No | 119215 | |
著者(漢字) | 作道,章一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サクドウ,アキカズ | |
標題(和) | 銅恒常性および抗酸化防御における正常型プリオン蛋白質機能に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the functions of cellular prion protein in copper homeostasis and antioxidative defense | |
報告番号 | 119215 | |
報告番号 | 甲19215 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2766号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用動物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 伝達性海綿状脳症はヒトにおける Creutzfeldt-Jakob 病、Gerstmann-Straussler-Scheinker症候群、致死性家族性不眠症や動物におけるスクレイピー、牛海綿状脳症などの致死的な神経変性疾患である。これらの病気はその発症にプリオン蛋白質(PrP)が深く関わっているためプリオン病とも呼ばれる。プリオン病の病原因子と考えられているのが異常型プリオン蛋白質(PrPSc)であり、宿主に存在する正常型プリオン蛋白質(PrPc)の構造異性体である。アミノ酸一次構造上では違いがないが、(1)蛋白質分解酵素に対する抵抗性、(2)界面活性剤に対する溶解性および(3)蛋白質高次構造で両者は区別できる。プリオン病の発病機構は、次のように考えられている。外部からPrPScが接種されるか、もしくは原因不明の理由でPrPCからPrPScができると、PrPScはPrPCに作用して次々とPrPScへと変換していく。PrPScはPrPCに比べ半減期が長く、分解されにくい性質を持っており、細胞内に蓄積する。感染時、PrPScの蓄積は神経細胞に特に見られる。PrPScはPrPCより変換されるので、結果的に細胞内でPrPScの蓄積とPrPCの枯渇が起き、これらが神経細胞死を誘導し、神経細胞の脱落を起こすものと考えられている。また、プリオン感染動物の脳内銅量は臨床症状が現れる前に低下していることが報告されており、脳内銅量の調節破綻もプリオン病の病態発現に重要な役割を果たしているものと推察される。成熟PrPCはN型糖鎖が2ケ所付加され、glycosyl-phosphatidyl-inositol (GPI)アンカーで細胞膜に繋留された状態で存在し、ウエスタンブロッティングでは33-35kDaのバンドとして検出される。PrPCが2価の銅イオンとN末端のP(Q/H)GGG(G/-)WGQの5回繰返し配列(オクタリピート領域)で結合することはさまざまな研究室から報告され、確認されているが、その機能については未知の部分が多い。 最近、PrPCの機能解析を目的として、PrP遺伝子(Prnp)ノックアウトマウス海馬由来不死化神経細胞株が樹立された。このPrnp欠損神経細胞株は無血清培地下においてアポトーシスを起こし、Prnpの再導入によりアポトーシスが抑制されることが報告されている。PrPCのアポトーシス抑制機構を知ることは、PrPCの欠乏を原因の一つとするプリオン病の病態解明につながるという点で重要である。本研究ではPrPCのアポトーシス抑制機構の解明を目的とし、PrPCが銅恒常性維持および抗酸化防御機能を持つことにより、アポトーシスを抑制することを明らかにした。 第一章では、Prnp欠損神経細胞の血清除去により誘導される細胞死が活性酸素の発生を原因とし、ミトコンドリアのアポトーシス誘導経路を経て細胞死が誘導される可能性を証明するために、活性酸素を消去する酵素であるCu/Zn Superoxide dismutase (SOD)遺伝子 (SOD-1)およびミトコンドリアのアポトーシス誘導経路を抑制することで知られるbcl-2、bcl-xL遺伝子の過剰発現によって無血清培地下でのPrnp欠損神経細胞の細胞死を解析した。それは、様々な神経細胞株で血清除去が活性酸素発生を原因とし、ミトコンドリアのアポトーシス誘導経路を経てアポトーシスを起こすことが報告されているためである。(1)bcl-2遺伝子、(2)bcl-xL遺伝子、(3)SOD-1遺伝子、(4)空ベクターをPrnp欠損神経細胞に導入して得た細胞株を無血清培地において培養し、経時的に光学顕微鏡下での形態観察、核染色による核形態変化の観察、およびPropidium iodide染色後フローサイトメトリー解析を行った。