学位論文要旨



No 119190
著者(漢字) 山本,正浩
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,マサヒロ
標題(和) 好熱好気性水素細菌 Hydrogenobacter thermophilus TK-6 株由来の二つの 2-oxoglutarate : ferredoxin oxidoreductase に関する研究
標題(洋)
報告番号 119190
報告番号 甲19190
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2741号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 石井,正治
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緒言

Hydrogenobacter thermophilus TK-6 株は好熱好気性、絶対化学独立栄養性の水素酸化細菌である。本菌株は二酸化炭素固定経路として還元的TCAサイクルと呼ばれる独特な回路を有している。還元的TCAサイクルではTCAサイクルを逆回転させることで二酸化炭素を同化することができる。2-oxoglutarate : ferredoxin oxidoreductase (OGOR)は本回路の鍵酵素のひとつであり、succinul-CoA から 2-oxoglutarate への炭酸固定反応を触媒する。強力な還元力がこのカルボキシル化反応に要求され、還元型フェレドキシン(Fd)がこの反応の電子供与体として機能すると考えられている。

TK-6株は2種類のOGORを持つと予想された。すなわち For と Kor である。Kor は既にTK-6株から精製されていた。この酵素はαβ-型である。α-,β-サブユニットはkorAB遺伝子にコードされる。KorAB、orf3、orf4によりひとつのオペロンが形成されている。しかしながら、orf3とorf4の遺伝子産物の機能は不明である。興味深いことに、もうひとつの 2-oxoacid oxidoreductase (OR)をコードする遺伝子クラスターが kor 遺伝子クラスターの上流隣に逆向きに存在していた。この forDABGEF と名付けられた遺伝子群はひとつのオペロンを形成していた。この for 遺伝子クラスターにコードされる蛋白質を大腸菌で発現させ無細胞抽出液(CFE)を調製したところ、このCFEは 2-oxoglutarate に対して高いOR活性を示したが他のどの 2-oxoaid にも高いOR活性は見られなかった。したがって For は Kor と並ぶもうひとつのOGORであることが示唆された。

私は、これら二つのOGORに関して、その酵素学的特徴と生理的意義についてさらに知見を深めるべく研究を行った。

OGORの大腸菌での発現と精製、および酵素学的特徴付け

Kor は既に前任者らによって、TK-6株の菌体から精製され、その酵素学的特徴について報告されていた。私は、より簡便な調製法として大腸菌からの組換え Kor の発現と精製を試みた。本酵素が耐熱性であることから、CFEに熱処理を加えることで精製の行程を簡便化することに成功した。得られた酵素は、その最大活性速度において過去の報告よりも約2倍高い値が得られ、精製行程の簡便化による精製効率の上昇が認められた。それ以外の酵素学的な特徴は、過去の報告と差が認められなかったので、ネイティブ酵素と同等の酵素とみなして、以下の実験に使用した。

For については、その遺伝子は得られていたものの、精製蛋白質は得られていなかったので、大腸菌からの組換え For の発現と精製を行った。精製された蛋白質をSDS-PAGEに供したところ、ゲル上には5本のバンドを確認することができた。4本の大きなバンドは上から順に forA, forB, forD, ForG 遺伝子産物の計算上の分子質量とそれぞれ一致した。最も低分子の位置のポリペプチドのN-末端アミノ酸配列を決定した。その結果、forE 遺伝子にコードされるアミノ酸と一致した。この結果と、forD や forE 遺伝子を欠失させた発現プラスミドを用いた場合に酵素活性が得られなかったという結果を合わせると、For が5種類のサブユニット、すなわち ForA, ForB, ForG, ForD, ForE から成る酵素であると考えられた。これはそれまで知られていたどのORのサブユニット構造のタイプにもあてはまらず、新規のサブユニット構造を持つORであることが示唆された。

For の酵素学的特徴付けとして、分子量、基質特異性、至適温度、至適pH、耐熱性、耐酸素性、基質親和性などの測定を行い、かつ Kor の特徴と比較した。For と Kor の特徴の差について、最大活性と熱安定性および酸素感受性の違いに興味が持たれた。methylviologen 還元活性において For の最大速度は Kor の約1/10程度であった。熱安定性は For の方が Kor よりも好気・嫌気の両条件において総じて高い値を示した。興味深いことに、TK-6株の至適生育条件である70℃、好気条件では For は比較的安定なのに対し、Kor は大部分が失活した。一般的にORは酸素感受性が高いことが知られているが、Kor の酸素耐性は比較的高い。For の酸素耐性がそれを上回ったことから、TK-6株のOGORが一般的なORと比べて好気的環境に順応していることが考えられた。

OGORによる炭酸固定反応

上述のOGORの酵素学的な解析は主に脱炭酸反応の触媒能を指標に行った。本酵素の生理的意義を考慮した場合、炭酸固定反応の触媒能を解析することが望ましい。しかしながら、これまで、試験管内での活性測定は、電子供与体の枯渇などの原因により困難であるとされてきた。私は測定系を改良し、本酵素による炭酸固定反応の動力学的解析を可能にすることを試みた。

電子供与体である還元型Fdの供給が系内で維持されるために、Fdを還元する酵素として pyruvate : ferredoxin oxidoreductase (POR) を系に加えることにした。また、glutamate dehydrogenase (GDH) も反応系に加えることにした。これにより炭酸固定反応の生成物である 2-oxoglutarate の生成を、GDHによるNADHの酸化を伴う glutamate の生成でもって分光光学的に追跡することができる。FdとPORはTK-6株由来の遺伝子を大腸菌に組換えて発現・精製したものを用いた。Fdは2種類(Fd1、Fd2)用意した。GDHは Sulfolobus tokodaii 由来の好熱性GDHの遺伝子を大腸菌に組換えて発現・精製したものを用いた。まず、OGORによるFdの還元反応の測定からOGORのFdに対するKm値を求め、炭酸固定反応に充分なFdの濃度を決定した。次にPORによるFdの還元速度と340nmの吸収を求め、本実験系におけるPORの最大濃度と速度を設定した。OGORによる炭酸固定反応速度がこれを超えないように濃度を調節しながら測定を行った。また、GDHについても反応速度を求め十分量添加した。構築された測定系を用いて酵素活性を観察したところ、OGORによる炭酸固定反応が観察された。For、Kor 共に、試験管内で炭酸固定反応を触媒することが精製蛋白質を使って示された。活性速度は、酸化反応の場合と同様に、Kor の方が For よりも高かった。For、Kor 共に、炭酸固定反応速度は脱炭酸反応速度を下回った。これは測定系の最適化が不十分だからかも知れない。最適条件の更なる検討が必要であると考えられた。

OGORの発現解析と遺伝子破壊

ウエスタンブロットにより For と Kor の発現解析を行った。解析は酸素呼吸条件および硝酸呼吸条件で培養したTK-6株について行った。その結果、Kor は酸素呼吸・硝酸呼吸の両条件において定常的に発現していることが示された。For は、酸素呼吸条件においては定常的に発現しているものの、硝酸呼吸条件においてはほとんど発現を観察することができなかった。これらのことから、For は好気条件の時にのみ発現され、TK-6株の好気条件時の旺盛な生育を支持していると考えられた。

このことを更に確かめるために、TK-6株において遺伝子破壊系を構築し、for 変異株と kor 変異株をそれぞれ取得することを試みた。遺伝子破壊はプラスミドを用いた相同組換え法で行った。形質転換には塩化カルシウム法を用い、遺伝子マーカーには熱安定カナマイシン耐性遺伝子を用いた。条件検討の結果、高効率の遺伝子破壊系を構築し、目的の遺伝子破壊株、すなわち for 変異株と kor 変異株の取得に成功した。これら変異株の生育を観察したところ、kor 変異株は好気条件において野生株と変わらぬ旺盛な生育を示したが、嫌気条件では全く生育しなかった。対照的に、for 変異株は嫌気条件では野生株と同様の生育を示したが、好気条件では野生株の生育を大きく下まわった。これらの結果は前述の知見、すなわち For の方が Kor より酸素に対する安定性が高い、および野生株において For は好気条件でのみ発現するといった結果と合致するものであり、For は好気条件での旺盛な生育を支持するかたちで機能していると考えられた。

OGORオペロンにコードされる機能未知蛋白質群の解析

For の構造遺伝子の下流には forF、Kor の構造遺伝子の下流には orf3 と orf4 と名付けられた遺伝子が存在し、それぞれ上流の for 遺伝子群、kor 遺伝子群とオペロンを形成してる。しかしながら、その蛋白質の機能は未知であった。私はこれらの蛋白質を大腸菌で発現し、精製を行い、EPRや金属定量、OGOR酵素活性測定における影響などを調べた。しかしながら、有効な結果は得られなかった。今後、より精密かつ多様な実験が要求されると思われた。別のアプローチとしてこれらの遺伝子破壊が考えられた。

