学位論文要旨



No 119192
著者(漢字) 丁,林賢
著者(英字) Ding,Lin xian
著者(カナ) ディン,リンシャン
標題(和) 難培養性細菌の分離および難培養性 Aquaspirillum 属細菌の系統分類に関する研究
標題(洋)
報告番号 119192
報告番号 甲19192
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2743号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 正木,春彦
内容要旨 要旨を表示する

自然界から伝統的な分離方法で培養可能な微生物は僅か1%程度であり、99%以上が培養困難または培養不能な状態VNC(viable but non-culturable: 生きているが培養できない)であるものと指摘されている。今日、難分離、難培養微生物の培養技術の確立が極めて重要な課題となっている。

グラム陽性細菌Micrococcus luteusは長期培養によりVNC 状態になるが、対数期後期の培養上清にサイトカイン様タンパク質の賦活化因子Rpf (Resuscitation promoting factor) を生成し、VNC 状態の菌体を賦活化させることができる。このRpf因子は他にもMycobacterium属菌種のVNC も賦活化することが報告されている。そこで本研究ではこのRpfを利用して、VNCの賦活化による難培養性細菌の分離を試み、また培養困難な淡水性Aquaspirillum 属菌種の培養法を確立して当該細菌群の系統分類学的解析を行った。

難培養性土壌細菌の分離及び系統分類学的解析

M. luteusの培養上清を利用し、MPN(most probable number)法を用いて、68土壌サンプルから40株の細菌を分離した。16S rDNAの部分塩基配列(約500 bp)の比較から、それぞれ、Rhodococcus 属11 株、 Arthrobacter 属1株、 Leifsonia 属2 株、 Nocardia 属1 株、 Kitasatospora属3 株、 Streptomyces 属7株、 Bacillus 属12 株、Paenibacillus属3株、計8属のグラム陽性細菌と同定した(図1)。土壌中には通常は分離できない細菌種が数多く存在していることを示唆した。

これらの分離株は16S rDNA塩基配列のBLAST検索結果から、既知菌種との相同性が97% 以下のものが3 株、98%が18 株、99% 以上のものが19株であり、既知の菌種と新規の菌種が含まれることが示され、何れも土壌中でVNC状態で存在している菌体から賦活化されたものと考えられる。

16S rDNA相同性の低い分離株について、全塩基配列を決定して、系統的位置を確認した。DS59、DS60両菌株はLeifsonia 属で、DS51W菌株はNocardia属で、DS471、DS472、DS474とDS48Bの4株はRhodococcus属の新種と推定された。相同性が97% 以下であったDS471、DS472、DS474とDS48Bの4株は表現形質や、化学分類、DNA-DNA hybridization、生理・生化学的性状の解析結果から、それぞれRhodococcus 属の新菌種と同定された。既知菌種との16S rDNA相同性の高い分離株のについて、既知種である可能性があるが、新規の菌種でも、既知の菌種でも、土壌中でどのようにVNC状態になっているかについての解明は今後の課題である。

M. luteusの賦活化因子遺伝子rpf はStreptomyces属菌種にも存在していて、賦活化能に何らかの関連性があるものと指摘されているが、今回、Streptomyces属以外にRhodococcus や、 Arthrobacter、 Leifsonia、 Nocardia、 Kitasatospora、Bacillus、Paenibacillusなどの属の菌種が土壌から得られたことより、M. luteusは高GCグラム陽性菌や、低GCグラム陽性菌など、広範囲の細菌に対して適用できる可能性があることが示唆された。

培養困難なAquaspirillum 属菌種と分離株の系統分類学的解析

Aquaspirillum属細菌は淡水から分離されたグラム陰性細菌であり、現在15菌種4亜種から構成されている。本属のA. anulus, A. giesbergeri, A. itersonii subsp. Itersonii, A. delicatum, とA. arcticum の5菌種と井戸水から分離された7-1T、7-2T、AQ9T、AQ10、AQ11、AQ12、F1の7 株合計12 株は生育およびコロニー形成能の弱い、難培養菌種である。本研究で、賦活化能を持つM. luteus の培養上清を添加することにより、これらの菌種の培養が格段に改善されることを見いだしたので、この培養系を用いて本属の菌種の系統関係の解析が可能となった。全菌種について、16S rDNA 全塩基配列に基づく系統解析を行った結果、基準種A. serpens およびA. dispar、A. putridiconchylium、A. autotrophicum、A. arcticum、A. anulus、A. giesbergeri、A. itersonii subsp. NipponicumとA. peregrum subsp. Integrum、本属の菌種は 4 つの系統的に異なるグループ(group 1、Neisseriaceae; group 2、 Oxalobacteriaceae; group 3、Comamonadaceae とgroup 4 の a-Proteobacteria)に分けられることがわかった。本属は系統的に不均質であり、分類学的再編が必要であることを明らかにした(図2)。さらに遺伝、表現の両形質による多相分類学的研究を行って、以下のように各属および新種の提案を行った。

