学位論文要旨



No 119165
著者(漢字) 高田,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) タカダ,ケンタロウ
標題(和) 海綿からのノイラミニダーゼ阻害物質に関する研究
標題(洋) Studies on Neuraminidase Inhibitors from Marine Sponges
報告番号 119165
報告番号 甲19165
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2716号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

ノイラミニダーゼは細胞膜上の複合糖質末端に存在するシアル酸を分解する酵素であり、この分解は免疫反応、腫瘍形成、腫瘍転移、精子進入現象、ウィルスの感染、菌の病原性に関与していると考えられている。特にインフルエンザウィルスにおいては、宿主細胞の核内で自己複製をしたウィルスが、細胞外へ出芽する際にノイラミニダーゼを用いる。従ってドラッグデザインによって開発されたノイラミニダーゼ阻害剤が抗インフルエンザ薬として臨床に応用されている。しかし、生物由来の阻害剤はほとんど知られていない。

このような背景の下、海綿を主体とする海洋無脊椎動物を対象に新規ノイラミニダーゼ阻害物質の探索をおこなった。すなわち、スクリーニングの結果、有望な活性が認められた4種の海綿から活性物質の単離・構造決定を試みたところ、計8つの新規ノイラミニダーゼ阻害物質を得ることができた。その概要は以下の通りである。

スクリーニング

日本近海および各地沿岸で採集した海洋無脊椎動物の抽出液を対象に、グラム陰性菌 Clostridium perfringens およびインフルエンザAウィルス由来のノイラミニダーゼに対する、阻害活性を調べた。約2000検体について調べたところ、C. perfringens 由来の酵素に対しては多くの検体に阻害活性が認められたが、インフルエンザウィルス由来のものに対しては非常に限られた検体にしか阻害活性が認められなかった。この中で有望な活性を示した試料について酵素阻害物質の単離および構造決定を試みた。

ノイラミニダーゼ阻害物質の単離と構造決定および生物活性

Calyceramides A-C

上記スクリーニングで活性が認められた、式根島産海綿 Discodermia calyx から、ノイラミニダーゼに対してIC50 0.2-0.8 μg/mLで阻害活性を示す calyceramides A-C を単離した。各化合物の構造は NMR 解析により部分構造を構築し、加水分解後、MS により脂肪鎖の長さを決定した。絶対立体化学に関しては、天然物をアセトナイドへ誘導し、結合定数およびROESYスペクトルにより相対配置を決定した。さらにMTPAエステルへ誘導し改良 Mosher 法を適用して決定した。この結果、calyceramides A (1)-C (3) は1位が硫酸化されたセラミドであることを明らかにした。

Nobiloside

式根島産海綿 Erylus nobilisから、IC50 0.46 μg/mLの阻害活性を持つ nobiloside (4) を単離した。Nobiloside の部分構造を NMR 解析により構築し、その相対配置は NOESY スペクトルの解析により決定した。アグリコンに糖鎖が結合していることが示唆されたため、加水分解してアグリコンと3種の単糖を得た後、アグリコンの水酸基に対して改良 Mosher 法を適用し、一方、糖に関してはGC分析により絶対配置を決定した。この結果、nobiloside は14位にカルボン酸が結合した珍しいラノステロール骨格を有し、その3位にD-グルクロン酸、D-ガラクツロン酸、およびL-アラビノースからなる糖鎖が結合していることを明らかにした。また、カルボン酸をメチルエステル5とし、その活性を測定したところ活性が消失したことから、分子中に含まれるカルボン酸が活性に重要であることが示唆された。

ポリペプチド

式根島産海綿 Asteropus simplex からは、IC50値 74 nM という非常に強い阻害活性を有するペプチド6 を単離した。本化合物はジスルフィド結合による強固な高次構造を有する分子量3816のポリペプチドであった。海洋無脊椎動物から単離されているペプチド群には多くの異常アミノ酸が存在していることを考慮し、ペプチド中のジスルフィド結合を還元、アルキル化後、NMR解析によりアミノ酸配列の決定を行った。ランダムコイルに導いたペプチドのNMR解析は未処理ペプチドの解析に較べ非常に容易で、本化合物が36残基からなるアミノ酸配列を完全に決定できた。さらに、化学的手法を用いてジスルフィド結合パターンを明らかにした。また、本化合物の強い活性発現には化合物の高次構造が重要であると考えられたので、溶液中の3次構造をNMRの距離制限を用いるコンピューター解析により決定し、RMSD値が0.28のデータを得た(図1)。分子表面は疎水性側鎖に覆われ、ペプチド結合のほとんどが分子内に存在する反面、5つの酸性アミノ酸のカルボキシル基は全て分子表面に露出するという特徴的な構造を有していた (図 2)。これらの結果はこの化合物が高極性溶媒に不溶であり、選択的、非選択的なプロテアーゼに耐性であるという特徴を説明するに足るものであった。本化合物のジスルフィド結合を含む基本骨格は、“Cystine-knot”と呼ばれる植物から単離されている生理活性ペプチド、またイモガイから神経毒として単離されている conotoxin 類に類似していた。動力学的解析から本化合物は酵素に対して競合的な阻害を示し、その Ki 値は 37 nM であった。また、他の微生物由来のノイラミニダーゼに対しても若干弱いながらも阻害作用を示したが、インフルエンザウィルスノイラミニダーゼに対しては活性を示さなかった。なお、様々な酵素に対する阻害活性、細胞毒性、および抗菌・坑カビ活性が認められず、微生物由来のノイラミニダーゼを選択的にかつ強力に阻害していることが明らかとなった。