まとめ

H. thermophilus TK-6株は、サブユニット構造の異なる2種類のOGOR、すなわち For と Kor を持つことがわかった。

For はその活性において ForE を必要とし、5サブユニット構造を持つ新規の2-オキソ酸酸化還元酵素であることを示した。

大腸菌から精製した組換え For の酵素学的諸性質を解析し、Kor と比較した。For は Kor と比べて活性は低いが高熱好気条件において安定であった。

精製したOGORを用いて、試験管内で炭酸固定反応を触媒することを証明した。また動力学的解析も行った。

Kor は構成的に発現しているが、For は好気条件でのみ発現された。好気培養時のTK-6株の旺盛な生育は For の発現により支援されていると考えられた。

H. thermophilus TK-6 の遺伝子破壊系を相同組換え法により構築した。

審査要旨 要旨を表示する

好熱好気性水素細菌Hydrogenobacter thermophilus TK-6株は絶対化学独立栄養性で炭酸固定経路として還元的TCAサイクルを使用する。2-oxoglutarate: ferredoxin oxidoreductase (OGOR)は本サイクルの鍵酵素のひとつであり、succinul-CoAから2-oxoglutarateへの炭酸固定反応を触媒する。TK-6株はForとKorと名付けられた2種類のOGORを持つと予想されていた。本論文は、これら二つのOGORに関して酵素学的特徴と生理的意義について知見を深めるべく行われた研究をまとめたもので、序論、4章から成る本論、及び総合討論で構成されている。

序論ではH. thermophilus TK-6株およびOGORに関する研究開始時までの知見、未解明な問題点について述べている。H. thermophilus TK-6株は様々な独特な特徴を有し、研究の歴史も長い。なかでもOGORは炭素同化の鍵酵素として興味が持たれる。ForとKorをそれぞれコードする遺伝子クラスターは染色体上に並んで逆向きに存在し、両者の機能の違いから使い分けられていることが期待された。

第1章ではOGORの大腸菌での発現と精製、および酵素学的特徴付けを行った。本酵素が耐熱性であることから、大腸菌で発現させた後に熱処理を加えることで精製行程を簡便化・効率化することができた。精製されたForはSDS-PAGEにより5種類のサブユニットから成ることが示され、既知の類縁酵素とは異なる新規性の高いサブユニット構造であるこが判明した。ForとKorの特徴の差について、酸素感受性の違いに興味が持たれた。TK-6株の至適生育条件である70℃、好気条件ではForは比較的安定なのに対し、Korは大部分が失活した。既知のOGOR類縁酵素の多くは酸素耐性が低いが、TK-6株のOGORの酸素耐性は比較的高く、特にForにおいてその特徴が顕著であった。TK-6株のOGORが好気的環境に順応していることが考えられた。

第2章ではOGORによる炭酸固定反応の活性測定を試みた。これまで、試験管内での炭酸固定活性測定は、電子供与体の枯渇などの原因により困難であるとされてきた。本章では測定系に改良を加え、本酵素による炭酸固定反応の動力学的解析を可能にしている。電子供与体である還元型Fdの供給が系内で維持されるために、Fdを還元する酵素としてpyruvate: ferredoxin oxidoreductase (POR)を系に加えた。また、glutamate dehydrogenase (GDH)の添加により炭酸固定反応の生成物である2-oxoglutarateを系内から追い出すことで反応を促進させると共にNADHの酸化でもって分光光学的に追跡できるようにした。測定系に必要な蛋白質をすべて精製し条件検討を行うことで、これらの蛋白質とカップリングさせた炭酸固定活性測定系を構築した。この測定系を用いることでFor、Kor共に、試験管内で炭酸固定反応を触媒することが示された。For、Kor共に、炭酸固定反応速度は脱炭酸反応速度を下回ったことから、還元的な反応の進行は細胞内の還元型Fdの濃度が高いことが条件であると予想された。

第3章ではOGORの発現と遺伝子破壊に関して解析した。ウエスタンブロットによるForとKorの発現解析の結果、Korは酸素呼吸・硝酸呼吸の両条件において定常的に発現していた。Forは、酸素呼吸条件においては定常的に発現しているものの、硝酸呼吸条件においてはほとんど発現を観察することができなかった。次に、TK-6株において遺伝子破壊系を構築し、for変異株とkor変異株をそれぞれ取得することを試みた。遺伝子破壊はプラスミドを用いた相同組換え法で行った。条件検討の結果、高効率の遺伝子破壊系を構築し、目的の遺伝子破壊株、すなわちfor変異株とkor変異株の取得に成功した。これら変異株の生育を観察したところ、kor変異株は好気条件において野生株と変わらぬ旺盛な生育を示したが、嫌気条件では全く生育しなかった。対照的に、for変異株は嫌気条件では野生株と同様の生育を示したが、好気条件では野生株の生育を大きく下まわった。これらの結果は、Forは好気条件の時にのみ発現され、TK-6株の好気条件時の旺盛な生育を支持していると考えられた。

第4章ではOGORオペロンにコードされる機能未知蛋白質群の解析を行った。精製蛋白質を用いたin vitroでの解析では機能やOGORとの関連性を解明することは出来なかった。一方、遺伝子破壊株における発現解析といったin vivoでの実験結果からこれらの蛋白質群の相関関係を見い出した。

総合討論では、本研究のまとめと今後の展望が述べられている。

以上、本論文は、不明な点が多かったH. thermophilus TK-6株の二つのOGORに関して、酵素学的な特徴および生理的な役割について明らかにしたものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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