No | 119176 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Begum,Rowshan Ara | |
著者(カナ) | ベガム,ローシャン アラ | |
標題(和) | ミトコンドリアDNAに基づくフジツボ類の系統解析 | |
標題(洋) | Phylogenetic analysis of barnacles based on mitochondrial DNA | |
報告番号 | 119176 | |
報告番号 | 甲19176 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2727号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | フジツボ類は日本沿岸に生息する節足動物門、甲殻類の蔓脚類に属する海洋の代表的な付着生物で、海洋に設置された種々の構築物に付着し多くの被害を及ぼしている。近年、海洋汚損付着生物への対策が種々講じられてきたが、その効果は必ずしも十分でない。その理由の一つとして、これら付着生物について生態研究の基礎となる種の同定や類縁関係が明確になっていないことが挙げられる。近年の分子生物学の発展に伴い、生物の類縁関係をミトコンドリアゲノムや核ゲノムに含まれる遺伝子の違いから調べる例が多くみられるようになってきた。このような分子生物学的手法は多くの甲殻類に適用されているが、蔓脚類については少なくミトコンドリアゲノム全塩基配列に至っては全くデータがない。 本研究はこのような背景の下、日本沿岸に生息する代表的な蔓脚類からフジツボ亜目のクロフジツボ Tetraclita japonica、オオアカフジツボ Megabalanus volcano およびイワフジツボ Chthamalus challengeri、エボシガイ亜目のカメノテ Capitulum mitella を対象として選び、まずミトコンドリア12Sおよび16S rRNA遺伝子の部分塩基配列により分子系統関係を調べた。次に、クロフジツボ、オオアカフジツボおよびカメノテについてはミトコンドリアゲノム全塩基配列を解析してさらに詳細な類縁関係を明らかにしたもので、得られた成果の概要は以下の通りである。 ミトコンドリア12Sおよび16S rRNA遺伝子の部分塩基配列に基づくクロフジツボ、オオアカフジツボ、イワフジツおよびカメノテの分子系統関係 クロフジツボ、オオアカフジツボ、イワフジツボおよびカメノテは千葉県小湊湾の潮間帯から採取した。なお、クロフジツボ、イワフジツボ、カメノテの3種については神奈川県城ケ島の潮間帯からも採取し分析に供した。 各試料から0.3〜0.4gの筋組織を摘出して常法によりDNAを精製し目的DNA断片をPCRで増幅した。12Sおよび16S rRNA遺伝子の増幅に当たっては、それぞれ全体のほぼ2/5の約350 bpおよび1/3の450 bpを対象とした。ミトコンドリアゲノムは環状2重らせん構造でL-および H-strand の各1本鎖があるが、前述の領域は既報のミジンコ Daphnia pulex の H-strand上、それぞれ13,988-14,338および12,662-13,106塩基に相当する。プライマーは12S rRNA遺伝子では Kocher ら(1989)が報告した12S-Fおよび12S-Rを使用し、カメノテでは新規プライマー12S2-Fおよび12S2-Rを設計した。一方、16S rRNA遺伝子では Palumbi(1996)が報告したプライマー16S-Fおよび16S-Rを用いた。 地域から採取したクロフジツボ、イワフジツボおよびカメノテでは、12Sおよび16 rRNA遺伝子の配列とも地域変異は認められなかった。次に両遺伝子の部分塩基配列データを単独あるいは両方合わせ、ウシエビ Penaeus monodon およびミジンコの相同配列を外群として近隣接合法および最大節約法で分子系統樹を作成した。その結果、いずれの系統樹でもフジツボ亜目3種類は単系統を示し、エボシガイ亜目カメノテとは分岐した。一方、フジツボ亜目3種類を詳細にみると、12S rRNA遺伝子データではオオアカフジツボとイワフジツボは単系統となり、クロフジツボとは別系統となった。一方、16S rRNA遺伝子あるいは12Sと16S rRNA両遺伝子のデータを用いたときは、近隣接合法、最大節約法のいずれの場合もクロフジツボとオオアカフジツボは単系統となり、イワフジツボとは分岐した。後者の複数の遺伝子データを用いた解析結果はより信頼性が高いとされているが、形態などから3種類がそれぞれ独立した単系統とされている類縁関係とは一致しなかった。 クロフジツボのミトコンドリアゲノム全塩基配列と遺伝子構造の解析 DNAの精製には神奈川県城ケ島産の試料を使用した。次いで、先に決定した16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づきプライマーを設計し、long PCR法でミトコンドリア全長を増幅した。 クロフジツボのミトコンドリアゲノムは全長が15,194 bpからなり、2rRNA遺伝子、22tRNA遺伝子、13タンパク質コード遺伝子および3非コード領域から構成され、既報の多細胞生物のものによく類似した。12Sおよび16S rRNAをコードする2遺伝子は別々に2次構造を形成することが明かとなった。次に、3非コード領域中、最長のものは3つの stem loop をもち、制御領域と推定された。さらに、タンパク質コード遺伝子の構造も他動物種のものとよく類似した。 22 tRNA遺伝子中、セリンおよびロイシンはそれぞれ2種類のtRNA遺伝子をもち、セリンではAGNおよびUCN、ロイシンではUURおよびCUNをアンチコドンとした。アンチコドンと各tRNA遺伝子との組合わせは既報の他動物種ミトコンドリアのものとよく一致した。なお、AGNをアンチコドンとするセリンtRNAを除いて、いずれのtRNAも特徴的なクローバー葉型の2次構造をとるのに充分な長さを有していた。一方、tRNA遺伝子のゲノム中の配列については、22遺伝子中、9遺伝子の位置関係が既報の節足動物ミトコンドリアのものとは異なっていた。さらに、システインおよびチロシンtRNA遺伝子は H-strand に、リシンtRNA遺伝子は L-strand によりコードされており、クロフジツボに特有の構造がみられた。 オオアカフジツボのミトコンドリアゲノム全塩基配列および遺伝子構造の解析とクロフジツボとの比較 オオアカフジツボの試料は千葉県小湊産のものを使用し、常法によりDNAを精製した。次に、ミトコンドリアATPase 6、ND3およびND4タンパク質コード遺伝子の既報の他生物種データを参照してプライマーを設計し、増幅したゲノムDNA部分領域を解析しながら全体の塩基配列を決定した。 オオアカフジツボのミトコンドリアゲノムは全長が15,107 bpからなり、クロフジツボのものと同様に2 rRNA遺伝子、22 tRNA遺伝子および13タンパク質コード遺伝子を含んでいた。一方、クロフジツボのミトコンドリアゲノムとは異なり、2非コード領域しか存在しなかった。長い方の領域は推定2次構造で2つの stem loop が示され、ゲノム中の位置からも制御領域と考えられた。 オオアカフジツボのタンパク質コード遺伝子ではND4L、ND4およびND5遺伝子はいずれも H-strand にコードされ、ゲノム中の位置関係も含めて L-strand によってコードされているクロフジツボの相同遺伝子とは異なった。次に、クロフジツボでは L-strand でコードされていたフェニルアラニン、ヒスチジン、プロリンtRNA遺伝子が、オオアカフジツボでは H-strand でコードされていた。リシン、グルタミンはオオアカフジツボ、クロフジツボとも L-strand にコードされていたが、ゲノム中の位置は両種で大きく異なった。また、H-strand にコードされているチロシンおよびシステインtRNA遺伝子の位置も両種で異なった。 カメノテのミトコンドリアゲノム全塩基配列および遺伝子構造の解析とクロフジツボおよびオオアカフジツボとの比較 DNA精製用の試料は神奈川県城ケ島の潮間帯で採取し、先に決定した16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づきプライマーを設計し、long PCR法で全長を増幅した。 カメノテのミトコンドリアゲノムは全長が14,916 bpからなり、2 rRNA遺伝子、22 tRNA遺伝子および13タンパク質コード遺伝子から構成されるなど、クロフジツボやオオアカフジツボのものとよく類似した。一方、非コード領域は1つで、2次構造では3つの stem loop 構造がみられ、制御領域と判断された。次に、クロフジツボのチロシンtRNA遺伝子は H-strand にコードされていたが、カメノテのそれは L-strand にコードされていた。それ以外のタンパク質コード遺伝子およびtRNA遺伝子のゲノム中の配置は両種でよく一致した。 以上のように、遺伝子の配置では、カメノテはクロフジツボによく類似し、オオアカフジツボとは相違した。そこで13タンパク質コード遺伝子の塩基配列データを合わせ、近隣接合法および最大節約法で分子系統樹を作成した。その結果、クロフジツボとオオアカフジツボはいずれの系統樹でも単系統となり、カメノテとは分岐した。さらに、ミトコンドリアゲノム全配列が報告されている鰓脚類および軟甲類の計6種の甲殻類のものととともに13タンパク質コード遺伝子を用いて分子系統樹を作成した。その結果、本研究の蔓脚類3種は、近隣接合法および最大節約法の系統樹とも、ミジンコを含む鰓脚類およびウシエビを含む軟甲類からは別系統となったが、近隣接合法では軟甲類より鰓脚類に近縁となった。 以上、本研究により、日本沿岸の潮間帯に生息する蔓脚類イワフジツボ、クロフジツボ、オオアカフジツボおよびカメノテの分子系統関係がミトコンドリアDNAの塩基配列から明らかにされた。すなわち、12S rRNAおよび16S rRNA遺伝子のデータを合わせて解析した結果、クロフジツボとオオアカフジツボが最も近縁で、イワフジツボを合わせたフジツボ亜目3種は単系統となりエボシガイ亜目カメノテとは分岐した。また、クロフジツボ、オオアカフジツボ、カメノテを対象にミトコンドリアゲノム全塩基配列を解析し、rRNA遺伝子・タンパク質コード遺伝子、tRNA遺伝子、非コード領域について種固有の特徴と類縁関係が詳細に示されたもので、分子進化学および生態学に資するところが大きいと考えられる。 | |
審査要旨 | フジツボ類は代表的な付着生物で、海洋に設置された種々の構築物に付着し多くの被害を及ぼしている。近年、付着生物への対策が種々講じられてきたが、その効果は必ずしも十分でない。その理由の一つとして、これら付着生物について生態研究の基礎となる種の同定や類縁関係が明確でないことが挙げられる。本研究はこのような背景の下、日本沿岸に生息する代表的な蔓脚類からフジツボ亜目のクロフジツボ、オオアカフジツボおよびイワフジツボ、エボシガイ亜目のカメノテを対象として選び、類縁関係を明らかにした。 まず、2地域から採取したクロフジツボ、イワフジツボおよびカメノテでは、12Sおよび16 rRNA遺伝子の配列とも変異はみられなかった。両遺伝子の部分配列を単独あるいは両方合わせ、近隣接合 (NJ)法および最大節約 (MP)法で分子系統樹を作成した結果、いずれの系統樹でもフジツボ亜目は単系統を示し、カメノテと分岐した。一方、12S rRNA遺伝子ではオオアカフジツボとイワフジツボは単系統となり、クロフジツボとは別系統となった。16S rRNA遺伝子あるいは12Sと16S rRNA両遺伝子を用いたときは、NJ法、MP法のいずれの場合もクロフジツボとオオアカフジツボは単系統となり、イワフジツボから分岐した。 次に、クロフジツボのミトコンドリアゲノムの全塩基配列15194 bpを決定した。同配列は2 rRNA遺伝子、22 tRNA遺伝子、13タンパク質コード遺伝子および3非コード領域から構成された。3非コード領域中、最長のものは3つのstem loopをもち、制御領域と推定された。22 tRNA遺伝子中、SerおよびLeuはそれぞれ2種類のtRNA遺伝子をもち、SerではAGNおよびUCN、LeuではUURおよびCUNをアンチコドンとした。アンチコドンと各tRNA遺伝子は既報の他動物種ミトコンドリアのものとよく一致した。なお、AGNをアンチコドンとするセリンtRNAを除き、いずれのtRNAも特徴的なクローバー葉型の2次構造をとるのに充分な長さを有していた。一方、tRNA遺伝子のゲノム中の配列については、22遺伝子中、9遺伝子の位置関係が既報の節足動物ミトコンドリアのものとは異なっていた。さらに、Cys tRNAおよびTyr tRNA遺伝子はH鎖に、Lys tRNA遺伝子はL鎖にコードされており、クロフジツボに特有の構造がみられた。 さらに、オオアカフジツボのミトコンドリアゲノムの全塩基配列15,107 bpを決定した。同配列は2 rRNA遺伝子、22 tRNA遺伝子および13タンパク質コード遺伝子を含んでいたが、2非コード領域しか存在しなかった。長い方の領域は推定2次構造で2つのstem loopが示され、ゲノム中の位置からも制御領域と考えられた。オオアカフジツボのタンパク質コード遺伝子ではND4L、ND4およびND5遺伝子はいずれもH鎖にコードされ、ゲノム中の位置関係も含めてクロフジツボの相同遺伝子とは異なった。次に、クロフジツボではL鎖でコードされていたPhe tRNA、His tRNA、Pro tRNA遺伝子が、オオアカフジツボではH鎖でコードされていた。Lys tRNA、Gln tRNAはオオアカフジツボ、クロフジツボともL鎖にコードされていたが、ゲノム中の位置は両種で大きく異なった。また、H鎖にコードされているTyr tRNAおよびCys tRNA遺伝子の位置も両種で異なった。 最後に、カメノテのミトコンドリアゲノムの全塩基配列14,916 bpを決定した。同配列は2 rRNA遺伝子、22 tRNA遺伝子および13タンパク質コード遺伝子から構成されていた。一方、非コード領域は1つで、2次構造では3つのstem loop構造がみられ、制御領域と判断された。次に、クロフジツボのTyr tRNA遺伝子はH鎖にコードされていたが、カメノテのそれはL鎖にコードされていた。それ以外のタンパク質コード遺伝子およびtRNA遺伝子のゲノム中の配置は両種で一致した。 以上のように、遺伝子配置ではカメノテはクロフジツボによく類似し、オオアカフジツボとは相違した。そこで13タンパク質コード遺伝子の配列を合わせ、NJ法およびMP法で分子系統樹を作成した。その結果、クロフジツボとオオアカフジツボはいずれの系統樹でも単系統となり、カメノテからは分岐した。さらに、ミトコンドリアゲノム全塩基配列が報告されている鰓脚類および軟甲類の計6種の甲殻類のものと共に13タンパク質コード遺伝子を用いて分子系統樹を作成した。その結果、本研究の蔓脚類3種は、NJ法およびMP法の系統樹とも、ミジンコを含む鰓脚類およびウシエビを含む軟甲類からは別系統となったが、NJ法では軟甲類より鰓脚類に近縁となった。以上のように本研究は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |