学位論文要旨



No 119186
著者(漢字) 井出,寛子
著者(英字)
著者(カナ) イデ,ヒロコ
標題(和) TGF-β標的遺伝子MAFbxの単離および機能解析
標題(洋)
報告番号 119186
報告番号 甲19186
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2737号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 助教授 加藤,久典
内容要旨 要旨を表示する

TGF-βは、細胞の増殖制御、創傷治癒、炎症・免疫、恒常性の維持などの多岐にわたる重要な生理作用を担っており、そのシグナルの異常は、癌、繊維症疾患、動脈硬化、自己免疫疾患などの様々な病態をもたらす。TGF-βのシグナルは細胞内シグナル伝達分子であるSmadを介して核内に伝わり、標的遺伝子の発現を制御することが明らかにされている。従って、TGF-βの標的遺伝子を同定し、その遺伝子産物の機能を解析することは、TGF-βの生理作用の解明や上記病態の病因解明に大きく貢献するものと期待される。

そこで、TGF-βに対して早期に応答する遺伝子群を探索するために、ミンク肺上皮細胞Mv1Luを用いてSSH(Suppressive subtractive hybridization)法を利用したスクリーニングを行った結果、TGF-β1処理30分で応答するMAFbxを単離、同定した。2001年11月、Bodine SCらによるノックアウトマウスの解析から、MAFbxはMuscle Atrophy、即ち筋萎縮を引き起こすことが報告されたが、TGF-βシグナルとの関係については知られていない。本研究ではTGF-βシグナルとの関連性を中心にMAFbxの機能の解明を試みた。

MAFbxの単離

TGF-β1処理を1時間行ったミンク肺上皮細胞Mv1Luをもとに、SSH(Suppressive subtractive hybridization)法を用いてサブトラクションを行い、ライブラリーを構築した。このライブラリーから任意に約100個の独立クローンを選択し、これをプローブとしてTGF-β1処理群と未処理群の細胞についてノーザンブロット法を用いたスクリーニングを行った。その結果、Connective tissue growth factor(CTGF)とMuscle atrophy F-box protein (MAFbx)の2種類の遺伝子が単離された。

MAFbxの構造

MAFbx は355アミノ酸から成る約40kDaのタンパク質でC末側にF-boxドメインを持つ。最近の知見から、F-boxドメインを持つタンパク(F-boxタンパク)はSkp-1、Cul-1と共にユビキチンリガーゼであるSCF複合体を形成し、ユビキチンシステムを介したタンパク質分解を担うことが示されており、特にF-boxタンパクはこの複合体において、分解する標的基質を識別していることが報告されている。

Human MAFbx遺伝子は、C.elegans DY3.6 遺伝子とアミノ酸レベルで約 48 % 、Mouse とは約 97 %の相同性を示し、その他にもRat、Xenopus、Zebra fish、Drosophila、などの幅広い種で保存されている。更に、Mouse、Rat 及び Human では MAFbx 遺伝子とアミノ酸レベルで約 60 % 程度の相同性を示すファミリー分子(Fbx25)が存在している。但し、RT-PCRの結果からFbx25はTGF-βによる誘導を受けなかった。

MAFbxの発現の経時的変化、及びシクロヘキシミド処理による発現の影響

MAFbxはノーザンブロットの解析からTGF-β1処理30分でそのmRAN発現量が上昇し、3時間で最大となる。MAFbxがTGF-β1の直接的な標的遺伝子であるかどうかを検討するためにMv1Lu細胞をタンパク合成阻害剤であるシクロヘキシミド及び、転写活性阻害剤であるアクチノマイシンDで処理し、TGF-β1によるMAFbxの発現を調べた。その結果、シクロヘキシミドで処理してもMAFbxのmRANの発現が上昇したことから、MAFbxはTGF-βの直接的な標的遺伝子であり、早期にその発現が誘導されることが示唆された。

MAFbxの組織特異的な発現

MAFbxのmRANの発現を組織で調べたところ、心臓、及び筋肉で発現が見られた。とりわけ筋肉ではその発現量が多かった。

MAFbxのTGF-βシグナルに対する影響

MAFbx とTGF-βシグナルの関連性を検討するためにMv1Lu細胞に3TP-LucリポータープラスミドとMAFbxをトランスフェクションした後、TGF-β1で経時的に処理し、ルシフェラーゼアッセイを行った。3TP-LucリポータープラスミドはTGF-βの標的遺伝子として知られているPAI-1(Plasminogen activator inhibitor type I)のプロモーター領域にルシフェラーゼ遺伝子をつなげたプラスミドである。

その結果、MAFbxを発現させた細胞は、発現させなかった細胞に比べ、TGF-β1処理12時間後にルシフェラーゼの活性が上昇した。また、TGF-βレセプターの活性化型ALK5caとMAFbxをトランスフェクションして、ルシフェラーゼアッセイを行ったところ、ALK5caとMAFbxを共に発現させた細胞は、ALK5ca単独を発現させた細胞に比べ、その活性が上昇した。但し、MAFbxを単独で発現させてもルシフェラーゼ活性の上昇は見られなかった。一方、F-boxを除いた変異体ΔfboxとALK5caを発現させた場合は、MAFbx野生型までの活性上昇は見られなかった。

次に、SBE(Smad binding element)-Lucリポータープラスミドを用いてルシフェラーゼアッセイを行った。SBE-LucリポータープラスミドはSmadが結合するDNA配列CAGAを9個並べたリポータープラスミドである。その結果、ALK5caとMAFbxを共に発現させた場合は3TP-Lucリポータープラスミドと同様に転写活性を上昇させた。また、Smad3及びSmad4とMAFbxを共発現させた場合も同様であった。興味深いことにN末端側とC末端側を削った変異体ΔNΔCを共発現させると、ALK5ca或いはSmad3とSmad4を発現させた場合に比べ、転写活性を半分程度まで減少させた。

これらの結果から、MAFbxはTGF-βシグナルを正に制御していると考えられる。その機構としては、MAFbxがF-boxタンパクであることから、TGF-βシグナルを負に制御する何らかの因子を基質として分解に導き、その結果、TGF-βシグナルをより強化することが考えられる。また最近の知見から、SCF複合体によるユビキチン化によって転写因子が安定化し、転写活性が上昇することが報告されている。従って、MAFbxも何らかの因子をユビキチン化してその転写活性を上昇させていることが考えられる。

まとめ

本研究ではTGF-βシグナルより早期誘導される遺伝子MAFbxを単離した。MAFbxはTGF-βによって発現が直接誘導され、TGF-βシグナルを正にフィードバックしていることが明らかになった。

最近の研究から、TGF-βスーパーファミリーに属し、筋肉の発生に重要な役割を担っているmyostatin(GDF-8)のシグナルは、TGF-βと同様なシグナル伝達経路を経由して核内に伝わり、標的遺伝子の発現を制御していることが明らかにされた。また、筋萎縮を引き起こす薬剤によってそのmRNA発現量が増加することも知られている。

従って、MAFbxが筋肉特異的な発現を示すことと併せて考えると、筋組織におけるMAFbxはmyostatinのシグナルを正に制御している可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

TGF-βは、細胞の増殖制御、創傷治癒、炎症・免疫、恒常性の維持などの多岐にわたる重要な生理作用を担っており、そのシグナルの異常は、癌、繊維症疾患、動脈硬化、自己免疫疾患などの様々な病態をもたらす。TGF-βのシグナルはSmadを介して核内に伝わり、標的遺伝子の発現を制御することが明らかにされている。従って、TGF-βの標的遺伝子を同定し、その遺伝子産物の機能を解析することは、TGF-βの生理作用の解明や上記病態の病因解明に大きく貢献するものと期待される。本研究では、TGF-βの標的遺伝子を同定することを目的として、ミンク肺上皮細胞Mv1Luを用いてSSH(Suppressive subtractive hybridization)法を利用したスクリーニングを行い、MAFbxを単離、同定した。

MAFbxの単離

TGF-β1処理を1時間行ったミンク肺上皮細胞Mv1Luをもとに、SSH(Suppressive subtractive hybridization)法を用いてサブトラクションを行い、ライブラリーを構築した。このライブラリーから任意に約100個の独立クローンを選択し、これをプローブとしてTGF-β1処理群と未処理群の細胞についてノーザンブロット法を用いたスクリーニングを行った。その結果、Muscle atrophy F-box protein (MAFbx)遺伝子を単離、同定した。2001年11月、Bodine SCらによるノックアウトマウスの解析から、MAFbxはMuscle Atrophy、即ち廃用性筋萎縮を引き起こすことが報告されたが、TGF-βシグナルとの関係については知られていない。

MAFbxの構造

MAFbx は355アミノ酸から成る約40kDaのタンパク質でC末側にNLS(核移行)シグナルとF-boxドメインを持つ。最近の知見から、F-boxドメインを持つタンパク(F-boxタンパク)はSkp-1、Cul-1と共にユビキチンリガーゼであるSCF複合体を形成し、ユビキチンシステムを介したタンパク質分解を担うことが示されており、特にF-boxタンパクはこの複合体において、分解する標的基質を識別していることが報告されている。

Human MAFbx遺伝子は、C.elegans DY3.6 遺伝子とアミノ酸レベルで約 48 % 、Mouse とは約 97 %の相同性を示し、その他にもRat、Xenopus、Zebra fish、Drosophila、などの幅広い種で保存されている。更に、Mouse、Rat 及び Human では MAFbx 遺伝子とアミノ酸レベルで約 60 % 程度の相同性を示すファミリー分子(Fbx25)が存在している。但し、RT-PCRの結果からFbx25はTGF-βによる誘導を受けなかった。

MAFbxの発現の経時的変化、及びシクロヘキシミド処理による発現の影響 MAFbxはノーザンブロットの解析からTGF-β1処理30分でそのmRNA発現量が上昇し、3時間で最大となる。MAFbxがTGF-β1の直接的な標的遺伝子であるかどうかを検討するためにMv1Lu細胞をタンパク合成阻害剤であるシクロヘキシミド及び、転写活性阻害剤であるアクチノマイシンDで処理し、TGF-β1によるMAFbxの発現を調べた。その結果、シクロヘキシミドで処理してもMAFbxのmRNAの発現が上昇したことから、MAFbxはTGF-βの直接的な標的遺伝子であり、早期にその発現が誘導されることが示唆された。

MAFbxの組織特異的な発現

MAFbxのmRNAの発現を組織で調べたところ、心臓、及び筋肉で発現が見られた。とりわけ筋肉ではその発現量が多かった。

MAFbxのTGF-βシグナル、及びmyostatinシグナルに対する影響 MAFbx とTGF-βシグナルの関連性を検討するためにMv1Lu細胞に3TP-LucリポータープラスミドとMAFbxをトランスフェクションした後、TGF-β1で経時的に処理し、ルシフェラーゼアッセイを行った。3TP-LucリポータープラスミドはTGF-βの標的遺伝子として知られているPAI-1(Plasminogen activator inhibitor type I)のプロモーター領域にルシフェラーゼ遺伝子をつなげたプラスミドである。その結果、MAFbxを発現させた細胞は、発現させなかった細胞に比べ、TGF-β1処理12時間後にルシフェラーゼの活性が上昇した。また、TGF-βレセプターの活性化型ALK5caとMAFbxをトランスフェクションして、ルシフェラーゼアッセイを行ったところ、ALK5caとMAFbxを共に発現させた細胞は、ALK5ca単独を発現させた細胞に比べ、その活性が上昇した。一方、F-boxを除いた変異体ΔFboxとALK5caを発現させた場合は、MAFbx野生型までの活性上昇は見られなかった。

次に、SBE(Smad binding element)-Lucリポータープラスミドを用いてルシフェラーゼアッセイを行った。SBE-LucリポータープラスミドはSmadが結合するDNA配列CAGAを9個並べたリポータープラスミドである。その結果、ALK5caとMAFbxを共に発現させた場合は3TP-Lucリポータープラスミドと同様に転写活性を上昇させた。また、Smad3及びSmad4とMAFbxを共発現させた場合も同様であった。興味深いことにN末端側とC末端側を削った変異体ΔNΔCを共発現させると、ALK5ca或いはSmad3とSmad4を発現させた場合に比べ、転写活性を半分程度まで減少させた。

この実験で用いたMAFbxと種類の変異体の細胞内局在を調べたところ、MAFbxが核内に局在するのに対して、NLSシグナルを欠失するΔNΔCは核外に局在することが明らかとなった。 これらの結果から、MAFbxはTGF-βシグナルを正に制御していると考えられ、その活性にはMAFbxが核内に局在していることが必要であると考えられる。その機構としては、MAFbxがF-boxタンパクであることから、TGF-βシグナルを負に制御する何らかの因子を基質として分解に導き、その結果、TGF-βシグナルをより強化することが考えられる。また最近の知見から、SCF複合体によるユビキチン化によって転写因子が安定化し、転写活性が上昇することが報告されている。従って、MAFbxも何らかの因子をユビキチン化してその転写活性を上昇させていることが考えられる。

MAFbxは骨格筋に発現が高い。一方、TGF-βファミリーの一員であるmyostatin(GDF-8)は骨格筋での発現が高く、マウス成体に投与すると筋肉の萎縮を引き起こすこと知られている。また、myostatinのシグナルはTGF-βと類似した経路をとることが報告されており、MAFbxとの関連性が示唆される。そこで、MAFbxとmyostatinを細胞に発現させてSBE-Lucリポータープラスミドによるルシフェラーゼアッセイを行ったところ、MAFbxはTGF-βと同様、myostatinシグナルの転写活性を促進することが明らかとなった。

以上、本論文は、MAFbxの発現がTGF-βによって直接誘導され、TGF-βシグナルを正にフィードバックしていることを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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