学位論文要旨



No 119177
著者(漢字) 浦野,豊
著者(英字)
著者(カナ) ウラノ,ユタカ
標題(和) 可搬型イメージングライダーによる森林の計測とバイオマスの推定
標題(洋)
報告番号 119177
報告番号 甲19177
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2728号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 助教授 芋生,憲司
 東京大学 助教授 後藤,英司
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

近年、森林生態系の保全や地球温暖化の問題に関連して、森林の構造やバイオマスを精度よく推定することが必要とされている。そこで、森林の構造や炭素吸収量推定のためのバイオマスを求めるために、航空写真測量や合成開口レーダー、Landsat TMなどの人工衛星からのリモートセンシングの研究が行われている。しかし、それらの計測は、広域の情報を得られる長所があるものの、精度があまり高くないという短所があった。そこで、最近では、より精度の高い方法として、ヘリコプター等の航空機に搭載したイメージングライダー(以下ILとする)による森林の3次元計測に関する研究が盛んに行われるようになった。一方、それらのリモートセンシングデータ解析のために、樹木の器官毎のバイオマスや層別のバイオマスなどを地上調査により裏付けを行う必要が生じてきた。ところが、森林の地上調査では、一般に林床に多くの草木が繁茂し、胸高直径の計測を行うにも多大な労力が必要とされ、計測器を使う個人による誤差も発生しがちであった。そこで最近では、地上調査にも可搬型ILを用い、樹木の3次元構造を計測することが行われるようになってきた。これまでに可搬型ILを地上に設置して胸高直径を計測する試みがあったが、対象樹木としては見通しのきく均一な街路樹に限定されていた。また、そのとき使用した可搬型ILの精度が低かったため、得られた胸高直径はバイオマスを算出するための森林パラメータとしては有効ではなかった。さらに、樹木位置のマッピングやバイオマスの推定は行われていなかった。

そこで、本研究では、精度の高い可搬型ILを用いて森林内部を3次元計測することにより、精度の高い胸高直径と器官毎のバイオマスの推定、および、個々の樹木位置のマッピングを行う手法について検討することを目的とした。

管理されたスギ林における複数地点からの森林計測とバイオマスの推定

管理された比較的見通しのきく60年生のスギ林を対象に、高精度の可搬型ILを地上の複数地点に設置して3次元計測し、計測対象区画内に生育するすべてのスギ1本毎の胸高直径、個々の樹木位置、そして器官毎のバイオマスの推定を行うことを目的とした。また、森林の状況により可搬型ILを地上の1地点にしか設置することができない場合を想定して、その1地点からの計測で、対象区画すべてのスギ林の単位面積あたりのバイオマスを推定して実測値と比較することにより、その誤差を評価する試みを行った。さらに、森林の状況により1地点に設置した可搬型ILで計測できるスギの本数が制限される場合を想定して、可搬型ILのスキャン角を任意に変えて計測する本数を変えることにより、計測したスギの本数から対象区画に生育するすべてのスギ林の単位面積あたりのバイオマスを推定して実測値と比較することによりその誤差を評価する試みを行った。

計測の結果、図1に示すように、計測データを可視化したスギ林のイメージを得た。合計3地点からの計測では、計測対象区画約400m2に生育するすべてのスギ1本毎40本の胸高直径を計測することができた。また、1地点からの計測では、スギ40本中31本(78%)が計測でき、森林内のスギ1本毎について、RMSEで6.1mmの誤差で胸高直径を推定することができた。次に、可搬型ILの計測データから推定した胸高直径から求めたスギ1本毎の樹幹のバイオマスと、胸高直径の巻尺による実測値から材積式を用いて求めたスギ1本毎の樹幹のバイオマスとを比較し、誤差評価を行った。その結果RMSEは11.5kgCであった。さらに、1地点から計測可能であった本数のスギの胸高直径から、計測対象区画に存在する40本すべてのスギの全バイオマスを推定して、単位面積あたりの全バイオマスを求めた。その誤差評価の結果、10本(25%)のスギが計測できれば約12%の誤差、20本(50%)が計測できれば約7%の誤差、そして30本(75%)が計測できれば3%未満の誤差で、単位面積あたりの全バイオマスを推定できることがわかった。

