学位論文要旨



No 119196
著者(漢字) 浦崎,明宏
著者(英字)
著者(カナ) ウラサキ,アキヒロ
標題(和) シアノバクテリアの転移性遺伝因子ISY100の転移機構の解析
標題(洋)
報告番号 119196
報告番号 甲19196
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2747号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 田中,寛
 立教大学 助教授 関根,靖彦
 東京大学 講師 大坪,久子
内容要旨 要旨を表示する

転移性遺伝因子とは、DNA 上のある部位から他の部位に動くことのできる遺伝因子である。これまで、多くの生物のゲノムにおいて見つかっており、あらゆる生物に普遍的に存在すると思われる。転移性遺伝因子は他の部位に挿入するだけでなく、因子に隣接する領域に欠失や逆位を起こしたり、因子を運ぶレプリコンと標的レプリコンとで融合を引き起こしたりする。このように転移性遺伝因子は非相同的 DNA 組換え反応によるゲノムの再編成を引き起こし、ゲノムの進化に極めて重要な役割を果たしてきたと考えられる。

真性細菌や古細菌には挿入配列 (insertion sequence : IS) と呼ばれる小型の様々な転移性遺伝因子が存在するが、それらはいくつかのファミリーに分けられている。光合成を行う単細胞性の細菌であるシアノバクテリア Synechocystis sp. PCC6803 においても、その全ゲノム配列が決定され、そのゲノム中に9種類の転移性遺伝因子が見出された。その中で、ISY100は22コピー存在し、最も多コピー存在するISである。ISY100は、原核生物のゲノム中に広く存在するIS630ファミリーに属する因子の特徴、即ち、アミノ酸配列に相同性のあるトランスポゼースをコードし、転移の標的とされる2塩基配列TAが因子の両側に存在するという特徴、を持つ。しかし、ISY100が実際IS630ファミリーに属する因子なのかは実証されていない。また、IS630ファミリーの因子の転移機構に他のファミリーの因子と比べてどのような特異な点があるか興味が持たれるが、これについて明らかにされていない。

本研究は、シアノバクテリアのISであるISY100が実際IS630ファミリーに属する因子であるかどうかを示すこと、その転移機構を明らかにすることを目的として行ったものであり、その結果は、以下のように要約できる。

ISY100の in vivo での転移の解析

ISY100の大腸菌における転移

ISY100(947bp) は両端に24bpの不完全な逆向き反復配列(inverted repeat : IR)と282アミノ酸のタンパク質(トランスポゼース)をコードするオープンリーディングフレームを持つ。このISY100の転移能と転移機構を、遺伝学的に扱いやすい大腸菌を宿主として次のように調べた。まず、ISY100のトランスポゼース遺伝子とミニISY100(ISY100のトランスポゼース遺伝子をクロラムフェニコール耐性遺伝子に置き換えたもの)を別々の位置にもつプラスミドを構築した。次に、標的プラスミドを保持する大腸菌中にこのプラスミドを導入し、トランスポゼースの発現下でミニISY100が標的プラスミドに転移するかどうか調べた。その結果、ミニISY100は標的プラスミドに高頻度で転移することが示唆された。

実際、生じた転移産物はすべてミニISY100の標的プラスミドへの単純挿入体であり、挿入部位を解析したところ、ミニISY100は特異的にTA配列を標的として転移し、TA配列を因子の両側に重複して現れることが分かった。この結果は、ISY100がIS630ファミリーに属する因子であることを確証するものである。また、シアノバクテリアのISY100が大腸菌の細胞中で転移したことより、ISY100の転移にはシアノバクテリア細胞中に存在する種特異的な宿主因子は必要でないことが示唆された。

ISY100の直鎖状分子の生成

ミニISY100を運ぶプラスミドを保持する大腸菌で、トランスポゼースの産生に依存してミニISY100の直鎖状分子が生じることを見出した。この直鎖状分子を単離し、末端構造を解析したところ、3' 端は丁度因子の末端と一致するが、5' 端は因子の末端から2塩基分内側であることが分かった。以上の結果より、in vivo でISY100はトランスポゼースの作用により両端でのDNA2重鎖切断をうけ、3' 側が2塩基突出した構造をもつ直鎖状分子として切り出されることが示唆された。おそらく、この直鎖状分子が転移中間体として標的分子に挿入すると考えられた。

