学位論文要旨



No 119180
著者(漢字) ,朝
著者(英字)
著者(カナ) ドン,ジャオホイ
標題(和) 道路のスケーリング特性とその都市化への影響に関する研究 : 群馬県を事例として
標題(洋) Research on Scaling Property of Road and its Influence on Urbanization : A Case Study of Gunma Prefecture
報告番号 119180
報告番号 甲19180
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2731号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 助教授 塩沢,昌
内容要旨 要旨を表示する

序章

都市化とは,ある地域の地表が都市的な土地利用へと転換することであると定義できる.これまでの研究では,都市の構造や経済状態を含む様々な要因により都市化により引き起される変化を予測する統一的原理について検討が行なわれてきた.現在に至るまで,都市化モデルに関係する諸理論は,道路が都市を複数の領域に分割し,都市の構造に関連づけられているという点で共通している.しかしながら,ここには1つの問題がある.第1に,道路の長さ,密度,経路と結節点,道路への近接性,道路からのバッファエリア等の道路の幾何学的特性は,これまで都市化を記述する様々なモデルの中で,パラメータ化されてきたが,多くの場合,単純な幾何学的特性は一方でモデルを曖昧にしてきた.第2に,既存のモデルはどれも,程度の差こそあれ特別なものである.というのが,既往のモデルは,現実のスプロール化する都市を想起させる結果を生み出すかもしれないが,その一方で実際の意思決定には結びつけがたい恣意的なルールを用いていたからである.

フラクタル理論は,自己相似性や長期依存性のスケーリング特性により,対象のフラクタル構造を特徴づけることができる.従って,本理論を用いることで,道路の構造はそのスケーリング特性により根本的に特徴づけられる.本研究では,空間的な計測方法により道路の構造を記述し,道路の構造が都市化に与える影響について探求を試みる.

研究の目的は,次に示す5つの問いに対し回答を示すことである.(1)道路はスケーリング特性を有するのか?(2)道路のスケーリング特性を特徴づけるのにふさわしい空間的な指標は何か?(3)標高等の他の要因に比して,道路は都市化にどの様な影響を与えているのか?(4)道路のスケーリング特性は,異なる空間スケールでどの様にして都市化に影響を与えるか?(5)道路ネットワークはどの様にして都市の形成に変換されるのか?

研究の方法

本研究では,都市化の分析とモデリングのために,リモートセンシング,計量空間学,空間モデリングの手法を用いる.リモートセンシング技術は,分析に用いるデータの準備のために用いられている.ここでは,道路地図に加え,2000年時点のLANDSAT TMデータ,SPOT,航空写真,DEMデータ,人口統計等の情報を収集し,土地被覆の解析及び分類を行なう.ここで分析はラスタベースで実施されるため,道路地図は1ピクセル1.47haのスケールで,636300ha(941*1119ピクセル)の群馬県全域を覆うラスタデータに変換された.次に,上に示した諸種のデータを元に土地被覆を5分類する.なお,自然地理的条件から群馬県は,低地,傾斜地,山地の3つの地域に分類できる.

本研究では,フラクタル理論に基づく空間的指標により道路のスケーリング特性を特徴づける.具体的には,先ず,対象区域において道路,標高,土地被覆形態の間で本スケーリング特性に基づく相関分析を実施する.次いで,都市規模での道路の影響による都市化について,道路,地形,人口を対象とする相関分析を実施する.

これらの分析を元に,道路のスケーリング特性の影響下における都市の成長を記述する拡散律則凝集体モデルを構築,シミュレートし,モデルの現実社会に対する説明能力について検討を加える.

土地被覆形態の図化

土地被覆分類は,様々な環境要素の空間的な分布状態を,情報の可視化により説明する上で有効であると同時に,空間解析を進める上で,データのパラメータ化にも有用である.対象区域の土地被覆分類に用いられる画像は1ピクセル1.47haのスケールであり,自然地理条件に応じて3区分される.データの解像度は経験的に,関心となる対象よりも2〜5倍小さくなければならないと言われている.本研究では,低地,傾斜地,山地の分析解像度をそれぞれ1.5 km2 (10*10),4km2 (16*16),15 km2 (32*32)とした.本研究で図化された土地被覆の形態は,森林密度,土地被覆形式,土地被覆の多様性,森林の接続性,土地被覆の接続性の5要素から構成される.

道路のフラクタル形態の図化

道路はスケーリング特性を持つのか?

フラクタル理論では一般化エントロピーは,〓により定義され,q次のモーメントに関係した一般化次元Dqは,〓と与えられる.ここで,一般化次元Dqはqの単調減少関数となる.

分析により群馬県の道路の場合,d≥D0〓D1〓D2〓...〓Dχであることが明らかにされた.ここから群馬県の道路はマルチフラクタルであり,スケーリング特性を有すると結論づけることが出来る.

