学位論文要旨



No 119212
著者(漢字) 伊藤,雅方
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,マサノリ
標題(和) Cre/loxP系を利用したSryの発現細胞系譜ならびに発現制御領域に関する研究
標題(洋)
報告番号 119212
報告番号 甲19212
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2763号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類の性決定にはY染色体上に存在するSry (Sex determining region on Y chromosome) 遺伝子の発現が重要な役割を果たし、未分化生殖腺を精巣へ分化させる。発生過程で Sry の発現は厳密に制御されており、マウス Sry の発現は、胎齢10.5日から12.5日の未分化生殖腺に限局している。そのため、Sry 発現細胞が、将来生殖腺のどの種の細胞に分化するのか、Sry 発現細胞の細胞系譜についての確証が得られていない。そこで、本研究の第1章では、Cre/loxP系によるトランスジェニック(Tg)マウスならびに未分化生殖腺細胞の初代培養を用いて、Sry発現細胞の細胞系譜を解析した。すなわち、Cre/loxP系を利用して内在性 Sry の一過性の発現を、持続的で強力な LacZ 遺伝子の発現に置き換えることにより、Sryを発現する細胞の細胞系譜の解析を試みた。また、未分化生殖腺における Sry の発現制御機構の理解に必須である5' 上流領域については、適した株化細胞が樹立されておらず、ほとんど進展していない。さらに、Sry の発現レベルは極めて低く、その同定は困難である。そこで第2章では、未分化生殖腺初代培養細胞を材料に、Cre/loxP系を利用して Sry 発現調節領域の解析を行った。

Sry/Cre Tgマウスを用いたSry発現細胞の細胞系譜の解析

未分化生殖腺におけるSry発現細胞が、分化完了後の生殖腺において、どのような細胞群の前駆細胞として機能しているのかを調べるため、Cre/loxP系を利用し、個体レベルでの解析を行った。Sry9.9kbを導入したTgマウスはXX型で雄へ性転換することが知られているので、Sry 遺伝子とその上流域を含む9.9kbのゲノムDNA断片のうち Sryコード領域とCre 遺伝子のコード領域を置換した Sry/Cre 融合遺伝子を作製した。Sry/Cre 融合遺伝子を受精卵前核に顕微注入する方法により Sry/Cre Tgマウスを作出した。作出したTgマウスで Sry/Cre 遺伝子の発現が胎児期未分化生殖腺に限局していることを確認した。次に、Sry/Cre TgマウスをCAG/loxP/LacZ Tgマウスと交配させて得た両導入遺伝子を発現するダブルTgマウスを得た。成熟したダブルTgマウスの精巣と卵巣のX-gal染色を行った結果、精巣ではセルトリ細胞及び生殖細胞でX-gal染色陽性細胞が観察され、一方、卵巣では顆粒膜細胞にX-gal染色陽性細胞が観察された。このことから、胎児期の未分化生殖腺において Sry を発現した細胞は、精巣のセルトリ細胞へと分化し、雌における Sry の発現を誘導し得る細胞は卵巣の顆粒膜細胞に分化することが示唆された。一方、成体精巣の生殖細胞でもX-gal染色陽性細胞が観察されたが、その理由を探るために、以下の実験を行った。マウスの成体精巣では機能不明の環状Sry転写物が産生されている。この環状転写産物はタンパク質には翻訳されないが、一部の転写産物が環状にならずにタンパク質に翻訳される可能性がある。現在免疫組織化学的解析に使用できるマウスSry抗体が存在せず、直接Sryタンパク質を検出することができない。そこでCre抗体を用い、Sry/Cre Tgマウスの成体精巣を免疫染色した。その結果、精原細胞でCreの発現が確認され、ダブルTgマウスの生殖細胞でのX-gal染色陽性細胞は成体精巣の精原細胞でCreが発現した結果であると考えられる。

Sryの時期及び組織特異的な発現調節領域の探索

第1章で確認されたSryの特異的な発現はSryのどの制御領域に依存しているのかを初代培養細胞を用いて解析した。Sry/Cre遺伝子を胎齢11.5日もしくは13.5日のCAG/loxP/lacZ Tg胎児の未分化生殖腺から調製した初代培養細胞に導入した。なお対照には脳及び肝臓から調製した細胞を使用した。その結果、雌雄ともにX-gal染色陽性細胞は、胎齢11.5日の未分化生殖腺から調製した細胞にのみ観察された。このことから、作製したSry/Cre遺伝子が、Sryの時期及び組織特異的な発現を調節している領域を含んでいること、および、雌の未分化生殖腺においてもSryの発現を誘導する上流因子の存在することが確認された。この結果から本実験系が、Sryの時期及び部位特異的な発現を制御している調節領域を同定するために有用であることが確認できた。

9.9kb SryゲノムDNAは、Sryの転写開始点から5'上流域4.1kbを含んでいるが、その5'上流域を部分的に欠失させた種々の大きさのSry/Cre遺伝子を作製し、同様の方法で、CAG/loxP/lacZ Tg胎児の未分化生殖腺、脳及び肝臓から調製した初代培養細胞に導入した。その結果、5'上流1.4kbを持つ遺伝子は発現の特異性を保存しているが、5'上流0.4kbまで欠失させると、特異性が失われることが判明した。このことから、Sryの転写開始点より5'上流0.4〜1.4kb間にSryの時期及び組織特異的発現に重要な領域が含まれていることが示唆された。

さらに、Sryの発現調節に重要な領域を詳しく同定する目的で、Sry5'上流1.4kb、1.0kb、0.7kb、0.5kb、0.4kbのそれぞれとCreの融合遺伝子を構築し、Sryの特異的発現に重要な領域を探索した。その結果、0.4kb〜0.5kbの間に重要な領域が含まれていることが示唆された。この領域は胎児期の未分化生殖腺以外の組織ではSryの発現を常時抑制している役割を果していると推察された。

Sryが発現している胎齢11.5日、その発現が減少する胎齢12.5日、さらに発現が消失する胎齢13.5日の未分化生殖腺から抽出した核タンパク質はいずれもSryの5'上流0.4kb〜0.5kbの領域に結合することがゲルシフト解析により確認されている。このことは、上流0.4〜0.5kbの領域には、Sryの発現を抑制する何らかの因子が常時結合していることを示しており、Sry発現細胞でのみ、この抑制因子の発現が消失するか、あるいは、抑制因子に拮抗する因子の作用によって、Sry発現が誘導される可能性が考えられる。そこで、この5'上流0.4kb〜0.5kbの発現調節領域がSry以外のプロモーターに作用するかどうか調べるため、上流0.4〜0.5kb領域をCAG/EGFPベクターに挿入した各種コンストラクトを構築した。これらのコンストラクトをSryが発現していない時期の雄生殖腺初代培養細胞に導入したところ、対照と比べてEGFPの発現に差が観察されなかった。そのため、5'上流0.4kb〜0.5kbはSryプロモーターに特異的な調節領域であることが示唆された。

以上、本研究ではCre/loxP系のTgマウスを利用して、Sry発現細胞の細胞系譜について解析した結果、Sry発現細胞は精巣のセルトリ細胞に分化することが確認された。またSry発現細胞に相応する細胞が、卵巣では顆粒膜細胞に分化することが実験的に初めて確認された。また、Sryの発現調節領域を初代培養細胞によるCre/loxP系で解析した結果、Sry5'上流0.4〜0.5kbの領域に常時何らかのSryプロモーターに特異的に作用する因子が結合し、Sryの時期及び組織特異的発現を調節していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類の性決定にはY染色体上に存在するSry (Sex determining region on Y chromosome) 遺伝子の発現が重要な役割を果たし、未分化生殖腺を精巣へ分化させる。マウスSryの発現は、未分化生殖腺に限局しているため、Sry発現細胞の細胞系譜についての確証が得られていない。本研究の第1章では、Cre/loxPが系によるトランスジェニック(Tg)マウスならびに未分化生殖腺細胞の初代培養を用いて、Sry発現細胞の細胞系譜を解析した。また、未分化生殖腺におけるSryの発現制御機構の理解に必須である5'上流領域については、適した株化細胞が樹立されておらず、ほとんど進展していない。そこで第2章では、未分化生殖腺初代培養細胞を材料に、Cre/loxP系を利用してSry発現調節領域の解析を行った。

Cre/loxP系を利用したSry発現細胞系譜の解析

Sry遺伝子 (9.9kb)のコード領域をCre遺伝子のコード領域に置換したSry/Cre融合遺伝子を作製した。Sry/Cre融合遺伝子を受精卵前核に顕微注入する方法によりTgマウスを作製し、TgマウスでSry/Cre遺伝子の発現が胎児期未分化生殖腺に限局していることを確認した。次に、Sry/CreTgマウスをCAG/loxP/CAT/loxP/LacZTgマウスと交配させて両導入遺伝子を発現するダブルTgマウスを得た。成熟したダブルTgマウスの精巣と卵巣のX-gal染色を行った結果、精巣ではセルトリ細胞及び生殖細胞でX-gal陽性細胞が観察され、一方、卵巣では顆粒膜細胞にX-gal陽性細胞が観察された。このことから、未分化生殖腺においてSryを発現した細胞は、精巣のセルトリ細胞へと分化し、雌におけるSryの発現を誘導し得る細胞は卵巣の顆粒膜細胞に分化することが示唆された。一方、成体精巣の生殖細胞でもX-gal陽性細胞が観察されたので、Cre抗体を用い、Sry/CreTgマウスの成体精巣を免疫染色した。その結果、精原細胞でCreの発現が確認された。また、Sry/Cre遺伝子を胎齢11.5日もしくは13.5日のCAG/loxP/CAT/LacZTgマウスの胎児の未分化生殖腺から調製した初代培養細胞に導入した結果、ダブルTgマウスの生殖細胞でのX-gal染色陽性細胞は成体精巣の精原細胞でCreが発現した結果であると考えられた。

Cre/loxP系を利用した初代培養細胞によるSry発現制御領域の解析

Sryの時期及び部位特異的な発現を制御している調節領域について、初代培養細胞を用いて解析した。SryゲノムDNA (9.9kb) の5'上流域を部分的に欠失させた種々の大きさのSry/Cre遺伝子を作製し、同様の方法で、CAG/loxP/CAT/loxP/LacZTgマウスの胎児の未分化生殖腺、脳及び肝臓から調製した初代培養細胞に導入した。その結果、5'上流0.4kbまで欠失させると、特異性が失われることが判明した。このことから、Sryの転写開始点より5'上流0.4〜1.4kb間にSryの時期及び組織特異的発現に重要な領域が含まれていることが示唆された。さらに、Sry5'上流1.4kb、1.0kb、0.7kb、05kb、0.4kbのそれぞれとCreの融合遺伝子を構築し、Sryの特異的発現に重要な領域を探索した。その結果、0.4〜0.5kbの間に重要な領域が含まれていることが示唆された。この領域は胎児期の未分化生殖腺以外の組織ではSryの発現を常時抑制している役割を果していると推察された。Sryが発現している胎齢11.5日、12.5日、13.5日の未分化生殖腺から抽出した核タンパク質はいずれもSryの5'上流0.4〜0.5kbの領域に結合することがゲルシフト解析により確認されている。そこで、この5'上流0.4〜0.5kbの発現調節領域がSry以外のプロモーターに作用するかどうか調べるため、上流0.4〜0.5kb領域をCAG/EGFPベクターに挿入した各種コンストラクトを構築した。これらのコンストラクトをSryが発現していない時期の雄生殖腺初代培養細胞に導入したところ、対照と比べてEGFPの発現に差が観察されなかった。この結果から、5'上流0.4〜05kbはSryプロモーターに特異的な調節領域であることが示唆された。

以上、本研究の成果は、哺乳類性決定機構に関し学術上ならびに応用動物科学分野に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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