ISY100の in vitro での転移機構の解析

精製タンパク質を用いた転移系の構築

ISY100の in vitro での転移系を構築するために、ISY100トランスポゼースをヒスチジンタグ融合タンパク質としてアフィニティー精製をした。この精製標品をミニISY100を運ぶ供与体プラスミドと標的プラスミドを含む反応液に加え、ミニISY100が標的プラスミドへ転移するかどうか調べた。その結果、ISY100が、in vivo の場合と同様、TAを標的に転移し、TAを両端に重複することが分かった。このことは、ISY100の転移が in vitro で再現されたことを示す。また、ISY100は精製したトランスポゼースのみで転移するという結果は、ISY100の転移にはトランスポゼース以外の宿主因子を必要としないという上記の示唆を支持する。

切り出し反応の解析

ミニISY100を持つスーパーコイル状のプラスミド分子にトランスポゼースを加えた場合、in vivo の時と同様に直鎖状のミニISY100分子が生じることが分かった。このことは、ISY100の切り出し反応も in vitro で再現できたことを示唆する。

また、直鎖状ISY100分子の生成に先立って、開環状プラスミド分子が生じることが分かった。この開環状プラスミド分子を単離しニックの位置を調べたところ、因子両端の5' 端側に切断が入っていることが分かった。この結果は、ISY100はまず因子両端の5' 端を持つ方の鎖(nontransferred strand : NTS)にニックを入れ、次に因子両端の3' 端をもつ方の鎖(transferred strand : TS)を切断することにより直鎖状分子を作り出すことを示唆する。

この切断反応の詳細を片方のIRを含む短い2本鎖DNA断片(paragraph参照)を合成し次のように調べた。先ず、2本鎖DNA断片内の因子5' 端をもつ方の鎖NTS、あるいは因子3' 端をもつ方の鎖TS、のそれぞれ末端標識したものを基質として用いて、NTSおよびTSの切断反応を解析した。その結果、TSは丁度因子の3' 末端で切断されているが、NTSは因子の5' 末端から2塩基分内側あるいは数塩基分外側で切断されていることが分かった。

次に、NTSあるいはTSのトランスポゼースによって切断すると考えられる部位にあらかじめニックあるいはギャップの入った基質を用いて、TSあるいはNTSの切断効率を解析した。その結果、NTS側にニックあるいはギャップの入った基質はそれらの入っていない基質に比べ効率よくTSが切断されるのに対して、逆にTS側にニックあるいはギャップの入った基質ではほとんどNTSは切断されなかった。この結果は、ISY100は、NTSが切断された後にTSが切断されるという上記の示唆を支持する(paragraph)。

挿入反応の解析

片方のIRとその隣接配列を含む短い2本鎖DNA断片を基質として、そのIRの部分がトランスポゼースの存在下で標的プラスミドに挿入するかどうか解析したところ、挿入はほとんど検出できなかった。一方、トランスポゼースによる2本鎖切断で生じる直鎖状分子と同じく、3' 側が2塩基突出した構造を持つIR断片を基質とした場合、隣接配列を持つIR断片に比べ効率よく挿入されることが分かった。この結果は、3' 側が2塩基突出した構造をもつ直鎖状分子が転移の中間体であるという上記の示唆を支持する(paragraph)。

トランスポゼース-DNA複合体形成反応の解析

トランスポゼースはIRに結合した後、2つの因子末端が近接したような形でIR断片とトランスポゼースをそれぞれ2つもつ複合体(トランスポソゾーム)を形成することによって転移を促すと考えられている。そこでこのようなトランスポゼース-IR複合体の存在を確かめるため、IRを含むDNA断片を用い、ゲルシフトアッセイにより解析した。その結果、標識したIR断片はトランスポゼースに依存して、分子量の大きい方にシフトすることが分かった。この結果はトランスポゼース-IR複合体が形成されたことを示す。また、この複合体の分子量は、2つのIR断片と2つのトランスポゼースの合計に相当する大きさのものであることが分かった。このことは、トランスポゼースがIRとの結合を通してトランスポソゾームを形成していることを示唆する(paragraph)。

以上、本研究においてISY100はTA配列を標的として転移し、TA配列を両端に重複させるIS630ファミリーに属する因子であり、その転移にトランスポゼース以外の宿主因子を必要としないことを示した。また、ISY100の in vitro の転移反応系を確立し、トランスポゼースは因子両端の5' 端側を、次に3' 端側を切断して3' 端側が突出した構造をもつ直鎖状分子を切り出すということを示した。おそらくトランスポゼースによるこの反応はIRとの複合体であるトランスポソゾーム内部で起こると考えられる。因子の転移は、このトランスポソゾームが標的DNAを捕捉した後DNA鎖連結(ストランドトランスファー)反応により起こると考えられる(paragraph)。ここで明らかにしたISY100末端の切断による3' 側が突出した構造をもつ直鎖状分子の作出機構は、原核生物の他のファミリーに属する因子には見られないものである。

