No | 119200 | |
著者(漢字) | 関谷,高史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | セキヤ,タカシ | |
標題(和) | 大腸癌発症初期段階における Wnt シグナル伝達経路活性化の意義 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119200 | |
報告番号 | 甲19200 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2751号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 大腸癌は、正常腸管上皮細胞が複数のステップを経て、転移・浸潤能を有した悪性の大腸癌細胞へと変化することにより発症する。また、それらの各ステップは、大多数の大腸癌で見出される共通の遺伝子異常により生じることが明らかとなっている。それらの遺伝子異常は最近15年間で急速に解明され、大腸癌の発症は様々な原癌遺伝子の活性化および癌抑制遺伝子の不活性化により引き起こされることが明らかとなった。 癌抑制遺伝子APC (Adenomatous polyposis coli) の失活は80%以上の大腸癌で確認され、大腸癌発症の最も初期段階で起こり、ポリープの発症を引き起こすことが明らかとなっている。APCは2843アミノ酸から成る巨大なタンパク質分子であり様々な機能を有しているが、癌抑制遺伝子としての最も重要な機能は、Wntシグナル伝達経路の伝達因子であるβ-catenin の分解を促進することによる、Wntシグナル伝達経路の抑制であることが近年明らかにされた。Wntシグナル伝達経路はショウジョウバエや線虫に至るまで、種を越えて高度に保存されている経路で、リガンドであるWntタンパク質が受容体Fzに結合することにより活性化が引き起こされ、その結果β-catenin の安定化が起こる。最終的に、安定化を受けたLEF/TCFファミリーの転写因子と結合し、標的遺伝子特異的な転写活性化を引き起こす。これら発現誘導をうけた標的遺伝子が、Wntシグナルの生理機能を担っていると認識されている。興味深いことに、9割以上の大腸癌ではAPCの失活型遺伝子変異やβ-cateninの活性化型遺伝子変異により、Wntリガンド非依存的な、シグナル伝達経路の恒常的な活性化が生じていることが明らかとなっている。 Wntシグナル伝達経路の転写標的遺伝子の探索 以上の事実より、Wntシグナル伝達経路は大多数の大腸癌細胞で恒常的な活性化を起こしていることが明らかとなっており、その結果、Wntシグナル伝達経路の転写標的遺伝子も大腸癌細胞で発現の亢進を起こしている。したがって標的遺伝子の探索は国内外を問わず精力的に進められ、数々の候補遺伝子が単離されてきた。しかし、癌の発症に重要な転写標的遺伝子は一部が単離されたにすぎない。そこで本研究では癌化に重要な役割を果たす新たな標的遺伝子の探索を行った。 本研究では、Wntシグナル伝達経路に活性化のみられる大腸癌細胞株に、Wntシグナル伝達経路の抑制因子ICATを発現したときに発現の減少する遺伝子をマイクロアレイ法を用いて探索した。ICAT発現によるWntシグナル伝達経路の抑制は、大腸癌細胞に増殖抑制や細胞死を誘導することが先の研究で明らかとなっている1)ため、ICATにより発現抑制を受ける遺伝子群は、大腸癌の発症、および大腸癌の増殖や生存に重要である可能性が高いと考えられる。マイクロアレイ法による探索の結果、単離された遺伝子には、既にWntシグナル伝達経路の標的遺伝子として報告されているc-MYC AXIN2, BMP4, およびBCL-XLとともに、TGF-βシグナル伝達経路の負の制御因子であるBAMBが含まれていた 2)。TGF-βシグナル伝達経路は、TGF-β受容体や、伝達因子SMAD2、SMAD4の遺伝子変異等により、大腸癌の発症段階で高頻度に失活を起こしているため、BAMBIの発現誘導は興味深いと考えさらに解析を進めた。 Wntシグナル伝達経路によるBAMBI発現の制御 BAMBIの発現がWntシグナル伝達経路により制御されることを確認するために、まず、大腸癌細胞にICATやドミナントネガティブ型TCFを発現してWntシグナル伝達経路を抑制した時のBAMBIの発現変化を解析した。その結果、準定量的RT-PCRおよびウエスタンブロッティングにより、BAMBIの発現は大腸癌細胞でWntシグナル伝達経路を抑制することにより著明に減少することが明らかとなった。次に、Wntシグナル伝達経路に活性化の見られない細胞で、経路を活性化した場合のBAMBIの発現変化を解析した。