No | 119175 | |
著者(漢字) | 黄,銘志 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ホアン,ミン チー | |
標題(和) | 魚類筋肉トロポミオシンの一次構造と熱安定性に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the primary structure and thermostability of fish muscle tropomyosin | |
報告番号 | 119175 | |
報告番号 | 甲19175 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2726号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 魚類の骨格筋においては哺乳類のものと同様に、ミオシンを主体とする太い繊維と、アクチンを主体とする細い繊維が交互に規則正しく配列している。細い繊維上に存在するトロポミオシンは、筋収縮のCa2+制御に関わる調節タンパク質の一つである。トロポミオシンの分子量は約33,000で、分子のほぼ全長がα-へリックス構造をとり、さらに2つのサブユニットが特有のコイルドコイル構造を形成している。魚類筋肉のトロポミオシンについては、これまでに電気泳動分析によるアイソフォームの分離、また数魚種についてはcDNAクローニングによる一次構造解析が行われ、さらに熱安定性における種特異性についての報告がなされている。しかし、一次構造と熱安定性とを関連づけた報告は示されていない。 このような背景の下、本研究では まず、水産上重要魚種で、しかも比較生化学的に興味深い2魚種、すなわちスケトウダラTheragra chalcogrammaおよびクロマグロThunnus thynnusにつき、速筋(普通筋)のトロポミオシンをコードするcDNAをクローニングして塩基配列を決定し、アミノ酸配列を演繹した。さらにcDNAの配列が既知の数魚種の普通筋からトロポミオシンを調製し、示差走査熱量(DSC)分析および円二色性(CD)分析により、加熱変性のパターンを比較し、構造安定性に重要なアミノ酸の同定を試みた。得られた成果の概要は以下のとおりである。 トロポミオシンcDNAのクローニングと一次構造解析 スケトウダラおよびクロマグロの普通筋から構築したcDNAライブラリーを用い、シログチPennahia argentataおよび他種生物トロポミオシンの相同性の高い配列に基づいて作成した数種の縮重プライマーを用い、RACE法によりトロポミオシン全長をコードするcDNAクローンを得た。両魚種のトロポミオシンcDNAは855bpのコード領域を持ち、284個のアミノ酸をコードしていた。しかし、5'および3'側の非コード領域の長さには差が認められた。すなわち、スケトウダラ・トロポミオシンcDNAは1,168塩基からなり、5'側および3'側非翻訳領域がそれぞれ97および276塩基であった。一方、クロマグロのものではそれぞれ1,220、156および206塩基であった。両者のコード領域の塩基配列の同一率は93.5%、アミノ酸配列の同一率は96.5%であった。データベース上の他動物種の演繹アミノ酸配列と比較すると、スケトウダラ・トロポミオシンは大西洋サケSalmo salarのものおよびウサギ速筋α鎖に対してそれぞれ95.8%および94.0%、クロマグロ・トロポミオシンではそれぞれ94.7%および93.7% と高い同一率を示した。 Head-to-tail重合に必須なN末端の12残基およびC末端の8残基、さらに2つのサブユニットの結合に重要なCys190は、いずれのトロポミオシンでも保存されていた。また、両魚種のトロポミオシンはグルタミン酸、リシン、アラニン、ロイシンに富み、フェニルアラニンは1残基のみで、トリプトファンは含まれなかった。疎水性残基はコイルドコイルの7残基(a - g)繰り返し構造のaおよびdの位置に偏って存在し、疎水性コアの形成に重要な役割を担っていることが示唆された。 脊椎動物各種のトロポミオシンのアミノ酸配列をもとにClustal Wを用い、近隣結合法によって分子系統樹を作成した。その結果、魚類のトロポミオシンは哺乳類のものからほぼ同程度離れており、一つのクラスターを形成した。スケトウダラ・トロポミオシンは大西洋サケのものと、クロマグロ・トロポミオシンはシログチのものと、それぞれ最も近縁であることが示された。 二次構造および三次構造の推定 GOR IVおよびSWISS-MODELを用いて、演繹アミノ酸配列をもとに二次構造および三次構造の予測を行った。その結果、分子の骨格はほぼα-へリックスで構成されており、他の脊椎動物のものと同様の構造をとることが示唆された。