No | 119214 | |
著者(漢字) | 後藤,康之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ゴトウ,ヤスユキ | |
標題(和) | 皮膚型リーシュマニア症の病態形成における自然免疫に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on innate immunity in the pathogenesis of cutaneous leishmaniasis | |
報告番号 | 119214 | |
報告番号 | 甲19214 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2765号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用動物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | リーシュマニア症はリーシュマニア原虫の感染によって引き起こされる人獣共通感染症である。本症は、その病態から皮膚型、皮膚粘膜型、内蔵型リーシュマニア症の大きく3つに分類される。リーシュマニア症の患者は全世界で1,200万人にも上るといわれており、早急なコントロールが必要とされる感染症の一つである。一般に宿主免疫はT細胞非依存的な自然免疫とT細胞依存的な獲得免疫の大きく二つに分けられる。リーシュマニア症における生態防御や病態形成には細胞性免疫と液性免疫のバランスが重要な役割を担っており、これらの免疫を制御すると考えられる胸腺内発育依存的なT細胞を中心とした獲得免疫がリーシュマニア症における生態防御や病態形成に重要であると考えられている。それに対して、近年好中球、マクロファージ、NK細胞を中心とした自然免疫が注目されつつあり、生態防御における自然免疫の役割について明らかになりつつあるが、病態形成における自然免疫の関わりについてはあまり研究がなされていない。そこで本研究では、皮膚型リーシュマニア症の病態形成におけるT細胞非依存的な自然免疫の関与を明らかにすることを目的として、まず機能的なTおよびB細胞を欠損しているマウスとして知られているrecombination activating gene 2遺伝子欠損マウス(RAG-2-/-マウス)を用いて、皮膚病変の形成におけるTおよびB細胞非依存的な宿主免疫反応の関与について検討した。また、好中球やマクロファージに対する遊走蛋白であり、炎症性マクロファージのマーカーとして有用性が知られているmigration inhibitory factor-related protein (MRP) 8およびMRP14に注目して、皮膚型リーシュマニア症の病変部に集簇したマクロファージによるMRP8、14の発現について検討した。さらに、これら宿主の蛋白と原虫との直接的な関与について明らかにするために、原虫へのMRPの接着について検討を行った。 第一章では、皮膚型リーシュマニア症の病態形成に関わる自然免疫の重要性について病理組織学的に明らかにするため、機能的なTおよびB細胞を欠損しているRAG-2-/-マウスに原虫を感染させ解析を行った。まず、皮膚型リーシュマニア症を引き起こすLeishmania majorの培養プロマスティゴート1x 107細胞を、BALB/cおよびRAG-2-/-マウスの尾根部に皮内接種した。Leishmania majorは両マウスに対して感染性を示し、接種1週目にはすでに皮膚に腫隆の形成が観察され、その病変は時間経過とともに増大した。皮膚病変部の長径を接種後毎週測定したところ、両マウスとも同様の病変拡大が確認された(接種4週目:BALB/c 7.2mm, RAG-2-/- 8.0mm)。接種4週目における感染皮膚組織切片のHE染色標本観察の結果、BALB/cおよびRAG-2-/-マウスにみられた皮膚病変部において好中球および単核細胞の集簇が観察され、特に単核細胞の集簇が顕著に観察された。これらの単核細胞のほとんどは形態学的にマクロファージであると考えられた。抗CD3ε抗体を用いた免疫組織化学の結果、BALB/cマウスの皮膚病変部に陽性細胞が観察されたもののその割合は低く、RAG-2-/-マウスでは陽性細胞は観察されなかった。以上の結果から、皮膚型リーシュマニア症における皮膚病変形成には感染部位におけるマクロファージの集簇が関与しており、それらの集簇はTおよびB細胞非依存的であることが示唆された。さらに、非感染マウスの皮膚に見られる血管のうち、血管内に単球や好中球が観察された血管は0%であったのに対して、感染マウス病変部の皮膚に見られる血管では単球で20%、好中球で18%の血管にそれらの細胞が観察された。皮膚病変部形成におけるマクロファージ集簇の要因の一つとして血管からの単球の遊走が関与していると考えられることから、これらの病態にTおよびB細胞非依存的なマクロファージ遊走蛋白が役割を担っていると推察された。 