学位論文要旨



No 119195
著者(漢字) 井上,咲良
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,サクラ
標題(和) 配列特異的リボヌクレアーゼ、コリシンE5の反応機構
標題(洋)
報告番号 119195
報告番号 甲19195
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2746号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 日高,真誠
内容要旨 要旨を表示する

コリシンE5はTyr, Asp, His, AsnのtRNAを切断して大腸菌を殺す蛋白質性毒素である。この4種類のtRNAにはアンチコドン1、2文字目に共通の配列QU(QはGの修飾塩基キューイン)が存在し、QとUの間が切断されるが、未修飾のGU配列をもつtRNAも基質となる。コリシンE5の活性ドメインE5-CRDはアミノ酸残基数115のGU配列特異的エンドリボヌクレアーゼであり、1本鎖RNAのGU配列を特異的に認識しその間を切断する。DNAを配列特異的に切断するクラスII制限酵素は多数存在するが、RNAを配列特異的に切断するリボヌクレアーゼはほとんど知られていない。(E5-CRDの塩基配列特異性は基質アナログとのX線結晶構造解析から明らかになっている。)

E5-CRDの反応産物の切断末端は2',3'-環状リン酸と5'-OH基であり、その意味では、E5-CRDはRNase Aのような環状化リン酸ヌクレオチドを生じるリボヌクレアーゼである。しかしながらE5-CRDは、広く既知のリボヌクレアーゼで触媒残基として機能するHis残基を持たないことから、新たな触媒機構を持つリボヌクレアーゼであることが期待された。環状化リボヌクレアーゼでは、蛋白質の配列相同性が低くても立体構造上では重要な活性残基が、基質に対してほぼ同じ位置に存在していることが知られている。しかしこの点でも、E5-CRDの活性中心は既知のリボヌクレアーゼとは全く異なるものであった。本研究はE5-CRDと基質アナログであるdGpdUとの複合体の立体構造情報に基づき、反応機構の解明をめざし、蛋白質工学的手法と遊離状態のE5-CRDのX線結晶構造解析によりE5-CRDの反応のダイナミクスを構造と機能の両面から明らかにし、E5-CRDの反応機構モデルを提案する。

RNA分子は生物体内の多くの基本的プロセスに不可欠であり、また近年は遺伝子発現におけるRNAの分解制御も注目を集めている。1950年代の前半にRNA鎖の溶液中での自発的な切断が報告されて以来、分子内リン酸転移反応を介してRNA鎖が切断される機構の詳細を理解することは、RNA研究の焦点であり、DNAと比べてRNAの反応性が高い原因を理解する基礎となると同時に、酵素分子がどのようにRNA切断反応を加速させているかを理解することにつながった。この自発的反応は、リボースの2'-Oが隣接したホスホジエステル結合を形成するリン原子を求核攻撃することにより進行し、2',3'-環状リン酸と5'-OHを末端にもつ生成物を生じる。

Fig.1のRNA切断反応モデルではリン酸基を、中性下でのイオン化状態で示してある。pH7では2'-Oはヒドロキシル基として存在し、nonbridging phosphate oxygen (NBPO)と2重結合の酸素は共鳴構造で1つの負電荷を分け合っている。2'-Oの求核攻撃によって生じる5配位中間体は2つの負電荷を持つ。5'-Oは負電荷のアルコキシドイオンとして脱離し、プロトン化されてヒドロキシル基となる。この自発的なRNA切断では、求核体の2'-Oと脱離する5'-Oが、求電子中心のリン原子を真中に挟んで一直線に並び(in-line配置)、両三角錐型の5配位中間体の apical 位にくる。エステル転移による自発的なRNA切断の障壁は次の4つであり、反応速度を増大させるにはこれらの障壁を下げればよいということになる。(なおOH-を塩基触媒として3.の障壁を下げるのがRNAのアルカリ開裂である。)

1. 5配位中間体を形成するために原子をふさわしい構造(in-line)に並べる力の欠如2. 5配位中間体の高い負電荷3. 2'-OH 基の弱い求核性4. 5'-オキシアニオンの弱い脱離力

E5-CRDの活性残基の同定

X線結晶構造解析により、切断されるホスホジエステル結合の近傍に、Lys25, Gln29, Arg33, Lys60, Gln93が存在した。これらのアミノ酸残基に部位特異的変異を導入し、E5-CRDの触媒活性の解析を行った。Arg33の側鎖はIle94の主鎖のカルボニル基と水素結合を形成していたので、Ile94にも変異を導入した。

各種変異型E5-CRD (K25Q, Q29A, R33Q, K60Q, Q93A, I94A)を作製し、イオン交換カラムを用いて精製した。各変異体の比活性は、野生型と比較すると、K25Q, Q29A, K60Q, I94Aは10-3倍低下し、R33Q、およびK25とK60の二重変異体(K25Q/K60Q)は10-6倍低下した。Q93Aは、野生型E5-CRDの50%の活性を保持したので反応には重要ではないと判断した。ジヌクレオチドGpUpを用いた反応速度論的解析の結果、K25Q、K60QのKmは野生型とほとんど変わらず、kcatが大きく低下した。K25とK60は、ES複合体形成ではなく遷移状態以降の反応段階に関わっていると考えられる。E5-CRDの触媒反応に関与するアミノ酸残基は、Lys25, Gln29, Arg33, Lys60, Ile94である。

一般に酵素活性のpH依存性は、活性残基のpKaに依存している。E5-CRDの酵素活性はpHの増加に伴ってpH9.5まで増大した。環状化リボヌクレアーゼの場合は、プロトンの授受を行う一般酸塩基触媒となる残基を変異させた酵素はpH依存性パターンが大きく変化する。変異型E5-CRDのpH依存性を解析したところ、どの変異体も野生型よりも活性は様々な程度に低下するものの、pH依存性のパターンは変化しなかった。つまり、これらのアミノ酸残基は酵素の触媒反応に重要ではあるが、一般酸塩基触媒ではない。本酵素反応には金属イオンも不要であり、リボースの2,-OHからプロトンを引き抜く塩基触媒として働くのは、水分子に由来するOH-であると考えられる。すなわちE5-CRDは、RNAのアルカリ開裂反応そのものを(部位特異的に)促進している可能性が極めて高い。

野生型E5-CRDのGpUに対する切断効率はGpUpの10-3程度しかない。つまりE5-CRDは反応を加速するために3'リン酸との相互作用を利用している。変異型E5-CRDのGpU切断活性を調べると、K60Qは野生型と同程度にGpUを切断した。逆に見れば、野生型E5-CRDがGpUを切断する際には、Lys60による反応促進効果がない。すなわちE5-CRDのLys60は、GpUpの3'リン酸と相互作用することによって切断を促進している。

E5-CRD単体のX線結晶構造解析

空間群はP3121、格子定数はa=b=64.8Å, c=101.0Å, α=β=90°, γ=120°と求められた。位相計算はdGpdUとE5-CRDの複合体をサーチモデルとした分子置換法によって行った。E5-CRD単体の最終モデルは2.3Åの分解能、R値が24%、Rfree値が28.3%となった。E5-CRD単体の全体構造は複合体の全体構造とほぼ同じであったが、触媒反応に関与するLys60を含むLys60からArg68のアミノ酸残基がdisorderしており、単体の場合はこの部分のflexibilityが非常に高いことが分かった。

リガンドが結合したE5-CRDとE5-CRD単体の構造比較に基づき、活性残基と基質結合残基を詳細に解析すると、触媒反応に関与するLys25、Gln29、Arg33、Ile94、およびグアニンと結合するTrp102、Val103とウラシルと水素結合するPhe53、Lys55の位置は、リガンド結合によりほとんど変わらなかった。一方、ウラシルとスタッキングしている擬似リング(Asp105とArg107の側鎖の塩橋)の向きが変化した。E5-CRD単体でflexibilityが高かったLys60は、リガンドが結合すると、リガンドに近づいて落ち着くことが分かった。

環状化リボヌクレアーゼの新しい反応機構の提案

下に示したモデルでは切断されるホスホジエステル結合をP1、ウリジン3'リン酸をP2とした。Arg33, Gln29はP1と相互作用していることから、Arg33, Gln29はRNA切断に必要なin-line構造に基質を配向すると考えられる。5配位中間体は2価の負電荷を持つので、Lys25とArg33の2つの陽電荷が安定化していると考えられる。Ile94の主鎖はArg33の位置を固定しており、Arg33の位置取りが酵素反応において決定的に重要である。Lys60はウリジンの3'リン酸と相互作用することによって生成物を安定化し、5'オキシアニオンの弱い脱離力を補っている。以上のことから、リボースの2'-OHからプロトンを引き抜く塩基触媒として機能するのはヒドロキシルイオンであり、E5-CRDの活性残基は、in-line構造の形成、遷移状態の安定化、生成物の安定化によって反応を触媒するという極めて単純でユニークな反応機構を取っていることを明らかにすることが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

近年、生命にとってRNAの分解はその合成に劣らず多彩な重要性を持つことが認識されるようになってきた。コリシンE5はTyr, Asp, His, AsnのtRNAを切断して大腸菌を殺すタンパク質性毒素である。これらの tRNA にはアンチコドンに共通の配列QU(QはGの修飾ヌクレオチド)が存在する。コリシンE5のC末端 RNase ドメインE5-CRDは、このQU間、あるいは一般に1本鎖 RNA のGU間を切断し、2',3'環状リン酸と5'水酸基の末端を生じる環状化リボヌクレアーゼである。E5-CRDは、この配列特異性がユニークなだけでなく、既知のリボヌクレアーゼで触媒残基として必須な His を分子中に持たない点で、反応機構も新規であることが予想されていた RNase である。本論文は、この触媒機構の解明を目指して、E5-CRDの部位特異的変異を多数作製し、それらの酵素学的解析を行って新しい反応機構モデルを提唱したものであり、3章からなっている。

第1章では、まずE5-CRDと基質アナログdGpdUとの複合体のX線結晶構造解析情報に基づいて、基質の切断に関与しうるアミノ酸残基に関する多数の点変異体を作製し、コリシンとしての殺菌活性を評価した。さらに重要と思われる残基に関する変異体E5-CRDを精製し、tRNAのアンチコドンアームを模した RNA あるいは最少の特異的基質GpUpに対する反応を定量的に評価して、Lys25, Gln29, Arg33, Lys60, Ile94がE5-CRDの触媒反応に深く関与することを示した。

一般に酵素のpH依存性は触媒残基のpKaを反映するので、一般酸塩基触媒となる残基を変異させるとpH依存性が変化する。E5-CRDのRNA切断活性のpH依存性は中性からpH9.5まで増大するパターンを示すが、上記5残基に関する変異体のpH依存性は野生型と変化がなかったので、いずれの残基も一般酸塩基触媒ではなく、水分子由来のOH-がグアノシンの2,-OHからH+を引き抜く塩基触媒として機能する、すなわちE5-CRDはRNAの自発的な切断であるアルカリ開裂反応を促進していると結論づけている。

よい基質GpUpに比べてGpUに対するE5-CRDの反応速度は10-3程度しかなく、Uの3'リン酸が反応に重要であることを見出した。一方、Lys25 の Gln 変異体 K25Q は野生型 E5-CRD に比べて、GpUp と GpU いずれに対しても切断活性が大きく低下するが、Lys60 の変異体K60QはGpUpに対する活性は同様に低下するのに比べGpUに対しては変化がない。この結果から Lys60 が GpUp の3'リン酸と相互作用することにより反応を加速していることを明らかにした。

最終的に、Arg33, Lys25, Lys60を中心とするそれぞれの残基の役割を推定して、切断されるホスホジエステル結合が5配位中間体を経て開裂する in-line 反応機構に到達している。

第2章では、遊離型E5-CRDの立体構造をX線結晶構造解析により決定している。基質結合型E5-CRDと多くの部分で立体構造は一致するが、Lys60を含むループの flexibility が高く、Lys60は基質の結合によって induced-fit 的に活性中心に配置されることが示された。

コリシンE5はColE5プラスミドを持った大腸菌が生産するが、本プラスミドは生産菌の自殺を防ぐため、コリシンE5に対する特異的阻害タンパク質 ImmE5 を合成している。第3章では、E5-CRDとこの阻害タンパク質 ImmE5 との結合について論じている。ImmE5 は E5-CRD に対して基質と同じ部位に結合する。E5-CRD と ImmE5 の複合体、E5-CRDと基質アナログとの複合体、および遊離型 E5-CRD の立体構造を比較して、E5-CRDが、基質のみならず ImmE5 に対しても結合時に induced-fit 的に構造を変化させていることを示している。さらに ImmE5 の E5-CRD 結合面は、基質ジヌクレオチドを分子擬態して、RNA との結合に使われるのと共通した結合を利用していることを明らかにしている。

以上、本論文において、E5-CRD の活性残基は酸塩基触媒として作用せず、RNA鎖の自発的な切断反応を加速するという、環状化リボヌクレアーゼとしては全く新規な反応機構を提案した。E5-CRD の構造と反応機構はリボヌクレアーゼの多様性を示すものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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