学位論文要旨



No 119168
著者(漢字) 西村,慎一
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,シンイチ
標題(和) 13-デオキシテダノライドの作用機序に関する研究
標題(洋) Studies on the Mode of Action of 13-Deoxytedanolide
報告番号 119168
報告番号 甲19168
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2719号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 理化学研究所 主任研究員 吉田,稔
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

海洋無脊椎動物からは強い細胞毒性を持つ物質が多く発見されている。それらのなかにはDNAのアルキル化、微小管形成阻害、アクチン重合阻害、タンパク質リン酸化酵素阻害、あるいはタンパク質合成阻害をすることにより細胞毒性を示すことが明らかになったものもあるが、詳細な作用機序が明確になったものは少ない。

海綿Mycale adhaerensから単離された13-deoxytedanolide(1)は18員環マクロライドで、強い細胞毒性と有望な抗腫瘍活性を示し抗がん剤として期待されているが、その作用機序は全く不明であった。そこで、本研究では出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeを対象に13-deoxytedanolideが作用する分子を探索することにより、作用機序の解明を試みた。その結果、13-deoxytedanolideはリボゾームの60Sサブユニットに結合し、タンパク質合成を強く阻害することが明らかとなった。その概要は以下の通りである。

構造-活性相関

13-deoxytedanolide (13-DT)は多くの酸素原子を含む官能基と2つの二重結合を擁しているので、これらをターゲットとして誘導体を調整し活性を調べたところ、活性発現に重要な部位とそうでない部位とを明らかにすることができた。すなわち、分子下半分の酸素原子を含む官能基が重要で、なかでも11位のケトン基を還元することによって得られる3級水酸基は、その立体配座が活性発現に大きな影響を及ぼした。11S体2のみが13-DTと同等の細胞毒性を示し、11R体の活性は著しく減少した。

標的分子の探索

次に、13-DTが結合する標的分子の探索を行った。すなわち、3Hラベル体を調整する目的で、[3H]-NaBH4を用いて11位のケトン基を選択的に還元し、11Sの立体を有する放射性同位体ラベル化合物3を作成した。

そして、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeを対象に、3が特異的に結合する分子を探索した。出芽酵母の粗抽出液中に3が特異的に結合する分子の存在を確認後、各種のクロマトグラフィーを用いて分画を行い、結合分子の絞込みを行った結果、陰イオン交換カラムおよびゲル濾過カラムにおける活性画分の挙動から標的分子はリボゾームと推測された。

リボゾームへの結合と生物活性

80Sリボゾーム複合体を常法により精製し、3の結合をScatchard plotで解析したところ、非常に低い解離定数(3.3 nM)を与えた(図1 A)。さらに、精製した40S小サブユニットと60S大サブユニットへの結合を測定したところ、40Sには全く結合せず、60Sにのみ特異的に結合した。このときの解離定数は2.12 nMであり、非常に強い結合であることが示唆された(図1 B)。

リボゾームは複数のRNAと多数のタンパク質からなる巨大分子であり、遺伝暗号をタンパク質へと翻訳する器官である。その遺伝暗号は40S小サブユニット上で解読され、60Sサブユニット上でペプチドの伸長が触媒される。そこで、13-deoxytedanolideのペプチド伸長に及ぼす影響を調べる目的で、出芽酵母の粗抽出液中でのペプチド伸長阻害能を検討した。その結果、13-DTはコントロールのcycloheximideと同等の阻害能(IC50 = 0.15および0.40 mM)を示した。従って、13-DTは60Sサブユニットに結合して、ペプチド伸長を効率的に阻害することが明らかとなった。

結合部位の探索

リボゾームによるペプチド伸長には「ペプチド結合生成」と「tRNAの転移」の2つの段階が含まれ、それぞれに特異的な抗生物質が生化学的に同定されている。そこで、機能が明らかとなっている古典的な抗生物質を用いて13-DTのリボゾーム上の結合部位を探索した。すなわち、ペプチド結合生成を阻害するpuromycinとanisomycinおよびtRNAの転移を阻害するcycloheximideとpederinの存在下で3のリボゾームへの結合能を検討したところ、興味深いことに前二者は3のリボゾーム結合能に全く影響を及ぼさなかったが、後二者は3の結合を阻害した(図2 A, B)。しかし、cycloheximideは精製した80S複合体や60S大サブユニットを用いた場合には3と競合せず、結合部位を共有しないことが示唆された。Cycloheximideの結合によって誘導される多様な効果の詳細は明らかとなっておらず、粗リボゾーム画分での競合結合を現段階では説明できない。一方、pederinは精製した60S大サブユニットに対しても3と競合した。従って、pederinと13-deoxytedanolideは共通の結合部位を有することが示唆された(図2 B)。同様に、海綿由来のpederin誘導体であるonnamide Aとtheopederin Aもpederinと酷似した挙動を示した(図2 A, B)。

以上本研究では、海綿由来の細胞毒性物質13-deoxytedanolideの作用機序の解明を目的として、出芽酵母S. cerevisiaeを対象に、標的分子の探索を行ったところ、60Sリボゾーム大サブユニットへ特異的にかつ強力に作用して、ペプチド伸長を阻害することを明らかにするとともに、全く化学構造の異なる13-deoxytedanolideとpederin類が60S大サブユニット上の同じ結合部位を共有することを示すことができた。リボゾームに結合してタンパク質合成を阻害する化合物は多数知られているが、13-deoxytedanolideは真核生物のリボゾームに作用する最初のマクロライド化合物であり、今後の詳細な作用機序の解明が期待される。

13-deoxytedanolideとリボゾームとの結合のScatchard plot解析。 A)3の80S複合体への結合; B) 3の60S大サブユニットへの結合。

13-deoxytedanolideのリボゾームへの結合に対するタンパク合成阻害剤の影響。A) 粗リボゾーム画分への3の結合とタンパク質合成阻害剤の影響; B) 60Sリボゾーム大サブユニットへの3の結合とタンパク質合成阻害剤の影響。

審査要旨 要旨を表示する

海洋無脊椎動物から発見された強い細胞毒性を持つ物質のなかには、DNAのアルキル化、微小管形成阻害、アクチン重合阻害、タンパク質リン酸化酵素阻害、あるいはタンパク質合成阻害をすることが明らかにされたものもあるが、詳細な作用機序が明確になったものは少ない。

海綿Mycale adhaerensから単離された13-deoxytedanolide (13-DT)は18員環マクロライドで、強い細胞毒性と有望な抗腫瘍活性を示し抗がん剤として期待されているが、その作用機序は全く不明であった。そこで、本研究では出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeから13-DTが作用する分子の探索を試みた。その結果、13-DT はリボゾームの60Sサブユニットに結合し、タンパク質合成を強く阻害することが明らかとなった。その概要は以下の通りである。

構造-活性相関

13-DTは多くの酸素原子を含む官能基と2つの二重結合を擁しているので、これらをターゲットとして11種の誘導体を調製し活性を調べたところ、いくつかの重要な構造-活性相関を明らかにできた。すなわち、分子下半分の酸素原子を含む官能基が重要で、なかでも11位のケトン基を還元することによって得られる3級水酸基は、その立体配座が活性発現に大きな影響を及ぼした。11S体のみが13-DTと同等の細胞毒性を示し、11R体の活性は著しく減少した。

標的分子の探索

次に、13-DTが結合する標的分子の探索を行った。すなわち、3Hラベル体を調製する目的で、[3H]-NaBH4を用いて11位のケトン基を選択的に還元し、11Sの立体を有する放射性同位体ラベル化合物を作成した。そして、出芽酵母S. cerevisiaeを対象に、3Hラベル体が特異的に結合する分子を探索した。出芽酵母の粗抽出液中に特異的に結合する分子の存在を確認後、各種のクロマトグラフィーを用いて分画を行い、結合分子の絞込みを行った結果、陰イオン交換カラムおよびゲル濾過カラムにおける活性画分の挙動から標的分子はリボゾームと推測した。

リボゾームへの結合と生物活性

80Sリボゾーム複合体を常法により精製し、3Hラベル体の結合をScatchard plotで解析したところ、非常に低い解離定数(3.3 nM)を与えた。さらに、精製した40S小サブユニットと60S大サブユニットへの結合を測定したところ、40Sサブユニットには全く結合せず、60Sサブユニットにのみ特異的に結合した。このときの解離定数は2.1 nMであり、非常に強い結合であることが示唆された。

リボゾームは複数のRNAと多数のタンパク質からなる巨大分子であり、遺伝暗号をタンパク質へと翻訳する器官である。その遺伝暗号は40Sサブユニット上で解読され、60Sサブユニット上でペプチドの伸長が触媒される。そこで、13-DT のペプチド伸長に及ぼす影響を調べる目的で、出芽酵母の粗抽出液中でのペプチド伸長阻害能を検討した。その結果、13-DTはコントロールのcycloheximideと同等の阻害能(IC50 = 0.15および0.40 mM)を示した。従って、13-DTは60Sサブユニットに結合して、ペプチド伸長を効率的に阻害することが明らかとなった。

結合部位の探索

リボゾームによるペプチド伸長には「ペプチド結合生成」と「tRNAの転移」の2つの段階が含まれ、それぞれに特異的な抗生物質が生化学的に同定されている。そこで、機能が明らかとなっている抗生物質を用いて13-DTのリボゾーム上の結合部位を探索した。すなわち、ペプチド結合生成を阻害するpuromycinとanisomycinおよびtRNAの転移を阻害するcycloheximideとpederinの存在下での3Hラベル体のリボゾームへの結合能を検討したところ、前二者は3Hラベル体のリボゾーム結合能に全く影響を及ぼさなかったが、後二者はその結合を阻害した。しかし、cycloheximideは精製した80S複合体や60Sサブユニットを用いた場合には、3Hラベル体と競合せず、結合部位を共有しないことが示唆された。一方、pederinは精製した60Sサブユニットに対しても3Hラベル体と競合した。従って、pederinと13-deoxytedanolideは共通の結合部位を有することが示唆された。同様に、海綿由来のpederin誘導体であるonnamide Aとtheopederin Aもpederinと酷似した挙動を示した。

以上本研究では、海綿由来の細胞毒性物質13-deoxytedanolideの作用機序の解明を目的として、出芽酵母S. cerevisiaeを対象に、標的分子の探索を行ったところ、60Sリボゾーム大サブユニットへ特異的にかつ強力に作用して、ペプチド伸長を阻害することを明らかにするとともに、全く化学構造の異なる13-deoxytedanolideとpederin類が60Sサブユニット上の同じ結合部位を共有することを示したもので、学術上、応用上寄与するところは大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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