学位論文要旨



No 119185
著者(漢字) 山本,陽子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ヨウコ
標題(和) ビタミンD受容体の骨組織における高次機能の解析
標題(洋)
報告番号 119185
報告番号 甲19185
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2736号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 加藤,久典
内容要旨 要旨を表示する

目的

骨組織は骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収のバランスにより再構築を繰り返し一定の骨量を保っている。骨にはカルシウムの貯蔵庫としての役割があるため、骨代謝はビタミンDや副甲状腺ホルモン (PTH) などが制御する血中カルシウム濃度の変動によって影響を受ける。このような骨代謝に加え骨形成の制御には骨芽細胞分化に関わる転写因子 Runx 2/Cbfa 1、ビタミンDの他エストロゲン等をリガンドとする核内受容体群、Wnt シグナル系、レプチン等の関与が、骨吸収の制御には骨芽細胞系細胞で発現する破骨細胞形成誘導因子であるRANKL、炎症性サイトカインであるTNFαやIL-1等の関与がそれぞれ報告されている。

ビタミンDは古くから骨代謝、骨形成の主要調節因子として知られてきたが、他にカルシウム代謝調節や細胞の増殖抑制・分化誘導を調節することも証明されている。一般にこれらのビタミンD作用は活性型の1α, 25(OH)2D3がリガンド依存性の転写調節因子であるビタミンD受容体 (VDR) に結合し、標的遺伝子の転写を制御することによって発揮される。これまでに本研究室の吉澤らはVDRの生体内での高次機能を解明するため、VDR遺伝子欠損 (KO) マウス(VDR-/- : Conventional-VDRKO)を作製した1)。Conventional-VDRKO マウスは成長障害低カルシウム・低リン血症高PTH血症、血清1α, 25(OH)2D3の著しい増加、骨量減少および脱毛といった典型的なクル病症状を離乳後に示した。しかし Conventional-VDRKO マウスの骨で観察された骨量減少は低カルシウム・低リン血症を伴うPTH過剰産生状態(二次性副甲状腺機能亢進症)によって間接的に引き起こされた可能性が否定できなかった。このようにビタミンDが血中カルシウム代謝を介し少なくとも間接的に骨代謝を制御することは明らかにすることができたが、ビタミンDの骨細胞の増殖分化への直接作用の可能性は証明することができなかった。そこで本研究では、カルシウムの間接的作用のない骨芽細胞特異的にVDR遺伝子を欠損するマウスを作出することでビタミンDの骨芽細胞を介した骨へのビタミンD直接作用の検証を試みた。

VDRfloxマウスの作出

P1ファージ由来の Cre リコンビナーゼ (Cre) が loxP 配列で挟まれた領域を切り出す性質を利用した Cre-loxP システムによる骨芽細胞特異的VDRKOマウスの作出を試みた。まずラットVDR cDNA (exon 2-3) 235bp をプローブとし、TT2 ES細胞株ゲノムライブラリーのスクリーニングを行いマウスゲノム断片を取得した。このマウスゲノム断片について制限酵素地図を作成し、VDR遺伝子座の開始コドン及びDNA結合領域の存在する exon 2の両側にloxP配列を挿入したターゲテイングベクターを構築した。このベクターをTT2 ES細胞株にエレクトロポーレーション法により導入し、サザンブロット法により相同組換え体を同定した。得られたES細胞相同組換え体をCD-1マウス8細胞期胚にアグリゲーション法により導入しVDRfloxキメラマウスを作出した。これらのキメラマウスとC57BL/6マウスとの交配によりVDRfloxマウス (VDRL2/L2) を得た。

