学位論文要旨



No 119216
著者(漢字) 松木,大造
著者(英字)
著者(カナ) マツキ,タイゾウ
標題(和) 生体の恒常性維持におけるIL-1/IL-1Raシステムの役割
標題(洋) Roles of the IL-1/IL-1 Receptor Antagonist System in the Homeostasis of the Body
報告番号 119216
報告番号 甲19216
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2767号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 助教授 今川,和彦
内容要旨 要旨を表示する

炎症性サイトカインInterleukin-1(IL-1)は、感染などの際、免疫系を活性化し、炎症を誘導することによって生体防御に関わる生体内因子である。IL-1は、他の炎症性サイトカインや細胞遊走因子ケモカインの産生誘導を介した免疫細胞の活性化や浸潤、血管拡張、種々の細胞接着分子の発現誘導などといった生理作用を示す。一方、IL-1は免疫系に留まらず、ストレス応答、生殖機能、摂食・飲水行動、睡眠などの神経-内分泌連関系を介した日常の生理作用にも関わる多機能な因子であることが分かってきた。このようにIL-1は、神経-内分泌系間の相互作用を修飾するサイトカインの一つとしても見なされており、免疫・神経・内分泌系にわたるその多様な生理作用を介して生体の恒常性の維持に重要な働きを担っていると考えられている。

多様なIL-1の生理活性は、異なる遺伝子からなるIL-1α及びIL-1βが共通のIL-1受容体、IL-1R type Iに結合することによって誘導される。また、このIL-1α/βによる生理作用は、それらと受容体を競合して結合を阻止するIL-1 receptor antagonist(IL-1Ra)や、シグナルを伝達しないと考えられているIL-1R type IIなどの様々な調節分子によって制御を受けている(IL-1/IL-1Raシステム:figure 1)。

1990年代に相次いでIL-1関連遺伝子欠損マウスの作製が報告された結果、これまでIL-1の寄与が示されていた細菌感染などの急性炎症応答におけるその役割が明確にされただけでなく、炎症誘導時の発熱や中枢神経系を介したストレス応答においてもIL-1が非常に枢要な役割をもつことが初めて明らかにされた。さらに、IL-1のシグナルを阻害するIL-1Ra遺伝子の欠損マウスにおいては、慢性関節炎を自然発症するなど、過剰なIL-1シグナルが入る、或いは入りやすくなることにより、様々な異常を示すことが明らかとなった。しかしながら、従来のIL-1関連遺伝子欠損マウスを用いた解析は、主として炎症反応や免疫疾患に注目した解析系が中心であり、生体の維持そのものにおけるIL-1システムの役割に注目した、より生理的な環境下での綿密な解析はほとんど行われておらず、生体の恒常性の維持機構に関するIL-1の作用の詳細な報告がないのが現状である。また、IL-1/IL-1Raシステムの破綻が関節炎をはじめとする自己免疫性疾患の発症に深く関わることがIL-Ra遺伝子欠損マウスの作製により明らかにされたが、その発症機構については未だ完全には理解されていない。そこで、本研究では、IL-1関連遺伝子欠損マウスを用いて、生体の恒常性の維持におけるIL-1/IL-1Raシステムの役割及びその破綻によって発症する自己免疫性疾患の分子機構を明らかにすることを目的とし、1)エネルギー代謝・脂質代謝、2)自然発症性動脈炎症、及び3)実験的自己免疫性脳脊髄炎、におけるIL-1/IL-1Raシステムの役割について解析を行った。