その結果、血清除去48時間において、空ベクターを導入した細胞((4))は顕著な細胞死を示し、血清除去24時間で核染色およびフローサイトメトリー解析においてアポトーシスの特徴を示した。一方、bcl-2、bcl-xL、SOD-1遺伝子を導入した細胞((1)、(2)、(3))は、それらを示さなかった。これらの結果から、Prnp欠損神経細胞株の無血清培地下での細胞死はSOD-1遺伝子の過剰発現により抑制されたことから、細胞内活性酸素の発生が細胞死の原因の一つであり、Bcl-2やBcl-xLが抑制できるミトコンドリアの関与するアポトーシス誘導経路を介している可能性が示唆された。 第二章では以上のの知見をもとに、PrPCが活性酸素の消去に関わっている可能性について検討するため、PrP非発現・再発現Prnp欠損神経細胞のSOD活性および活性酸素量の測定を行った。SOD活性の測定はWST-キサンチンオキシダーゼ系を用いた吸光度法により行なった。その結果、Prnpの再導入によりCu/Zn SODの産生量に変化は見られなかったが、SOD活性の有意な上昇が見られた。さらに、血清除去下での活性酸素の発生量を活性酸素特異的蛍光プローブDihydroethidium(DH)を用いたフローサイトメトリー解析により調べた。その結果、Prnp欠損神経細胞で見られる活性酸素の発生がPrnp遺伝子再導入株では抑制されていることが示された。PrPCは銅に特異的に結合することが知られている。そして、Cu/Zn SODは銅により活性が制御を受けることが知られている。そこで、PrPCが細胞内銅量の調節を行う可能性について検討するため、PrP非発現・再発現Prnp欠損神経細胞株の血清除去系を用いて、PrPC発現が細胞内銅量に与える影響を調べた。銅の定量は硝酸分解サンプルをゼーマンバックグラウンド補正原子吸光分光光度計を用いて測定をおこなった。また、銅量は乾燥重量当たりの銅量(Cuμg/g dry weight)で比較を行った。活性酸素の発生が観察される血清除去6時間において、PrP非発現Prnp欠損神経細胞株の細胞内銅量低下が観察されたが、PrP再発現Prnp欠損神経細胞株は細胞内銅量の有意な低下はなく、PrPC発現により血清除去により誘導される細胞内銅量低下が抑制されることが示唆された。以上の結果から、PrPCは細胞内SOD活性を上昇させることにより活性酸素を消去し、血清除去による細胞死を抑制していることが示唆された。また、PrPCは細胞内銅濃度の維持に役割を果たしており、これがSOD活性の制御に関わる可能性が考えられた。 第三章では、PrPCがSOD活性を制御する機構について調べた。まず、PrPCのさまざまな領域を欠損させたPrPC発現細胞のSOD活性を測定することで、PrPCによるSOD活性の制御に重要な領域を調べた。その結果、疎水性領域欠損PrPC発現細胞(HpL3-4-Δ#2)は空ベクター導入細胞(HpL3-4-EM)と同等のSOD活性を示したが、オクタリピート領域欠損PrPC発現細胞(HpL3-4-Δ#1)はHpL3-4-EMよりも有意に低いSOD活性を示した。一方、野生型PrPCやPrP(Δ124-146)を発現した細胞(それぞれ、HpL3-4-PrPおよびHpL3-4-Δ#3)は、HpL3-4-EMよりも有意に高いSOD活性を示した。これらのことから、PrPCによるSOD活性の制御はオクタリピート領域だけでなく、疎水性領域も重要であることが示唆された。そこで、さらにPrPCの疎水性領域に結合することが知られているStress-inducible protein 1(STI1)とPrPC依存的SOD活性化の関連について調べるため、STI1-PrPC結合を阻害することが知られていと示唆された。るSTI1 pep.1およびp10ペプチドがSOD活性に与える影響を調べた。その結果、STI1 pep.1およびp10ペプチドいずれもHpL3-4-PrP細胞においてSOD活性を阻害したが、HpL3-4-EM細胞には影響がなかった。以上の結果から、PrPC依存的SOD活性化にはSTI1がPrPCの疎水性領域に結合することとPrPCのオクタリピート領域が存在することの両方が重要であること示唆された。 本研究では、(1)細胞内活性酸素の発生がPrnp欠損神経細胞株の血清除去による細胞死に重要であること、(2)PrPCがSOD活性を上昇させることで活性酸素を消去し、細胞死を抑制すること、(3)PrPCの発現が血清除去による細胞内銅量低下を抑制すること、(4)PrPC依存的SOD活性化にはSTI1の結合およびオクタリピートの存在が重要であることを明らかにした。これらの結果は、PrPCが銅恒常性を維持することで抗酸化防御に関わっていることを示唆している。プリオン感染時の脳は、PrPScの蓄積により酸化ストレスが発生していることが知られている。この状況下で、同時にPrPCの枯渇が起きているので細胞内および脳内銅量の調節に破綻をきたすことで酸化ストレスを消去することができず、脳の神経細胞が細胞死に至るというメカニズムが考えられるが、今後の研究が必要である。本研究で得られたPrPCの機能に関する知見は、PrPCの欠乏が原因の一つであるプリオン病の病態解明や治療につながるという点で重要であると考えられる。 | |
審査要旨 | プリオン病は、ヒトにおけるCreutzfeldt-Jakob病、Gerstmann-Straussler-Scheinker症候群、致死性家族性不眠症や動物におけるスクレイピー、牛海綿状脳症などのプリオンが病因因子である致死的な神経変性疾患の総称である。異常型プリオン蛋白質(PrPSc)が宿主に存在する正常型プリオン蛋白質(PrPC)を変換することにより、細胞内でPrPScの蓄積とPrPCの欠乏が起き、プリオン病は発症するものと考えられている。 申請者は、PrPCの欠乏がプリオン病の原因の一つであるため、PrPCの機能を知ることがプリオン病の病態解明に重要であると考えた。プリオン蛋白質(PrP)遺伝子(Prnp)ノックアウトマウス海馬由来不死化神経細胞株は無血清培地下においてアポトーシスを起こし、Prnpの再導入によりアポトーシスが抑制されることが報告されている。そこで、本研究ではPrPCのアポトーシス抑制機構の解明を目的とし、PrPCが銅恒常性維持および抗酸化防御機能を持つことにより、アポトーシスを抑制することを明らかにした。 第一章では、Prnp欠損神経細胞の血清除去により誘導される細胞死が活性酸素の発生を原因とし、ミトコンドリアのアポトーシス誘導経路を経て細胞死が誘導される可能性を証明するために、活性酸素を消去する酵素であるCu/Zn Superoxide dismutase (SOD)遺伝子 (SOD-1)およびミトコンドリアのアポトーシス誘導経路を抑制することで知られるbcl-2、bcl-xL遺伝子の過剰発現によって無血清培地下でのPrnp欠損神経細胞の細胞死を解析した。その結果、Prnp欠損神経細胞株の無血清培地下での細胞死はSOD-1遺伝子の過剰発現により抑制されたことから、細胞内活性酸素の発生が細胞死の原因の一つであり、Bcl-2やBcl-xLが抑制できるミトコンドリアの関与するアポトーシス誘導経路を介していることが示唆された。 第二章では、PrPCが活性酸素の消去および細胞内銅量の調節に関わっている可能性について検討するため、PrPC非発現・再発現Prnp欠損神経細胞のSOD活性、活性酸素量および細胞内銅量の測定を行った。その結果、Prnpの再導入によりCu/Zn SODの産生量に変化は見られなかったが、SOD活性の有意な上昇が見られた。そして、Prnp欠損神経細胞で見られる活性酸素の発生がPrnp遺伝子再導入株では抑制されていることが示された。さらに、活性酸素の発生が観察される血清除去6時間において、PrPC非発現Prnp欠損神経細胞株の細胞内銅量低下が観察されたが、PrPC再発現Prnp欠損神経細胞株は細胞内銅量の有意な低下はなく、PrPC発現により血清除去により誘導される細胞内銅量低下が抑制されることが示唆された。以上の結果から、PrPCは細胞内SOD活性を上昇させることにより活性酸素を消去し、血清除去による細胞死を抑制していることが示唆された。また、PrPCは細胞内銅濃度の維持に役割を果たしており、これがSOD活性の制御に関わる可能性が考えられた。 第三章では、PrPCがSOD活性を制御する機構について調べるため、さまざまな領域を欠損させたPrPC発現細胞やStress-inducible protein 1(STI1)-PrPC結合阻害ペプチドを用いた。その結果、PrPC依存的SOD活性化にはSTI1がPrPCの疎水性領域に結合することとPrPCのオクタリピート領域が存在することの両方が重要であることが示唆された。 本研究では、(1)細胞内活性酸素の発生がPrnp欠損神経細胞株の血清除去による細胞死に重要であること、(2)PrPCがSOD活性を上昇させることで活性酸素を消去し、細胞死を抑制すること、(3)PrPCの発現が血清除去による細胞内銅量低下を抑制すること、(4)PrPC依存的SOD活性化にはSTI1の結合およびオクタリピート領域の存在が重要であることを明らかにした。これらの結果により、PrPCは抗酸化防御能および銅恒常性維持能を持つことで、細胞の生存維持に関わることが示唆された。本研究で得られたPrPCの機能に関する知見は、PrPCの欠乏が原因の一つであるプリオン病の病態解明や治療につながるという点で重要であると考えられる。 したがって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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