学位論文要旨



No 119201
著者(漢字) 傍嶋,宏行
著者(英字)
著者(カナ) ソバジマ,ヒロユキ
標題(和) イネにおける 12-oxophytodienoic acid 還元酵素遺伝子の機能と発現制御機構
標題(洋)
報告番号 119201
報告番号 甲19201
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2752号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 鈴木,義人
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

植物は動物のような免疫系をもたないが、カビ、細菌、ウイルスなどの病原体が感染すると、これを特異的な機構で認識し、種々の抵抗性反応を示し生存を図っている。このような植物の抵抗性反応を誘導するものを一般にエリシターとよぶ。病原体の感染を受けた植物では、病原体や植物の細胞表層由来の断片などがエリシターとなって活性酸素の発生、PRタンパク質と総称される抗菌性タンパク質やファイトアレキシンとよばれる低分子の抗菌性物質の生産など様々な抵抗性反応が誘導される。

我々の研究グループは、イネ培養細胞におけるエリシター誘導のファイトアレキシン生産においてエリシター刺激のシグナルトランスデューサーとしてジャスモン酸 (JA) が重要な役割を果たしていることを示し、JAのシグナル伝達機構の解明を目指してJA応答性遺伝子の単離 ・ 機能解析を行ってきた。本研究はそのようなJAのシグナル伝達機構解明研究の一環として行っているもので、イネ培養細胞由来のJA応答性である 12-oxophytodienoic acid (OPDA) reductase 遺伝子 OsOPR1 の機能および発現制御機構の解析を行うことを目的とした。また最近公開されたイネゲノムのデータベースを利用して OsOPR1 関連遺伝子の単離・機能解析も試みた。

JA応答性遺伝子 OsOPR1 の機能解析

OsOPR1のクローニング、機能解析

JA処理後2時間のイネ培養細胞由来のcDNAライブラリーを用いてディファレンシャルスクリーニングによりJA処理によりmRNAレベルが増加する遺伝子を数種単離した。OsOPR1はそれらJA応答性遺伝子の一つで、酵母の Old Yellow Enzyme ホモログをコードしていると考えられ、シロイヌナズナ由来のOPDA reductase 1 (AtOPR1)と高い相同性を示すことがわかった。そこでOsOPR1のORF全長をhistidine-tagged ptoteinとして大腸菌で大量発現させ、機能解析を行った。アフィニティー精製して得られた組み換えタンパク質は JA 生合成中間体である cis-OPDA を cis-OPC 8:0へと還元するOPDA reductase 活性を有することが確認された。

シロイヌナズナやトマトには3種類の OPR が存在することが知られている。そのうちシロイヌナズナ由来の AtOPR1、AtOPR2 は同様の活性を示し、非天然型の (-)-cis-OPDA を効率よく(-)-cis-OPC 8:0へ変換するが、天然型の(+)-cis-OPDA に対しては酵素濃度が高い場合のみ微弱な(+)-cis-OPC8:0への変換活性を示した。一方、AtOPR3はAtOPR1、AtOPR2の約10分の1の濃度で天然型、非天然型 OPDA を同等に効率よく(+)-cis-OPC 8:0へ変換した。トマトでもLeOPR3がAtOPR3と同様の性質を示し、LeOPR1がAtOPR1、AtOPR2と同様の性質を示すことが明らかにされている。最近、シロイヌナズナで JA 欠損のために雄性不稔となった変異体 opr3 が単離されたが、その原因遺伝子が AtOPR3であることが示され、AtOPR3 が JA 生合成に必須な機能を果たしていることが分かっている。そこで、単離した OsOPR1 は AtOPR1、AtOPR2 タイプなのか AtOPR3 タイプなのかどちらに分類されるかを調べた。アミノ酸配列からは OsOPR1 は AtOPR1、AtOPR2 タイプであることが推定され、実際に OsOPR1 の基質特異性を調べた結果、基質として非天然型の(-)-cis-OPDA を基質として好むことが示された。以上の結果から、OsOPR1はAtOPR1、AtOPR2タイプの OPR であることが明らかになった。

OsOPR1 の発現解析

ノーザン解析の結果、イネ培養細胞における OsOPR1 mRNA レベルはJA処理後15分頃から上昇し始め、1-2時間後に極大に達した後、漸減した。また、タンパク質合成阻害剤であるシクロヘキシミド存在下における応答性を調べたところ、シクロヘキシミド存在下でもOsOPR1のJA応答性は抑制されないことから OsOPR1 の転写には新たな他の転写因子等の合成を必要としないものと考えられた。

OsOPR1関連遺伝子の単離・機能解析

近年、イネゲノムのデータベースが公開され、イネ遺伝子の網羅的解析が可能となったため、イネにおいてもJA生合成に関与する AtOPR3、LeOPR3 型の OPR が存在するかどうかを検索した。まず OsOPR1 のアミノ酸配列をもとに農水省データベース Rice BLAST により検索した結果、相同性の高さに応じてイネゲノム中の部分配列が表示された。それを同省データベース Rice Genome Automated Annotation System (GAAS) を用いて解析した結果、OsOPR1 以外に10種類の OPR アイソザイムの存在が示唆された。これら10種を染色体番号ごとに整理すると、1番染色体に3種、2番染色体に1種、6番染色体に5種、8番染色体に1種で、OsOPR1は6番染色体にコードされていることが判明した。なお、複数の OPR遺伝子の存在が確認された1番染色体および6番染色体においては、OPR がタンデムに存在しており、アミノ酸配列でも高い類似性が確認され、OsOPR1と相同性が高く同様な機能を有すると考えられるアイソザイムが複数存在することも示唆された。さらにイネゲノムデータベースには登録がない領域で cDNA クローンとしてもう1種発見され、総計 12 種類の OPR遺伝子がイネゲノム中に存在していることが明らかとなった。

JA生合成に関わる OPR として植物でクローニング、機能解析が終了したものは前述のシロイヌナズナ (AtOPR3)、トマト(LeOPR3) の2種類である。これら2種類のOPRはC末端側にペルオキシソームへの移行シグナル配列を有しており、実際にペルオキシソームへの蓄積が観察されている。これに基づき、イネゲノムでの存在が示唆された12種類の OPR に加えシロイヌナズナ、トマトを含めた OPR のアミノ酸配列をもとに MEGA2 ソフトを用いた進化系統樹を作成した結果、AtOPR3、LeOPR3 と同じグループに分類されるイネOPRが1種確認された。このOPRのC末端には AtOPR3、LeOPR3 と同様のペルオキシソーム移行シグナル配列が存在していた。こうして、この OPR はイネにおける JA 生合成酵素として機能することが強く示唆された。そこで、この OPR を染色体番号に因んで OsOPR8 と仮称し、JA処理後1時間の total RNA を鋳型とした RT-PCR により、ORF 全長を含む OsOPR8 cDNA をクローニングした。今後は OsOPR8 の機能・発現解析を行い、JA生合成への関与を明らかにすることが必要と考えている。

OsOPR1の生物学的機能

以上の結果から、OsOPR1 の機能については2つの可能性が考えられる。1つは、天然型の(+)-cis-OPDA 以外に本来の基質が存在し、未知の生物学的機能を果たしている可能性である。JA は膜脂質由来のリノレン酸からオクタデカノイド経路で生合成されるが、それからの分岐経路で種々のα, β-不飽和ケトン構造を有する毒性物質が派生することが知られている。OsOPR1 がそのような毒性物質の解毒系で機能している可能性も考えられる。もう一つの可能性は JA 生合成に関与しているというものである。OsOPR1 は高濃度では天然型の(+)-cis-OPDAの還元も行うので、JAの生合成酵素として機能している可能性も現在のところ否定できない。ホスホリパーゼからOPRに至るまでの一連の JA生合成酵素遺伝子がJAにより発現誘導されることが示されている。病原菌が植物に感染した場合、その感染シグナルを増幅して防御反応を強力に誘導する必要があり、OPRを含むJA生合成遺伝子のJAによる発現誘導はそのような感染シグナル増幅系の一つとして重要な機能を果たしているかもしれない。

OsOPR1 の発現制御機構の解析

OsOPR1はJA応答性のメカニズム、生物学的機能両面において興味深い遺伝子であることから、その転写誘導機構の解明を目的としてプロモーター解析を行った。

イネゲノムより OsOPR1 5'上流域を含むゲノムDNA断片を単離し、OsOPR1の翻訳開始点上流1 kbp について5'側からのデリーションシリーズを作製した。レポーター遺伝子としてはホタルルシフェラーゼ遺伝子を用い、イネ培養細胞への遺伝子導入はパーティクルガンを用いて行った。JA存在下でレポータージーンアッセイを行ったところ、-0.88 kbp から 20 bp をけずるとレポーター活性が半減した。そこでこの間の 20 bpについてJA応答性に関与するシスエレメントが含まれているかどうかを解析した。JA存在下で -0.88 kbp から20 bp をけずるとルシフェラーゼ活性が顕著に低下するのに対し、JA非存在下では -0.88 kbp , -0.86 kbp ともにJA存在下の -0.86 kbp の活性とほぼ同等であった。以上の結果から、この 20 bp にJA応答性のシスエレメントが存在することが示された。