Schulzeines A-C

八丈島産海綿 Penares schulzei の水溶性画分にインフルエンザウィルス由来のノイラミニダーゼに対して阻害活性が認められたので、活性物質の分離を試みたところ、α-グルコシダ−ゼ阻害物質として単離された schulzeines A (7)-C(9) を含む画分が活性を示した。そこで、これらの化合物の活性を調べた結果、いずれも 60 mMで阻害を示した。Schulzeines A-C はイソキノリンを含む3環性部分と3つの硫酸基を含む脂肪鎖がアミド結合した非常にユニークな新規骨格を有していた。Schulzeines A とBが有する6ヵ所(Bは5ヵ所)の絶対立体化学に関して、3種類の加水分解物を適切な誘導体へと変換し、スペクトル解析により決定した。これらの化合物は強力なα-グルコシダ−ゼ阻害物質であると同時に、海洋無脊椎動物から得られた初めてインフルエンザ由来のノイラミニダーゼ阻害物質であった。

結論

本研究では日本各地沿岸で採集された海洋無脊椎動物の水溶性および脂溶性抽出物に対象に、微生物、インフルエンザ由来のノイラミニダーゼに対して阻害活性を調べた。その結果、多くの検体に活性が認められ、これらのうち有望な活性を示した4種の海綿から活性物質の単離・精製を試みたところ、計9種の酵素阻害物質の構造を決定できた。これらの酵素阻害物質は全て新規化合物であり、また、これらの中には選択的で非常に強い酵素阻害を示す化合物を含まれることから、医薬品、研究試薬への応用が期待される。

NMR分析により得られたエネルギーが最小となる15個のコンフォメーションの主鎖 (A) および3次構造中の主鎖およびジスルフィド結合 (B)

分子表面の電荷状態

審査要旨 要旨を表示する

ノイラミニダーゼは細胞膜上の複合糖質末端に存在するシアル酸を分解する酵素であり、この分解は免疫反応、腫瘍形成、腫瘍転移、精子進入現象、ウィルスの感染、菌の病原性に関与していると考えられている。特にインフルエンザウィルスにおいては、宿主細胞の核内で自己複製をしたウィルスが、細胞外へ出芽する際にノイラミニダーゼを用いる。従ってドラッグデザインによって開発されたノイラミニダーゼ阻害剤が抗インフルエンザ薬として臨床に応用されている。しかし、生物由来の阻害剤はほとんど知られていない。

このような背景の下、海綿を主体とする海洋無脊椎動物を対象に新規ノイラミニダーゼ阻害物質の探索をおこなった。スクリーニングの結果、有望な活性が認められた4種の海綿から活性物質の単離・構造決定を試みたところ、合計8つの新規ノイラミニダーゼ阻害物質を得ることができた。その概要は以下の通りである。

スクリーニング

先ず、日本近海および各地沿岸で採集した約1000検体の海洋無脊椎動物の抽出液を対象に、グラム陰性菌 Clostridium perfringens およびインフルエンザAウィルス由来のノイラミニダーゼに対する阻害活性を調べた。その結果 C. perfringens 由来の酵素に対しては多くの検体に阻害活性が認められたが、インフルエンザウィルス由来のものに対しては非常に限られた検体にしか阻害活性が認められなかった。この中で有望な活性を示した試料について酵素阻害物質の単離および構造決定を試みた。

Calyceramides A-C

式根島産海綿 Discodermia calyx から、ノイラミニダーゼに対してIC50 0.2-0.8 μg/mLで阻害活性を示す calyceramides A-C を単離した。各化合物の構造はNMR解析と化学的手法を用いた結果 calyceramides A(1)-C(3) は1位が硫酸化されたセラミドであることを明らかにした。

Nobiloside

式根島産海綿 Erylus nobilis から、IC50 0.46 μg/mL の阻害活性を持つ nobiloside (4)を単離した。Nobiloside はラノステロール骨格を有し、その3位にD-グルクロン酸、D-ガラクツロン酸、およびL-アラビノースからなる糖鎖が結合していることを明らかにした。また、カルボン酸をメチルエステル5 とし、その活性を測定したところ活性が消失したことから、分子中に含まれるカルボン酸が活性に重要であることが示唆された。

Asteropine

式根島産海綿 Asteropus simplex からは、Ki値は37 nM という非常に強い競合阻害を示すペプチド6を単離した。アミノ酸配列、3次構造を解析した結果、本化合物は“cystine-knot”と呼ばれる様々な生物から単離されている生理活性ペプチド群に属するものであった。他の微生物由来のノイラミニダーゼに対しても若干弱いながらも阻害作用を示したが、インフルエンザウィルスノイラミニダーゼに対しては活性を示さなかったことから、微生物由来のノイラミニダーゼを選択的にかつ強力に阻害していることが明らかとなった。

Schulzeines A-C

八丈島産海綿 Penares schulzei の水溶性画分にインフルエンザウィルス由来のノイラミニダーゼに対して阻害活性が認められたので、活性成分の分離を試みたところ、schulzeines A(7)-C(9)が得られた。これらはイソキノリンを含む3環性部分と3つの硫酸基を含む脂肪鎖がアミド結合した非常にユニークな新規骨格を有していた。これらの化合物は海洋無脊椎動物から得られた初めてインフルエンザ由来のノイラミニダーゼ阻害物質であった。

以上、本研究では日本各地沿岸で採集された海洋無脊椎動物の水溶性および脂溶性抽出物に対象に、微生物、インフルエンザ由来のノイラミニダーゼに対して阻害活性を調べるとともに、有望な活性を示した4種の海綿から活性物質の単離と構造決定を試みたところ、合計8つの新規酵素阻害物質を発見したもので、学術上、応用上寄与するところは大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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