学位論文要旨



No 119205
著者(漢字) 宮台,英典
著者(英字)
著者(カナ) ミヤダイ,ヒデノリ
標題(和) ペリプラズムプロテアーゼDegPの発現を誘導する大腸菌リポ蛋白質に関する研究
標題(洋)
報告番号 119205
報告番号 甲19205
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2756号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 田中,寛
 立教大学 教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

大腸菌をはじめとするグラム陰性細菌は、外膜、ペリプラズム空間、内膜(細胞質膜)から細胞表層構造を形成する。細菌に広く存在するリポ蛋白質は、N末端のシステイン残基が脂質修飾され、その脂質部分で外膜または内膜にアンカーする膜表在性蛋白質であり、形態形成、物質輸送、情報伝達など細胞表層に存在するさまざまの機能に関与している。

大腸菌K12株の遺伝子にコードされる蛋白質4285種のうち、1348種の蛋白質が膜またはペリプラズムに存在し、そのうちの313種類の蛋白質が外膜に局在することが予想されている。近年当研究室で、大腸菌には少なくとも約90種のリポ蛋白質が存在することが生化学的に示され、その大部分のリポ蛋白質が外膜に局在することが明らかにされた。リポ蛋白質は細胞表層に存在する機能に重要な貢献をしていると考えられるが、これまでに機能が明らかになっているリポ蛋白質は20種に満たず、大半は機能が未知である。当研究室では大腸菌でのリポ蛋白質の機能を網羅的に明らかにすることを試みている。そこでリポ蛋白質の欠損変異株において、著しい表現型の変化が見られたNlpC、NlpI、RlpA、RlpB、Spr、YcfM、YfgL、YfiO に着目し、これらに対する抗体を作成し、局在化を調べた。

またペリプラズム空間での品質管理機構に対するリポ蛋白質の役割を解明することを目的として、過剰発現ストレスによりペリプラズムプロテアーゼ DegP を転写誘導するリポ蛋白質の解析を行った。

抗リポ蛋白質抗体を用いた解析

NlpC、NlpI、RlpA、RlpB、Spr、YcfM、YfgL、YfiO を SecA-C95 結合蛋白質として大腸菌内で過剰発現し、封入体画分から精製した。この蛋白質をウサギに免疫し、ポリクローナル抗体を作成した。これらの抗リポ蛋白質抗体を用いて、それぞれのリポ蛋白質の局在を調べたところ、いずれも膜局在化シグナル配列からの予測通り、外膜に局在することが明らかとなった。

また大腸菌の生育期の違いによる各リポ蛋白質の発現量の変化を調べた。NlpC、RlpA、RlpB、Spr、YcfM、YfgL、YfiO はいずれの生育期においても一定量発現し、安定に存在していた。しかし遺伝子破壊によって細胞分裂が阻害されることが報告されている NlpI は対数増殖期の初期に強く発現が観察され、それ以降の生育期では発現量が減少した。

ペリプラズムプロテアーゼ degP を転写誘導するリポ蛋白質

大腸菌には細胞表層のストレスに応答し、ペリプラズム空間に蓄積された異常蛋白質を分解または正常化するシステムが存在する。Cpx 二成分情報システムは外膜リポ蛋白質 NlpE などの過剰発現により活性化され、ペリプラズムプロテアーゼ DegP を発現誘導するシステムである。NlpE は他のリポ蛋白質と異なり、唯一 Cpx の系を活性化させるリポ蛋白質であると考えられている。過剰発現によって degP の転写誘導に影響を及ぼすリポ蛋白質が NlpE 以外に存在するか、また degP の転写誘導とリポ蛋白質の発現量に相関が見られるかどうかを調べた。

リポ蛋白質の過剰発現は tac プロモーターの下流に各リポ蛋白質遺伝子をクローニングしたプラスミドを用いて行った。また degP の転写活性は degP のプロモーター領域を lacZ 遺伝子の上流に配したプラスミドを構築し、LacZ の β-ガラクトシダーゼ活性を求めて測定した。

