学位論文要旨



No 119179
著者(漢字) 高山,弘太郎
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,コウタロウ
標題(和) 植物葉のクロロフィル蛍光パラメータと気孔反応の画像解析
標題(洋)
報告番号 119179
報告番号 甲19179
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2730号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 助教授 富士原,和宏
 東京大学 助教授 後藤,英司
内容要旨 要旨を表示する

近年の画像計測技術の進歩は著しく,植物の生体情報の画像計測への応用も盛んになされている。最近では,個葉から群落までの様々なレベルにおいて計測された植物の生体画像情報をもとに,植物の水分状態や栄養状態,さらには生理機能障害の診断を行う試みもなされている。数ある植物の生体情報の中で,最も重要度の高い情報は,光合成やガス交換に関する情報であると考えられる。明期条件下において,実際に光合成を盛んに行っている状態(明期定常状態)での,光合成反応やガス交換に関する情報をリアルタイムで計測できるのは,クロロフィル蛍光画像計測法と熱赤外画像計測法である。クロロフィル蛍光画像計測法では, 光化学系II(PSII)の量子収率や光エネルギーを熱として放散する反応の活性化程度などの,光合成反応に直接関係する情報を蛍光パラメータ画像として定量的に計測することができる。一方で,熱赤外画像計測法では,気孔反応やガス交換に関する情報を気孔コンダクタンス画像として計測することができる。

従来,明期定常状態における植物葉の蛍光パラメータや気孔コンダクタンスの計測には,一定領域の平均値を計測するスポット計測が用いられることが多く,両者を画像で同時に計測した例はなかった。さらに,光合成反応やガス交換が葉面で不均一に行われている場合には,スポット計測により計測された蛍光パラメータと気孔コンダクタンスの関係は正確ではない可能性がある。そこで本研究では,葉面の蛍光パラメータ画像と気孔コンダクタンス画像を同時に計測することができるクロロフィル蛍光・熱赤外画像同時計測システムを新たに開発し,計測した画像の1画素に含まれる微小領域毎に蛍光パラメータと気孔コンダクタンスの関係を解析することを目的とした。ここで,同時計測システムを構成する個別のシステムについても,各々の性能や応用性について検証する必要があるため,同時計測システムの開発に先立って,クロロフィル蛍光画像計測システムと熱赤外画像計測システムをそれぞれ個別に製作することとした。そして,各システムを単独で用いて植物葉の生体画像情報計測を行い,各システムの性能評価と生体画像情報計測法としての有効性の検証を行うことも目的に加えた。具体的には,これまで主に基礎研究分野における光合成機能の解析に用いられていたクロロフィル蛍光画像計測法を,市販の数種類の除草剤による光合成機能障害の診断に適用し,その診断の可否について検討することとした。一方,葉の上面と下面で気孔密度が異なる植物葉の気孔コンダクタンス画像を計測することができなかった従来の熱赤外画像計測システムを改良し,その計測が可能なシステムを新たに製作し,このシステムを用いて,アブシシン酸(ABA ; Abscisic acid)が植物葉の気孔コンダクタンスに及ぼす影響の解析を行った。

クロロフィル蛍光画像計測システムとして,PSII量子収率(ΦPSII)と熱放散活性(NPQ)の同時計測が可能なシステムを製作した。本システムを用いて, 有効成分や処理方法が異なるバスタ・ラウンドアップ・ネコソギエースの3種類の除草剤が植物葉に及ぼす不可視の光合成機能障害の診断を行った。その結果,バスタによる障害の診断では,葉内でのアンモニアの蓄積による熱放散の急激な増大と,PSII量子収率の著しい低下を検知した。ラウンドアップによる障害の診断では,アミノ酸の生合成阻害によるPSII量子収率の急激な低下と,熱放散の急激な増大を検知した。ネコソギエースによる障害の診断では,光合成電子伝達阻害によるPSII量子収率の低下と, 熱放散反応の不活性化を検知した。これらの結果から,クロロフィル蛍光画像計測システムを用いた市販の除草剤による光合成機能障害の診断が可能であることが示された。さらに,除草剤処理後の蛍光パラメータの変化の様子を詳細に解析することにより,除草剤の有効成分の違いによる生理機能障害の違いの判別が可能であることも同時に示された。

次に,熱赤外画像計測システムとして,従来のモデルと装置に改良を加えた,葉の上面と下面で気孔密度が異なる植物葉の気孔コンダクタンス画像の計測が可能なシステムを新たに製作した。また,本システムでは,熱環境制御系を強化したことにより,照射光強度(PPF)を変化させた場合でも,葉面温度の初期値を一定に保つことが可能となった。このシステムを用いて,ABA塗布処理が,葉の上面と下面で気孔密度が異なるインゲンマメ葉の気孔コンダクタンスに及ぼす影響の解析を行った。その結果,光強度やその他の熱環境が異なる条件下でも,葉面の気孔コンダクタンスを精度良く定量的に評価できることが示された。

以上のように,個別のシステムとしてもその生体情報計測手法としての有効性が示されたクロロフィル蛍光画像計測システムと熱赤外画像計測システムを統合し,クロロフィル蛍光・熱赤外画像同時計測システムを開発した。本システムを用いることで, 明期定常状態における気孔コンダクタンス,NPQ, ΦPSIIの葉面分布の同時計測が可能となり,1画素に含まれる0.1mm×0.1mmの微小領域毎に,気孔コンダクタンスと蛍光パラメータの関係を解析することが可能となった。本研究では,このシステムを用いて,ABA塗布処理後の気孔コンダクタンスと蛍光パラメータの関係を解析した。その結果,気孔反応と光合成反応の経時変化を,気孔コンダクタンス画像と蛍光パラメータ画像により定量的に評価することができた。さらに,光強度(PPF)を変えて同様の実験を行った結果,気孔がある程度閉鎖しても,気孔コンダクタンスがある値以上であれば,蛍光パラメータはほとんど変化しないが,気孔コンダクタンスがある値以下にまで低下すると,蛍光パラメータが急激に変化するという現象が確認された。気孔閉鎖に関わらず蛍光パラメータが変化しなかったのは,気孔が閉鎖してCO2固定速度が低下し,光エネルギーの消費速度が低下しても,光呼吸速度を上昇させることにより,余剰となった光エネルギーを効率よく消費したためであると考えられた。次に,気孔コンダクタンスがある値以下にまで低下したときに蛍光パラメータが急激に変化したのは,著しい気孔閉鎖によりCO2固定速度が極端に低下し,入射する光エネルギー量がCO2固定反応と光呼吸の合計のエネルギー消費量を超えたため,光エネルギーを熱として放散する反応が急激に活性化されたためであると考えられた。このような現象は,従来のスポット計測による平均値同士の比較では認められなかったものであり,本システムを用いて微小領域毎の蛍光パラメータと気孔コンダクタンスの関係を解析したことにより初めて明らかとなった現象であった。

本研究をまとめると,(1)これまで主に基礎研究分野で用いられてきたクロロフィル蛍光画像計測法を,市販の数種類の除草剤による光合成機能障害の診断に適用し,その診断が可能であることを示した,(2)葉の上面と下面で気孔密度が異なる植物葉の気孔コンダクタンス画像の計測が可能な熱赤外画像計測システムを新たに製作し,異なる環境条件下において気孔コンダクタンスの葉面分布を精度良く計測した,(3)クロロフィル蛍光・熱赤外画像同時計測システムを新たに開発し,明期定常状態における蛍光パラメータ画像と気孔コンダクタンス画像を初めて同時計測した。さらに,気孔閉鎖時の蛍光パラメータと気孔コンダクタンスの関係を微小領域毎に解析し,特定の気孔コンダクタンスを閾値として熱放散が急激に増大するという現象を新たに見出した。

審査要旨 要旨を表示する

近年の画像計測技術の進歩は著しく、植物を対象とした生体画像計測も盛んに行われるようになってきた。本論文は、実際に光合成を行っている状態での、光合成反応やガス交換に関する情報を同時に計測することができるクロロフィル蛍光・熱赤外画像同時計測システムの開発と、それを用いた気孔反応と蛍光パラメータの画像解析を行ったものであり、5章で構成されている。