Chapter I. The Roles of IL-1/IL-1Ra System in Lipid and Energy Homeostasis

古くからIL-1には摂食抑制作用があることが知られており、感染時などに見られる食欲低下は炎症に伴い誘導されたIL-1の作用が原因であると考えられている。一方、定常状態においても過剰なIL-1の作用が反映されるIL-1Ra遺伝子欠損マウスでは、炎症の有無に関わらず、成長に伴う体重の差(5〜6週齢以降)に相関して、食餌量が低下しており、野生型マウスに比べて20週齢時で約15%の体重低下を示す。しかしながら、体重当たりの食餌量の比は野生型及びIL-1Ra遺伝子欠損マウスで変わらないことから、食欲に関わる神経系の変化による影響ではないことが考えられた。実際に、摂食制御に関わる視床下部ホルモンの発現、及び絶食・再食応答を検討したが、IL-1Ra遺伝子欠損マウスと野性型マウスの間に目立った違いは見られなかった。また、制限食下においてもIL-1Ra遺伝子欠損マウスの体重は野生型よりも低く維持されていた。以上の結果から、IL-1Ra遺伝子欠損マウスの成長停滞は食欲の低下によるのではなく、エネルギー維持機構の低下が原因であることが示唆された。そこで、IL-1Ra遺伝子欠損マウスのエネルギー消費を検討したが、熱産生(体温)、呼吸消費量とも顕著な違いがなかったことから、エネルギー消費の亢進による体重低下ではないことが示唆された。また、IL-1Ra遺伝子欠損マウスでは、著しい脂肪組織の萎縮を呈することを見い出した。そこで、等カロリー高脂肪食負荷により、脂肪蓄積を検討した結果、野生型マウスでの高脂肪食群では、普通食群に比べ体重の変化は見られがないが、脂肪組織の増大が認められた。それに対し、IL-1Ra遺伝子欠損マウスでは、高脂肪食摂餌により血中中性脂肪の含有量が野生型マウスと同程度まで改善するにも関わらず、脂肪蓄積の増大は全く認められなかった。このことから、IL-1Ra遺伝子欠損マウスでは血中から組織への脂肪取り込みの障害が起こっていることが示唆された。

さらに、IL-1Ra遺伝子欠損マウスでは、低インスリン血症、再食応答時のインスリンレベルの上昇障害が見られた。これは、インスリン産生の低下、糖取り込み作用の感受性亢進といったインスリン代謝の異常によることが分かり、さらにIL-1Ra遺伝子欠損マウスでは、インスリンによる脂肪蓄積作用を触媒する酵素であるリポタンパクリパーゼの活性が低下していることがわかった。以上のことから、IL-1Ra遺伝子欠損マウスのインスリン産生障害が、リポプロテインリパーゼを介する脂肪蓄積作用の低下を導き、その結果として体重維持の低下が起こっていることが示唆され、生体の恒常性の維持に不可欠なエネルギー代謝機構の制御にIL-1/IL-1Raシステムが深く関与することが明らかになった。

Chapter II. The Roles of IL-1/IL-1Ra System in Chronic Aortitis

BALB/c背景のIL-1Ra遺伝子欠損マウスは、自己免疫性関節炎の他、動脈炎や皮膚炎も自然発症するが、その発症及び病態形成の分子機構は明らかにされていない。そこで、IL-1Ra遺伝子欠損マウスにおける動脈炎発症機構の解明を目的として、この動脈炎が関節炎と同様にT細胞性の自己免疫性疾患であるのかどうか、また、IL-1による他の炎症性サイトカインの誘導を介した局所的な炎症反応による組織障害によるものかどうかを検討した。

BALB/c背景のIL-1Ra遺伝子欠損マウスは、様々な炎症病態(石灰化、血管新生、軟骨細胞様細胞・泡沫細胞の出現)を伴う大動脈弁周囲の動脈炎を発症する(12週齢で発症率50%)。IL-1Ra遺伝子欠損マウスの骨髄細胞移植により野生型マウスに動脈炎を誘発できることから、その発症に骨髄細胞由来の免疫細胞が寄与していることが示唆された。特に、T細胞を欠損したヌードマウスにIL-1Ra遺伝子欠損マウスのT細胞を移植した場合にレシピエントのヌードマウスが動脈炎を発症することから、IL-1Ra遺伝子欠損マウスにおける動脈炎はIL-1/IL-1Raシステムの破綻によって異常に活性化されたT細胞による自己免疫性疾患であることが示された。

また、IL-1はIL-1と類似の生理作用をもつIL-6とTumor Necrosis Factorα(TNFα)を誘導し、それらとともに炎症性免疫応答の誘導に深く関わる。そこで、IL-1Ra x IL-6遺伝子欠損及びIL-1Ra x TNFα遺伝子欠損マウスを用いて、大動脈弁部の炎症病態の形成におけるそれらサイトカインの寄与を検討した。その結果、IL-1Ra遺伝子欠損マウスと比べて、IL-1Ra x TNFα遺伝子欠損マウスでは大動脈弁部の炎症を認められなかったのに対し、IL-1Ra x IL-6遺伝子欠損マウスでは炎症の程度には差がなかったが、むしろ発症率の上昇が認められた。以上より、IL-1Ra遺伝子欠損マウスの動脈炎の発症はIL-1/IL-1Raシステムの破綻によるT細胞の異常な活性化によること、炎症性サイトカインとしてTNFαが関与すること、逆にIL-6は抗炎症作用を持つ可能性があることが示唆された。

Chapter III. The Roles of IL-1/IL-1Ra System in Experimental Autoimmune Encephalomyelitis