ISY100末端の切断反応と挿入反応

ISY100の転移のモデル

審査要旨 要旨を表示する

転移性遺伝因子は、非相同的DNA組換え反応によりDNA上のある部位から他の部位に挿入するのみならず、因子に隣接する領域に欠失や逆位を起こしたりすることによってゲノムの再編成を引き起こすため、ゲノムの進化に重要な役割を果たしてきたと考えられる。細菌には挿入配列 (insertion sequence: IS)と呼ばれる小型の様々な因子が存在するが、それらはいくつかのファミリーに分けられている。ISY100 (947 bp)はシアノバクテリアSynechocystis sp. PCC6803で見出された挿入因子で、IS630ファミリーに属する因子の特徴を持つ。即ち、両端に24 bpの不完全な逆向き反復配列(inverted repeat: IR)を、内部にIS630の転移を司る酵素トランスポゼースに相同性のあるタンパク質をコードし、転移の標的とされる2塩基配列TAが因子の両側に見られる。本論文は、ISY100が実際IS630ファミリーに属する因子であることを確証すると共に、その転移の分子機構を明らかにしたものであり、6章からなる。

第1章で研究の背景を述べた後、第2章で、ISY100の大腸菌における転移について述べている。先ずISY100が、大腸菌細胞内においてトランスポゼースの発現下で標的プラスミドに高頻度で転移することを示した。また、生じた転移産物を解析し、ISY100が、IS630ファミリーに属する因子と同様、TA配列を標的としてその配列を重複する形で挿入していることを示した。ISY100が大腸菌の細胞中で転移するという事実から、この因子の転移にシアノバクテリア特異的宿主因子は必要でないことが示唆された。

この解析中に、ISY100を運ぶプラスミドからトランスポゼースに依存してISY100の直鎖状分子が生じること、その分子の3'端は因子の末端と一致するが、5'端は末端から2塩基分内側であることを見出した。このことからISY100は、トランスポゼースにより両端でのDNA 2重鎖切断をうけ、3'側が2塩基突出した形の直鎖状分子として切り出されることが示唆された。

第3章と4章において、ISY100トランスポゼースをヒスチジンタグ融合タンパク質としてアフィニティー精製をし、ISY100を運ぶ供与体プラスミドと標的プラスミドを含む反応液に加えると、ISY100が、in vivoの場合と同様、TAを標的に転移し、TAを両端に重複することを示した。さらに、ISY100を運ぶ閉環状プラスミドからトランスポゼースにより、in vivoの場合と同様、直鎖状ISY100分子が切り出されるが、この分子の生成に先立って因子両端の5'端側で切断されている開環状プラスミド分子が生じることを見出した。このことからISY100は、まず因子両端の5'端を持つ方の鎖(nontransferred strand: NTS)が、次に因子両端の3'端をもつ方の鎖(transferred strand: TS) が切断されるという機構で直鎖状分子を作り出すことが示唆された。

第5章において、末端標識したIRを含む短い2本鎖DNA断片を基質として、トランスポゼースがTS鎖においては丁度因子の3'末端を切断するが、NTS鎖においては因子の5'末端から2塩基分内側、あるいは、数塩基分外側で切断することを明らかにした。また、NTS側にニックあるいはギャップの入った基質を用いるとTSは効率よく切断されるのに対して、逆にTS側にニックあるいはギャップの入った基質を用いるとNTSはほとんど切断されないことを示した。これらの結果からISY100では、NTSが切断された後にTSが切断されるという上記の示唆が確証された。

さらに、3'側が2塩基突出した構造を持つIR断片が、トランスポゼースの存在下で効率よく標的プラスミドに転移することを示し、これによってトランスポゼースによる2本鎖切断で生じた直鎖状分子が転移の中間体であることが示唆された。また、IRを含むDNA断片を用いたゲルシフトアッセイにより、因子の2つの末端が近接したような形でIR断片とトランスポゼースをそれぞれ2つもつ複合体(トランスポソゾーム)が形成されることを明らかにした。第6章では、得られた結果全体の総括をしている。

以上、本論文は、ISY100がTA配列を標的として転移するIS630ファミリーの因子であることを確証し、因子の5'端側、次に3'端側がトランスポゼースにより切断されるという分子機構を明らかにしたものである。これらの切断反応はトランスポソゾーム内部で起こると考えられるが、因子の転移はこのトランスポソゾームが標的DNAを捕捉した後DNA鎖連結反応により起こると考えられる。本研究で明らかにされた転移機構は、他のIS630ファミリーに属する広範な転移性遺伝因子にも共通することが示唆されるもので、学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク