No | 119204 | |
著者(漢字) | 宮崎,淳一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤザキ,ジュンイチ | |
標題(和) | 高度好熱菌 Thermus thermophilus のリジン生合成酵素の特性と進化に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119204 | |
報告番号 | 甲19204 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2755号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 高度好熱菌 Thermus thermophilus HB27 株は峰温泉で単離された高度好熱性の真正細菌であり、70℃で至適に生育する。本菌は高温で生育するという極めて特異な特徴や遺伝子工学的手法が適用できる点から生化学あるいは分子生物学の分野で基礎的に幅広く研究されているのに加えて、耐熱性酵素の資源として応用的にも高く注目されている。 アミノ酸であるリジンの生合成経路には、真正細菌や植物にみられるジアミノピメリン酸(DAP)を経由するDAP経路と酵母及びカビにみられるα-アミノアジピン酸(AAA)を経由するAAA経路の2つの経路が知られている。しかしながら、私の所属する研究室において T. thermophilus HB27 株は真正細菌に属するにもかかわらずAAAを経てリジン生合成を行っていることが見いされた[1]。さらに、本リジン生合成に関わる5つの酵素をコードすると予想される7つの遺伝子で構成されるクラスターのクローニングに成功し、その配列解析の結果から、AAA以前のリジン生合成は酵母及びカビの生合成と同様にロイシン生合成及び TCA cycle の一部と類似していること、そしてAAA以降は酵母及びカビのそれとは異なるアルギニン生合成と類似していることが推定された[2]。 こうした研究により、本菌におけるリジン生合成は9つの酵素反応によって構成されることが推定されたが、そのうちの4つの反応を触媒する酵素遺伝子が既にクローン化されている遺伝子クラスターに欠けていることがわかった。本リジン生合成の代謝・調節機構の全貌を明らかにするためには、これら酵素遺伝子のクローニングに加えて、本生合成に関わる酵素の特性解析を行うことが必要不可欠であると考えられた。 本研究では、このリジン生合成の全貌を解明するために、クローニングされてなかった4つの反応を触媒する酵素の遺伝子のうち3つの遺伝子 (lysJ、lysK、hicdh) のクローニング、ノックアウト及びその遺伝子産物である酵素の特性解析を行った。また、その中の1つ homoisocitrate dehydrogenase (HICDH) に関しては、部位特異約変異導入法及びX線結晶構造解析による基質認識機構の解明を試みた。本研究ではこれらの生化学、構造生物学及び進化系統学的解析を通じて、本リジン生合成をはじめロイシン生合成、アルギニン生合成及び TCA cycle の一部等の進化的に同一起源を有する生合成代謝系がどのように形成され進化的に分岐していったのかという疑問に対してアプローチしていくことも主要な目的の1つとした。 Functional and evolutionary relationship between arginine biosynthesis and prokaryotic lysine biosynthesis through α-aminoadipate T. thermophilus HB27 株のリジン生合成関連酵素遺伝子クラスターには、本生合成最終2段階の反応を触媒すると考えられる酵素をコードする遺伝子が欠けていることがわかった。そこで、私はこの最終2段階の酵素をコードすると考えられる遺伝子のクローニングを試みた。 リジン生合成最終2段階の反応を行う酵素はアルギニン生合成において相当する反応を担う ArgD(N2-acetylornithine aminotransferase) 及び ArgE(N2-acetylornithine deacetylase) と類似したアミノ酸配列を有することが推測された。この推測をもとにargD遺伝子 homolog のクローニングに成功すると同時に、クローン化した argD homolog の下流にargE遺伝子 homolog が存在していることをみいだした。これら遺伝子のリジン生合成への関与を解析するために、T. thermophilus HB27 株のそれぞれの遺伝子に対するノックアウト変異株を作製した。変異株の栄養要求性を解析したところ、argD homolog のノックアウト変異株は最少培地においては生育しなかったが、リジンを添加することによって生育が回復した。一方、argE homolog のノックアウト変異株は最少培地において若干の生育がみられたものの、リジンを添加することによって明らかに生育の向上がみられた。以上のことから、これら2つの遺伝子は本菌のリジン生合成に必須であることが明らかとなり、それぞれlysJ、lysKと名付けた。 