No | 119160 | |
著者(漢字) | 荒木,貴宏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アラキ,タカヒロ | |
標題(和) | 海綿からの細胞毒性物質に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Cytotoxic Metabolites from Marine Sponges | |
報告番号 | 119160 | |
報告番号 | 甲19160 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2711号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 海綿は採集が容易であり、含有成分は細胞毒性、抗菌・抗カビ、酵素阻害など顕著な生物活性を示すことが多い。また、得られた化合物の化学構造も特異で、多種多様である。現在までに海綿から多くの細胞毒性物質が発見されているが、なかでも、halichondrin B, discodermolide, cryptophycin などは、有望な抗がん剤として臨床あるいは前臨床試験中である。また、その特異な作用機序からokadaic acid や calyculin 類は分子生物学のツールとして応用されている。 このような背景の下、本研究では細胞毒性試験でP388マウス白血病細胞に対して顕著な活性を示した2種の鹿児島県下甑島産 Theonella 属海綿から活性物質の探索を試みた。その結果、2種のペプチド、および1種のテトラミン酸マクロラクタムを単離し、構造決定を行った。その概要は以下の通りである。 下甑島産 Theonella 属海綿からの細胞毒性物質 koshikamide B の単離と構造決定 脂溶性画分に P388 マウス白血病細胞に対して, 顕著な細胞毒性を示した鹿児島県下甑島産海綿 Theonalla sp.(湿重量280 g)をエタノールで抽出後、細胞毒性を指標に溶媒分画、ODSフラッシュクロマトグラフィー、逆相HPLCで順次精製した。HPLCにおいて3つの活性ピークが得られたが、いずれのピークも同一の1H NMR スペクトルを与えたため、これらを合一して koshikamide B (1)と命名した活性物質330 mgを得た。 Koshikamide B(1)は、FABMSおよびNMRスペクトルから分子量2051のペプチドと考えられた。そこで、アミノ酸残基の同定をHOHAHA, COSYおよびHMBCなどの2次元NMRデータならびにアミノ酸分析により行った。その結果、Ala 2残基、Asn 3残基, Ile, Phe, Thr, N-MeAsn, N-MeIle 2残基, N-MeLeu, N-MeVal 2残基, およびSarが同定できた。ピロリドン環を含む異常アミノ酸は、HMBCおよび15N HMQCデータも加えて決定した。一方、Nw-カルバモイルアスパラギンは、NMRデータのみでは決定できなかったため、モデル化合物をZ-L-Asn から調製し、ペプチド中のアミノ酸残基のNMRデータと比較した。その結果、15Nのケミカルシフト値を含めほぼ同一のNMRデータを与えたことからその構造を確認した。以上得られた17個のアミノ酸残基の配列をHMBCのデータから決定して平面構造を得た。 HPLC で1が3つのピークを与える理由は、ピロリドン環が開環したケトン型、およびさらにケトン基が溶媒のアルコールと反応し形成されるヘミアセタール型との平衡状態で1が存在するためであると考えた。実際、ケトン型が存在することは、1を NaBH4 で処理するとアルコール体に導かれることから確認することができた。 通常アミノ酸残基の絶対立体配置は、1の酸加水分解物を Marfey 分析およびキラルカラムを用いるGC分析により、それぞれD,L-Ala, D-Phe, D-Ile, L-Thr, L-N-MeVal, L-N-MeAsn および L-N-MeLeu と決定した。なお、加水分解物中に L-Asp のみが検出されたことから、3残基の Asn と Nω-カルバモイルアスパラギンはすべてL型と結論した。2残基の N-MeaIle については、次のように決定した。まず、N-MeIleを1の酸加水分解物から単離し、標品との1H NMRスペクトルを比較することで2残基とも allo 型であると決定した。また Marfey 分析から、それらはD型, L型1:1の混合物であったが、部分加水分解で得られたフラグメントの分析によりペプチド中でのD型とL型の帰属を行った。D型、L型が各1残基存在する Ala も、このフラグメントを用いることで各々の位置を決定した。 ピロリドン環を含むアミノ酸の立体化学については、まずROESYデータならびに2,3JC,H, および 3JH,H 値の解析により相対立体配置を決定した。次いで、ピロリドン環部をアスパラギン酸へ誘導することにより最終的な立体化学の解明を試みた。種々の条件を検討した結果、エタノール中、75℃で放置すると脱水反応が進行し、目的とするオレフィンが生成することを見出した。さらに、このオレフィンをオゾン酸化してイミドに導いた。Koshikamide B(1)は、酸加水分解によって4mol当量のL-Aspを与えたが、イミド体の酸加水分解物は、5mol当量のL-Asp を与えた。従って、ピロリドン環の4位の絶対配置はSであることが判明し、ピロリドンユニットの絶対立体配置を2S、3R、4Sと結論した。 なおkoshikamide B(1)は、P388マウス白血病細胞に対してIC50値0.45 μg/mL の増殖阻害活性を示した。 下甑島産 Theonella 属海綿からの細胞毒性物質 Koshikamide A2 の単離と構造決定 Koshikamide B(1)の精製途中で、1とは異なる細胞毒性物質が存在することが認められたので、その単離と構造決定を試みた。すなわち、ODSフラッシュクロマトグラフィーにおいて、1よりも早く溶出する80%メタノール画分をゲル濾過後、ODS-HPLCによって、koshikamide A2 (2) 8.7 mgを得た。 Koshikamide A2 (2)は当研究室で単離、構造決定された koshikamide A1 (3)と類似した1H NMR スペクトルを与えた。そこで、各種2D NMR およびFABMSデータを解析した結果、koshikamide A1のC末端にアルギニン残基が結合した直鎖ペプチドであることが判明した。なお、詳細な NMR データの解析から、2はcis-trans 異性化による2種類のコンフォマーとして存在することが明らかとなった。アミノ酸残基の絶対配置は、酸加水分解物の Marfey 誘導体の HPLC 分析、ならびに2の酵素分解物と koshikamide A1 (3)のNMRデータを比較することで下図のように決定した。2はP388マウス白血病細胞に対して、IC50値6.7 μg/mL の細胞毒性を示した。 下甑島産 Theonella 属海綿からの細胞毒性テトラミン酸ラクタムの単離と構造決定 鹿児島県下甑島産海綿の脂溶性画分がP388マウス白血病細胞に対して有望な細胞毒性を示したので、活性物質の解明を試みた。海綿1.5 kg(湿重量)をエタノールで抽出後、溶媒分画、ODSフラッシュクロマトグラフィー、ODS-HPLC で順次分画し、1.7mg の細胞毒性物質4を得た。 化合物4の分子式は高分解能FABMSからC29H39N2O6と決定された。各種 NMR データの解析の結果、4はカルボン酸とエチル基が結合した4置換 bicyclo[3.3.0]octane 環、アルケン鎖、ジエンアミド、そしてテトラミン酸を有することが明らかとなった。COSY, HMBC、およびFABMSデータの解析から、得られた部分構造を連結しテトラミン酸を介したマクロラクタム構造を構築した。bicyclo[3.3.0]octane環の相対立体化学は、NOE の相関関係により構築した。4はP388マウス白血病細胞に対して、IC50値2.2 μg/mL の細胞毒性を示した。 以上本研究では、海綿からの新規細胞毒性物質の探索を目的として、スクリーニングで強い活性が認められた2種の Theonella 属海綿から、活性物質の単離と同定を試みたところ、下甑島産 Theonella 属海綿から koshikamide B(1)と命名した新規ペプチドラクトンを単離して、分子量が2000を超える今までにはないタイプのペプチドであることを明らかにするとともに、5残基のN-Meアミノ酸が連続的に配列した直鎖ペプチドの koshikamide A2 (2)を単離・構造決定した。さらに、別の下甑島産 Theonella 属海綿から1種の新規テトラミン酸マクロラクタムを単離・構造決定し、海綿が細胞毒性物質の探索源として優れていることを示した。 | |
審査要旨 | 海綿は採集が容易であり、含有成分は細胞毒性、抗菌・抗カビ、酵素阻害など顕著な生物活性を示すことが多い。また、得られた化合物の化学構造も特異で、多種多様である。現在までに海綿から多くの細胞毒性物質が発見されており、抗がん剤として臨床あるいは前臨床試験中、あるいは分子生物学のツールとして応用されているものも少なくない。 このような背景の下、本研究では細胞毒性試験でP388マウス白血病細胞に対して顕著な活性を示した2種の鹿児島県下甑島産 Theonella 属海綿から活性物質の探索を試みた。その結果、2種のペプチド、および1種のテトラミン酸マクロラクタムを単離して構造決定を行った。その概要は以下の通りである。 下甑島産 Theonella 属海綿からの細胞毒性物質 koshikamide B の単離と構造決定 脂溶性画分にP388マウス白血病細胞に対して, 顕著な細胞毒性を示した鹿児島県下甑島産海綿 Theonella sp.(湿重量280 g)から活性物質の単離を試みたところ、koshikamide B (1)と命名したペプチドラクトン330 mgを得た。各種機器分析ならびに化学的手法により構造解析を行った結果、全22不斉炭素原子の絶対配置を含め、これまでにない特異な全構造を決定できた。なお koshikamide Bは、P388マウス白血病細胞に対してIC50値0.45 μg/mL の細胞毒性を示した。 下甑島産 Theonella 属海綿からの細胞毒性物質 koshikamide A2の単離と構造決定 Koshikamide Bの精製途中で、1とは異なる細胞毒性物質が存在することが認められたので活性物質の検索を行った結果、P388マウス白血病細胞に対して、IC50値6.7 μg/mL の細胞毒性を示す koshikamide A2 (2)を得た。機器分析と化学反応により構造解析をしたところ、N-メチルアミノ酸を多く含む特異な直鎖ペプチドであることが判明した。 下甑島産 Theonella 属海綿からの細胞毒性テトラミン酸ラクタムの単離と構造決定 脂溶性画分に有望な細胞毒性が認められたので、下甑島産の Theonella 海綿から活性成分の単離・構造決定を試みた結果、theonellalactam (3)を得た。この化合物の構造を主に2D NMR で解析したところ、テトラミン酸を含むマクロラクタムと決定できた。本化合物はP388マウス白血病細胞に対して、IC50値2.2 μg/mL の細胞毒性を示した。 以上、本研究は海綿からの新規細胞毒性物質の探索を目的に、スクリーニングで強い活性が認められた2種の Theonella 属海綿から活性物質の解明を試みたところ、分子量が2000を超えるこれまでに例をみない特異なペプチドを発見するとともに、5残基のN-メチルアミノ酸が連続的に配列した新規直鎖ペプチドおよび新規テトラミン酸マクロラクタムを単離・構造決定したもので、学術上、応用上寄与するところは大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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