自然状態のカラマツ林の計測とバイオマスの推定

2の研究では、林床植物が刈り取られ見通しのきくスギ林の計測であったため、直接、胸高部位(地上高1.2m)の計測が可能であった。しかし、実際の森林ではこのような状況は希であり、林床に多くの草木が繁茂し、計測対象とする樹木への見通しがききにくいのが一般的である。そこで、手前の木の小枝や広葉樹、あるいは林床植物などで遮られて見通しのあまりきかない自然状態のカラマツの森林を対象として、可搬型ILを用いて森林内部を3次元計測し、胸高直径を求める方法について検討した。また、個々の樹木位置のマッピングとバイオマス(生重量、乾燥重量、炭素重量)の推定を行った。なお、調査対象区画としたカラマツ林では、2のスギ林のように直接胸高直径を計測することができなかったので、あらかじめ求めておいたカラマツの樹幹直径変化係数を用いて胸高直径を推定した。

計測の結果、図2に示すように、計測データを可視化したカラマツ林のイメージを得た。胸高直径はRMSEで7.3mmの精度で求めることができた。なお、このときの樹幹直径の推定には、2のスギで求めた「最小内接円法」を用いた。しかしながら、2のスギに比較して、カラマツはそのほとんどがいずれかの方向へ傾いて生育していた。このため、樹幹の水平断面は楕円形をなし、その楕円形から樹幹形を正確に求めるには「楕円」に最大に内接する真円による推定法である「最大内接円法」の採用が適当であった。ここでは、その方法を採用することにより、胸高直径の推定精度はRMSEで6.8mmに上昇した。このようにして求めた胸高直径から樹木位置のマッピングおよびバイオマス(生重量、乾燥重量、炭素重量)の推定を行った。調査区画内のカラマツについては事前に毎木調査が行われており、伐採した10本のカラマツの実測により、胸高直径とバイオマスの関係式が得られていた。その関係式からバイオマスを推定し、実測データと比較することにより、誤差の検証を行った。その結果、可搬型ILからスキャン角170°で半径30m内の扇形内の単位面積当たりのバイオマスを誤差約2.7%の正確さで推定することができた。

楕円成長法によるカラマツの樹幹形の自動検出とハフ変換による樹木位置の推定

上記2および3の研究では、可搬型ILで計測した計測データから樹幹直径と樹幹中心を推定する際、人による認知の下で手作業にて行っていたため、比較的時間と手数がかかっていた。そこで、ここでは、ある任意の高さにおける樹幹の水平断面の計測データから樹幹形を求める際に、楕円成長法による樹幹形の自動検出を適用することを検討した。その結果、3の方法で求めた胸高直径と、ここで行った楕円成長法による樹幹形の自動検出で推定された胸高直径は、RMSEでそれぞれ5.57mmと5.66mmの誤差であり、精度はほとんど変わらなかった。しかし、ここで行った楕円成長法による樹幹形の自動検出と胸高直径の推定の方が短時間で推定が可能であった。また手作業が少なくなるので、解析する人による結果のばらつきも少なくなり信頼性が向上した。

ところで、3で述べたカラマツの樹木位置の推定については、樹幹が計測された任意の高さにおける樹幹中心をそのまま垂直に地面に投影した位置を樹木位置とした。しかし、カラマツのほとんどは直立しておらず、いずれかの方向へ傾いていた。そこで、ハフ変換で3次元空間上の樹幹直線を検出し、その直線と地面との交点を樹木位置とした場合の推定誤差について検討した。なお、樹幹中心の推定は3で述べた「最大内接円法」を用いた。その結果を実測値と比較すると、3の方法で求めた樹木位置(RMSE = 1.51m)よりも、ハフ変換により検出した樹木位置(RMSE = 0.16m)の精度の方が上回っていることがわかった。このように、可搬型ILを中心に水平角170°半径30mの範囲に生育するカラマツについて、林床植物が繁茂して踏査が困難な森林内で、一カ所からの計測で24本(全本数96本中の25%)の樹木位置をRMSEで0.16m、最大誤差として約0.24mで推定できたことの意義は大きい。

結言

本研究では、日本の樹木を代表するスギとカラマツの2種の森林を対象として、高精度の可搬型ILを用いて森林内部を3次元計測を行った。スギ林は管理されて見通しのきく状況であり、カラマツ林は自然状態で見通しのききにくい状況であった。計測の結果、従来の地上でのリモートセンシングによる森林計測では実現できなかった、より精度の高い胸高直径の計測、個々の樹木位置のマッピング、そして、各器官のバイオマスの推定ができ、さらに、それらの推定を自動で行う手法を提案した。毎木調査で行われる胸高直径と樹木位置に関する森林計測については、これまでのように専門的知識と熟練技術が必要で機器固有の計測誤差や計測した個人による計測誤差が発生しがちな従来の計測機器を用いる必要がなくなる。従来の計測機器を用いると、通常現場では少なくとも2名ないし3名の計測人員が必要であったが、可搬型ILを使用することにより、計測人員は一人で充分となる。しかも、計測時間も大幅に短縮され、高精度で計測でき、計測する個人による誤差も発生しにくくなるため、信頼性の高い計測結果が期待できる。このように、本研究で示した方法が、広義の森林モニタリングに非常に有用であり、その応用分野も、林業分野、森林生態学に関する分野、そして、地球温暖化問題に関する分野と幅広い方面で活用が期待され、近い将来、これらの手法が重要な役割を担うことになると予想できる。