それぞれのリポ蛋白質を過剰発現させた場合の degP の転写活性の値は、リポ蛋白質の種類によって大きく異なることがわかった。degP 転写活性の値が異なる理由として、それぞれのリポ蛋白質発現量が異なるのではないかと考えた。しかしリポ蛋白質発現量と degP の転写活性との相関は認められなかった。このことから、過剰発現によるストレスはリポ蛋白質それぞれ独自の性質によるものであることが示唆された。

これまでの報告とは異なり、OsmB や Pal など NlpE 以外の他のリポ蛋白質の過剰発現によっても、NlpE と同程度の degP の転写誘導がおこることがわかった。このことは NlpE が過剰発現によって degP を転写誘導する唯一のリポ蛋白質であるという、これまでの知見を再考する必要があることを示している。また内膜リポ蛋白質 YafY の過剰発現によって、極めて強い degP の転写誘導がおこることがわかった (図1)。

Cpx 二成分情報システムの関与

NlpE の過剰発現による degP の転写誘導は Cpx 二成分情報システムを介していることが報告されている。そこで他のリポ蛋白質の過剰発現による degP の転写誘導にも Cpx 二成分情報システムが必要であるかどうかを調べた。Cpx 破壊株を用いて、各リポ蛋白質の過剰発現下における degP の転写活性を測定したところ、いずれのリポ蛋白質を過剰発現させた場合でも、degP の転写誘導は見られなかった。このことからリポ蛋白質の過剰発現による細胞表層ストレスに対する応答は Cpx 二成分情報システムを介していることが示唆された。

リポ蛋白質の局在場所と degP の転写誘導の関係

外膜リポ蛋白質 NlpE の膜局在化シグナルを内膜局在化シグナルに変更した NlpE(DD)、また成熟体領域のN末端システインをアラニンに変更し、さらに OmpF のシグナルペプチドに結合したペリプラズム局在型 mNLpE を過剰発現させるプラスミドを構築した。同様に内膜リポ蛋白質 YafY の外膜局在化型変異体である YafY(SS)、またペリプラズム局在型変異体である mYafY を過剰発現させるプラスミドを構築し、これらの変異体蛋白質の過剰発現下における degP の転写活性を測定した。NlpE(DD)、YafY(SS)による degP の転写活性は、それぞれ NlpE、YafY と比較して同程度か、わずかに低かった。一方、ペリプラズム局在化型変異体である mNlpE と mYafY による deg 転写活性は、著しく低下していた。また、ペリプラズム局在化型にした mNlpE と mYafY の発現量は低下していた。このことから NlpE または YafY の過剰発現による degP の転写活性には、膜へのアンカーが重要であることが示唆された。発現量に違いが見られた原因は不明であるが、局在する場所により、リポ蛋白質の安定性が異なる可能性が考えられる。

内膜リポ蛋白質 YafY と YfjS による DegP の転写誘導

YafY と内膜リポ蛋白質である YfjS は成熟体領域のアミノ酸配列が91%の相同性を持つ極めてよく似たリポ蛋白質である (図2)。YafY と YfjS の発現量は同程度であるにもかかわらず、YfjS の過剰発現による degP の転写誘導の活性は低かった (図1)。degP の転写活性の違いは両者で異なっている12個のアミノ酸のどれに起因するかを調べるため、YafY と YfjS のアミノ酸や領域を交換した多数の変異体を作成し解析した。YafY の51番目から99番目までの中間領域を YfjS と交換しても degP の転写誘導は変化しなかった。YafY の116番目のグルタミンを YfjS のアルギニンに変換すると degP の転写活性が顕著に低下した。逆に、YfjS の116番目のアルギニンをグルタミンにした YfjS 変異体では転写誘導活性が大きく上昇した。さらに5アミノ酸が異なるN末端領域の交換によっても、転写誘導活性が変動した。