その結果、COS-1細胞に安定化型β-cateninを発現させたときに、BAMBIの発現量はmRNA、およびタンパク質の両方で上昇することが確認された。さらに経時的にBAMBIの発現を解析したところ、BAMBIのmRNA発現はβ-cateninの発現に迅速に応答することが明らかとなった。 ヒトBAMBI遺伝子上のWntシグナル伝達経路応答部位の同定 次に、ヒトBAMBI遺伝子上のどの部位がWntシグナル伝達経路に応答するかを解析した。ヒトBAMBI遺伝子の塩基配列を解析した結果、転写開始点上流3.4kb以内に3カ所、イントロン1に5カ所のLEF/TCF結合コンセンサス配列が確認された。転写開始点上流部位およびイントロン1部位をルシフェラーゼ遺伝子上流に挿入したレポーターコンストラクトを作製し、COS-1細胞でβ-Catenin発現に対する応答を解析したところ、イントロン1がβ-Catenin発現に対し著明な応答を示すことが確認された。一方、転写開始点上流域はβ-Catenin 発現に対し全く応答を示さなかった。次に、Int1-lucの5カ所の結合コンセンサス配列全てに3塩基置換により変異を導入したところ、応答は4割程度減少したが、まだ応答は確認された。さらに、エキソン1の直後に4カ所、密に存在する、結合コンセンサス配列と1塩基異なる配列に着目し、その全てに変異を導入したところ、半分程度まで応答は減少したが、まだ応答は確認された。これらの結果より、BAMBI遺伝子はイントロン1でWntシグナルに応答することが確認されたが、この応答の一部はLEF/TCF以外の他の転写因子を介して制御される可能性も示された。 BAMBIはWntシグナル伝達経路に活性化の見られる癌で発現亢進を起こしている これまでの実験から、BAMBIがβ-cateninにより転写活性化を受けていることが明らかとなった。そこで、実際にBAMBIのmRNAやタンパク質の量が、大腸癌で、安定化されたβ-cateninにより上昇しているかどうかを解析した。まず、BAMBIのmRNAの発現を大腸癌組織と、周囲の正常大腸組織との間で比較した。18検体分の大腸癌組織、および同一患者の癌組織周囲の正常大腸粘膜について準定量的RT-PCR法を行ったところ、BAMBIのmRNA量は、18検体中13検体で、正常組織と比較して癌組織で発現が上昇していることが確認された。興味深いことに、Wntシグナル伝達経路の活性化のマーカーであるAXIN2で正常組織と癌組織の間で差の見られなかった検体、もしくは癌組織で発現の低下が確認された検体では、同じくBAMBIでも発現に差は見られないか、もしくは癌組織で発現の低下が確認された。 次に、大腸癌組織と周囲の正常大腸組織でのBAMBIタンパク質の発現を免疫組織化学染色法により比較した。その結果、正常組織と比較して癌組織から、より強い蛍光が検出された。また、癌組織に着目すると、周囲の結合組織と比較して、癌化した上皮組織でより強い発現が確認された。 BAMBIはTGF-βが誘導する増殖抑制を阻害する BAMBIがTGF-βシグナル伝達経路の抑制因子として機能すること、TGF-βシグナル伝達経路は大腸上皮において癌抑制シグナル伝達経路として機能することから、BAMBIはTGF-βシグナルが引き起こす増殖抑制およびアポトーシス誘導作用を抑制することにより細胞の癌化を促進している可能性があると考えられる。TGF-βは、多くの培養細胞の増殖を抑制することが確認されており、本実験で用いた前立腺癌細胞株DU145も、培地中にTGF-βを加えることにより増殖抑制を受ける。しかし、BAMBIを発現してコロニーアッセイを行った結果、DU145細胞はBAMBIの発現によりTGF-βが誘導する増殖抑制に抵抗性を獲得することが明らかとなった。 まとめ 本研究では、Wntシグナル伝達経路の活性化により安定化を受けたβ-cateninがBAMBIの発現を誘導することを確認した。さらに、BAMBIはWntシグナル伝達経路に活性化の見られる大腸癌や肝癌で発現が亢進していること、TGF-βが誘導する増殖抑制作用を打ち消す働きを持つことが本研究で明らかとなった。Wntシグナル伝達経路およびTGF-βシグナル伝達経路はそれぞれ大腸癌の発症において重要な役割を担っている経路であり、共に発生過程や成体の恒常性の維持においても必須の役割を果たしている。よって本研究はこれらの生命現象を解明する新しい手掛かりを与えるものであると考えることができる。さらに、BAMBIのモノクローナル抗体を作製することにより大腸癌の診断や治療等の応用面での効果も期待でき、今後の展開に期待がもたれる。 | |
審査要旨 | Wntシグナル伝達経路は大多数の大腸癌細胞で恒常的な活性化を起こしていることが明らかとなっており、その結果、Wntシグナル伝達経路の転写標的遺伝子も大腸癌細胞で発現の亢進を起こしている。したがって標的遺伝子の探索は国内外を問わず精力的に進められ、数々の候補遺伝子が単離されてきた。しかし、癌の発症に重要な転写標的遺伝子は一部が単離されたにすぎない。 本発表では癌化に重要な役割を果たす新たな標的遺伝子の探索を行った。まず、本発表では、Wntシグナル伝達経路に活性化のみられる大腸癌細胞株に、Wntシグナル伝達経路の抑制因子ICATを発現したときに発現の減少する遺伝子をマイクロアレイ法を用いて探索した。探索の結果、単離された遺伝子には、Wntシグナル伝達経路の既知の標的遺伝子であるc-MYC, AXIN2, BMP4, およびBCL-XLとともに、TGF-βシグナル伝達経路の負の制御因子であるBAMBIが含まれていた。TGF-βシグナル伝達経路は、TGF-β受容体や、伝達因子SMAD2、SMAD4の遺伝子変異等により、大腸癌の発症段階で高頻度に失活を起こしているため、BABMIの発現誘導は興味深いと考えさらに解析を進めた。 次に、BAMBIの発現が、mRNA, タンパク質共にWntシグナルを活性化させたときに上昇すること、Wntシグナルを抑制したときに減少することを確認したことを明らかとした。さらに経時的にBAMBIの発現を解析したところ、BAMBIのmRNA発現はβ-cateninの発現に迅速に応答することを明らかとした。 次に、ヒトBAMBI遺伝子上のどの部位がWntシグナル伝達経路に応答するかを解析した。ヒトBAMBI遺伝子の塩基配列を解析した結果、転写開始点上流3.4kb以内に3カ所、イントロン1に5カ所のLEF/TCF結合コンセンサス配列が確認された。転写開始点上流部位およびイントロン1部位をルシフェラーゼ遺伝子上流に挿入したレポーターコンストラクトを作製し、COS-1細胞でβ-Catenin発現に対する応答を解析したところ、イントロン1がβ-Catenin発現に対し著明な応答を示すことが確認された。一方、転写開始点上流域はβ-Catenin発現に対し全く応答を示さなかった。次に、イントロン1のLEF/TCF結合配列に点変異を加え同様の実験を行ったところ、Wntシグナルに対する応答は半分程度まで減少したが、いまだ無視できない活性を検出した。これらの結果より、BAMBI遺伝子はイントロン1でWntシグナルに応答することが確認されたが、この応答の一部はLEF/TCF以外の他の転写因子を介して制御される可能性も示した。 次に、実際にBAMBIのmRNAやタンパク質の量が、大腸癌で、安定化されたβ-cateninにより上昇しているかどうかを解析した。その結果、BAMBIのmRNA量やタンパク質量正常組織と比較して癌組織で発現が上昇していることを確認した。興味深いことに、Wntシグナル伝達経路の活性化のマーカーであるAXIN2で正常組織と癌組織の間で差の見られなかった検体、もしくは癌組織で発現の低下が確認された検体では、同じくBAMBIでも発現に差は見られないか、もしくは癌組織で発現の低下が確認された。 BAMBIがTGF-βシグナル伝達経路の抑制因子として機能すること、TGF-βシグナル伝達経路は大腸上皮において癌抑制シグナル伝達経路として機能することから、BAMBIはTGF-βシグナルが引き起こす増殖抑制およびアポトーシス誘導作用を抑制することにより細胞の癌化を促進している可能性があると考えられた。TGF-βは、多くの培養細胞の増殖を抑制することが確認されており、本実験で用いた前立腺癌細胞株DU145も、培地中にTGF-βを加えることにより増殖抑制を受ける。しかし、BAMBIを発現してコロニーアッセイを行った結果、DU145細胞はBAMBIの発現によりTGF-βが誘導する増殖抑制に抵抗性を獲得することが明らかとなった。 本発表では、Wntシグナル伝達経路の活性化により安定化を受けたβ-cateninがBAMBIの発現を誘導することを確認した。さらに、BAMBIはWntシグナル伝達経路に活性化の見られる大腸癌や肝癌で発現が亢進していること、TGF-βが誘導する増殖抑制作用を打ち消す働きを持つことが本研究で明らかとなった。Wntシグナル伝達経路およびTGF-βシグナル伝達経路はそれぞれ大腸癌の発症において重要な役割を担っている経路であり、共に発生過程や成体の恒常性の維持においても必須の役割を果たしている。よって本研究はこれらの生命現象を解明する新しい手掛かりを与えるものであるとられ、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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