この 20 bp の領域には basic region/leucine zipper (bZIP) モチーフをもつ転写因子 TGA ファミリーの結合配列と考えられる TGACG モチーフが含まれていた。TGAファミリーの結合配列は、サリチル酸、JA、2,4-D、過酸化水素など広範な誘導因子に対して早期に応答することが示されている。また、TGA ファミリーによる転写誘導は1時間以内ではじまる早い一過性の応答であり、新たなタンパク質合成を必要としないことも示されているため OsOPR1 5'上流における TGACG モチーフがJA応答性の転写活性化に関与している可能性が考えられた。この TGACG モチーフは1 kbp から 0.9 kbp 間にも見つかったため、下流側の -0.88〜-0.86 kbp に存在するモチーフを TGACG 1、上流側を TGACG 2 とよび、これら2つのモチーフにトランスバージョン変異を導入し(A⇔C、G⇔T)、レポーター活性が変化するかどうかを調べた。その結果、TGACG1 の単独変異およびTGACG1、2 の二重変異で JA 応答性を失い、TGACG2 の単独変異では JA 応答性がやや低下する程度であることが示された。以上より TGACG1 は OsOPR1 の JA 応答性の転写活性化に必須であり、TGACG2 は TGACG1 ほどではないもののOsOPR1の JA 応答性に関与していることが示された。一方、イネ培養細胞から核タンパク質を抽出し、JA応答性が確認された OsOPR1 上流0.8 k bp-0.9 kbp 間をプローブとしてゲルシフトアッセイを行ったところ、当該領域に結合するタンパク質の存在がシフトバンドとして観察された。この結果、当該領域に結合するタンパク質が確かにイネ核内に存在することが示された。今後 TGACG モチーフに結合するTGAファミリーの転写因子を単離し、当該転写因子の発現・活性化機構を解明することができれば、JAシグナル伝達の一端が明らかになると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

ジャスモン酸 (JA) は、植物の病害抵抗性を制御する、重要な植物ホルモンの一つであるが、その作用発現機構はほとんど未解明の状態である。本研究は、JA の作用発現機構解明研究の一環として行ったもので、イネ培養細胞由来の JA 応答性遺伝子 OsOPR1 の生物学的機能および発現制御機構の解析を行うことを目的としている。

第1章は序論であり、JA が関与する植物の病害抵抗性発現機構と本論文の研究目的について概説している。

第2章ではJA処理後2時間のイネ培養細胞由来の cDNA ライブラリーからディファレンシャルスクリーニングにより単離されたJA応答性遺伝子の一つである OsOPR1 の機能解析を行っている。OsOPR1 cDNA の塩基配列解析の結果、OsOPR1は酵母の Old Yellow Enzyme ホモログをコードしていると考えられ、シロイヌナズナ由来の12-oxophytodienoic acid (OPDA) reductase 1 (AtOPR1)と高い相同性を示すことがわかった。OPDA reductase (OPR) はJA生合成酵素の一つである。そこで、OsOPR1の ORF 全長を histidine-tagged protein として大腸菌で大量発現させ機能解析を行い、OsOPR1 が OPR 活性を有することを確認した。ところで、シロイヌナズナには3種類の OPR が存在することが知られている。そのうち AtOPR1、AtOPR2 は天然型の(+)-cis-OPDAより非天然型の (-)-cis-OPDA を基質として好むが、AtOPR3は天然型、非天然型 cis-OPDA を同等に効率よく還元しJA生合成に必須な機能を果たしていることが分かっている。そこで、OsOPR1 の基質特異性を調べた結果、基質として非天然型の(-)-cis-OPDA を基質として好み、天然型の(+)-cis-OPDA に対しては酵素濃度が高い場合のみ微弱な還元活性を示すに過ぎなかった。こうして、OsOPR1 は AtOPR1、AtOPR2タイプのOPRであることが明らかになった。イネにおいて AtOPR3 タイプの OPR が存在するかどうかを最近公開されたイネゲノムデータベースを用いて検索した結果、OsOPR1 のほかに11種類の相同性遺伝子の存在が示唆され、塩基配列解析の結果から、それらのうちOsOPR8と仮称された遺伝子が AtOPR3 タイプの特徴を有することが判明した。以上の結果から、OsOPR1 の機能については、JA 生合成に関与している可能性は残されているものの、天然型の(+)-cis-OPDA 以外に本来の基質が存在し、ストレス応答に関連した、未知の生物学的機能を果たしている可能性が高いと考えられる。

第3章では OsOPR1 の転写誘導機構の解明を目的としてプロモーター解析を行っている。OsOPR1の翻訳開始点上流1 kbp についてホタルルシフェラーゼ遺伝子をレポーター遺伝子としたレポータージーンアッセイを行った結果、-0.88 kbp から-0.86 kbp 間の 20 bp に JA 応答性のシスエレメントが存在することが示された。この 20 bp の領域には basic region/leucine zipper (bZIP) モチーフをもつ転写因子 TGA ファミリーの結合配列と考えられるTGACGモチーフ(TGACG1と仮称)が含まれていた。また、もう1つのTGACGモチーフ(TGACG2と仮称)が1 kbp から0.9 kbp 間にも見つかった。これら2つのモチーフにトランスバージョン変異を導入し、レポーター活性が変化するかどうかを調べた結果、TGACG1の単独変異およびTGACG1、2の二重変異でJA応答性を失い、TGACG2 の単独変異では JA 応答性がやや低下する程度であることが示された。以上より TGACG1 は OsOPR1 の JA 応答性の転写活性化に必須であり、TGACG2 は TGACG1 ほどではないものの OsOPR1 の JA 応答性に関与していることが示された。

以上、本論文は、単子葉植物であるイネからOPR遺伝子を初めて単離し、その機能および発現制御機構を解析してイネのストレス応答機構を考える上で重要な知見を提供したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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