グループ1: Aquspirillum 属の基準種A. serpensとA. putridiconchylium はNeisseriaceae科に属し、Aquaspirillum 属として位置する。

グループ2: 好冷菌A. arcticum は新属Butleria を設立し、B. arcticum とした。分離株7-2T、 A. autotrophicumおよび誤同定の種 [Pseudomonas] huttiensis はHerbaspirillum 属に属し、それぞれ H. putei, H. autotrophicum, H. huttiense とすることを提唱した。

グループ3: A. anulus、A. sinuosum、A. giesbergeri の3 菌種はComamonadaceae科に含まれ、これらの菌種には新属Rittenbergiaを設立し、それぞれR. anula(基準種)、R. sinuosa とR. giesbergeriとすることを提案した。 A. delicatum、誤同定の種 [Pseudomonas] lanceolata、および分離株7-2T、AQ9T、AQ10、AQ11、AQ12、F1 は一つのクラスターを形成することより、新属Curvibacter を設立した。それぞれ分離株7-2T をC. gracilis(基準種)、C. delicata、C. lanceolata と新種C. fontanaを提案した。 A. metamorphum とA. psychrophilum はひとつのクラスターを構成することから、新属Terasakia を設立し、T. metamorpha(基準種)とT. psycrophilaとすることを提案した。

グループ4: A. polymorphum はMagnetospirillum 属に属することよりM.  polymorphumとすることを、A. itersonii subsp. itersonii とA. itersonii subsp. nipponicum の2 亜種には新属Giesbergiria itersonii (基準種)とG. nipponicaとすることを提案した。 A. peregrinum subsp. peregrinum とA. peregrinum subsp. integrum の2 亜種については、新属 Pretoriusia を設立し、P. peregrina (基準種)とP. integra と命名した。

このように、培養困難な淡水性Aquaspirillum属菌種について、培養法を確立することにより、系統的に不均質な本属の菌種および分離株について新属・新種を設立し、21菌種(株)の分類学的位置を明らかにすることができた。

まとめ

賦活化因子を持つM. luteus の培養上清を利用することにより、伝統的な分離方法では分離できない土壌中のVNC 細菌が賦活化のできることが示唆された。賦活化されたグラム陽性細菌は既知種と新種の両方とも含まれた。また、グラム陽性細菌は賦活化できるのと同時に、難培養性グラム陰性淡水性細菌の培養に対しても有効であったことから、難培養性細菌の分離や、培養困難な細菌の培養化に対して、微生物の新しい取り扱い方法として有用性があることが示唆され、系統分類学的解析への応用に対しても価値のあるものと思われる。

土壌分離株の16S rRNA 部分塩基配列 (421 bp に基づく系統樹。数字は1000回抽出によるブーツストラッブ値。

AquaspiriIIum 細菌の16s rRNA 基配列(1378 bp)にづく系統樹。数字は1000回抽出によるブーツストラッブ値。

審査要旨 要旨を表示する

自然界から伝統的な分離方法で培養可能な微生物は僅か1%程度であり、残りは培養困難または培養不能な状態VNC(viable but non-culturable:)であることより、今日では難培養微生物の培養技術の確立が極めて重要な課題となっている。グラム陽性細菌Micrococcus luteusは長期培養によりVNC 状態になるが、対数期後期の培養上清にサイトカイン様タンパク質の賦活化因子Rpf (Resuscitation promoting factor) を生成し、VNC 状態の菌体を賦活化させることができ、さらにこのRpf因子は他の菌種のVNC も賦活化することが報告されている。そこで本研究ではこのRpfを利用して、VNCの賦活化による難培養性細菌の分離を試み、また培養困難な淡水性Aquaspirillum 属菌種の培養法を確立して当該細菌群の系統分類学的解析を行った。

