学位論文要旨



No 119184
著者(漢字) 盛,真友
著者(英字)
著者(カナ) サカリ,マトモ
標題(和) Y染色体性差関連遺伝子群の分子機能解析
標題(洋)
報告番号 119184
報告番号 甲19184
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2735号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
内容要旨 要旨を表示する

序論

哺乳類の性差を規定する遺伝的要因は、Y染色体を主とした遺伝学的な性差と、アンドロゲン(男性ホルモン)やエストロゲン(女性ホルモン)といった性ステロイドホルモン作用に依存した性差の二つに大別することができる。

Y染色体上にはX染色体と組み換えを起こさない非相同領域が存在し、この領域に存在する精子形成を始めとした男性特異的な機能を有する遺伝子群は、雄性化に必須であると考えられる。精子形成に関与する領域は更に少なくとも3つに分類され、AZFa、AZFb、AZFc (Azoospermic-factor locia, b, and c)と呼ばれる。中でもAZFb領域ではRBMY遺伝子が精子形成主要因子として考えられているものの、その機能については全く不明である。更に、Y染色体非相同領域にはアンドロゲン依存性前立腺癌の発症と相関する領域が存在する。この領域にはTSPY遺伝子が知られているものの、アンドロゲンレセプターとの機能的相関性は不明である。このように、Y染色体非相同領域には約27種の遺伝子の存在が予測されているものの、雄性化における大多数の遺伝子機能は不明である。

一方、性ステロイドホルモンは様々な生理作用を通じ雌雄両性において性差を形成する。一般に性ステロイドホルモンは核内レセプターを介し、転写共役因子群(コアクチベーター、コリプレッサー)による転写制御により生理作用を発揮する。最近、エストロゲンレセプター(ER) α KOマウスの観察から精子形成不全が見い出され、女性ホルモンの精子形成への必須性が明らかにされている。しかしながら、ERαの標的生殖細胞種、及びその細胞種での機能は不明である。同様に、アンドロゲン依存性前立腺癌においてはアンドロゲンレセプター(AR)の機能的関与が示唆されているものの、その分子機構は未解明である。

本研究では、そこでY染色体上に存在する遺伝子群と性ホルモン依存性遺伝子群との機能的相関性を解析することによって、性差、特に雄性化の遺伝学的基盤を探ることを目的とする。

ヒトY染色体遺伝子群の機能解析

Y染色体と性ステロイドホルモンにおける相関性

Y染色体機能と性ステロイドホルモン作用は供に、精子形成、攻撃性、身長差等の雄性的表現型に寄与することが知られている。しかしながらそれらの作用経路は、独立して捉えられている。そこで、Y染色体遺伝子群の発現及び機能に対するアンドロゲン、エストロゲン作用、及びレセプターの転写活性化能に対する作用を検討することによって、この2つの経路における協調性を検証した。

精巣癌由来細胞株であるNEC8、14細胞等を用いて、活性型アンドロゲン(DHT)、エストロゲン(E2)を投与後、そのmRNA発現量変化を半定量的RT-PCRによって検討した。その結果、DHT、E2に対して応答する遺伝子群は検討した遺伝子9種類中、SMCY、UTY、ERVYの3種存在した。

更に、AR、及びERα、ERβへの転写活性化能に対する効果を検討するために293T細胞を用いてルシフェレースアッセイを行ったところ、レセプターの転写活性化能に対してRBMY、DAZはERαを正に、TSPY、DAZはARを負に制御する転写調節効果を示した。

精子形成に関するRBMYの作用機構の解析

RBMY遺伝子はY染色体の精子形成不全領域AZFbに存在し、その機能を担う最有力候補遺伝子であるため、ERαへの転写共役機能を詳細に解析した。

ERαとRBMYの相互作用の検討

RBMYはERαのみに対して転写活性化効果を示し、ERβ及びARに対しては効果を示さなかった。また、異なる組織由来の細胞株、NEC14 (Gonadoblastoma)、LNCaP (Prostate cancer)、HeLa (Uterine cancer) 細胞においても同様の効果が見られた。そこで、ERαの2つの転写活性化領域AF-1及びAF-2を大腸菌内でGST融合蛋白質として発現させ精製したものをベイトとして用いたGST pull-down法により、RBMY蛋白質との相互作用を検討した。その結果、ERαAF-1領域に対して結合活性を示した。更に、Mammalian two-hybrid法による結果も同様にAF-1領域に対する結合活性を示した。また欠失変異体を用いることで、AF-1領域内のRBMYとの結合領域はAF-1コアと呼ばれる中央部に位置した。また、ERαAF-1のみの転写活性に対してRBMYは転写共役活性化因子(コアクチベーター)として機能することを見い出した。