続いて、両遺伝子をそれぞれ大腸菌を用いて発現、精製を行い、特性解析を行った。LysJの反応速度論的な解析を行った結果、大変興味深いことに本来のリジン生合成の生成中間体と推定される N2-acetyllysine よりもアルギニン生合成の生合成中間体である N2-acetylornithine に対して16倍も効率よく基質としてアミノ基転位活性を示すことがわかった。一方、LysKに関しては本来のリジン生合成の生合成中間体と推定される N2-acetyllysine とアルギニン生合成の生合成中間体である N2-acetylornithine の両方に対し、基質としてほぼ同程度の効率で脱アセチル化活性を示すことがわかった。 これらの結果、T. thermophilus HB27 株におけるリジン生合成はアルギニン生合成と進化的に共通の起源を有し、さらに現在においてもその機能を維持している可能性が示された[34] Functional and structural anlysis of homoisocitrate dehydrogenase in lysine biosynthesis and evolutionary implication of β-decarboxylating dehydrogenase AAAを経由するリジン生合成において、homoisocitrate から 2-oxoadipate への変換は homoisocitrate dehydrogenase (HICDH) によって触媒される。AAA合成までは同じ生合成経路を有する酵母やカビにおいても同じようにHICDHの存在が推定されているが、全ゲノム配列が決定されている酵母でさえ本酵素をコードする遺伝子は同定されていない。したがって、このHICDHを同定することによって基質特異性及びその獲得に対する分子進化に関しての知見がさらに得られることが期待できる。 HICDHは、類似代謝経路であるロイシン生合成の第3番目の酵素 3-isopropylmalate dehydrogenase (IPMDH) 及び TCA cycle の isocitrate dehydrogenase (ICDH) と類似したアミノ酸配列及び立体構造をとるものと予想された。そこで、これら酵素との相同性を利用し、既にクローニングされている T. thermophilus HB8 株のIPMDH及びICDHとは明らかに異なるが、アミノ酸配列においてそれぞれ44%及び45%の identity を有するタンパク質をコードする遺伝子のクローニングに成功した。本遺伝子がリジン生合成に関連するのか否かを、ノックアウト変異株を作製し、その栄養要求性を調べることによって検証することとした。その結果、ノックアウト変異株は最少培地では生育しないものの、リジン、AAA、そして 2-oxoadipate のいずれかを最少培地に添加することによって生育の回復がみられた。このことから、クローン化した遺伝子がリジン生合成に必須であることがわかった。さらに本遺伝子を大腸菌において発現、精製し、遺伝子産物である酵素の活性を測定したところ、実際に homoisocitrate に対する脱炭酸脱水素活性が検出されたことから、クローン化した遺伝子がリジン生合成関連酵素HICDHをコードする遺伝子であることが明らかとなった。しかしながら、本酵素 (TtHICDH) の反応速度論的な解析を行ったところ、大変興味深いことにTtHICDHは本来の基質である homoisocitrate を基質とするよりも、ICDHの基質である iscitrate を基質として反応を行った場合に20倍も高い触媒効率を示すことが明らかになった。このことから、T. thermophilus HB27 株におけるリジン生合成はロイシン生合成及び TCA cycle の一部と進化的な共通の起源を有し、さらに TCA cycle の一部とは現在もなおその機能的関連がある可能性が示された。 一方、AAAまでが同じ経路でリジンを生合成している出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae の HICDH (ScHICDH) を全ゲノム配列から推定し、大腸菌を用いて発現、精製し、その活性を調べたところ、ScHICDHは本来の基質である homoisocitrate のみを基質として認識することがわかった。このTtHICDHとは明らかに異なる基質認識機構の違いの原因を明らかにするために、TtHICDHに部位特異的変異を導入することによって基質認識に関わるアミノ酸残基の同定を試みた。paralog であるIPMDH及びICDHに関しては、三次元立体構造が既に決定されていることから、これらの情報をもとにして両HICDHの基質認識に関わる残基を推定した。それぞれの酵素の基質である homoisocitrate、3-isopropylmalate、isocitrate の化学構造が全く同じ部分を malate-moiety、異なる部分を γ-moiety と呼ぶが(Fig. 1A)、酵素の malate-moiety を認識する残基に関しては完全に保存されている一方で、γ-moiety を認識する残基に関しては、これら3つの酵素の間で全く保存されていないことからHICDHにおいてもこの部分が基質認識に重要な部分と推定した。