道路のスケーリング特性を表現するためのマス・ラディウスフラクタル次元

マス・ラディウス次元は最も単純なアルゴリズムで,対象ラスタを覆うある円の内部の面積との関係で定義することができる.ここで円の面積Mは,半径rの増加に応じてM=μ*rDに従い増加する.マス・ラディウスの値は半径の関数である面積の両対数グラフから推定することができる.

本研究では,道路のスケーリング特性を示すために2種類のマス・ラディウス次元−レングス・ラディウス次元とデンドライト・ラディウス次元−について検討を行なった.レングス・ラディウス次元は,道路長と中心からの半径の情報を用いることで道路の形状を特徴づける指標である.一方,道路のデンドライト・ラディウス次元は,道路の交差点と中心からの半径を含むことにより,道路の複雑性と接続性を特徴づける指標である.本研究では,全てのラスタピクセルについてフィルタ・ウィンドウを動かすことで,道路のフラクタル次元を表わす画像を生成する.フィルタ・ウィンドウの大きさはマス・ラディウス次元の最大半径に等しい.また,それぞれのピクセルのフィルタ・ウィンドウ・サイズは,土地被覆分類の画像に一致している.本手法により算出され各ピクセルに格納された数値は,当該ピクセルの近隣の道路構造を表現している.

道路配置の影響下での土地被覆分布に関する空間解析

ランドスケープレベルでの道路の影響を分析の主要な作業は,群馬県の土地被覆形態ラスタを都市化の程度に応じてゾーン区分である.また,本作業にはランドスケープの要素ごとの境界を画するための閾値の決定も含まれる.本作業は,道路フラクタル,土地被覆形態,地形画像,及び道路密度の画像データを基に,ピクセルベースでの散布図分析により実施した.ここで得られた主要な知見は,土地被覆形態指標の閾値が,道路フラクタルと土地被覆の散布図から視覚的に検知できたという点である.これにより,群馬県はそれぞれのランドスケープゾーンに再分割され,ランドスケープゾーンの境界が傾斜地の内部に集中することが明らかにされた.本結果は,道路構造は局所的な土地被覆の形態と相互に作用するため,累積的にランドスケープの空間配置に影響するという事実により潜在的に影響を受けている.群馬県では,道路構造が最も多様な傾斜地がランドスケープが遷移するゾーンと言える.散布図に基づく分析はまた,道路が地形に特色づけられるカスケード効果を支援するという意味で,地形がランドスケープを支配するという一般的知見を裏付けた.

道路配置の影響下での都市構造に関する空間解析

分析の単位は,ランドスケープレベルでの解析とは異なり,市町村とした.ここでは2つのカテゴリについて相関分析を実施した.一方は,ボックス・カウント法により求められた都市フラクタルと,都市規模,人口,道路密度,地形に基づく都市立地の方向性を無視した分析であり,他方は,アグリゲーション次元により求められた都市フラクタルと,道路のレングス・ラディウス次元及びデンドライト・ラディウス次元に基づく都市立地の方向性を考慮した分析である.なお,ここでは不規則な境界から都市立地の方向性を判別する方法として,ピクセル単位でのエロージョン・アルゴリズムを用いた.

ここで得られた主要な知見は,都市構造は地形,道路,人口等が連動して影響を受けていること,及び標高の増加は道路構造の減少をもたらすという点である.また,都市の中心と道路密度の中心の一致は,道路のマス・ラディウス次元と都市のアグリゲーション次元の類似性から説明できる.

道路配置を考慮した拡散律則凝集体モデルによる都市スプロールシミュレーション

ここでは,レングス・ラディウス次元で指標化される道路フラクタルの影響のみにより都市のスプロール的成長をシミュレートする拡散律則凝集体モデル(Diffusion-Limited Aggregation Model)を構築した.シミュレーションの初期条件は,標準化されたレングス・ラディウス次元である.また,境界条件は行政界及び事前に設定された粒子からの切捨て距離により制限される.低地に位置する都市が有する,傾斜地や山地における都市よりも強いスプロール化の傾向を特徴づけるために,低地でのシミュレーションにはより大きな切捨て距離を設定した.

シミュレーションにより得られた都市のフラクタル特性インフォメーション次元とアグリゲーション次元は実際の群馬県の都市の値に適合することが明らかにされた.道路及び都市のフラクタル構造のスケーリング法則の分析から,都市化とは道路のスケーリング特性が都市の自己相似的構造へと変換される動的かつ確率的な過程−集約された移動は平均的には,道路上の傾斜経路に従う−であると考えられる.