まとめ

本研究により YafY は degP の転写を NlpE 以上に強く誘導するリポ蛋白質であることが明らかになった。また、YafY による転写誘導には Cpx 二成分情報システムが関与し、膜への局在化が必要なこと、またC末端領域のグルタミン116とN末端領域の数アミノ酸が特に重要であることが明らかになった。これらの知見は、ペリプラズムの品質管理機構におけるストレスの原因を解明する上で重要と考える。

リポ蛋白質過剰発現時における degP の転写活性とリポ蛋白質の発現量

YafY と YfjS の相同性

審査要旨 要旨を表示する

大腸菌をはじめとするグラム陰性細菌には、N末端のシステイン残基が脂質修飾されたリポ蛋白質が広く存在する。リポ蛋白質は、脂質部分で外膜または内膜にアンカーする膜表在性蛋白質であり、ペリプラズム空間を含む細胞表層のさまざまの機能に関与していると考えられる。大腸菌K12株には、少なくとも約90種のリポ蛋白質が存在し、その大部分は外膜に局在する。リポ蛋白質 NlpC、Nlpl、RlpA、RlpB、Spr、YcfM、YfgL、YfiO の遺伝子を欠損させると生育や運動能、薬剤感受性が大きく変化するが、これらのリポ蛋白質の機能は不明である。また、ペリプラズムにミスフォールドした蛋白質が蓄積すると品質管理機構が作動し、ミスフォールド蛋白質は分解除去される。この品質管理機構に関与するリポ蛋白質は、これまで NlpE 以外には知られていない。本論文は、リポ蛋白質の機能を網羅的に解明する手がかりとして、上記8種のリポ蛋白質の抗体を作製し、膜局在化を明らかにすると共に、90種のリポ蛋白質がペリプラズムの品質管理機構に及ぼす影響を解析したものである。

重要な機能を持つと考えられる上記8種のリポ蛋白質を、SecA-C95との融合蛋白質として過剰発現し、封入体画分から精製し、ポリクローナル抗体を作製した。抗体を用いて、リポ蛋白質の局在を調べたところ、いずれも膜局在化シグナル配列からの予測通り、外膜に局在することが明らかとなった。また大腸菌の生育期の違いによる各リポ蛋白質の発現量の変化を調べ、NlpI 以外は生育期にかかわらず発現している事を明らかにした。一方、遺伝子破壊によって細胞分裂が阻害されることが報告されている NlpI は、対数増殖期のみに発現されることを見いだした。

次に、リポ蛋白質の過剰発現がペリプラズムの品質管理機構である Cpx 二成分情報系に及ぼす影響を調べた。これまで、外膜リポ蛋白質 NlpE の過剰発現のみが Cpx 系を活性化し、ペリプラズムプロテアーゼ DegP を発現誘導するとされていた。90種のリポ蛋白質を過剰発現させた結果、NlpE 以外にも DegP を発現誘導するリポ蛋白質があることを明らかにした。特に、内膜リポ蛋白質 YafY の過剰発現は、NlpE 以上に強く Cpx 系に依存して DegP の発現を誘導した。NlpE や YafY の膜局在化シグナルを変更した 変異体を過剰発現し、内膜に局在したリポ蛋白質が品質管理機構の活性化には重要であることを示唆した。

内膜リポ蛋白質である YfjS はアミノ酸配列が YafY と91%の相同性を持つリポ蛋白質であるにもかかわらず、YfjS の過剰発現による DegP の発現を誘導しなかった。2種のリポ蛋白質間で異なっている12個のアミノ酸のどれが DegP の発現誘導に重要かを明らかにするため、多数の変異体を作製し過剰発現して DegP の発現誘導を解析した。その結果、YafY の40番目のアスパラギン酸、41番目のチロシン、116番目のグルタミンが特に重要であることを明らかにした。

以上、本論文は重要な機能を持っていることが推測されるリポ蛋白質の抗体を作製し、その膜局在化を明らかにすると共に、ペリプラズムの品質管理機構に強く関与するリポ蛋白質を見いだしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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