序論の1章に続く2章では、同時計測システムの一部を構成するクロロフィル蛍光画像計測システムに焦点をあて、その性能や応用性について検証した。クロロフィル蛍光画像計測システムとして、光化学系(PS)II量子収率(FPSII)と熱放散活性(NPQ)の同時計測が可能なシステムを製作し、本システムを用いて、有効成分や処理方法が異なるバスタ・ラウンドアップ・ネコソギエースの3種類の除草剤が、植物葉に及ぼす不可視の光合成機能障害の診断を行った。その結果、バスタによる障害の診断では、葉内でのアンモニアの蓄積による熱放散の急激な増大と、PSII量子収率の著しい低下を検知した。ラウンドアップによる障害の診断では、アミノ酸の生合成阻害によるPSII量子収率の急激な低下と、熱放散の急激な増大を検知した。ネコソギエースによる障害の診断では、光合成電子伝達阻害によるPSII量子収率の低下と、熱放散反応の不活性化を検知した。これらの結果から、クロロフィル蛍光画像計測システムを用いた、市販の除草剤による光合成機能障害の診断が可能であることが示された。さらに、除草剤処理後の蛍光パラメータの変化の様子を詳細に解析することにより、除草剤の有効成分の違いによる生理機能障害の違いの判別が可能であることも同時に示された。

続く3章では、同時計測システムの一部を構成する熱赤外画像計測システムに注目し、葉の両面で気孔密度が等しい植物葉の気孔コンダクタンス画像しか計測することができなかった従来のモデルと装置に改良を加え、葉の上面と下面で気孔密度が異なる植物葉の気孔コンダクタンス画像の計測が可能なシステムを新たに製作した。このシステムを用いて、ABA塗布処理が、葉の上面と下面で気孔密度が異なるインゲンマメ葉の気孔コンダクタンスに及ぼす影響の解析を行った。その結果、光強度やその他の熱環境が異なる条件下でも、葉面の気孔コンダクタンスを定量的に評価できることが示された。

4章では、2章および3章において、その生体画像情報計測法としての有効性が示されたクロロフィル蛍光画像計測システムと熱赤外画像計測システムを統合し、クロロフィル蛍光・熱赤外画像同時計測システムを開発した。本システムにより、1画素に含まれる0.1mm×0.1mmの微小領域毎に、気孔コンダクタンスと蛍光パラメータの関係を解析することが可能となった。本システムを用いて、ABA塗布処理後の気孔コンダクタンスと蛍光パラメータの関係を、異なる光強度条件下において解析した。その結果、気孔がある程度閉鎖しても、気孔コンダクタンスがある値以上であれば、蛍光パラメータはほとんど変化しないが、気孔コンダクタンスがある値以下にまで低下すると、蛍光パラメータが急激に変化するという現象を見出した。気孔閉鎖に関わらず蛍光パラメータが変化しなかったのは、気孔が閉鎖してCO2固定速度が低下し、光エネルギーの消費速度が低下しても、光呼吸速度を上昇させることにより、余剰となった光エネルギーを効率よく消費したためであったと考えられた。次に、気孔コンダクタンスがある値以下にまで低下したときに蛍光パラメータが急激に変化したのは、著しい気孔閉鎖によりCO2固定速度が極端に低下し、入射する光エネルギー量がCO2固定反応と光呼吸の合計のエネルギー消費量を超えたため、光エネルギーを熱として放散する反応が急激に活性化されたためであると考えられた。このような現象は、従来のスポット計測による平均値同士の比較では認められなかったものであり、本システムを用いて微小領域毎の蛍光パラメータと気孔コンダクタンスの関係を解析したことにより初めて明らかとなった現象であると結論づけた。続く5章では、本論文の総括がなされている。

以上、本論文では、葉面における光合成機能とガス交換の同時計測が可能なクロロフィル蛍光・熱赤外画像同時計測システムを新規に開発し、それを用いて蛍光パラメータと気孔反応の関係を解析した結果、両者の関係について新たな知見を得ており、学術上貢献するところが少なくないと考えられる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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