Chapter IIで示したように、IL-1Raの欠損による過剰なIL-1の生理活性は、T細胞性の自己免疫性動脈炎を自然誘発することが明らかになったが、疾患の原因となる自己抗原の同定が困難であるため、詳細な免疫学的解析を行うことが難しい。そこで、自己抗原が既知の自己免疫疾患モデル、実験的アレルギー性脳脊髄炎(EAE)をIL-1関連遺伝子欠損マウスに誘導することにより、自己免疫疾患の発症機序におけるIL-1/IL-1Raシステムの役割について免疫学的な解析を行った。

百日咳毒素とともに自己抗原の免疫によって誘導ができるEAEは、IL-1α/βダブル遺伝子欠損マウスでは、ほぼ完全に発症が抑制された。百日咳毒素を使わずに自己抗原を投与した場合、野生型マウスではEAEの発症頻度及び重症度が低下するにも関わらず、IL-1Ra遺伝子欠損マウスでは症状が変わらなかった。このとき、IL-1遺伝子欠損マウスでは、自己抗原特異的なT細胞の増殖能が低下しており、IL-1Ra遺伝子欠損マウスでは逆に亢進していることがわかった。さらに、これら遺伝子欠損マウスのT細胞による炎症性サイトカインの産生量もT細胞の増殖応答に相関した傾向を示し、自己抗原に対するT細胞の挙動がEAEの病態形成に影響を与えていることが示唆された。この結果は、末梢リンパ組織においてIL-1/IL-1Raシステムは、生体内への外来抗原の侵入時には、その抗原の排除に至適な免疫細胞の活性化を、自己抗原に対しては免疫寛容の誘導を調節していることを示唆する。言い換えれば、IL-1/IL-1Raシステムの破綻によって自己抗原に対する免疫寛容の破綻が導かれ、自己に反応する過剰なT細胞の誘導を引き起こし、動脈炎(Chapter)や脳脊髄炎(Chapter III)の発症及び病態形成の原因となっていることが示唆された。

以上の解析から、IL-1/IL-1Raシステムの調節・制御機構の破綻が生体の恒常性の維持の不均衡を導き、自己免疫疾患などを誘導することが明らかになった。これらの結果を踏まえて、今まで考えられてきたIL-1の免疫系での生理作用だけでなく、免疫系以外での多様な作用によって生体の恒常性の維持を担う中枢因子としてIL-1/IL-1Raシステムの役割を考察した。

審査要旨 要旨を表示する

炎症性サイトカインの一つであるInterleukin-1 (IL-1)は、自然免疫系や獲得免疫系の活性化により、感染防御や炎症誘導に関与する生体内因子として知られている。最近、IL-1はこの他にストレス応答や発熱、生殖機能、摂食・飲水行動、睡眠などの日常の生理活動にも関わっていることが分かってきた。したがって、IL-1は免疫・神経・内分泌系にわたる多様な生理活性を持つことが考えられる。

発生工学的手法を用いたIL-1関連遺伝子欠損(KO)マウスの作製が報告された結果、これまでIL-1の寄与が示されていた急性炎症応答におけるその役割が明確にされただけでなく、炎症誘導時の発熱や中枢神経系を介したストレス応答においてもIL-1が非常に枢要な役割をもつことが初めて明らかにされた。さらに、IL-1のシグナルを阻害するIL-1Ra遺伝子のKOマウスにおいては、過剰なIL-1シグナルが入っている、或いは入りやすくなっている状態であることを反映して、関節炎を発症するなどの様々な異常を示すことが明らかとなった。IL-1関連KOマウスにおける表現型は、IL-1の生理的な状態での役割を示すものでありながら、その作用機序や発症機構については未だ完全な理解に至っていない。このような現状に鑑み、本研究はIL-1関連KOマウスを用いて、生体の恒常性の維持におけるIL-1/IL-1Raシステムの役割、及びその破綻によって発症する自己免疫疾患の分子機構を明らかにすることを目的として解析を行い、以下の結果を得ている。