第1章では本研究の背景について述べている。第2章では難培養性土壌細菌の分離及び系統分類学的解析について述べた。 M. luteusの培養上清を利用し、MPN(most probable number)法を用いて、土壌試料から細菌40株を分離した。16S rDNAの部分塩基配列の比較から、それぞれ、Rhodococcus 属11 株、 Arthrobacter 属1株、 Leifsonia 属2 株、 Nocardia属1 株、 Kitasatospora属3 株、 Streptomyces 属7株、 Bacillus 属12 株、Paenibacillus属3株、計8属のグラム陽性細菌と同定した。土壌中には通常は分離できない細菌種が数多く存在していることを示唆した。これらの分離株は16S rDNA塩基配列のBLAST検索結果から、既知菌種との相同性が97% 以下のものが3 株、98%が以上のものが37株であり、既知菌種と新規の菌種が含まれることが示され、何れも土壌中でVNC状態で存在している菌体から賦活化されたものと考えられる。16S rDNA相同性の低い分離株について、全塩基配列を決定して、系統的位置を確認した。2菌株がLeifsonia 属、1菌株がNocardia属、4株がRhodococcus属の新種と推定された。相同性が97% 以下であった4株は表現形質や、化学分類、DNA-DNA hybridization、生理・生化学的性状の解析結果から、それぞれRhodococcus 属の新菌種と同定された。既知菌種との16S rDNA相同性の高い分離株のについて、既知種である可能性があるが、新規の菌種でも、既知の菌種でも、土壌中でどのようにVNC状態になっているかについての解明は今後の課題である。本実験で広い範囲の属の菌種が得られたことより、賦活化因子は広範囲の細菌に対して適用できる可能性があることが示唆された。

第3章では培養困難なAquaspirillum 属菌種と分離株の系統分類学的解析の結果について述べた。Aquaspirillum属細菌は淡水性グラム陰性細菌であり、15菌種4亜種から構成されている。本属のA. anulus, A. giesbergeri, A. itersonii subsp. itersonii, A. delicatum, とA. arcticum の5菌種と、井戸水から分離された7 株は生育およびコロニー形成能の弱い、難培養菌種である。本研究で、M. luteus の賦活化因子を添加することにより、難培養菌種の培養が格段に改善されので、この培養系を用いて本属の菌種の系統関係の解析を行った。全菌種について、16S rDNA 全塩基配列に基づく系統解析を行った結果、基準種A. serpens およびA. dispar、A. putridiconchylium、A. autotrophicum、A. arcticum、A. anulus、A. giesbergeri、 A. itersonii subsp. nipponicumとA. peregrum subsp. integrumは 4 つのグループ(group 1、Neisseriaceae; group 2、Oxalobacteriaceae; group 3、Comamonadaceae; group 4; a-Proteobacteria)に分けられた。系統的に不均質な本属についてさらに遺伝、表現の両形質による多相分類学的研究を行い、以下のような分類学的再編の提案を行った。

グループ1: Aquspirillum 属の基準種A. serpensとA. putridiconchylium はAquaspirillum 属とする。グループ2: 好冷菌A. arcticum は新属Butleria arcticum とした。分離株7-2T, A. autotrophicum, [Pseudomonas] huttiensis はHerbaspirillum 属に移行して H. putei, H. autotrophicum, H. huttiense とした。グループ3: A. anulus、A. sinuosum、A. giesbergeri の3 菌種は新属Rittenbergia anula(基準種)、R. sinuosa とR. giesbergeriとした。 A. delicatum、[Pseudomonas] lanceolata、および分離株7株には新属Curvibacter を設立し、C. gracilis(基準種)、C. delicata、C. lanceolata と新種C. fontanaを提案した。 A. metamorphum とA. psychrophilum には、新属Terasakia を設立し、T. metamorpha(基準種)とT. psycrophilaとした。グループ4: A. polymorphum はMagnetospirillum 属であることよりM. polymorphumとすることを、A. itersonii subsp. itersonii とA. itersonii subsp. nipponicum の2 亜種は新属Giesbergiria itersonii (基準種)とG. nipponicaとした。また A. peregrinum subsp. peregrinum とA. peregrinum subsp. integrum の2 亜種は、新属 Pretoriusia を設立し、P. peregrina (基準種)とP. integra と命名した。 このように、培養困難な淡水性Aquaspirillum属菌種について、培養法を確立することにより、系統的に不均質なの菌種および分離株について新属・新種を設立し、分類学的位置を明らかにした。

以上、本論文は難培養性細菌の分離および難培養性Aquaspirillum 属細菌の系統関係を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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