学位論文要旨



No 119171
著者(漢字) 安間,洋樹
著者(英字)
著者(カナ) ヤスマ,ヒロキ
標題(和) 音響手法を用いたハダカイワシ科魚類の資源量推定に関する研究
標題(洋)
報告番号 119171
報告番号 甲19171
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2722号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 白木原,國雄
 東京大学 助教授 小松,輝久
 東京大学 助教授 山川,卓
 東京海洋大学 教授 古澤,昌彦
内容要旨 要旨を表示する

ハダカイワシ科魚類は世界中の海洋の中深層に分布し、膨大な生物量を有することが知られている。このため、海洋生態系における重要性が論じられているほか、未利用資源としての期待も大きく、これらの量を正確に把握する手法の確立が求められている。

本研究では、音響手法により日本周辺を含む太平洋亜寒帯域、及び亜熱帯域に優占的なハダカイワシ科魚類の定量評価を行うことを目的として、理論散乱モデルによりターゲットストレングス(TS)を推定し、TSの周波数特性や計量魚群探知機の設定等、資源量推定への適用にむけた検討を行った。そして、これらの結果を基に、ベ−リング海のコヒレハダカと道東海域のトドハダカをモデルケ−スとして音響手法による生物量推定を行った。

鰾の形態観察

鰾内の気泡は、魚類の音響反射における最も大きな要因となる。そこで、理論モデルによるTS推定に必要な情報として、主に本邦周辺で採集された14魚種を対象に、軟X線法を用いて鰾内の気泡の有無、及び形状を観察した。また、鰾を同体積の球と仮定した時の等価半径と体長との関係をアロメトリ−の式にあてはめ、鰾の相対成長を示した。

観察の結果、鰾の状態は次の3つに大別された。1)鰾内が気泡で満たされている 2)鰾状の構造は見られるが、著しく萎縮し鰾内に気泡は存在しない 3)鰾状の構造自体が欠如している。観察した魚種のうち、オオクチイワシのみが鰾構造を欠いていた。またコヒレハダカ、セッキハダカは稚魚期から最大体長に至るまで鰾内に気泡を有さず、音響的には無鰾魚として扱う必要があると判断された。残りの魚種は気泡を含む鰾を備えていたが、魚体の体積に占める鰾体積の割合は最大でも3%以下で、他の有鰾魚類に比べ大幅に低いことが判明した。これらの鰾形態には発育段階による変化が見られた。トドハダカやオオメハダカをはじめとするいくつかの魚種では、生活史の初期段階においては鰾の発達が見られないが、稚魚期のある段階になると鰾が発達し気泡を含むようになる。気泡の発現後はアロメトリ−係数が1.5〜2程度の比較的早い成長を示す一方で、成熟体長に達した成魚では鰾内に脂肪の蓄積が進み気泡領域が小さくなる個体も増え、最大体長付近では完全に気泡が消失した無鰾個体の割合が高くなった。また、アラハダカでは体長が約50mmを超えると鰾成長に伴って鰾半径が小さくなり、アロメトリ−係数は−1.7に変化した。以上より、ハダカイワシ科魚類の多くの魚種では、鰾が体長と比例して成長しないことが示され、さらにいくつかの魚種では、ある発育段階を境に鰾が退行していくことがわかった。

無鰾魚の魚体の密度比と音速比の測定

体内に気泡を含まない魚類のTSは、主に魚体と周囲の海水との密度比(g)、音速比(h)により決定される。そこで、鰾観察の結果から音響的に無鰾と判断されたオオクチイワシ、コヒレハダカ、セッキハダカと、気泡が完全に消失したトドハダカ、オオメハダカ、アラハダカについて、密度標準液による密度比測定を行った。また、オオクチイワシ、コヒレハダカ、アラハダカについては、Tチュ−ブを用いて音速比を測定した。

測定に供した6魚種の密度比は全てにおいて海水より高かったが、アラハダカを除く5魚種では1.003〜1.020の範囲内にあり、魚類の平均的な密度比として広く用いられている値(約1.040)に比べ低いことがわかった。特に、セッキハダカ属の2種では密度比が低く(1.004)、海水と非常に近い値を示した。一方、アラハダカは他の魚種に比べても高い密度比(1.050 )を示し、本種の鱗の性状や肉質の違いが高い体密度をもたらしていると考えられる。

測定した3魚種全てにおいて、音速比には顕著な温度特性が見られた。各魚種の生息水温を考慮すると、音速比はコヒレハダカで1.032〜1.039、オオクチイワシでは1.024〜1.036であり、無鰾魚の音速比として一般的に用いられる値(1.020)に比べて高かった。一方、アラハダカの音速比は1.012〜1.024で、他の2魚種に比べて低い値となった。

液状回転楕円体モデルにより音速比あるいは密度比を段階的に変化させながらTSを計算した結果、密度比と音速比が同時に1%変化すると、TSは約2.5dB変化することが示された。本研究で求められた値は、これまで多く用いられてきた無鰾魚の値と比較して、密度比で最大3.7%、音速比で最大1.9%の差があり、一般的な値の使用が推定TSの大きな誤差につながることが示唆された。よって、鰾を欠くハダカイワシ類のTSを理論的に推定する際には、本研究で得られた結果をふまえ適切な密度比、音速比を選択する必要がある。

TSの精密測定による理論モデルの検討

TS推定に理論モデルを用いることは 測定によらず広い範囲のTS特性を知ることが可能になるなど、利点が多い。しかし、モデルにより適用条件が異なるため、実験的検証も含めて、対象とする生物に最適なモデルを選ぶ必要がある。ハダカイワシ類は同種内でも無鰾と有鰾が混在することが多いため、本研究では気泡と液状体の両方に適用が可能な回転楕円体モデル(PSM)もしくは変形円筒形モデル(DCM)を使用することとし、モデルにより計算したTSパタ−ンと測定実験の結果とを比較することで、両モデルの実用性について検証した。測定実験に際し、有鰾魚においては体長約80mmのトドハダカ、ゴコウハダカ、ナガハダカ、及び体長約40mmのアラハダカを用い、無鰾魚においては体長60mm〜100mmのコヒレハダカを用いた。実験は大型水槽内で懸垂法により行い、+50°〜−50°の範囲で姿勢角を変化させながら38kHzにおけるTSを測定した。

有鰾魚において鰾形状を気体反射モデルに適用した場合、全ての個体でPSMとDCMによる推定値には2〜5dB程度の差が生じていた。測定値はPSMの結果と比較的よく一致していた。ハダカイワシ類は他の魚類に比べ鰾のアスペクト比が低く、DCMへの適用条件を満たしていない可能性があることからも、有鰾魚においてはPSMの使用が適していると考えられる。

一方、無鰾魚であるコヒレハダカにおいて、実験により得た密度比と音速比を液状反射モデルに適用した場合、測定した体長範囲ではPSMとDCMのTSパタ−ンはピ−ク値の付近で比較的よく一致した。また、これらは測定値ともよく一致していたが、計算の容易性から、無鰾魚においてはDCMの方がより実用的であると考えられる。

理論モデルによるTSの周波数特性に関する検討

鰾観察による情報を基に各魚種を有鰾期と無鰾期に分け、有鰾期では鰾形状をPSMに適用し無鰾期では魚体形状をDCMに適用してTSの周波数特性を求めた。これに加え、気泡の共振モデルを用いることにより有鰾魚の共振特性について調べ、現場での調査設定や適正周波数についての検討を行った。

ハダカイワシ類の鰾は非常に小さいため、一般的な魚探周波数である38〜200kHzの範囲内では姿勢によるTSの変化は殆ど見られなかった。この周波数範囲内では、全ての個体で基準化TS(TScm)が−70dB以下を示し、他の有鰾魚類に比べるとかなり低いことがわかった。また、魚体と鰾が比例的に成長しないことから、有鰾のハダカイワシ類ではTSを体長の2乗で一般化できないことがわかった。このため、本研究では体長(log)と各周波数におけるTSを直線回帰に当てはめることにより、直接的に両者の関係を得た。全ての個体で高周波(120kHz)に比べ低周波(38kHz)のTSが若干高い値(0.1〜3.0dB)を示したが、体長とTS差に有意な関係は得られなかった。