また、Kyte and Doolittle (1982)に従いhydropathy plotを行ったところ、N末端から170残基目付近に特に疎水性が強い部分、220残基目付近に親水性が強い部分が認められた。そのほか、分子の両末端および分子内の3箇所に短いランダムコイルが認められ、特に前者はトロポミオシン分子のhead-to-tail重合に必須の構造と考えられた。さらに、わずか数残基の違いが三次構造に大きく影響することが示唆された。 トロポミオシンの精製と諸性状の比較 先に、cDNAクローニングを行ったスケトウダラおよびクロマグロ、さらにデータベース上で塩基配列が得られる大西洋サケ、ゼブラフィッシュDanio rerio、トラフグ Takifugu rubripesおよびシログチにつき、まず常法によりアセトンパウダーを調製した。ウサギ速筋も対照として用いた。トロポミオシンの抽出は1 M KCl存在下で行い、pH 4.5における等電点沈殿、および硫安分画(50-60%飽和画分)を繰り返し、高純度の標品を得た。標品をα-キモトリプシンなどで限定分解し、生じたフラグメントについてN末端アミノ酸配列を調べたところ、先に演繹したアミノ酸配列と一致したことから、クローン化されたcDNAはトロポミオシン遺伝子由来のものであることが確認された。MALDI/TOFマススペクトロメトリーで分子量を測定した結果、スケトウダラおよびクロマグロ・トロポミオシンでそれぞれ、33,429および32,919と、演繹アミノ酸配列から得られた計算値(それぞれ、32,588および32,649)よりも大きかったことから、いずれも翻訳後修飾を受けていることが示唆された。エドマン分解によるN末端アミノ酸の解読ができなかったことから、同末端のアセチル化などの可能性が考えられるが、分子量の差から他にも修飾部位がある可能性も高い。 一方、二次元電気泳動分析の結果、スケトウダラ・トロポミオシンでは主成分と同じ分子量で、等電点がわずかに酸性側の微量成分が認められ、リン酸化されたものであると考えられた。クロマグロの場合、分子量と等電点が接近したほぼ等モル比の2成分が確認された。哺乳類の場合に習い、便宜的に分子量の小さい方をα成分、大きい方をβ成分と名づけたが、先にクローン化したcDNAはα成分をコードするものであることが確認された。β成分の内部アミノ酸配列を調べたが、数残基を除きα成分と同じであることを認めており、哺乳類のβ成分には相当しないことが示唆された。 トロポミオシンの熱力学的性状の比較 次に、トロポミオシン標品を0.1 M KCl, 1 mM EDTA, 10 mM リン酸ナトリウム (pH 7.0)に透析後、タンパク質濃度を1 mg/mLに調製し、DSC分析およびCD分析に供した。DSC分析において、スケトウダラ・トロポミオシンでは転移温度Tmが43.9°Cの単一の吸熱ピークを示し、カロリメトリーエンタルピーΔHcalは424 kcal /molであった。一方、クロマグロのものではTmが29.3および41.5°Cの2つの吸熱ピークが得られ、カロリメトリーエンタルピーΔHcalはそれぞれ164および291 kcal /molであった。しかし、低温側の吸熱ピークは同一試料について再度測定した場合は認められず、冷却後のrefoldingが不完全であることが示唆された。CD分析の結果、いずれのトロポミオシンでも222および208 nmにおいて極小を示す、α-へリックスに特異的なパターンが認められた。スケトウダラ・トロポミオシンの4°Cおよび20°Cにおけるα-ヘリックス含量はそれぞれ95.5%および89.0%で、58°Cまで加熱した後21°Cに冷却すると82.4%にまで回復した。クロマグロ・トロポミオシンの場合はそれぞれ、80.3% (4°C)、70.3% (20°C)および53.3% (21℃に冷却後)で、加熱、冷却後のrefoldingが不完全であるというDSCの結果を裏付けた。 α-へリックス含量の温度・減少率曲線とDSCパターンを重ねたところ、両者のピークが完全に一致した。このことは、熱変性におけるトロポミオシンの構造変化が疎水性コアの解離ではなく、ヘリックス構造の崩壊によるものであることを強く示唆している。他魚種のトロポミオシンも40°C付近に吸熱ピークを示したが、種によりにTm値や変性パターンに明確な相違が認められた。一次構造を比較したところ、27、83および135番目(コイルドコイル上の位置はそれぞれ、f, fおよびb)のアミノ酸に種間変異が多く認められ、これらの位置のアミノ酸が構造安定性に大きく関わることが示唆された。 以上、本研究により魚類筋肉のトロポミオシンの一次構造が2魚種について新たに明らかにされ、数魚種のものについては熱力学的性状の一端が解明され、さらに熱安定性に関わるアミノ酸残基がほぼ同定できた。本研究は、魚類筋肉トロポミオシンの熱安定性を一次構造との関連性から初めて明らかにしたもので、その成果は比較生化学ならびに水産利用上、資するところが大きいと考えられる。 | |