標的遺伝子の検索、及びそのプロモーターにおける機能解析

ERαKOマウスにおける精子形成は第一減数分裂で阻害されることが知られている。そのため、KOマウスの知見から第一減数分裂阻害をおこす21種類の遺伝子について、そのヒトホモログ遺伝子発現に対するE2の作用を半定量的RT-PCRによって検討した。その結果、mRNA発現はテロメレースの酵素活性本体であるhTERT遺伝子においてのみ亢進し、更に、ノザンブロットにおいても同様の結果が得られた。

そこでhTERTプロモーターにルシフェレースを結合したレポータープラスミドを用いてルシフェレースアッセイを行った結果、ERαによるリガンド依存的な転写活性が見られ、RBMYによる転写活性化能も確認された。また、このプロモーター上の-700bp近傍にERE様配列を見い出し、この配列を用いたERαによるゲルシフトアッセイを行った結果、配列特異的にERαの結合が見られた。また、RBM、ERα、hTERT遺伝子mRNAをともに発現している細胞株を検索したところ、NEC14細胞を同定した。この細胞を用いて経時的 ChIP assay を行った結果、hTERTプロモーター上に見られるERE様配列に対するリガンド依存的なERαとRBMYの結合が見られ、経時的に挙動をともにした。また、経時変化に伴ってエクソン内部にRBMYのみの結合が見られた。このため、転写共役活性化因子として以外のRBMYの機能が示唆された。更に、Mammalian two-hybrld法によってRNA polIIのCTDとRBMYの結合を確認し、エクソン内部への挙動にはRNA polIIのCTDの関与が示された。

hTERT mRNAバリアントに与えるエストロゲンの効果

ChIP assay によって示唆された転写共役活性化能以外のRBMY遺伝子の機能として、mRNAバリアント生成への関与を検討した。ERαの標的遺伝子としてのhTERTに対しエストロゲン投与、非投与において変動するスプライシング部位を調べた結果、βスプライス部位として知られる領域において主要なバリアントの遷移が見られた。

RBMY相互作用因子の検索

RBMYの転写共役活性化能における分子機能解明を目指し、NEC14細胞内にFLAG-HAタグを融合したRBMY蛋白質を発現させ、タグ抗体による蛋白質精製から5種類の相互作用因子群候補のバンドパターンを得た。核抽出液、及び核ペレット画分ともに同様のバンドパターンが得られたため、これらはRBMYに直接結合する因子であることが示唆された。

小括

ERαの精子形成に関与する生殖細胞内の分子機構は未解明であり、標的遺伝子も特定されていない。また精子形成不全候補遺伝子としてクローニングされたRBMYもその分子機能は未解明であった。本研究により、この両者が機能的に相関することを初めて見い出した。即ち、RBMYは転写共役活性化因子として機能することを証明した。更に、ERαの標的遺伝子であるhTERTの転写、及びスプライシングにRBMYは影響を与えることが明らかとなった。hTERT KOマウスが精子形成不全を呈することから、ERα、RBMY、hTERTの精子形成における遺伝子カスケードの一端を明らかにした。

ヒトY染色体癌原遺伝子領域に存在するTSPYの機能解析

ヒトY染色体原癌遺伝子領域は転座等に伴い、アンドロゲンの主要標的器官である生殖腺、前立腺において癌を多発する領域として知られている。性ステロイドホルモンと関連するY染色体遺伝子群のうち、ARに対して効果を示したTSPY遺伝子は原癌遺伝子領域の発癌を担う最有力候補遺伝子であると考えられてきた。そこで、ARの転写活性化能に対するTSPYの効果を検討するために、293T細胞を用いたルシフェレースアッセイを行った。ARのリガンド依存的な転写活性に対して、TSPYは強い抑制を示した。また、この抑制効果はERα、ERβに対しては見られなかった。そのため、TSPY遺伝子のAR転写機能に対する相関性が導かれた。

マウスY染色体性差関連因子検索の試み

Direct selection 法を用いたスクリーニング系の確立

マウスY染色体のゲノムプロジェクトは未完である。加えて相同染色体のないY染色体は常染色体に比べて進化速度が速く、ヒトとどの程度異なっているのかは推測の域を出ない。そこで、Y染色体の機能解析に有効なノックアウトマウスを考慮して、マウスY染色体上に位置する新規遺伝子群のスクリーニングを試みた。