第二章では、第一章で皮膚型リーシュマニア症の病態形成にTおよびB細胞非依存的なマクロファージの集簇が関与していることが示唆されたことから、これらマクロファージの性状についてマクロファージマーカー分子の発現を指標として常在性マクロファージと比較検討することを目的とした。MRP8およびMRP14はマクロファージや好中球の産生する蛋白であり、近年炎症反応部位に見られるマクロファージのマーカーとしてその有用性が知られている。そこで、本章ではL. major原虫感染4週目マウスを用いて、病変部に集簇したマクロファージにおけるMRP8およびMRP14の発現について検討した。ウエスタンブロッティングにより皮膚病変部におけるMRPの発現を検討したところ、非感染マウス皮膚と比較してBALB/cおよびRAG-2-/-マウスの両種の病変部にはMRP8およびMRP14が高く発現していることが確認された。L. major原虫感染4週目BALB/cマウスの皮膚には中心に潰瘍を伴う腫隆が観察されたが、リーシュマニア原虫は潰瘍隣接部に特に多く観察された。単核細胞は潰瘍隣接部からその周辺部にかけて広く観察されたが、これらの部位にはMRP8およびMRP14陽性細胞が多く観察され、特に周辺部の細胞においては約50%がMRP陽性細胞であった。他のマクロファージのマーカーであるF4/80に対する抗体を用いた免疫組織化学的解析の結果、脾臓の常在性マクロファージの多くがF4/80陽性、MRP8陰性、MRP14陰性であるのに対して、病変部に見られる単核細胞の多くがF4/80陰性、MRP8陽性、MRP14陽性であった。これらの結果から、皮膚型リーシュマニア症の皮膚病変部に集簇したマクロファージは、マクロファージの中でも常在性のマクロファージとは異なりMRPを産生する細胞群であることが明らかになった。MRP8およびMRP14はマクロファージや好中球に対する遊走蛋白であることから、病変部においてMRP8およびMRP14がTおよびB細胞非依存的なマクロファージの集簇に関与している可能性が考えられた。 近年、炎症性疾患における細胞外MRPについて注目が集まっている。第三章では、第二章よりリーシュマニア原虫感染組織にMRPが存在することが明らかになったことから、MRPと原虫との直接的な関与について明らかにするために、免疫組織化学およびウエスタンブロッティングにより、リーシュマニア原虫感染皮膚病変部における原虫に対するMRP8およびMRP14の接着について解析を行った。抗MRP8抗体および抗MRP14抗体を用いた免疫組織化学の結果、L. major原虫感染4週目マウス皮膚病変部、特に潰瘍隣接部に宿主細胞と比べてサイズの小さい(長径:約4μm)MRP8陽性細胞およびMRP14陽性細胞が多数観察された。これらの細胞は抗リーシュマニア抗体を用いた免疫組織化学標本観察時に見られる陽性細胞と形態的に類似しており、これらのMRP陽性細胞はアマスティゴートであると示唆された。病変部から精製したアマスティゴートを抗原としたウエスタンブロッティングの結果、アマスティゴート抗原として調整した試料中にMRP8およびMRP14が存在することが確認された。以上のことからin vivoにおいてMRP8およびMRP14がアマスティゴートに接着していることが明らかになった。培養プロマスティゴートおよびin vitroで培養したアマスティゴートに対するMRP14の接着能を検討したところ、MRP14はZn2+存在下で両発育ステージの原虫に接着することが明らかになり、両発育ステージで共通の分子がMRPの接着に機能していると考えられた。病変部においてマクロファージ遊走蛋白であるMRPがリーシュマニア原虫に接着していることから、原虫感染部位へのTおよびB細胞非依存的なマクロファージの集簇にMRPが関与していると考えられる。 本研究により、(1)皮膚型リーシュマニア症の病態形成にマクロファージの集簇が関与しており、それらの集簇はTおよびB細胞非依存的であること、(2)病変部に集簇したマクロファージは常在性のマクロファージとは異なりMRP8、14を産生する細胞群であること、(3)感染部位において原虫に対してMRP8、14が接着しており、接着に関与する原虫の分子は両発育期で共通の分子であることが明らかになった。以上のことより、これら病変部に見られるマクロファージは常在性のマクロファージとは異なり、あらかじめ遊走蛋白を発現させておくことで、原虫の貪食といった刺激により速やかに遊走蛋白を分泌することができ、感染部位に新たなマクロファージを呼び寄せるという役割を持った、炎症反応専門の細胞群ではないかと考えられた。これらのことより、皮膚型リーシュマニア症の病態形成にマクロファージ遊走蛋白を介したTおよびB細胞非依存的な免疫、すなわち自然免疫が病態形成に寄与していると考えられた。本研究により感染のきわめて初期に限らず、感染4週目以降といった一般的に獲得免疫が重要だとされている時期においても病態形成に自然免疫が関与していると示唆された。すなわち皮膚型リーシュマニア症の病態形成においては獲得免疫のみならず自然免疫応答が大変重要な役割を担っていると考えられ、このように本研究によって得られた新たな知見は遊走蛋白の阻害といった自然免疫応答の修飾による新たな治療法の開発につながると考えられる。 | |
