隔急増点、最大輪紋間隔点(大ピーク)、淡水チェックである。これらのチェックと特異点でシラスウナギの初期生活史を以下の6期に区分した。すなわち、胚期、プレレプトケファルス期、レプトケファルス期、変態仔魚期、海洋シラス期、淡水シラス期である。

日齢査定の結果から、胚期を除くこれら5期の長さは、平均値±SD(範囲)で表すとそれぞれ、8.8±1.2(6-13)、106.4±19.6(59-170)、20.5±5.6(8-39)、20.5±9.6(0-52)、6.3±8.5(0-41)日となった。また、変態開始日齢、接岸日齢、総日齢はそれぞれ、115.2±19.6(67-119)、156.1±21.0(98-227)、162.4±21.8(110-227)日であった。レプトケファルス期の耳石成長率は0.84±0.12(0.59-1.27)μm/日であった。推定孵化日は5-11月の範囲にあり、本種の産卵の盛期は7-9月と推定された。

本種の初期生活史においてレプトケファルス期が106日と最も長く、接岸までの平均日数の約2/3の期間を占めた。また各個体のレプトケファルス期の長さには約110日もの変異があった。変態開始から接岸までの日数は41日で、範囲は12-67日と、レプトケファルス期よりも変異が少なかった。このことから接岸日齢にみられた約130日の個体差は、主にこのレプトケファルス期の長さの変異によるものと考えられた。ウナギのように海流によって受動的回遊をする種にとって、レプトケファルス期の長さの柔軟性が仔魚の接岸場所に変異を与え、より広範囲な地理分布を獲得するための戦術となっているものと推察された。

輸送過程

1956-2002年までの46年間に行われた31回の研究航海から報告された計2418個体のウナギ仔稚魚を解析することにより、その輸送過程を検討した。レプトケファルスは北赤道海流域、黒潮源流域、黒潮反流域に出現した。変態期仔魚は黒潮源流域と黒潮反流域に、シラスウナギは黒潮流軸と黒潮より西の沿岸域に出現した。体長が10 mmより小さい個体は、北緯11°54′から15°52′、東経136°52′から140°00′の範囲の海域にのみ出現した。一般に、体長が大きくなるにつれて分布域は西方へと移動し、40-50 mmになると北方へ分布が移り、50 mm以上になると台湾東方の黒潮源流域と黒潮反流域にのみ出現した。これらのことから、本種はマリアナ諸島西方海域で孵化し、その後北赤道海流によって西方へと輸送されるものと考えられた。黒潮への乗り換えと前後して、レプトケファルスはシラスウナギへ変態を開始し、黒潮を利用して東アジアのほぼ全域に接岸するものと考えられた。

1998-2002年の間の5回の研究航海で採集した20個体のレプトケファルスと6個体のシラスウナギの日齢査定を行い、既報の166個体のデータと併せて解析した。その結果、レプトケファルス期においては、体長、耳石径、日齢のいずれの組み合わせでも有意な正の相関が認められた。これより、レプトケファルス期では耳石成長から体成長の良否を推定できることがわかった。

接岸過程

鹿児島県種子島の伊原川河口において、1991年10月から2003年5月までの12年度に亘り、10日間に1回、計199回のウナギ接岸状況調査を行った。採集は夜間に波打ち際で手網を用いて行い、シラスウナギ計3531個体を得た。これらの個体を尾部の色素発達状態と形態計測に基づいて種査定した。その結果、種子島にはウナギ、オオウナギおよび、A. bicolor pacificaの3種が接岸し、その割合はそれぞれ95.4(3367個体)、4.5(158個体)、0.2 %(6個体)であることが明らかになった。

全12年度の接岸状況調査から算出したCPUEは、37.4(尾/時間/人)であった。年度ごとに求めた年度CPUEは、1991-1997年度では緩やかな減少を示し、1998年度からは増加に転じた。年度CPUEの最低値は1997年度の14.2、最大値は2002年度の121.8で、年度によって約9倍の変動があった。接岸期間は10月から翌年5月までの8ヶ月間で、1991年度の約7ヶ月から1997年度の約4ヶ月までと年度によって最大3ヶ月の違いが認められた。