無鰾魚において姿勢角分布を平均0°標準偏差15°と仮定した場合、姿勢分布で平均化したTS(平均TS)のTScmと最大TSのTScmとの間にはL/λ(L: 体長, λ: 波長)が約1.5より大きい領域で差があらわれ、この領域において両者のTScmに最大約5dBの差が生じていた。平均TSのTScmはL/λが約2で収束し始めた。その値は全ての魚種で−85〜−90dBを示し、他の無鰾魚における多くの報告の範囲内にあることが判明した。38kHzと120kHzのTSを比較した場合、多くの魚種において稚魚期にあたる体長50mm以下では高周波のTSが高く、20mmの個体ではその差が約15dB に及ぶ。一方、70mmを越える個体では低周波の方が高いTS値を示し、80mmの個体で最大5dB 程度の周波数差を示した。

ハダカイワシ類は生息水深が深いため、一般的に使用可能な魚探周波数の中では、減衰の少ない38kHzが適していると考えられる。38kHzで測定水深約250mを想定すると、鰾の等価半径が約1mm以上の個体(例えば約5〜6cmのトドハダカ)では共振の影響を殆ど受けずに測定が行えることがわかった。しかし、測定水深がさらに深くなる場合や、より小さな個体を対象とする場合には共振の影響が大きくなることが予想され、送受波器を魚群に接近させてより高い周波数を使用するなど、調査設計の工夫が必要になると考えられた。

音響調査に基づく生物量推定

音響調査デ−タを用い、資源量推定に向けた音響的、生態的知見を得るとともに、本研究におけるTSに関する知見を適用して、生物量推定を試みた。

ベ−リング海アリュ−シャン海盆南部海域におけるコヒレハダカの音響調査 2002年冬季に計量魚群探知機、KFC3000(Kaijo)により得られた38kHzの音響デ−タを解析に用いた。また、同年の夏季に得られたデ−タを用い、分布特性等の比較を行った。

マイクロネクトンによる散乱層は昼夜を通して水深500m以深における280〜400mの深度層に現れ、調査海域全体に帯状に広がっていた。これらは体積後方散乱強度(SV)が−70〜−80dBの弱い反応であるが、陸棚縁辺付近では−60dB以上の比較的強い反応も多く出現した。トロ−ルによる魚種確認では、この反応のほとんどが体長10cm前後のコヒレハダカ成魚によるものと判明した。また、この海域の優占種であるスケトウダラ魚群とは出現水深、SV及びthreshold特性などにより区別することができた。冬季において明確な鉛直移動は示さず、水温躍層より上への魚群分布は見られなかった。一方、夏季においては顕著な日周鉛直移動を示すようになり夜間の魚群識別が困難となったほか、強度の水温躍層による物理特性の変化で推定魚群量にバイアスが生じることが示唆された。冬季のデ−タから、約44000km2の調査海域における推定バイオマスは280万t、魚群密度は50〜100g/m2と見積もられた。

道東海域におけるトドハダカの音響調査 2000年冬季に、同一定線を昼夜に分けて航走した。解析には、計量魚群探知機、EK500(SIMRAD)により得られた38kHzの音響デ−タを用いた。

日中、トドハダカの魚群はSVが−50dB台の比較的強い反応で構成され、300m以深の海域に現れた。また、これらは顕著な日周鉛直移動を示した。日中は魚群が密集し比較的強い音響反射を得られたが、夜間は魚群が分散し十分なSN比を得ることができず、資源量推定には適さないことが判明した。しかし、夜間は分布水深が浅いことから高周波を用いた単体トレ−スやTSの現場測定などの可能性が示唆された。昼間のデ−タにより推定された平均魚群密度は約50g/m2で、道東陸棚斜面におけるバイオマスは約10万tと推定された。

本研究では魚類マイクロネクトンに有効なTS推定法を示し、日本近海で優占的な魚種の音響反射特性を明らかにすると同時に、現場デ−タの解析例を示した。これらの成果は本科魚類の音響資源評価の実現に向けて重要な知見を与えるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、音響手法によりハダカイワシ科魚類の定量評価を行うことを目的として、理論散乱モデルによりターゲットストレングス(TS)を推定し、TSの周波数特性や計量魚群探知機の設定等、資源量推定への適用にむけた検討を行った。そして、これらの結果を基に、モデルケ−スとして実海域において音響手法による生物量推定を行った。