さらに、この部分に関してはTtHICDHとScHICDHの間でもほとんどアミノ酸配列が類似していないことから、この部分の構造の違いが両者の基質認識機構の違いを決定しているものと考えられた。そこで、TtHICDHにおいて、この部分を構成する7つのアミノ酸残基をScHICDHのそれに置換することとした。その結果、7つの残基全てを置換し、この部分に関しては完全にScHICDHと同じ配列をもつ mutant である7ScHICDHは homoisocitrate のみを基質として認識するようになり、同領域がHICDHの基質特異性を担っていることが明らかとなった (Fig. 1BC)。また、R85Vを含む mutant は、homoisocitrate に関しては大きく変化しなかったが、isocitrate に対する活性がなくなり、代わりに本来有していなかったIPMDHの基質 3-isopropylmalate に対する活性を示すようになった。このことから、TtHICDHの85番目のアルギニン残基は β-decarboxylating dehydrogenase の進化を方向付けている重要な残基である可能性が示唆された[5]。また、7ScHICDHを一つずつTtHICDHの配列に戻していくことによって、homoisocitrate のみを認識するにはR85Vに加えてF80Yの mutation が必要であることも明らかにした。 HICDHの基質認識機構をさらに詳細に理解するために、TtHICDH及びその mutant のX線結晶構造解析を行った。現在のところ、TtHICDH及び7ScHICDHの結晶に関しては、それぞれ1.85A、1.91Aの反射が得られ、このデータをもとに現在、モデルの精密化を行っている。TtHICDHの全体の構造は既に三次元立体構造が決定しているIPMDH及びICDHと非常に類似している (Fig. 2) [6]。これらの間で基質認識に関わる領域のアミノ酸残基を比較することで、β-decarboxyrating dehydrogenase の基質認識に関する新たな知見が得られるものと期待される。 Conclusions 本研究において、T. thermophilus HB27 株のリジン生合成に関わる3つの酵素のクローニング及びその特性解析を行った。本菌におけるリジン生合成関連酵素は本来の役割であるリジンの生合成だけでなく、進化的に関連性のある代謝に対しても機能しているという大変興味深い結果が得られた。近年の全ゲノム解析から、本菌にみられるリジン生合成は真正細菌、古細菌、真核生物において幅広く分布していることがわかっている。このことは、本菌のリジン生合成が決して特殊な経路ではないことということを物語っている。本菌におけるリジン生合成をより詳細に解析することによって、基質特異性の獲得や初期生命に関する新たな知見が明らかになっていくと期待される。本研究により、これらの未だ未解決の問題を解関するための新たな道筋を指し示すことができたものと考えている。 Specific activities of HICDHs for various substrates. A ; Substrates of β-decarboxylating dehydrogenase and used in this analysis. B ; Amino acid sequences of TtHICDH (Wild-type) and constructed mutants.-lines indicate same amino acid with TtHICDH. C ; Specific activity of HICDHs. White black or hatched bar is indicates specific activity (U/mg protein) for homoisocitrate isocitrate or 3-isopropylmalate respectively. Crystal structure of TtHICDH. | |
審査要旨 | アミノ酸であるリジンの生合成経路は現在までに、多くの真正細菌や植物にみられるジアミノピメリン酸(DAP)を経由するDAP経路と酵母・カビにみられるα-アミノアジピン酸(AAA)を経由するAAA経路の2つの経路が知られている。ところが、高度好熱菌Thermus thermophilusは、真正細菌に属するにもかかわらず、リジンをAAA経路によって生合成することがみいだされた。T. thermophilusのリジン生合成に関わる遺伝子クラスターがクローン化され、その塩基配列解析の結果、AAA以前のリジン生合成はロイシン及びTCA回路と、AAA以降のリジン生合成はアルギニン生合成と類似しているものと推定された。したがって、T. thermophilusのリジン生合成系は、生合成酵素の基質特異性がどのように獲得されていったのか、そして生合成経路がどのように進化していったのかを明らかにするための最適な材料であると考えられた。