学位論文要旨



No 119193
著者(漢字)
著者(英字) Pungrasmi,Wiboonluk
著者(カナ) プンラサミー,ウィブーンラック
標題(和) 新規アルキルフェノール分解性 Pseodomonas sp. に関する系統学的・分子生物学的研究
標題(洋) Phylogenetic and molecular biological studies on a novel alkylphenol-degrading Pseudomonas sp.
報告番号 119193
報告番号 甲19193
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2744号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

産業革命以来、科学技術の発展は地球上の元素循環に対して過去には存在しなかった問題を引き起こしつつある。様々な人工的化合物の急激な生産や、天然の物質でもその本来とは異なる環境下への大規模な移入が、受け入れる環境の自浄能力を超えて起こり、その結果として、環境汚染物質の蓄積が地球上の生命活動を脅かすレベルまでに達している。

アルキルフェノール (AP) は、様々な産業で広く用いられている界面活性剤であるポリエポキシアルキルフェノール (APEO) の主要成分である。APはまた、それ自身プラスチックの抗酸化剤として使われ、食品容器のプラスチックからの溶出が心配されている。汚水処理プラントでは、APはAPEOのポリエポキシレート部分の比較的速やかな分解によって生じ、処理汚泥に残存する物質として報告されている。このようなことから、APは廃液や飲料水の処理で問題となる脂溶性汚染物質となっており、また、人間や動物の生殖に影響する内分泌攪乱物質としても指定されている。

従って、環境中のAPの有効な解毒と分解のシステムを開発することは緊急の社会的要請である。一般に汚染化合物の解毒と分解のためには、生物分解がその特異性の高さと有害物質の副生が少ないために適している。それゆえ、単一のあるいは微生物集団について、様々な汚染物質の分解能の研究が進められている。しかしながら、APの解毒については未だごく少数の微生物に関する研究が公にされているに過ぎない。それらには、Sphingomonas cloacae、いくつかの Pseudomonas 属細菌、および、酵母 Candida aquaetextoris などがあるが、これら微生物について、より有効な分解システムを作るために必要と思われる、分類学的な位置、AP分解の分子機構などについてはほとんど明らかにされていない。

本研究の目的は以下のごとくである。

(1) 汚泥試料中からのAP分解菌の検索と単離、(2) 分離菌の系統学的位置の決定、(3) AP分解経路の推定、(4) AP分解経路に関わる遺伝子の単離。

AP分解菌の分離、性質の検討、及び系統学的解析

活性汚泥試料は東京都小台の下水処理場から入手した。研究室スケールのバイオリアクターを用いて、一定流速でAP混合物1000ppmを含む培地を添加しつつ、試料の馴化培養を行った。ついで、各種APを唯一の炭素源として含む培地を入れたフラスコに植え次ぎ、それぞれのAP分解菌を濃縮した。平板培地上における生育試験を経て、直鎖アルキル基を持つAP分解菌を分離した。それらのうち、後ほど Pseudomonas 属に属することが判明したWL株について、さらに性質を検討した。

本菌の分類学的性質を以下にまとめる。本菌はグラム染色陰性で、好気条件で生育する。胞子を形成しない。直線的な短桿菌 (2.0〜3.5 x 1.3〜1.7μm) で一方の長軸端から数本の鞭毛を生じ、運動性がある。栄養培地上のコロニーは円形で平板にして、透明性のある乳白色ないし薄い黄色である。ピオシアニンや蛍光色素を生産しない。30℃及び37℃で生育可能であるが、4℃あるいは42℃では生育しない。カタラーゼ、オキシダーゼは陽性であるが、グルコースの酸化及び発酵は陰性。硝酸を亜硝酸に還元できず、脱窒も行わない。G+C含量は66%である。主要な脂肪酸はC16:0、C16:1、C18:1、主要なヒドロキシ脂肪酸は 3-hydroxy C10:0、3-hydroxy C12:0、2-hydroxy C12:0 であり、主要イソプレノイド・キノンは ubiquinone Q9 であった。以上のこと及び16S rDNAの配列解析 (AB126621) と近縁種DNAとのハイブリダイゼーションの結果から、新規 Pseudomonas 属菌種であったので、種名として Pseudomonas japonica を提案した。タイプ菌株はWLT (IAM 15071、及びTISTR 1526 (Thailand Institute of Scientific and Technological Research, Microbiological Resource Center)) である。

Pseudomonas sp. strain WL によるAPの分解

本菌種は1から9までの数の直鎖アルキル鎖を有するAPを利用できた。アルキル鎖が長いものの方が生育は良好であった。標準的な条件下 (30℃) で1000 ppmの濃度のAPを10日以内にほぼ完全に分解した。この菌はまた、直鎖アルカンを資化し、n-ethanol、n-butanol、n-heptanol、n-decanol 等の長鎖アルコールによっても生育可能であった。しかしながら、分岐アルキル鎖を持つ AP、benzene、toluene、phenol、benzoic acid 等については生育を確認できなかった。

0.1% (w/v) n-octylphenol (OP) を唯一の炭素源として5日間培養後、n-octylphenol 由来と考えられる培養液抽出物主要成分としてp-hydroxyphenylacetic acid (p-HPAA) の蓄積が検出された。この結果および、p-HPAAを本菌が資化できることなどから、本菌種は先ずアルキル鎖末端を酸化し、次いでこれをα酸化あるいはβ酸化により短縮してp-HPAAとする可能性がある。さらに、OPあるいはp-HPAAを炭素源として培養した後、Rothera 試験によって、紫色の発色を見たので、フェノール環の開裂は後にβケト酸が生成する ortho 開裂によるものと推定した。

Pseudomonas sp. strain WL によるAPの分解に関する分子遺伝学的解析

本菌株に三親伝達法により大腸菌からプラスミドpTnMod-OKmを導入し、Tn5の転移によって生じたカナマイシン耐性コロニーから、OPを炭素源として生育の悪い変異株を選択した。変異株からDNAを調製し、Tn5を含む適当な大きさの制限断片を自己閉環後トランスポゾン末端の配列をプライマーとしてPCR増幅し、塩基配列を決定する手法により、トランスポゾンが挿入した遺伝子apd1 (alkylphenol degradation 1) を推定した。それらの変異株からWL11株を選び、野生型株DNAについて広宿主域ベクターpKS13上に調製したコスミドライブラリーから、その挿入変異を有する遺伝子断片をプローブとして、野生型遺伝子全長を含むクローンをサザンハイブリダイゼーションによって単離した。また、単離したコスミドクローンは変異株のOP上における生育の欠陥を相補した。

apd1は1,869bpのタンパク質コード領域を有し、想定されるタンパク質生産物は Pseudomonas aeruginosa ATCC10933 の exaA 遺伝子産物と87%のアミノ酸配置が一致した。また、Pseudomonas putida ATCC11172 と P. putida KT2440 との相同遺伝子とそれぞれ90%、91%のアミノ酸配置が一致した。exaA は P. aeruginosa ATCC10933 ではエタノールを、P. putida ATCC11172 では炭素鎖長16までの n-アルコールを酸化する、pyrroloquinoline quinone (PQQ) -dependent alcohol dehydrogenase をコードする遺伝子とじて報告されている。ゲノム塩基配列が報告されている、P. aerginosa ATCC10933 と P. putida KT2440 に対して apd1 近傍の領域を比較すると、apd1 の上流には逆向きにシトクローム550をコードする exaB に相同な遺伝子、下流にも逆向きにレスポンス・レギュレーターと考えられる exaE に相同な遺伝子が存在していた。これらの他にもオルソログが見出されたが、その配置は必ずしも一致しなかった。apd1 と exaE ホモログ遺伝子の間には16 ntを挟んで44 ntをユニットとする回文構造があり、同様な20 ntを越える長いユニットをもつ回文構造は他の遺伝子間にもあった。これらは転写の終結に関わるものと考えられる。apd1 遺伝子の mRNA の合成を RT-PCR によって検討したところ、apd1 の発現は heptylphenol 及び decanol によって誘導されたが、炭素源となるクエン酸やコハク酸では誘導されなかった。

apd1 を lacZ 誘導発現系を用いて大腸菌中で発現させ、計算分子量68,511に近い分子量のタンパク質の増幅を得た。無細胞抽出液を調製し、PQQとCa2+及び基質として、apd1-変異株WL11では利用が大きく低下する p-hydroxyphenylethanol を添加したところ、60分後には非発現菌体抽出液による対照反応に比して、基質残存量は50%以下に低下した。

以上の結果は、Pseudomonas sp. strain WL における直鎖アルキル基を有する AP の分解では PQQ-dependent alcohol dehydrogenase が関与すること、また、恐らくはこれが水酸化された AP の炭化水素鎖末端を酸化し、引き続く酸化系によってアルキル鎖を短縮するものと考えられた。どの段階でフェノール環の開裂があるかは不明であるが、OP 資化の際の p-HPAA の蓄積から考えてアルキル鎖の短縮後と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

アルキルフェノール(AP)は、様々な産業で広く用いられている界面活性剤であるポリエポキシアルキルフェノール(APEO)の主要成分である。APはまた、それ自身プラスチックの抗酸化剤として使われ、食品容器のプラスチックからの溶出が心配されている。汚水処理プラントでは、APはAPEOのポリエポキシレート部分の比較的速やかな分解によって生じ、処理汚泥に残存する物質として報告されている。このようなことから、APは廃液や飲料水の処理で問題となる脂溶性汚染物質となっており、また、人間や動物の生殖に影響する内分泌攪乱物質としても指定されている。従って、環境中のAPの有効な解毒と分解のシステムを開発することは緊急の社会的要請である。しかしながら、APの解毒については未だごく少数の微生物に関する研究が公にされているに過ぎず、それら微生物について、より有効な分解システムを作るために必要と思われる、分類学的な位置、AP分解の分子機構などについてはほとんど明らかにされていない。

本研究は、汚泥試料中からのAP分解菌を単離して、その系統学的位置を決定し、AP分解経路を推定するとともに、AP分解経路に関わる遺伝子を単離、解析したものである。

第1章は序論である。

第2章では、AP分解菌の分離、性質の検討、及び系統学的解析を行っている。活性汚泥試料は東京都小台の下水処理場から入手した。研究室スケールのバイオリアクターを用いて、一定流速でAP混合物1000 ppmを含む培地を添加しつつ、試料の馴化培養を行った。ついで、各種APを唯一の炭素源として含む培地を入れたフラスコに植え次ぎ、それぞれのAP分解菌を濃縮した。平板培地上における生育試験を経て、直鎖アルキル基を持つAP分解菌を分離した。それらのうち、WL株についてさらに性質を検討している。

申請者は、本菌の分類学的性質を、16S rDNAのヌクレオチド配列の決定と比較分析、近縁種DNA-DNAハイブリダイゼーションほか、形態学的、生理学的、生化学的試験を行って検討した結果、新規Pseudomonas属菌種であったので、種名としてPseudomonas japonicaを提案している。

第3章では、Pseudomonas sp. Strain WLによるAPの分解経路を推定している。本菌種は1から9までの数の直鎖アルキル鎖を有するAPを利用できた。標準的な条件下(30℃)で1000 ppmの濃度のAPを10日以内にほぼ完全に分解した。この菌はまた、直鎖アルカンを資化し、n-ethanol、n-butanol、n-heptanol、n-decanol等の長鎖アルコールによっても生育可能であった。しかしながら、分岐アルキル鎖を持つAP、benzene、toluene、phenol、benzoic acid等については生育を確認できなかった。

n-octylphenol(OP)を唯一の炭素源とする場合、p-hydroxyphenylacetic acid(p-HPAA)の蓄積が検出され、p-HPAAを本菌が資化できることなどから、本菌種は先ずアルキル鎖末端を酸化し、次いでこれをα酸化あるいはβ酸化により短縮してp-HPAAとする可能性があること、さらに、OPあるいはp-HPAAを炭素源として培養した後のRothera試験によって、フェノール環の開裂は後にβケト酸が生成するortho開裂によることを推定した。

第4章では、Pseudomonas sp. Strain WLによるAPの分解に関する分子遺伝学的解析を行っている。本菌株に三親伝達法により大腸菌からプラスミドpTnMod-Okmを導入し、Tn5の転移によって生じたカナマイシン耐性コロニーから、OPを炭素源として生育の悪いapd1遺伝子変異株を選択した。その挿入変異を有する遺伝子断片をプローブとして、野生型遺伝子全長を含むコスミドクローンを単離した。また、単離したコスミドクローンは変異株のOP上における生育の欠陥を相補した。

apd1に想定されるタンパク質生産物はPseudomonas aeruginosa ATCC10933のexaA遺伝子産物と87%のアミノ酸配置が一致した。exaAはP. aeruginosa ATCC10933ではエタノールを、P. putida ATCC11172では炭素鎖長16までのn-アルコールを酸化する、pyrroloquinoline quinone(PQQ)-dependent alcohol dehydrogenaseをコードする遺伝子である。Apd1近傍には上流に逆向きにシトクローム550をコードするexaBに相同な遺伝子、下流にも逆向きにレスポンス・レギュレーターと考えられるexaEに相同な遺伝子が存在していた。また、apd1の発現はheptylphenol及びdecanolによって誘導されたが、炭素源となるクエン酸やコハク酸では誘導されなかった。

apd1をlacZ誘導発現系を用いて大腸菌中で発現させ、計算分子量68,511に近い分子量のタンパク質の増幅を得た。無細胞抽出液を調製し、PQQとCa2+及び基質として、apd1-変異株WL11では利用が大きく低下するp-hydroxyphenylethanolを添加したところ、60分後には非発現菌体抽出液による対照反応に比して、基質残存量は50%以下に低下した。

以上の結果から、Pseudomonas sp. Strain WLにおける直鎖アルキル基を有するAPの分解ではPQQ-dependent alcohol dehydrogenaseがアルキル鎖の酸化過程に関与することを示している。

以上、本論文は、動物の生殖への影響が疑われる環境汚染物質アルキルフェノールの微生物分解について新たな知見と今後の研究への展望を与えるものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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