可搬型ILで計測した距離データを可視化したスギ林のイメージ

可搬型ILで計測した距離データを可視化したカラマツ林のイメージ

審査要旨 要旨を表示する

近年、森林生態系の保全や地球温暖化の問題に関連して、森林の構造やバイオマスを精度よく推定することが必要とされている。本論文は森林の内部を可搬型イメージングライダー(IL)で計測し、樹木位置のマッピングや胸高直径、バイオマスの推定手法について研究したものであり、4章から成っている。

序論の1章に続き、2章では管理されたスギ林を複数地点から可搬型ILにより計測し、樹木位置のマッピングや胸高直径、バイオマスを推定した。その結果、3地点からの計測で400m2に生育するすべてのスギ(40本)の樹木マッピングが作成された。また、森林の状況により可搬型ILを地上の1地点にしか設置することができない場合を想定した計測では、スギ40本中31本(約78%)が計測でき、RMSEで6.1mmの誤差で胸高直径を推定することができた。なお、胸高直径の推定には、計測データで形作られる樹幹の水平断面に真円を当てはめる方法を用い、それを「最小内接円法」と呼んだ。その結果を、胸高直径の巻尺による実測値から材積式を用いて求めたスギ1本毎の樹幹のバイオマスと比較し、誤差評価を行うとRMSEで11.5kgCの誤差であった。さらに、1地点から計測できた本数のスギの胸高直径から、計測対象区画に存在する40本すべてのスギの全バイオマスを推定して、単位面積あたりの全バイオマスを求めた。その結果、10本(25%)のスギが計測できれば約12%の誤差、20本(50%)が計測できれば約7%の誤差、そして30本(75%)が計測できれば3%未満の誤差で、単位面積あたりの全バイオマスを推定できることを示した。

3章では、林床に多くの草木が繁茂し、計測対象とする樹木への見通しがききにくい自然状態のカラマツ林を計測し、個々の樹木位置のマッピングとバイオマス(生重量、乾燥重量、炭素重量)の推定を行った。なお、調査対象区画としたカラマツ林では、2章のスギ林のように直接胸高直径を計測することができなかったので、あらかじめ求めておいたカラマツの樹幹直径変化係数を用いて胸高直径を推定した。その結果、2章と同じ「最小内接円法」では、胸高直径をRMSEで7.3mmの精度で求めることができた。しかし、スギと比較して、カラマツはそのほとんどがいずれかの方向へ傾いて生育していた。このため、樹幹の水平断面は楕円形をなしており、樹幹直径を正確に求めるには「楕円」に最大に内接する真円による推定法である「最大内接円法」を適用した。その結果、胸高直径の推定精度はRMSEで6.8mmに上昇した。このようにして求めた胸高直径から樹木位置のマッピングおよびバイオマス(生重量、乾燥重量、炭素重量)の推定を行った。その結果、単位面積当たりのバイオマスを誤差約2.7%の誤差で推定することができた。

2章および3章の研究では、可搬型ILで計測した計測データから樹幹直径と樹幹中心を推定する際、人による認知の下で、手作業で行った。そこで、4章では、楕円成長法によるカラマツの樹幹形の自動検出とハフ変換による樹木位置の推定について検討した。その結果、3章の方法で求めた胸高直径と、ここで行った楕円成長法による樹幹形の自動検出で推定された胸高直径は、RMSEでそれぞれ5.57mmと5.66mmの誤差であり、精度はほとんど変わらなかったが、短時間で自動推定が可能であり、信頼性が向上した。ところで対象としたカラマツのほとんどは直立しておらず、いずれかの方向へ傾いていたため、3章の方法では樹木位置の推定誤差が大きかった。そこで、4章では、ハフ変換で3次元空間上の樹幹直線を検出し、樹木位置を自動推定した。その結果、可搬型ILを中心におよそ水平角170°半径30mの範囲に生育するカラマツについて、林床植物が繁茂して踏査が困難な森林内でも、一カ所からの計測で24本(全本数96本中の25%)の樹木位置をRMSEで0.16m、最大誤差として約0.24mで推定できた。

このように、本論文で示した方法が、森林モニタリングに有用であり、その応用分野も、林業分野、森林生態学に関する分野、そして、地球温暖化問題に関する分野と幅広い方面で活用が期待される。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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