審査要旨 | 様々な疾患における治療技術を開発する上で、それら病気の成り立ちを細胞レベル、分子レベルで明らかにしていくことは非常に重要であると考えられる。リーシュマニア症の病態形成には免疫応答が関与していると考えられているが、その免疫応答の詳しいメカニズムについてはいまだ多くの疑問が残されている。本研究では、宿主免疫応答の中でも特に自然免疫に注目し、皮膚型リーシュマニア症の病態形成における自然免疫の関与を明らかにすることを目的とした。このため機能的なT、B細胞を欠損しているrecombination activating gene 2遺伝子欠損マウス(RAG-2-/-マウス)を用いて、皮膚病変形成におけるT、B細胞非依存的な免疫応答の関与について検討した。また、マクロファージ走化性因子として知られるmigration inhibitory factor-related protein (MRP) 8およびMRP14に注目して、皮膚病変部に集簇したマクロファージによるMRPの発現について検討した。さらに、MRPと原虫の直接的な関与について明らかにするために、原虫へのMRPの接着について検討を行った。 第一章では、皮膚型リーシュマニア症の病態形成に関わる自然免疫について病理組織学的に検討した。Leishmania majorプロマスティゴートをBALB/cおよびRAG-2-/-マウスに皮内接種した結果、両マウスともに皮膚病変の形成が観察された。皮膚病変部の長径を接種後毎週測定したところ、両マウスとも同様の病変拡大が確認された(接種4週目:BALB/c 7.2mm, RAG-2-/- 8.0mm)。接種4週目のBALB/cおよびRAG-2-/-マウスにみられた病変部において、細胞の集簇、特にマクロファージの集簇が顕著に観察された。以上の結果から、皮膚病変形成にはT、B細胞非依存的なマクロファージの集簇機構が関与すると示唆された。さらに、感染マウス病変部血管内に単球が観察されたことから、皮膚病変形成におけるマクロファージの集簇にT、B細胞非依存的なマクロファージ走化性因子が役割を担っていると推察された。 第二章では、病変部マクロファージの性状について、MRPの発現を指標として検討した。ウエスタンブロッティングの結果、マウス病変部にMRP8およびMRP14の発現が確認された。次に、病変部におけるMRPの発現を免疫組織化学により検討した結果、病変部に見られるマクロファージの多くがF4/80陰性、MRP8陽性、MRP14陽性であった。これらの結果から、病変部に集簇したマクロファージは、F4/80陽性の常在性マクロファージとは異なりMRPを産生する細胞群であることが明らかになった。MRPはマクロファージ走化性因子であることから、病変部においてMRPがT、B細胞非依存的なマクロファージの集簇機構に関与していると考えられた。 第三章では、病変部におけるMRPの原虫への接着について検討した。抗MRP8抗体および抗MRP14抗体を用いた免疫組織化学の結果、病変部に観察されるアマスティゴートが顕著な陽性反応を示した。病変部から精製したアマスティゴートを抗原としたウエスタンブロッティングの結果、アマスティゴート抗原として調整した試料中にMRP8およびMRP14が存在することが確認された。以上のことからin vivoにおいてMRP8およびMRP14がアマスティゴートに接着していることが明らかになった。原虫に対するMRP14の接着能を検討したところ、MRP14はZn2+存在下で両発育期の原虫に接着することが明らかになった。病変部においてマクロファージ走化性因子であるMRPが原虫に接着していることから、原虫感染部位へのT、B細胞非依存的なマクロファージの集簇機構にMRPが関与していると考えられた。 本研究により、(1)皮膚型リーシュマニア症の皮膚病変形成にT、B細胞非依存的なマクロファージの集簇機構が関与しており、(2)これら病変部に集簇したマクロファージはMRP8、14を産生する細胞群であること、(3)病変部において原虫にMRP8、14が接着していることが明らかになった。これらのことより、マクロファージ走化性因子を介した自然免疫が皮膚型リーシュマニア症の病態形成に寄与していると考えられた。本研究の知見は、リーシュマニア症の病態形成機序解明の上で重要な発見であるのみならず、自然免疫に関与する分子を標的とした新たな診断法、治療技術の開発に展望を示すものと考えられた。 従って、審査委員一同は、当論文内容が農学博士の資格を有するとの結論に達した。 | |
UTokyo Repositoryリンク |