審査要旨 | 骨格筋はミオシンを主体とする太い繊維と、アクチンを主体とする細い繊維が交互に規則正しく配列しているが、筋収縮のCa2+制御に関わる調節タンパク質の一つであるトロポミオシン (以下、TMと略記)は細い繊維上に存在する。魚類筋肉のTMについては、一次構造と熱安定性とを関連づけた報告はこれまでになされていない。本論文では、まず水産上の重要種で、比較生化学的にも興味深いスケトウダラTheragra chalcogrammaおよびクロマグロThunnus thynnusにつき、速筋のTMをコードするcDNAをクローニングして塩基配列を決定し、アミノ酸配列を演繹している。さらにcDNAの配列が既知の数魚種からTMを調製し、示差走査熱量 (DSC)分析および円二色性 (CD)分析により熱力学的特性を比較し、構造安定性に重要なアミノ酸の同定を試みている。 第1章では上記2魚種TMのcDNAのクローニングと一次構造解析を行った。すなわち、両魚種の速筋から構築したcDNAライブラリーを用い、RACE法等によりTM全長をコードするcDNAクローンを得た。2つのTMのcDNAはともに855bpのコード領域を持ち、284個のアミノ酸をコードしていた。両者のコード領域の塩基配列の同一率は93.5%、アミノ酸配列の同一率は96.5%であった。Head-to-tail重合に必須なN末端の12残基およびC末端の8残基、さらにサブユニット間の結合に重要なCys190は保存されていた。また、両魚種のTMはGlu、Lys、Ala、Leuに富み、Pheは1残基のみで、ProとTrpは含まれなかった。疎水性残基はコイルドコイルの7残基(a - g)繰り返し構造のaおよびdの位置に偏在し、疎水性コアの形成に重要な役割を担うことが示唆された。 脊椎動物各種のTMのアミノ酸配列をもとにClustal Wを用いて近隣結合法によって作成した分子系統樹において、魚類TMは哺乳類TMからほぼ同程度離れており、一つのクラスターを形成した。スケトウダラTMは大西洋サケTMと、クロマグロTMはシログチTMと、それぞれ最も近縁であることが示された。次に、演繹アミノ酸配列をもとに二次構造の予測を行ったところ、分子のほぼ全長がa-へリックスで構成されており、他の脊椎動物TMと同様の構造をとることが示唆された。Hydropathy plotでは、N末端から170残基目付近に特に疎水性が強い部分、220残基目付近に親水性が強い部分が認められた。 第2章では、数種魚類からTMを精製し、諸性状の比較を行った。すなわち、先にcDNAクローニングを行った2魚種、およびデータベース上で塩基配列が得られる大西洋サケ、ゼブラフィッシュ、トラフグおよびシログチにつき、速筋のアセトンパウダーから1 M KCl存在下でTMを抽出し、pH 4.5における等電点沈殿、および硫安分画(50-60%飽和画分)を繰り返し、高純度の標品を得た。マススペクトルによる分子量がいずれの魚種でも演繹アミノ酸配列に基づいた計算値よりも300 - 800程度大きかったことから、翻訳後修飾を受けていることが示唆された。一方、クロマグロTMでは、分子量と等電点が接近したほぼ等モル比の2成分が確認された。便宜的に分子量の小さい方をa成分、大きい方をb成分と名づけたが、先にクローン化したcDNAはa成分をコードするものであることを確認した。 第3章では、上記魚種のTMの熱力学的性状を比較した。DSC分析において、スケトウダラTMは転移温度Tmが43.9°Cの単一の吸熱ピークを示したが、クロマグロTMではTmが29.3および41.5°Cの2つの吸熱ピークが得られた。しかし、低温側の吸熱ピークは同一試料について再度測定した場合は認められず、冷却後のrefoldingが不完全であることが示唆された。一方、a-へリックス含量の温度・減少率曲線とDSCパターンのピークは完全に一致し、熱変性におけるTMの構造変化がヘリックス構造の崩壊によるものであること強く示唆された。他魚種のTMも40°C付近に吸熱ピークを示したが、種によりTm値や変性パターンに明確な相違が認められた。6魚種のTMの一次構造を比較したところ、27、83および135番目(コイルドコイル上の位置はそれぞれ、f, fおよびb)のアミノ酸に種間変異が多く認められ、これらの位置のアミノ酸が構造安定性に大きく関わることが示唆された。 以上、本論文では、魚類筋肉のTMの一次構造が2魚種について新たに明らかにされ、数魚種のTMについては熱力学的性状の一端が解明され、さらに熱安定性に関わるアミノ酸残基がほぼ同定された。本論文は、魚類筋肉TMの熱安定性を一次構造との関連性から初めて明らかにしたもので、その成果は学術上、応用上資するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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