雄マウス脳、及び精巣におけるスクリーニング

Direct selection法を用いて、メンブレンに固定したY染色体上にcDNAライブラリーを結合させ、溶出されたcDNAをクローニングした。脳においては1種類、精巣においては41種類の遺伝子断片を取得した。

脳、及び精巣特異的遺伝子群の性状解析

脳で得られた遺伝子断片は1種類であり、RACE法によって得られたその全長の配列は内在性レトロウィルスの特徴を備えていた。成体8週齢マウス脳内における発現は in situ hybridization法によって、聴覚への関与が示唆されるTrapezoid bodyと呼ばれる神経核に特異的に発現を確認した。また、この遺伝子はアンドロゲン、及びエストロゲンの両方によってmRNA発現制御を受け、成体8週齢ではアンドロゲンによってその発現は極端に抑えられているが、胎生期では高発現していた。

精巣に発現している遺伝子群のうち、既存のモチーフを持たない新規遺伝子#25の解析を行った。この遺伝子の性ホルモン受容体に対する効果を検討したところ、ARに対して特異的な転写抑制効果を示したが、ERαに対しては効果を与えなかった。

総括

性ステロイドホルモン作用による性差を生じる分子機構に、Y染色体上の遺伝子機能による雄性的シグナルや転写共役活性が関与する例は、現在までに報告されていなかった。第二章の結果から、独立した経路であると考えられていたY染色体上の遺伝子機能と性ステロイドホルモン作用との雄性化における関連性を、RBMY、TSPY、DAZ蛋白質の性ホルモンレセプター転写共役因子機能から明らかにすることができた。

また、マウスcDNAのスクリーニングによって得られたY染色体遺伝子群は大部分が未知遺伝子である。中でも、脳で得られたレトロウィルスはその特徴的で厳密な発現プロファイルとともに、アンドロゲン、エストロゲンによって制御される。更に、精巣特異的な遺伝子である#25遺伝子はARに対して転写抑制効果を示した。これら二つのマウスY染色体新規遺伝子群の挙動もまた、Y染色体と性ステロイドホルモンとの相関性を支持する結果を導いた。

哺乳類の遺伝的性差には、それを規定する二つのカテゴリー、即ち、1) Y染色体を主とした遺伝学的なカテゴリーと、2)アンドロゲンやエストロゲンといった性ステロイドホルモンに依存したカテゴリーが知られてきた。本研究の結果より、第3の分類として、3)Y染色体遺伝子群と性ステロイドホルモンの協調効果によるカテゴリーが、性差規定における雄性化の遺伝学的基盤の一つを担うことを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はY染色体遺伝子群の分子機能解析に関するもので、4章より構成される。哺乳類の性差を規定する遺伝的要因は、Y染色体を主とした遺伝学的な性差と、アンドロゲン(男性ホルモン)やエストロゲン(女性ホルモン)といった性ステロイドホルモン作用に依存した性差の二つに大別することができる。

Y染色体上にはX染色体と組み換えを起こさない非相同領域が存在し、この領域に存在する精子形成を始めとした男性特異的な機能を有する遺伝子群は、雄性化に必須であると考えられる。精子形成に関与する領域は更に少なくとも3つに分類され、AZFa、AZFb、AZFc(Azoospermic-factor loci a,b,and c)と呼ばれる。中でもAZFb領域ではRBMY遺伝子が精子形成主要因子として考えられているものの、その機能については全く不明である。このように、Y染色体非相同領域には約27種の遺伝子の存在が予測されているものの、雄性化における大多数の遺伝子機能は不明である。

一方、性ステロイドホルモンは様々な生理作用を通じ雌雄両性において性差を形成する。一般に性ステロイドホルモンは核内レセプターを介し、転写共役因子群(コアクチベーター、コリプレッサー)による転写制御により生理作用を発揮する。最近、エストロゲンレセプター(ER)αKOマウスの観察から精子形成不全が見い出され、女性ホルモンの精子形成への必須性が明らかにされている。しかしながら、ERαの標的生殖細胞種、及びその細胞種での機能は不明である。

本研究では、そこでY染色体上に存在する遺伝子群と性ホルモン依存性遺伝子群との機能的相関性を解析することによって、性差、特に雄性化の遺伝学的基盤を探ることを目的とする。

