学位論文要旨



No 119194
著者(漢字) 稲留,弘乃
著者(英字)
著者(カナ) イナドメ,ヒロノリ
標題(和) サブコンパートメントのプロテオーム解析によるゴルジ体膜タンパク質の研究
標題(洋)
報告番号 119194
報告番号 甲19194
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2745号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

真核細胞は細胞内に様々なオルガネラを発達させることによって細胞をいくつもの区画に仕切り、細胞が担う役割を積極的に分業させて複雑な細胞機能の効率を高めている。これらのオルガネラがそれぞれ固有の機能を発揮するためには、タンパク質をはじめとする構成分子が正確に局在しなければならない。新たに合成されたタンパク質が直接移行できるオルガネラは小胞体、ミトコンドリア、ペルオキシソーム、そして葉緑体のみで、それ以外のゴルジ体、エンドソーム、リソソームといったオルガネラと、細胞膜、細胞外へ運ばれるタンパク質は、全て小胞体でその内側もしくは膜に挿入され、小胞輸送により運ばれる。ゴルジ体はこの小胞輸送系の中心に位置するオルガネラで、タンパク質の翻訳後修飾や最終目的地への仕分けを行っている。

ゴルジ体にはいくつかのサブコンパートメントが存在する。その構成分子は小胞輸送により極めて流動的に入れ替わるが、定常状態では各サブコンパートメントで一定の局在量が維持されている。あるタンパク質がゴルジ体のどのサブコンパートメントに局在するか、という個々のタンパク質の局在はよく調べられているが、逆に、おのおののサブコンパートメントが主にどのようなタンパク質から構成されているのかは、ゴルジ体の機能を知る上で非常に重要であるにも関わらずあまり調べられていない。本研究ではゴルジ体サブコンパートメント間の機能の違いを、局在タンパク質の網羅的な同定を通して理解することを目的とした。

ゴルジ体サブコンパートメントの単離法の確立

始めに、出芽酵母をモデル細胞として、ゴルジ体のサブコンパートメントであるearly Golgiとlate Golgiを分離・精製する方法の開発を行った。early Golgiとlate Golgiを分取する方法として、ショ糖密度勾配遠心分画法が確立されているが、タンパク質の同定に足る量のサンプルを高純度で単離することは困難である。本研究では標的とするオルガネラに特異的に局在するタンパク質をプローブとして、免疫学的に単離する方法を用いた。分泌経路上のオルガネラには、それぞれ異なるsyntaxin familyに属するt-SNAREが局在し、輸送小胞のターゲットという機能のためにその局在は厳密に制御されている。そこで、early Golgiに局在するSed5とlate Golgi、early endosome間をリサイクルしているTlg2の各t-SNAREの細胞質領域にmycをtaggingし、それをモノクローナル抗体を介してビーズに吸着させて、early Golgiとlate Golgi、early endosomeを単離した。

この方法で単離した画分に目的とするゴルジ体サブコンパートメントが回収されていることを、マーカータンパク質の検出により確認した。Sed5をプローブとして単離したSed5小胞には小胞体-ゴルジ体間をリサイクルしているv-SNAREであるSec22や、early Golgiに局在する糖転移酵素のサブユニットであるMnn9が回収された。一方、ゴルジ体から液胞への輸送小胞のv-SNAREであるVti1やlate GolgiのプロテアーゼであるKex2はほとんど回収されなかった。逆にTlg2をプローブとして単離したTlg2小胞にはVti1やKex2が濃縮され、Sec22やMnn9はほとんど回収されなかった。このことから、Sed5小胞にはearly Golgiが、Tlg2小胞にはlate Golgiが回収されていることが解った。

ゴルジ体サブコンパートメントのプロテオーム解析

次に、単離した小胞に局在するタンパク質の網羅的な同定を行った。単離した小胞を2次元電気泳動で分離し、peptide mass fingerprintingによりSed5小胞から33個、Tlg2小胞から57個のタンパク質を同定した。しかし、同定されたタンパク質はHeat shock proteinや細胞骨格系のタンパク質など、細胞質のタンパク質が多く、ゴルジ体に局在することが知られているタンパク質は少数しか同定されなかった。また、1次元のSDS-PAGEに比べて、2次元電気泳動では両画分間のタンパク質プロファイルの違いが少なくなっていた。この原因は、2次元電気泳動は膜貫通領域を持つ疎水性の強いタンパク質の分離に適さないために、ゴルジ体に多く存在する膜タンパク質がスポットとして検出できなかったためと考えられた。そこで、2次元電気泳動で検出できなかった膜タンパク質を同定するためにTritonX-114のフェーズセパレーションにより、膜タンパク質と可溶性タンパク質を分離し、界面活性剤層に回収されたタンパク質を網羅的に同定した。Sed5小胞から検出された32のバンドから38のタンパク質を、Tlg2小胞から検出された33のバンドから33のタンパク質を同定した。その結果、Sed5小胞からは小胞体-ゴルジ体間の輸送小胞であるCOPIIの構成タンパク質や、糖鎖修飾の初期に働く糖転移酵素などが同定された。Tlg2小胞からは液胞へのタンパク質の仕分けを行うVps10やVps18, late Golgiの酸性化を担うV-ATPaseのサブユニットStv1、Vma6などが同定された。また、medial Golgiに局在する糖転移酵素はSed5小胞、Tlg2小胞の両方から同定された。この結果は報告されている局在と一致することから、同定されたタンパク質からもゴルジ体サブコンパートメントが非常に精度良く単離できていることが解った。

新規ゴルジ体タンパク質の解析

また、機能・局在が分かっていないタンパク質がSed5小胞から2個、Tlg2小胞から6個、両方の画分から1個同定された。このうち、これまでに全く解析されていないORFにコードされるタンパク質について解析を行った。Sed5小胞から同定されたYHR181wにコードされるタンパク質をSvp26(Sed5-Vesicle Protein of 26kDa)、Tlg2小胞から同定されたYKR088c、YDR084c、YMR071c、YDR100wにコードされるタンパク質をそれぞれTvp38, 23, 18, 15(Tlg2-Vesicle Protein of 38, 23, 18, 15kDa)、両画分から同定されたYIL041wにコードされるタンパク質をGvp36(Golgi-Vesicle Protein of 36kDa)と名付けた。Svp26, Tvp38, 23, 18は高等真核生物に至るまでよく保存されたタンパク質が存在し、Gvp36とTvp15は真菌類のみでhomologueが存在した。これら新規ゴルジ体タンパク質は全て生育に必須ではなく、遺伝子破壊株は野生株と同等な生育を示した。間接蛍光抗体染色で細胞内の局在を調べた結果、Svp26はearly Golgiに、Tvp38, 23, 18, 15はlate Golgi, early endosomeに、Gvp36は細胞質およびゴルジ体全体に局在することを明らかにした。

Tvp38, 23, 18, 15の解析

網羅的Two-Hybridのデータから、Tvpタンパク質4種は全て同一のinteraction map上に表されることが解った。このinteractionがin vivoの状態を反映しているか免疫沈降で調べた結果、Tvp23はYip1 familyに属するRab結合タンパク質であるYip4, Yip5と結合することが確認された。Tvp15とYip5は共沈しなかったが、Tvp15と共沈した。また、Tvp18はTvp18、Tvp15、および弱いながらもYip4と結合することが新たに明らかになった。このmapには他にも小胞輸送に関わるタンパク質が多く表されることから、Tvpタンパク質も小胞輸送に関わることが強く示唆された。しかし、遺伝子破壊株を用いた解析ではカルボキシペプチダーゼY(CPY)、アルカリホスファターゼ(ALP)の液胞への輸送効率、FM4-64を用いて調べたエンドサイトーシスの効率は野生株と変わらなかった。Tvpタンパク質は多くのltae Golgi, endosomeのタンパク質との相互作用により、late Golgi/endosome構造の足場を構成していると考えられる。

Svp26の解析

svp26破壊株は野生株と比べて若干の生育の遅れが見られ、ゴルジ体に局在するv-SNAREであるSft1とGos1の存在量が減少していた。CPY, ALPの輸送効率は野生株と差が見られなかった。免疫沈降により結合するタンパク質の検索を行った結果、Svp26はホモオリゴマーを形成することが解った。また、ゴルジ体に局在するmannosyltransferaseであるKtr3が微量ながら共沈した。Svp26破壊株はktr3破壊株と同じくCalcofluor Whiteに感受性を示し、野生株ではゴルジ体に局在しているKtr3がsvp26破壊株では小胞体に蓄積していた。これらのことから、Svp26は特定の一群のタンパク質の輸送に関与していると考えられる。

まとめ

本研究ではゴルジ体サブコンパートメントを単離する方法を確立した。そのプロテオーム解析やマーカータンパク質の検出から極めて高い純度で膜画分が分離されていることを明らかにした。また、新規ゴルジ体タンパク質6種を同定し、局在と相互作用するタンパク質を同定した。Tvpタンパク質はpost Golgiでの小胞輸送に関与するタンパク質ネットワークを形成していることが解った。Svp26は一群のタンパク質がゴルジ体に局在するために必要であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

真核生物は細胞内に様々なオルガネラを分化させて細胞を仕切り、その担う役割を積極的に分業させて、複雑な細胞機能を果している。小胞体に始まる小胞輸送は、オルガネラや細胞質膜、細胞外にタンパク質や脂質を運ぶ必須の機構で、ゴルジ体はその要にあり、タンパク質の修飾や最終目的地への仕分けを行う。ゴルジ体は、組成や機能が異なるサブコンパートメントからなるが、その構成はあまり明らかでない。本論文は、酵母のゴルジ体サブコンパートメントを単離し、プロテオーム解析し、新規なタンパク質の発見とその機能解析までの研究成果をまとめたもので、3章からなっている。

第一章では、ゴルジ体サブコンパートメントの単離法の確立とプロテオーム解析について述べている。出芽酵母のearly Golgiに局在するSed5と、late Golgi-early endosome間をリサイクルしているTlg2の、各t-SNAREの細胞質領域をmycタグで標識した株を造成した。これを穏和に溶菌し、抗mycモノクローン抗体で免疫吸着して、膜小胞を回収した。得られた画分に目的のサブコンパートメントが回収されていることを、マーカータンパク質で確認した。単離した小胞のタンパク質を二次元電気泳動で分離し、Sed5小胞から33、Tlg2小胞から57のタンパク質を同定した。しかし、二次元電気泳動法は膜貫通領域を持つ疎水性タンパク質の分離には適さず、膜タンパク質は少数しか検出されなかった。そこで、Triton X-114による相分離法でタンパク質を分け、界面活性剤層の疎水性タンパク質を網羅的に調べ、Sed5小胞から38、Tlg2小胞から33のタンパク質を同定した。Sed5小胞から、小胞体由来輸送小胞COPIIの構成要素、前期糖鎖修飾の糖転移酵素、Ca2+輸送体Pmr1などが同定された。Tlg2小胞からは、液胞へのタンパク質の仕分けを行うVps10やVps18、内部を酸性化するV-ATPaseのStv1、Vma6などが同定された。後期糖転移酵素や低分子量GTPaseは両小胞から同定された。この結果はこれまで報告された局在と一致し、サブコンパートメントは非常に精度良く単離できている。

第二章では、新規ゴルジ体タンパク質の解析について述べている。機能・局在など未知のタンパク質が、Sed5小胞に2つ、Tlg2小胞に6つ、両方に1つ同定された。このうち、全く未解析のSvp26 (Sed5-Vesicle Protein of 26 kDa)、Tvp38, 23, 18, 15 (Tlg2-Vesicle Protein of 38, 23, 18, 15 kDa)、両画分にあるGvp36 (Golgi-Vesicle Protein of 36 kDa)について詳細に解析した。Svp26, Tvp38, 23, 18は高等動植物まで広く存在しているが、単独の遺伝子破壊株は野生株と同等に生育した。間接蛍光抗体染色で、Svp26はearly Golgiに、Tvp38, 23, 18, 15はlate Golgi-early endosomeに、Gvp36は細胞質とゴルジ体全体に局在することを明らかにした。

網羅的Two-Hybrid解析から、Tvpタンパク質4種は、Ypt結合タンパク質Yip4, Yip5を含む同じ相互作用ネットワーク内にあり、主な結合は免疫沈降でも確認した。ここには多くの小胞輸送関連タンパク質が含まれ、単独の遺伝子破壊では、カルボキシペプチダーゼY (CPY)やアルカリ性ホスファターゼ(ALP)の液胞への輸送効率、FM4-64のエンドサイトシス効率も野生株と変わらなかったが、タンパク質間結合ネットワークの総体がlate Golgi-early endosomeの小胞輸送を助けている可能性が考えられる。

第三章では、Svp26の解析について述べている。Svp26破壊株では、ゴルジ体v-SNAREのSft1とGos1の量が減少していたが、CPY, ALPの輸送効率は野生株と差がなかった。免疫沈降により、Svp26がオリゴマーを形成し、ゴルジ体の糖転移酵素 Ktr3と結合していることを発見した。Svp26破壊株ではKtr3が小胞体に誤って局在した。これらから、Svp26は、Ktr3, Sft1,Gos1など特定のタンパク質をearly Golgiに局在させるための輸送に関わると考えられる。

以上、本論文は、酵母ゴルジ体のサブコンパートメントを構成するタンパク質について網羅的かつ詳細に調べ、ゴルジ体について多くの重要な新知見を明らかにしたものであり、これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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