エネルギー代謝・脂質代謝に於けるIL-1の役割

古くからIL-1には摂食抑制作用があることが知られており、感染時などに見られる食欲低下は炎症に伴い誘導されたIL-1の作用が原因であると考えられている。一方、定常状態においても過剰にIL-1が作用すると考えられるIL-1Ra KOマウスでは、炎症の有無に関わらず、体重増加が悪く、野生型マウスに比べて20週齢時で約15%の体重低下を示した。しかしながら、体重当たりの摂餌量や、摂食制御に関わる視床下部ホルモンの発現、及び絶食・再食応答、熱産生、呼吸消費量において野生型及びIL-1Ra KOマウスで変わらないことから、食欲に関わる神経系の変化やエネルギー消費の異常による影響ではないことが示唆された。また、IL-1Ra KOマウスが著しい脂肪組織の萎縮を呈することから、等カロリー高脂肪食負荷により、脂肪蓄積能を検討した結果、IL-1Ra KOマウスでは血中から組織への脂肪取り込みの障害が起こっていることが示唆された。この原因として、IL-1Ra KOマウスでは、インスリンの分泌に障害があること、さらにインスリンによる脂肪蓄積作用を触媒する酵素であるリポ蛋白リパーゼの活性が低下していることがわかった。この結果、生体の恒常性の維持に不可欠なエネルギー代謝機構の制御にIL-1/IL-1Raシステムが深く関与することが明らかになった。

動脈炎に於けるIL-1の役割

BALB/c背景のIL-1Ra KOマウスは、自己免疫性関節炎の他、動脈炎や皮膚炎も自然発症するが、その発症及び病態形成の分子機構は明らかにされていない。そこで、申請者はIL-1Ra KOマウスにおける動脈炎発症機構の解明を目的として、以下の解析を行った。

BALB/c背景のIL-1Ra KOマウスは、様々な炎症病態(石灰化、血管新生、軟骨細胞様細胞・泡沫細胞の出現)を伴う大動脈弁周囲の動脈炎を発症する(12週齢で発症率50%)。IL-1Ra KOマウスの骨髄細胞移植及びT細胞により野生型マウス、T細胞を欠損したヌードマウスそれぞれに動脈炎を誘発できることから、その発症に骨髄細胞由来の免疫細胞、特にIL-1/IL-1Raシステムの破綻によって異常に活性化されたT細胞による自己免疫性疾患であることが示された。次に、炎症性免疫応答の誘導に深く関わるIL-6やTumor Necrosis Factor α(TNFα)の寄与に関して、KOマウスを用いて大動脈弁部の炎症病態を検討した。その結果、IL-1Ra x TNFαダブルKOマウスでは大動脈炎の発症が強く抑制されたのに対し、IL-1Ra x IL-6ダブルKOマウスでは逆に発症率の上昇が認められた。以上より、IL-1Ra KOマウスの動脈炎の発症がIL-1/IL-1Raシステムの破綻によるT細胞の異常な活性化によること、炎症性サイトカインとしてTNFαが極めて重要な役割を演じていること、逆にIL-6は抗炎症作用を持つ可能性があることが示唆された。

EAEに於けるIL-1の役割

次に、抗原が明らかなEAEを誘導することにより、自己免疫の発症におけるIL-1/IL-1Raシステムの役割について解析を行った。

MOGを百日咳毒素とともに免疫することにより誘導したEAEは、IL-1α/β KOマウスでは、ほぼ完全に発症が抑制された。また、百日咳毒素を使わずに自己抗原を投与した場合、野生型マウスではEAEの発症頻度及び重症度が低下するにも関わらず、IL-1Ra KOマウスでは症状が変わらなかった。このとき、IL-1α/β KOマウスでは、自己抗原特異的なT細胞の増殖能及びT細胞による炎症性サイトカインの産生量が低下しており、IL-1Ra KOマウスでは逆に亢進していることがわかった。この結果から、IL-1/IL-1Raシステムの異常によって自己抗原に対する免疫寛容が破綻し、自己反応性のT細胞によって、動脈炎やEAEの発症が引き起こされていることが示唆された。

このように、本学位論文は、IL-1/IL-1Raシステムの調節・制御機構の異常が内分泌系や免疫系の異常を引き起こし、ひいては生体の恒常性の維持に支障を来すことを初めて明らかにした。これは、IL-1がこれまで考えられていたような炎症のメディエーターであるだけではなく、免疫系以外での多様な作用によって生体の恒常性の維持を担う中枢因子として機能していることを示したもので、生物学の進歩に寄与するとことが極めて大きい。その内容の一部は、すでにJournal of Experimental Medicineに公表されており、他の部分も国際ジャーナルに投稿する予定である。本研究は、数名の当該研究室、学外研究者との共同研究であるが、その実験計画と解析の主要部分は、論文提出者自身によるものであり、その寄与は十分であると判断される。また、審査会における質疑応答は多岐にわたったが、必要な部分は学位論文の最終稿に反映されている。

よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものとして認めた。

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