第二章では、ヒトY染色体遺伝子群の機能解析を行っている。Y染色体機能と性ステロイドホルモン作用は供に、精子形成、攻撃性、身長差等の雄性的表現型に寄与することが知られている。しかしながらそれらの作用経路は、独立して捉えられている。そこで、Y染色体遺伝子群の発現及び機能に対するアンドロゲン、エストロゲン作用、及びレセプターの転写活性化能に対する作用を検討することによって、この2つの経路における協調性を検証した。培養細胞系において、DHT、E2に対して応答する遺伝子群は検討した遺伝子27種類中、HSFY、BPY、CDY、ZFY、TBL1Yの5種存在した。更に、AR、及びERα、ERβへの転写活性化能に対する効果をレポーターアッセイにて検討したところ、DAZはERαを正に、TSPY、DAZはARを負に制御した。中でもRBMY遺伝子はY染色体の精子形成不全領域AZFbに存在し、その機能を担う最有力候補遺伝子であるため、ERαへの転写共役機能を詳細に解析した。ERαの2つの転写活性化領域AF-1及びAF-2に対する結合を検討した結果、AF-1領域に対する結合活性を示した。またAF-1領域内のRBMYとの結合領域はAF-1コアと呼ばれる中央部に位置した。これらの結果より、ERαAF-1の転写活性に対してRBMYは転写共役活性化因子(コアクチベーター)として機能することを見い出した。

次に、第一減数分裂阻害をおこす21種類の遺伝子について、E2による発現変動を検討した。その結果、mRNA発現はテロメレースの酵素活性本体であるhTERT遺伝子においてのみ亢進した。またゲルシフトアッセイを行った結果、配列特異的にERαの結合が見られた。精巣癌由来細胞株を用いて経時的ChIP assayを行った結果、hTERTプロモーター上に見られるERE様配列に対するリガンド依存的なERαとRBMYの結合が見られ、経時変化に伴ってエクソン内部にRBMYのみの結合が見られた。このため、転写共役活性化能以外のRBMYの機能としてスプライシングへの関与が期待された。そこで、hTERTに対しエストロゲン投与において変動するスプライシング部位を調べた結果、βスプライス部位として知られる領域において主要なバリアントの遷移が見られた。更にNEC14細胞を用いた蛋白質精製から5種類の相互作用因子群候補のバンドパターンを得た。

ERαの精子形成に関与する生殖細胞内の分子機構は未解明であり、標的遺伝子も特定されていない。また精子形成不全候補遺伝子としてクローニングされたRBMYもその分子機能は未解明であった。本研究により、この両者が機能的に相関することを初めて見い出した。即ち、RBMYは転写共役活性化因子として機能することを証明した。更に、ERαの標的遺伝子であるhTERTの転写、及びスプライシングにRBMYは影響を与えることが明らかとなった。hTERT KOマウスが精子形成不全を呈することから、ERα、RBMY、hTERTの精子形成における遺伝子カスケードの一端を明らかにした。

第三章では、マウスY染色体遺伝子群のスクリーニングと性状解析を行っている。マウスY染色体のゲノムプロジェクトは未完である。そこで、マウスY染色体上に位置する新規遺伝子群のスクリーニングを試みた。Direct selection法を用いて、脳においては1種類、精巣においては41種類の遺伝子断片を取得した。性ステロイドホルモン作用による性差を生じる分子機構に、Y染色体上の遺伝子機能による雄性的シグナルや転写共役活性が関与する例は、現在までに報告されていなかった。第二章の結果から、独立した経路であると考えられていたY染色体上の遺伝子機能と性ステロイドホルモン作用との雄性化における関連性を、RBMY、TSPY、DAZ蛋白質の性ホルモンレセプター転写共役因子機能から明らかにすることができた。また、マウスcDNAのスクリーニングによって得られたY染色体遺伝子群は大部分が未知遺伝子である。このマウスY染色体新規遺伝子群の挙動もまた、Y染色体と性ステロイドホルモンとの相関性を支持する結果を導いた。

哺乳類の遺伝的性差には、それを規定する二つのカテゴリー、即ち、1)Y染色体を主とした遺伝学的なカテゴリーと、2)アンドロゲンやエストロゲンといった性ステロイドホルモンに依存したカテゴリーが知られてきた。本研究の結果より、第3の分類として、3)Y染色体遺伝子群と性ステロイドホルモンの協調効果によるカテゴリーが、性差規定における雄性化の遺伝学的基盤の一端を担うことを明らかにした。

以上、本論文はY染色体遺伝子機能と性ステロイドホルモン作用との相関性を解明しており、転写制御学、分子発生学いずれの分野においても発展性が期待され、学問上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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