東アジア全域からウナギの分布域を代表するように選んだ13地点で、1997年11月から2002年3月までの新月の晩に計127回の採集を行った。得られたシラスウナギ計3702個体について体長、体重、乾燥重量、肥満度および色素発達状態の5形質を測定・観察した。これらの形質の平均値±SDは、それぞれ57.0±2.6 mm、74.4±17.1 mg、22.7±4.5 mg、0.40±0.09であった。色素はIV-VIBまでの8段階のものが出現したが、色素が比較的未発達なVA-VIAIの3段階のものが全体の88 %を占めた。体長、体重、乾燥重量および肥満度は、色素の発達に伴い小さくなる傾向が認められた。このことは、レプトケファルスからシラスウナギへの変態の過程で生じる体長の収縮と体重の減少が、河口に接岸したシラスウナギでも継続していることを示唆している。

外部形態形質と採集時期および採集地点の緯度の関係をみると、一般に、採集地点の緯度が高く、また採集時期が遅いほど、体重、乾燥重量、肥満度は減少し、逆に色素は発達する傾向が認められた。体長についても高緯度の採集地点ほど大きい傾向がみられたが、接岸時期との間には有意な相関は認められなかった。

加入メカニズム

採集日、採集地点の緯度、外部形態形質、初期生活史パラメータ、耳石成長率および孵化日の相関関係を調べた。変態開始日齢は接岸日齢と強い正の相関を示し、レプトケファルス期の耳石成長率との間では逆に負の相関を示した。レプトケファルス期の耳石成長と体成長が正の相関を示すことから、レプトケファルス期の成長が良い個体ほど、若齢で変態を開始し、より若齢で河口に接岸するものと考えられた。レプトケファルス期の成長と変態のタイミングがその後の接岸日齢を決定する主要因であると考えられた。

孵化日は緯度・採集日との間に正の相関を示すことから、産卵期の早期に孵化した個体は、接岸時期の早期により低緯度域に接岸する傾向があるといえる。1997年を除くと、変態開始日齢と接岸日齢は、孵化日と無相関で、採集日と正の相関を示した。これは、若齢で変態・接岸するものが早期に接岸・加入するものの、孵化日には無関係であることを示している。1997年にはこうした関係は認められず、エルニーニョによる異常海洋環境によって、例年とは異なる加入パターンを呈したものと考えられた。さらに、淡水シラス期の長さは、色素発達段階と正の相関を示し、体重とは負の相関を示すことから、接岸後に発育が進行するにも関わらずウナギの体重は減少し続けることが示唆された。

以上本研究では、複数年度に亘り分布域から広く採集したシラスウナギについて、初期生活史パラメータ、外部形態形質、採集データを総合して解析することにより、ウナギの接岸回遊生態のほぼ全貌を明らかにすることができた。今後、ウナギの接岸行動のより詳細な年変動解析のために、さらに情報を集積していくことが重要である。また、本種の加入時期を支配している変態について、その過程や引金機構について研究を展開する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

近年、シラスウナギ Anguilla japonica の漁獲量は激減しており、資源の保全対策が急務となっている。しかしながら、その基礎となる本種の接岸回遊生態や初期生活史に関する知見は不足している。本研究は、ウナギの孵化から接岸に至る初期生活史と接岸回遊生態の全貌を解明することを目的として行われた。

第1章の序論に続く第2章では、本種の初期生活史をシラスウナギの耳石微細構造に基づいて詳細に検討している。まず人工孵化・飼育した30日齢のレプトケファルスの耳石微細構造を走査型電子顕微鏡で観察し、レプトケファルス期の耳石輪紋形成の日周性を明らかにした。これによってウナギにおける耳石解析法の基礎を固めた。また孵化後9日前後にできるチェックが摂餌開始チェックであることを証明した。次に、外洋で採集された変態直後のシラスウナギの耳石微細構造解析と微量元素分析を行い、変態に伴ってSr:Ca比の急減、輪紋間隔の急増、それに続く最大輪紋間隔点(ピーク)そしてその後の輪紋間隔の急減が全ての耳石に生じることを見た。これより輪紋間隔の急増が変態開始に相当し、ピーク直前に変態が終了するものと考えた。シラスウナギの耳石には、耳石核、孵化輪、摂餌開始チェック、輪紋間隔急増点、ピーク、淡水チェックの計6つの特異点が認められた。これらの特異点でシラスウナギの初期生活史を以下の6期に区分した。すなわち、胚期、プレレプトケファルス期、レプトケファルス期、変態仔魚期、海洋シラス期、淡水シラス期である。ウナギが接岸する東アジアの各地から4年に亘って採集した計309個体の各期の長さ(範囲)は、胚期を除いて順に、9 (6-13)、107 (59-170)、21 (8-39)、21 (0-52)、6 (0-41)日となった。また、変態開始日齢、接岸日齢、総日齢はそれぞれ、115 (67-119)、156 (98-227)、162 (110-227) 日であった。推定孵化日は5-12月の範囲にあり、本種の産卵盛期は8月と推定された。

第3章では、1956-2002年の46年間に行われた計31回の研究航海から報告された2418個体のウナギ仔稚魚の採集記録を解析し、その輸送過程を検討した。レプトケファルスは北赤道海流域と黒潮源流域に出現した。変態期仔魚は黒潮源流域に、シラスウナギは黒潮流軸西側の沿岸域に出現した。全長が10mmより小さい個体は、北緯12-16°、東経137-140°の海域にのみ出現した。これより、本種はマリアナ諸島西方海域で孵化した後、北赤道海流によって西方へと輸送されつつ成長し、黒潮への乗り換えと前後してレプトケファルスは変態を始めて、変態終了後のシラスウナギは順次黒潮を離脱し東アジアの河口沿岸域に接岸するものと考えられた。

第4章では、鹿児島県種子島の伊原川河口において、1991-2003年の13年間に亘って実施した、計199回のウナギ接岸状況調査をとりまとめている。この間に得た計3531個体のシラスウナギを解析し、本種の接岸生態を全般にわたって明らかにした。CPUEは、1991-1997年度には緩やかな減少を示し、1998年度からは増加に転じたが、採集年度によっては約9倍もの変動があった。接岸期間は10月から翌年5月までの8ヶ月間におよんだ。一方、1997年より6年間、東アジア全域の、ウナギの分布域を代表するように選んだ13地点から得たシラスウナギ計3702個体を測定・観察したところ、ウナギは、平均全長57 (47-69) mm、体重74 (29-162) mg、そして比較的未発達な体色素の発現状態 (VA-VIA I) で10月から5月の間に東アジアの河口へ接岸してくるものとわかった。

第5章では、シラスウナギの採集日および孵化日と、採集地点の緯度、外部形態形質、初期生活史パラメータの間の相関関係を調べ、本種の接岸回遊メカニズムを検討した。変態開始日齢は接岸日齢と正の相関を示し、逆に、レプトケファルス期の耳石成長率との間では負の相関を示した。レプトケファルス期の耳石成長と体成長は正の相関を示すことから、レプトケファルス期の成長が良い個体ほど、若齢で変態を開始し、若齢で河口に接岸するものと考えられた。レプトケファルス期の成長と変態のタイミングがその後の接岸日齢を決定する主要因であると考えられた。また、孵化日と採集日、採集地点の緯度との間に正の相関が認められたことから、早期に孵化した個体ほど、採集時期の早期に低緯度の成育場に接岸することが示された。

以上本研究は、この分野の研究では初めて複数年度、複数地点から広く採集した7000個体を超える多くのシラスウナギについて、初期生活史パラメータ、外部形態形質、採集データを総合的に解析することにより、ウナギの初期生活史と接岸回遊生態の全貌を明らかにしている。これらの知見は、ウナギの資源管理と保全に重要な基礎知見を提供するものと期待できる。従って、本研究は水産科学,海洋科学の発展に大きく貢献し、また学術上、応用上寄与するところが少なくないと判断されたので、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文としてふさわしいものと認めた。

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