結論及び提言

空間的なスケーリング法則の適用により,都市化過程を統制する多くの機構が,人々がどの様に経済的利益を追求するかという最初の原理から生じることが示された.また,分析により,道路のパラメータ化に関する初期の考えが定式化され,多様化された道路形態が人間活動の影響が及ぶ境界を描写することが示された.経済状態を含む他の要因もまた都市化の機構を説明する上では重要であることは明かである.それでもなお,道路から都市へのスケーリング特性の変換は都市化の機構についての新たな知見を与えてくれる.

審査要旨 要旨を表示する

都市化とは、ある地域の地表が都市的な土地利用へと転換することであると定義できる。これまでの研究では、現在に至るまで、都市化モデルに関係する諸理論は、道路が都市を複数の領域に分割し、都市の構造に関連づけられているという点で共通している。しかし、道路の長さ、密度、経路と結節点、道路への近接性、道路からのバッファエリア等の道路の幾何学的特性は、これまで都市化を記述する様々なモデルの中で、パラメータ化されてきたが、多くの場合、単純な幾何学的特性は一方でモデルを暖昧にしてきた。本論文は、空間的な計測方法により道路の構造を記述し、道路の構造が都市化に与える影響を明らかにすることを目的としている。

本論文は8章から構成されている。第1章は序章であり、問題の定式化、研究方法について述べている。第2章および第3章では、研究対象地域である群馬県全域を対象に本論文で用いる空間情報の解説、土地被覆の解析及び分類を行なっている。土地被覆分類は、様々な環境要素の空間的な分布状態を可視化する上で有効であると同時に、空間解析を進める上でデータのパラメータ化にも有用である。本研究で図化された土地被覆の形態は、森林密度、土地被覆形式、土地被覆の多様性、森林の接続性、土地被覆の接続性の5要素からなる。第4章では、道路のスケーリング特性を現す指標であるマス・ラディウスフラクタル次元-レングス・ラディウス次元とデンドライト・ラデイウス次元-について検討を行なった。レングス・ラディウス次元は、道路長と中心からの半径の情報を用いることで道路の形状を特徴づける指標である。一方、道路のデンドライト・ラディウス次元は、道路の交差点と中心からの半径を含むことにより、道路の複雑性と接続性を特徴づける指標である。本研究では、全てのラスタピクセルについてフィルタ・ウィンドウを動かすことで、道路のフラクタル次元を表わす画像を生成し、さらに、各ピクセルに格納された数値を算出することによって、当該ピクセルの近隣の道路構造を明らかにしている。

第5章では、ランドスケープレベルでの道路の影響を分析するために、道路フラクタル、土地被覆形態、地形画像、及び道路密度の画像データを基に、ピクセルベースでの散布図分析を行っている。この結果、土地被覆形態指標の閾値が、道路フラクタルと土地被覆の散布図から視覚的に検知できている。これにより、研究対象地域は、それぞれのランドスケープゾーンに再分割され、ランドスケープゾーンの境界が傾斜地の内部に集中することが明らかにされた。散布図に基づく分析は、道路が地形に特色づけられるカスケード効果を支援するという意味で、地形がランドスケープを支配するという一般的知見を裏付けた。

第6章では、分析の単位を市町村とし、2つのカテゴリについて相関分析を実施している。一つは、ボックス・カウント法により求められた都市フラクタルと、都市規模、人口、道路密度、地形に基づく都市立地の方向性を無視した分析であり、二つは、アグリゲーション次元により求められた都市フラクタルと、道路のレングス・ラディウス次元及びデンドライト・ラディウス次元に基づく都市立地の方向性を考慮した分析である。分析の結果、都市構造は地形、道路、人口等が連動して影響を受けていること、標高の増加は道路構造の減少をもたらすこと、都市の中心と道路密度の中心の一致は道路のマス・ラディウス次元と都市のアグリゲーション次元の類似性から説明できることを明らかにしている。

第7章では、レングス・ラディウス次元で指標化される道路フラクタルの影響のみにより都市のスプロール的成長をシミュレートする拡散律則凝集体モデル (Diffusion-Limited Aggregation Model) を構築している。シミュレーションにより得られた都市のフラクタル特性インフォメーション次元とアグリゲーション次元は研究対象地域内にある実際の都市の値に適合することが明らかにされた。道路及び都市のフラクタル構造に関するスケーリング法則の分析から、都市化とは道路のスケーリング特性が都市の自己相似的構造へと変換される動的かつ確率的な過程であることを明らかにしている。

第8章では、本研究によって得られた結論を要約している。

以上、本論文は、道路の構造が都市化に与える影響を明らかにすることを目的に、道路及び都市のフラクタル構造についてのスケーリング法則の分析から、都市化とは道路のスケーリング特性が都市の自己相似的構造へと変換される動的かつ確率的な過程であることを明らかにしたものであり、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク