学位論文要旨



No 119189
著者(漢字) 中村,浩平
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,コウヘイ
標題(和) 生ゴミ分解処理過程における複雑微生物系の構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 119189
報告番号 甲19189
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2740号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

一般家庭やレストランなどの外食産業から排出される生ゴミ(厨芥残渣)は現在焼却や埋め立てといった方法で処理されている。しかし、こうした処理によって様々な環境への負荷が生じている。こうした中、微生物による生ゴミの分解・減量処理や有用物質の生産が再び注目されている。微生物による生ゴミ処理(または有用物質生産)の効率性向上には、複数の微生物種からなる微生物群集を用いることが有効と考えられる。また効率性向上技術の確立には、処理過程における微生物群集の構造とその機能との関係を明らかにする必要があると考えられる。微生物群集による生ゴミなどの有機性固形廃棄物の分解(減量・堆肥化)処理は古くから行われており、その処理過程における群集構造の変遷や微生物種の多様性に関する多くの報告がなされている。しかし、これらの報告に対し、微生物群集の構造と機能を関連付ける研究はほとんどなされていない。

本研究では、(1) 生ゴミ分解処理過程における生ゴミ処理物の物理化学的性状及び分解処理効率を解析し、(2) 生ゴミ分解処理過程における微生物群集遷移を、異なる原理を有する解析手法を用いて多面的解析を行い、(3) 分解処理過程に優占種として検出されたBacillus licheniformis様の細菌、BLx株の単離を行いその諸性質を明らかとし、(4) BLx株を含む微生物群集中優占種の分解処理過程における機能について解析を行うことで、生ゴミ分解処理過程における微生物群集の構造と機能に関する知見を得ることを目的とした。

生ゴミ分解処理過程における処理物の物理化学的性状並びに分解処理効率

実験室規模の生ゴミ分解処理槽(容量約30L)に水分調節材としておが屑を添加し、標準生ゴミを毎日約1kg添加した。生ゴミ分解処理物の水分が40%程度になるよう処理槽への空気流入量を制御し、6週間の分解処理を行った。処理過程中処理物の温度は生ゴミの投入によって1日のうちにおよそ35から55℃まで変化した。処理開始1週間で処理物のpHは弱酸性から弱アルカリ性に推移し、第3週目には中性となり以降第5週目まで続いた。処理物が弱アルカリ性を示す間は、より高いアンモニア生成が検出された。平均分解処理効率(乾重当り)は、処理開始第2週目では80%であったが、以降徐々に減少し第5週目では44%となった。第5週目では未分解の生ゴミが目立ち、処理物が塊状になっていた。処理物の成分分析の結果、第4週目以降のもので粗タンパク質及び炭水化物含量が増加していた。処理開始36日目に処理物の一部を抜取り、新しいおが屑を添加し更に1週間の運転を継続した。第6週目の処理物pHは弱アルカリ性になり、平均分解処理効率は85%に回復した。

生ゴミ分解処理過程における微生物群集構造の多面的解析

微生物群集構造の解析手法にはそれらの基づく原理によってそれぞれ欠点が生じる。そのため、複数の原理の異なる解析手法によってそれぞれの持つ欠点を補完する多面的解析が群集構造の解析には必要である。そこで、異なる原理を有する手法で生ゴミ分解処理過程における微生物群集構造の解析を行った。細菌の16S rDNA内V3領域を標的としたPCR-DGGE解析の結果、処理開始2週間内に検出される主要なバンドはGram陽性LowG+C細菌由来であり、以降これらに加えGram陽性HighG+C細菌由来であった。Quinone profile解析の結果はPCR-DGGE解析で得られたもののとほぼ合致した。しかし、Quinone profile解析ではユビキノンが処理過程を通じて検出されたことから、PCR-DGGE法では処理開始直後にしか検出されなかったProteobacteriaが処理過程を通じて存在していることが示唆された。更にCommunity-level physiological profile(CLPP)解析によって、微生物群集が基質代謝レベルで遷移していることが明らかとなった。特にアミノ酸の資化能が群集の遷移を特徴付けており、アンモニア産生が減り、粗たんぱく質含量が増加した処理開始第4から5週目では、微生物群集のアミノ酸資化能が低いことが示唆された。

PCR-DGGE解析によって、処理開始2週間以内に検出される主要なバンドのひとつとしてBacillus licheniformisと高い相同性(96%)を示すバンドが見出された。このバンドはこれまでの生ゴミ分解処理運転で再現的に検出されており、このバンドの遺伝子配列から設計した蛍光標識プローブを用いたFluorescent in situ hybridization(FISH)解析の結果から生ゴミ処理物中細菌数の30%を占める優占種として存在していることが明らかとなっていた。更にこのバンドにほぼ完全に一致する遺伝子配列が他の有機性廃棄物の処理過程からも検出されていた。これらの事実から、このバンドの起源となるBacillus licheniformis様細菌(BLx株と命名)は有機性廃棄物処理過程に一般的に存在し重要な役割を担っていると考えられた。

BLx株の単離と諸性質の検討

BLx株の生ゴミ分解処理過程における機能を解明する為、BLx株の分離を試みた。高温(50℃前後)、アルカリ(pH8前後)の生ゴミ処理物から寒天平板法でBLx株の分離を行った。BLx株特異的primerを用いた特異的 PCRによってスクリーニングを行い、およそ300コロニーから2株の特異的PCR陽性株が得られた。FISH解析ではBLx株は処理物中全細菌数の数十%を占める優占種として存在するものの、寒天平板上では非常に稀有であり、平板上にはB. thermoamylovoransに近縁の細菌(BTa株と命名)が優占種として存在していた。単離されたBLx株の系統遺伝学的、化学分類学的、生理・生化学的性状解析の結果、BLx株はBacillaceae 科の新属新種の細菌であることが明らかとなり、Cerasibacillus quisquiliarum strain BLxTと提唱した。生ゴミ分解処理過程においてBLx株は優占種として存在することから、種々の基質に対して資化能・分解能が期待されたが、数種の糖および有機酸の資化能、ゼラチン分解能を有するのみであった。

生ゴミ分解処理過程における微生物群集内優占種の機能解析

生ゴミ中に含まれる不溶性(固体)基質を微生物が利用するには、菌体外に分泌する菌体外酵素(もしくは表面酵素)によって、細胞質膜を透過できる程度まで分解する必要がある。また、微生物による固体基質の分解・可溶化は生ゴミ分解処理には極めて重要な反応である。そこで、菌体外酵素産生能を持つ微生物群集内優占種(BLx株及びBTa株)の生ゴミ分解処理過程on siteでの機能を解明することで、微生物群集の構造と機能の関連を考察した。

BLx株は優占種として生ゴミ分解処理過程に存在しており、その諸性質からゼラチン分解能を有していることが明らかとなった。そこでBLx株が生ゴミ分解処理過程でゼラチン分解酵素(ゼラチナーゼ)を産出しているかどうか検討した。処理過程におけるBLx株の存在率の変遷を定量的リアルタイムPCR法で観察し、生ゴミ処理物中のゼラチナーゼ活性の変遷と比較した。その結果、BLx株存在率の急激な増加に伴ってゼラチナーゼ活性が増加していた。更に活性染色法により、BLx株培養上清から得られたゼラチナーゼ活性パターンと処理物中のゼラチナーゼ活性のパターンが類似していた。これらの結果から、BLx株が処理過程でゼラチナーゼを産出していると考えられた。さらにBLx株および処理物中のゼラチナーゼを部分精製し、N末端アミノ酸配列を比較した。その結果、N末端アミノ酸19残基が完全に一致していることが明らかとなった。これらの事実からBLx株がゼラチナーゼを生ゴミ処理過程で産出しており、ゼラチン分解を担っていることが示された。

生ゴミ分解処理過程から分離されたBacillus thermoamylovoransに類縁の菌株、BTa株はアミラーゼ活性を有していた。またBTa株も優占種であることがFISH解析で明らかとなっていた。そこでBTa株が生ゴミ分解処理過程でアミラーゼを産出しているかどうか検討した。BLx株と同様に、BTa株の存在率の変遷を定量的リアルタイムPCR法で観察し、生ゴミ処理物中のアミラーゼ活性の変遷と比較した。その結果、BTa株はアミラーゼを生ゴミ処理過程で産出していないことが示唆された。

まとめ

分子生物学的手法が微生物生態学研究に導入されてから、これまでに培養法では見出されてこなかった様々な微生物種の存在が明らかとなってきた。しかし、環境試料中より微生物ゲノムを直接抽出し、16S rDNA等を標的としたPCRを用いるこの手法には、様々なバイアスが生じることが明らかとなっている。その為、微生物群集の構造解析には、異なる解析原理に基づいた手法を複数用いる多面的解析が必要とされている。本研究においても、複数の解析手法によって微生物群集構造の遷移を明らかとした。群集構造の遷移は、生ゴミ分解処理物の物理化学的性状や分解処理効率との間に密接な関連があることが示唆された。また、分解処理過程で優占種として存在するBLx株を分離し、新属新種の細菌であることを明らかにした。BLx株のような細菌は、その寒天培地上での出現率の低さから、従来の培養法だけの解析ではその存在や重要性について明らかにされなかったと考えられた。更に本研究では微生物群集の構造と機能の関連を酵素レベルで明らかとするため、試験管内での性状から推定された群集中優占種の機能と群集中での機能の関連を解析した。本研究によって、微生物群集の構造と機能を関連付ける際、微生物の推定された機能が本当に現場で機能しているかどうかを考慮しなくてはならないことが示された。

審査要旨 要旨を表示する

太古から行われている複数の微生物種(微生物群集)による有機性廃棄物の分解処理に関して、様々な経験的・技術的知見が培われている一方、その分解処理を担う微生物に関する知見は少ない。その多くは微生物群集の構造を解析したものがほとんどで、微生物群集の構造と機能を関連付けた知見はほとんどない。本論文は、一般家庭から排出される生ゴミの分解処理過程における微生物学的知見を得るべく行われたもので、微生物群集の構造を多面的に解析し、そこから見出された群集内優占種の単離・諸性質の解析を行い、更にそれら優占種の群集内における機能を解析し、微生物群集の構造と機能を関連付けており、5章からなっている。

第1章では、生ゴミ分解処理に関する基礎的知見を明らかとしている。本論文では家庭用生ゴミ処理機を改良し、そこに処理開始時に水分調節材・微生物担体としておが屑を添加し、毎日生ゴミを投入している。分解処理過程における生ゴミの分解処理効率、生ゴミの形状や物理化学的性状の変化を明らかとしている。

第2章では、第1章で明らかとした生ゴミ分解処理の基礎的知見が微生物群集とどのように関係しているかを調べている。微生物群集の解析処方として、従来の培養に基づく手法および近年開発された培養を経ない手法を導入し多面的解析を行っている。分解処理過程における微生物群集はそのほとんどが細菌で、顕微鏡で観察された細菌のうち60%前後が難培養性細菌として存在していることが示された。また、微生物群集の基質資化性を利用したCLPP解析により、微生物群集の構造が基質の資化性レベルで遷移が明らかとなった。さらに細菌の16S rRNA遺伝子を標的としたPCR-DGGE解析によって細菌群集の遷移が明らかとされ、そこから多くのこれまでに単離されていない低GC含量のグラム陽性細菌の存在が示唆された。また、生物の呼吸鎖の一要素であるキノン分子種を標的としたQuinone profile解析はPCR-DGGE解析の結果をはぼ裏付けるものであった。但し、Quinone profile解析からPCR-DGGE解析で生じたバイアスが示唆されている。

次に、本論文ではPCR-DGGE解析で見出されたある細菌に注目している。その細菌とはBacillus licheniformisが最近縁種として挙げられるものの、より高い相同性を示す遺伝子配列が未培養の細菌由来として他の有機性廃棄物処理過程からも検出されていた。更に本論文実験系において再現的に、かつ処理残渣中の優占種として存在することが示されており、その分解処理過程における機能を解明すべくその細菌をBLx株と名づけている。

第3章においてBLx株の単離に成功し、その諸性質を検討している。BLx株は生ゴミ処理物中では細菌の数十%を占める優占種として存在していたものの、平板上では稀有であった。平板上ではB. thermoamylovoransに関連付けられるBTa株が優占種であった。単離されたBLx株はその系統分類学的諸性質から、Bacillaceae科の新属新種Cerasibacillus quisquiliarum BLx株と提唱された。BLx株は優占種として存在していたことから、有機性廃棄物処理過程から頻繁に検出されるB. subtilisやB. licheniformisと同様に多くの炭素源の資化性や生体高分子分解能が期待されたが、それらは非常に限定されており、数種類の糖・有機酸の資化能とゼラチン分解能を有するのみであった。

第4章において、群集内優占種として存在するゼラチン分解能を有するBLx株とデンプン分解能を有するBTa株を用いて、それぞれがゼラチナーゼやアミラーゼを生ゴミ処理残渣中に分泌しているかを調べている。優占種の群集内における機能を解析することで、微生物群集の構造と機能の関連付けを試みている。定量的PCR法を用い、両菌株存在率の分解処理過程における増減を解析した。また処理残渣中の酵素活性を測定し、存在率と酵素活性の変化の関連を調べている。その結果、BLx株はゼラチナーゼを処理残渣中に分泌していることが示唆され、更に処理残渣中の酵素活性がBLx株由来であることが明らかとされた。一方、BTa株はアミラーゼを分泌していないことが示唆された。これらの結果から、微生物群集の構造と機能を関連付けるには、存在比という見かけの重要性に拘わらず、群集内における機能発現を解析する必要が強く提示されている。

第5章では、本研究のまとめと今後の展望が述べられている。

以上、本論文は、不明な点が多かった生ゴミ分解処理過程における微生物学的知見を、複数の原理の異なる解析手法を用いた微生物群集構造の多面的解析と群集内優占種の群集内における機能解析から明らかとしたものであり、学術的貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものとして認めた。

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