骨芽細胞特異的VDRKOマウスの解析

全身VDRKO (VDRL-/L- : All-VDRKO) マウスの作出と解析

VDRfloxマウスの生体内で実際 Cre-loxP システムが働き、Cre 存在下でVDR遺伝子座の切り出しを確認する目的で、Cre を全身で発現する CMV-Cre トランスジェニック (Tg) マウスとVDRfloxマウスとの交配を行った。これにより吉澤らが作出した Conventional-VDRKO マウスと同様の全身のVDR遺伝子が欠損した All-VDRKO (VDRL-/L-) マウスが得られた。このマウスは Conventional-VDRKO と同様の典型的なクル病的変異を示し、判別は困難であった。これらのことからVDRfloxマウスの生体内で Cre-loxP システムが機能することが明らかになり、このマウスと標的組織特異的 Cre 発現マウスとを掛け合わせることで組織特異的なVDR遺伝子欠損マウスの作出が可能と判断した。

骨芽細胞特異的VDRKO (Ob-VDRKO)マウスの作出

骨芽細胞特異的に Cre を発現する collagen α1(I)-Cre Tg マウスとVDRfloxマウスとの交配により3-1.のアプローチにより Ob-VDRKO (VDRob-L-/ob-L-) マウスの作出を行った。まず始めに Ob-VDRKO マウスの各組織において、Cre によるVDR遺伝子座の切り出しをサザンブロット法により検討したところ、骨芽細胞の存在する頭骸骨、大腿骨、頸骨のみで切り出しが起きており、カルシウム代謝に関わる腎臓や小腸等の組織における骨芽細胞非特異的な切り出しは観察されなかった。Ob-VDRKO マウスの成長曲線は野生型と有意な差異は見出されず、正常であった。また Conventional-VDRKO マウスや All-VDRKO マウスでは供に低カルシウム血症、低リン血症、高PTH血症、更に血清1α, 25(OH)2D3の著しい増加が観察された。しかしながら骨芽細胞特異的VDRKOマウスにおいてはいずれも正常値を示した。

骨芽細胞特異的VDRKO (Ob-VDRKO) マウスの骨組織の解析

骨量が最大となる16週齢のマウスの大腿骨のX線解析を行なったところ、Conventional-VDRKO マウスや All-VDRKO マウスでは著しい骨量の減少が観察されたが、Ob-VDRKO マウスは予想に反し野生型と比較し骨量が増加することを見出した。また骨密度も野生型に比べ有意に上昇していたが、この傾向は骨端部よりも骨幹部でより顕著であった。この骨量および骨密度増加の現象を詳細に解析するために骨組織形態計測を詳細に解析したところ、Ob-VDRKOマウスは野生型に比べ骨形成の遅延が観察されるものの、骨吸収が抑制されたことにより骨量が増加していることが明らかになった。

次に十数種類の骨代謝関連遺伝子発現を検討した結果、Ob-VDRKO マウスでは破骨細胞形成誘導因子であるRANKL遺伝子発現の減少を見出した。一方骨形成のマスタージーンと考えられている転写因子 Runx 2/Cbfa 1 の発現量は変化がなかった。しかしながら、最近 Runx 2/Cbfa 1 非依存的に骨形成に関与することが明らかになった Wnt シグナル関連遺伝子の発現を検討したところ、Wnt シグナルの下流に位置するLef1の発現が Ob-VDRKO マウスで上昇していた。

これらのことからVDRは単にカルシウム代謝を調節することにより骨に対して間接的に作用するばかりではなく、骨芽細胞のVDRが骨量および骨代謝の制御、骨芽細胞分化制御に直接関与していることが明らかになった。

考察

本研究では、カウシウムの間接的作用のない、Ob-VDRKO マウスを作出し解析することによりビタミンDの骨芽細胞を介した骨への直接作用の解明を試みた。作出したOb-VDRKO マウスの血中ホルモン濃度はいずれも正常値を示したため、従来は不可能であった生体内におけるビタミンDのカルシウム作用と骨の細胞に対するビタミンDの直接作用の分離に初めて成功した。吉澤らの作出した Conventional-VDRKO マウスや本研究3-1.で作出した All-VDRKO マウスでは著しい骨量の減少が観察されており、抗クル病因子として発見されたという歴史的背景から考えても、Ob-VDRKO マウスも同様の表現型を示すと考えられた。しかしながら Ob-VDRKO マウスは驚くべき事に、骨量および骨密度が上昇するという表現型を示した。このことから Conventional-VDRKO マウスおよび All-VDRKO マウスの骨量減少は血中ホルモン濃度の変動によって引き起こされたと考えられる。中でもPTHは間欠的投与では骨量を増やすが、連続投与では骨量を減少させることが知られており、Conventional-VDRKO マウスおよび All-VDRKO マウスではPTHが高値を示すことから、骨量減少の原因は持続的なPTHの分泌にあることが示唆された。本研究室の竹田らは Conventional-VDRKO マウスを用いた実験により、1α, 25(OH)2D3は骨芽細胞のVDRを介して破骨細胞形成を誘導する作用をもつが、この作用が欠損した場合にはPTHやIL-1の刺激により破骨細胞が形成されることを明らかにしており 2)、Conventional-VDRKO や All-VDRKO マウスはPTHによる破骨細胞形成が亢進していると考えられる。そして Ob-VDRKO マウスのPTH濃度は正常であるため、野生型に比べ骨芽細胞のVDRを介した破骨細胞形成が抑制された分だけ骨吸収が減少し、骨量が増加したものと考えられた。

一方、Ob-VDRKO マウスでは Wnt シグナル系のLef1の発現が上昇していたことから、骨形成にも関与していることが示唆された。ビタミンDと Wnt シグナルの関連については、ビタミンDが β-catenin-TCF-4 の転写活性を阻害することにより大腸癌細胞の分化を誘導するという報告がある。またVDRKOマウスは毛周期が欠如し、その結果脱毛がみられるようになるが、β-catenin の皮膚特異的KOマウスでも毛周期が欠如することが報告されており、両者は非常によく似た表現型を示す。また Lef1 は毛包形成に深く関与していることが知られている。これらの事実からビタミンDと Wnt シグナルの間には何らかのクロストークが存在すると思われる。ビタミンDと骨芽細胞増殖に関する詳細な解析報告はないが、ビタミンDの増殖抑制・分化誘導作用は白血病細胞で証明されていることからも、骨芽細胞においても同様の調節作用の存在が予想される。そしてもしこのような作用があるとすれば、Wnt シグナルの関与が考えられる。この点については今後さらなる検討が必要である。

以上本研究により、VDRを介したビタミンD作用は単にカルシウム代謝を調節することにより骨に対して間接的に作用するばかりではなく、骨芽細胞のVDRが骨吸収と骨形成の両面から骨代謝の制御に直接関与していることを明らかにし、VDRの骨組織における高次機能の一端を解明した。

Yoshizawa, T. et al. Mice lacking the vitamin D receptor exhibit impaired bone formation, uterine hypoplasia and growth retardation after weaning. Nat Genet. 16 : 391-6. (1997)Takeda, S, et al. Stimulation of osteoclast formation by 1, 25-dihydroxyvitamin D requires its binding to vitamin D receptor (VDR) in osteoblastic cells : studies using VDR knockout mice. Endocrinology 140 : 1005-8. (1999)
審査要旨 要旨を表示する

本論文はビタミンD受容体の骨組織における高次機能解析に関するもので、4章より構成される。抗くる病因子として発見されたビタミンDは古くから骨代謝の主要調節因子として知られてきたが、他にもカルシウム代謝調節、細胞の増殖抑制・分化誘導など多様な生理作用を持つ。これらの作用は活性型の1α,25(OH)2D3がリガンド依存性の転写調節因子であるビタミンD受容体(VDR)に結合し、標的遺伝子の転写を制御することによって発揮される。これまでに吉澤らはVDRの高次機能解明のため、VDR遺伝子欠損(KO)マウス(Conventional-VDRKO : Conv.-VDRKO)を作出した。Conv.-VDRKOマウスは成長障害、低カルシウム・低リン血症、高PTH血症、血清1α,25(OH)2D3の著しい増加、骨量減少といった典型的なくる病症状を離乳後に示した。しかしConv.-VDRKOマウスの骨で観察された骨量減少は低カルシウム・低リン血症を伴うPTH過剰産生状態(二次性副甲状腺機能亢進症)によって間接的に引き起こされた可能性が否定できず、ビタミンDの骨細胞への直接作用の可能性は証明することができなかった。そこで本研究では骨芽細胞特異的VDRKOマウスの作出により、ビタミンDの骨芽細胞を介した骨への直接作用の検証を試みている。

第2章ではVDRfloxマウスの作出を行っている。Cre/loxPシステムによる骨芽細胞特異的VDRKOマウスの作出のため、VDR遺伝子座にloxPを挿入したターゲティングベクターを構築し、VDRfloxマウス(VDRL2/L2)を得た。

第3章ではまず全身VDRKO(VDRL-/L- : All-VDRKO)マウスの作出と解析を行っている。Creを全身で発現するCMV-CreマウスとVDRfloxマウスとの交配により、全身のVDRKO(VDRL-/L- : All-VDRKO)マウスが得られた。このマウスはConv.-VDRKOと同様の典型的なくる病的変異を示し、判別は困難であった。よってVDRfloxマウスと組織特異的Cre発現マウスとの交配により、組織特異的なVDR遺伝子欠損マウスの作出が可能と判断した。

次に骨芽細胞特異的VDRKO (Ob-VDRKO)マウスの作出と解析を行っている。骨芽細胞特異的にCreを発現するCol.α1(I)-CreマウスとVDRfloxマウスとの交配によりOb-VDRKO(VDRob-L-/ob-L-)マウスの作出を行った。Ob-VDRKOマウスの成長曲線は野生型と有意な差異は見出されず、正常であった。またConv.-VDRKOマウスとAll-VDRKOマウスは共に低カルシウム・低リン血症、高PTH血症が観察されたが、Ob-VDRKOマウスはいずれも正常値を示した。また大腿骨のX線解析により、Conv.-VDRKOマウスやAll-VDRKOマウスでは著しい骨量の減少が観察されたが、Ob-VDRKOマウスは予想に反し野生型と比較し骨量が増加することを見出した。また骨密度も野生型に比べ有意に上昇していた。骨組織形態を詳細に解析したところ、Ob-VDRKOマウスは皮質骨骨形成が促進され、海綿骨骨形成は抑制されることが明らかになった。また骨吸収も抑制されることが明らかになった。さらに骨代謝関連遺伝子発現を検討した結果、Ob-VDRKOマウスでは破骨細胞形成誘導因子であるRANKL遺伝子発現の減少を見出した。一方骨形成に関与する転写因子Runx 2の発現量は変化がなく、Runx 2非依存的に骨形成に関与するWntシグナルの下流に位置する転写因子Lef1の発現がOb-VDRKOマウスで上昇していることを見出した。

本研究により、骨組織に対するVDRの直接作用と間接作用が新たに解明された。間接作用については、All-VDRKOマウスとOb-VDRKOマウスの比較から、All-VDRKOマウスでは骨吸収促進作用を持つPTH濃度の上昇によりくる病症状が見られるようになることを明らかにした。つまり、VDRはPTHの発現を抑制する事で、間接的な骨吸収抑制作用を持つことを明らかにした。また直接作用については、Ob-VDRKOマウスでは骨吸収が抑制される事を明らかにし、これは破骨細胞分化に関わるRANKL遺伝子発現抑制によるものであることを明らかにした。一方骨形成に関しては、海綿骨骨形成が抑制され、皮質骨骨形成が促進される事を明らかにした。つまり、骨芽細胞のVDRは骨吸収促進作用の他、海綿骨骨形成促進作用、皮質骨骨形成抑制作用を持つことを明らかにした。

以上本論文は、骨組織に対するVDRの直接作用と間接作用を解明しており、栄養学、骨代謝学いずれの分野においても発展性が期待され、学問上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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