T. thermophilusのリジン生合成は9つの酵素反応によって行われていることが推測されたが、クローン化した遺伝子クラスターにはこのうち5つの反応を触媒すると考えられる酵素の遺伝子しかみいだされていなかった。さらに、リジン生合成に関わる酵素の特性解析に関しては全く行われておらず、それがどのような特性を有しているのかについてはまったく不明であった。 本論文は、まだ未同定の四つの酵素のうちで、リジン生合成の3番目及び最終2段階の反応を触媒する三つの酵素について、遺伝子のクローニング、酵素特性解析、X線結晶構造解析、進化系統解析などを行うことを通して、当リジン生合成及び他の類似生合成が進化的にどのように形成されていったのかを解析したもので五章よりなる。 第一章では、生命の起源や酵素の進化モデル、及びT. thermophilusのリジン生合成系について概説している。 第二章では、最終2段階の反応を触媒する酵素及び遺伝子に関するものである。リジン生合成8番目の酵素はアルギニン生合成におけるArgDと高い相同性を有すると予想された。この推測をもとにリジン生合成に必須であるlysJのクローン化し、さらにlysJの下流にリジン生合成最終段階をコードするArgEのparalog、lysKを見いだした。それら2つの遺伝子をそれぞれ、大腸菌を用いて発現、精製した後、得られた酵素の反応速度論的な解析を行ったところ、本来の基質であるリジン生合成の生合成中間体だけでなく、アルギニン生合成の生合成中間体をも基質として触媒することがわかった。このことから、T. thermophilusにおけるリジン生合成は、アルギニン生合成と1つの共通の起源を有し、なおかつ現在においてもその機能が維持されていることが示唆された。 第三章では、リジン生合成第3番目の酵素、ホモイソクエン酸脱水素酵素(HICDH)について、その遺伝子のクローン化、および酵素特性解析、X線結晶構造解析などについて述べている。HICDHはロイシン生合成における3-イソプロピルリンゴ酸脱水素酵素(IPMDH)及びTCA回路におけるイソクエン酸脱水素酵素(ICDH)と反応機構及び基質が類似し、それらとアミノ酸配列において高い相同性を示すことが推測された。そこで、この推測をもとに酵素間のホモロジーを利用してT. thermophilusからHICDH (TtHICDH)をコードする遺伝子をクローン化した。同遺伝子を破壊した株は、明らかなリジン要求性を示したことからクローン化した遺伝子がリジン生合成に必須であることがわかった。また大腸菌を用いて発現、精製したタンパク質について活性測定を行い、同タンパク質が実際にホモイソクエン酸の脱炭酸脱水素反応を触媒することが確認されたことから、クローン化した遺伝子がリジン生合成第3番目の酵素、HICDHをコードすることが明らかとなった。しかしながら、の反応速度論的解析の結果、TtHICDHは、本来の基質であるホモイソクエン酸よりもICDHの基質であるイソクエン酸に対して20倍も効率よく反応を触媒した。このことから、TtHICDHがT. thermophilusにおいてリジン生合成だけでなくTCA回路においても機能している可能性が示された。 次いで、TtHICDHの基質認識機構を解明するために、部位特異的変異導入実験について述べられている。78番目から86番目を酵母のHICDH (ScHICDH)において相当する部位にあるアミノ酸配列に置換したTtHICDHの変異体7ScHICDHは、ScHICDHと同様にホモイソクエン酸のみを基質として認識するようになることを見いだした。さらに、85番目のアルギニンをバリンに置換することによって、イソクエン酸を基質として認識しなくなり、代わりにIPMDHの基質である3-イソプロピルリンゴ酸を基質として認識するようになった。このことから、TtHICDHにおいて85番目のアルギニンはTtHICDHの基質特異性を方向付ける最も重要な残基であることが示された。さらに引き続く変異体の作製を通じて、7ScHICDHにおいて80番目のチロシンがホモイソクエン酸を認識するのに必要であることが示された。TtHICDHの基質認識機構をさらに詳細に解明するために、TtHICDH及び7ScHICDHのX線結晶構造解析を行い、TtHICDHの基質認識機構の概略を明らかにした。これはHICDHとして初めて三次元立体構造が決定された事例となっただけでなく、β-decarboxylating dehydrogenaseとしても、初めて四量体として存在する酵素の立体構造決定となった。 第四章では、進化系統解析などを用いてAAAを経由するリジン生合成系がどのように進化してきたのかについて解析している。 第五章では、総括と今後の展望について述べている。 以上、本論文はまだ解明されていない点が多いT. thermophilusのリジン生合成の全貌を明らかにすることを目指し、関連する遺伝子のクローン化、酵素機能特性解析、X線結晶構造解析、進化系統解析などを行ったもので、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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