鰾の形態観察

14魚種を対象に、軟X線法を用いて鰾内の気泡の有無、及び形状を観察した。観察の結果、鰾の状態は次の3つに大別された。1)鰾内が気泡で満たされている 2)鰾状の構造は見られるが、著しく萎縮し鰾内に気泡は存在しない 3)鰾状の構造自体が欠如している。気泡を含む鰾を備える魚種においても、魚体の体積に占める鰾体積の割合は最大でも3%以下で、他の有鰾魚類に比べ大幅に低いことが判明した。これらの鰾形態には発育段階による変化が見られた。また、多くの魚種では、鰾が体長と比例して成長しないことが示され、さらにいくつかの魚種では、ある発育段階を境に鰾が退行していくことがわかった。

無鰾魚の魚体の密度比と音速比の測定

鰾観察の結果から音響的に無鰾と判断された3魚種と、気泡が完全に消失した3魚種について、密度比と音速比を測定した。測定に供した6魚種の密度比はアラハダカを除く5魚種では1.003〜1.020の範囲内にあり、特に、セッキハダカ属の2種では密度比が低く(1.004)、海水と非常に近い値を示した。一方、アラハダカは他の魚種に比べても高い密度比(1.050 )を示した。測定した3魚種全てにおいて、音速比には顕著な温度特性が見られた。各魚種の生息水温を考慮すると、音速比はコヒレハダカで1.032〜1.039、オオクチイワシでは1.024〜1.036であり、一方、アラハダカの音速比は1.012〜1.024で、他の2魚種に比べて低い値となった。

TSの精密測定による理論モデルの検討

回転楕円体モデル(PSM)もしくは変形円筒形モデル(DCM)を使用し、モデルにより計算したTSパタ−ンと測定実験の結果とを比較することで、両モデルの実用性について検証した。実験は大型水槽内で懸垂法により行い、姿勢角を変化させながら38kHzにおけるTSを測定した。

有鰾魚において鰾形状を気体反射モデルに適用した場合、全ての個体でPSMとDCMによる推定値には2〜5dB程度の差が生じていた。測定値はPSMの結果と比較的よく一致していた。有鰾魚においてはPSMの使用が適していると考えられる。一方、無鰾魚では、測定した体長範囲ではPSMとDCMのTSパタ−ンはピ−ク値の付近で比較的よく一致した。無鰾魚においてはDCMの方がより実用的であると考えられる。

理論モデルによるTSの周波数特性に関する検討

ハダカイワシ類の鰾は非常に小さいため、38〜200kHzの範囲内では姿勢によるTSの変化は殆ど見られなかった。この周波数範囲内では、全ての個体で基準化TS(TScm)が−70dB以下を示し、かなり低いことがわかった。また、魚体と鰾が比例的に成長しないことから、有鰾のハダカイワシ類ではTSを体長の2乗で一般化できないことがわかった。このため、本研究では体長(log)と各周波数におけるTSを直線回帰に当てはめることにより、両者の関係を得た。無鰾魚において、姿勢分布で平均化したTS(平均TS)のTScmと最大TSのTScmとの間にはL/λ(L: 体長, λ: 波長)が約1.5より大きい領域において最大約5dBの差が生じていた。平均TSのTScmはL/λが約2で収束し始めた。その値は全ての魚種で−85〜−90dBを示し、他の無鰾魚における多くの報告の範囲内にあることが判明した。

音響調査に基づく生物量推定

ベ−リング海アリュ−シャン海盆南部海域におけるコヒレハダカの音響調査 2002年冬季に得られた38kHzの音響デ−タを解析に用いた。マイクロネクトンによる散乱層は昼夜を通して水深500m以深における280〜400mの深度層に現れ、調査海域全体に帯状に広がっていた。トロ−ルによる魚種確認では、この反応のほとんどが体長10cm前後のコヒレハダカ成魚によるものと判明した。約44000km2の調査海域における推定バイオマスは280万t、魚群密度は50〜100g/m2と見積もられた。

道東海域におけるトドハダカの音響調査 2000年冬季に得られた38kHzの音響デ−タを用いた。日中、トドハダカの魚群は比較的強い反応で構成され、300m以深の海域に現れた。また、これらは顕著な日周鉛直移動を示した。推定された平均魚群密度は約35g/m2で、道東陸棚斜面におけるバイオマスは約7.5万tと推定された。

本研究では魚類マイクロネクトンに有効なTS推定法を示し、日本近海で優占的な魚種の音響反射特性を明らかにすると同時に、現場デ−タの解析例を示した。これらの成果は本科魚類の音響資源評価の実現に向けて重要な知見を与えるものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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