学位論文要旨



No 119220
著者(漢字) 矢野,美紀
著者(英字)
著者(カナ) ヤノ,ミキ
標題(和) タイ北部におけるリュウガンの収量変動と花序形成との関係
標題(洋)
報告番号 119220
報告番号 甲19220
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2771号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 小林,和彦
 東京大学 教授 黒倉,壽
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 助教授 中元,朋実
内容要旨 要旨を表示する

リュウガンはレイシと同じムクロジ科の亜熱帯果樹で、果実は小さいが多汁で甘く、生食の他、乾果や缶詰として食用に供されている。世界第一位の輸出国であるタイでは、近年、その輸出額が飛躍的に伸び、1997年には果実全体の23%を占めるまでに成長している。しかし、リュウガンは収量の年次変動が大きく、生産の安定が望まれている。主産地である北部のランプン県やチェンマイ県では、1月頃花序が出現し、多数の花を形成する。その一部がやがて着果して果房を作る。しかし、花序を形成するためには、一定期間低温に遭遇することが必要で、花成が誘導される時期に気温が高いと着花数が不足し、これが収量変動の原因になると考えられている。しかし、開花時の天候不順による不受精、病害虫の発生なども収量変動の一因になっている可能性がある。また、リュウガンの花序形成については植物ホルモンなどとの関連が調査されているが、気象条件との関係、花序形成の際の形態的変化、花序の形態的特徴は明らかにされていない。そこで、本研究では、(1)タイ北部のリュウガン生産の不安定化をもたらしている要因を明らかにする、(2)11〜1月の低温不足が着花数の不足を引き起こし、収量変動の主因になっているのか、否かについて検討する、(3)タイ北部におけるリュウガンの花序形成と気温との関係について明らかにすることを目的とした。

タイ北部におけるリュウガン生産上の問題点

冬季の気温が高いチェンマイ県中部と低い北部の商業果樹園において、1997年に、リュウガンの栽培方法、栽培上の問題点などについて聞き取り調査を行った。栽培面積の増加は、中部では6〜10年前にピークがあったが、北部では今も新規の開園が盛んに行われていた。両地域とも、鱗翅目や双翅目などの昆虫やダニによる被害を栽培上問題とした農家が最も多かったが(全体の約30%)、中部では年に2回、北部では年に5回程度の殺虫剤散布を行うことによってそれらの被害は軽減できることが示唆された。病害虫に次いで回答の多かった栽培上の問題点は、気温の高い中部では着花数の不足、北部では着果不良であった。中部で着花を問題とした農家は、問題としなかった農家に比べ、窒素施用量が多く、剪定の程度が強く、リュウガンの着花数は気温だけでなく、栽培条件によっても影響されていることが示唆された。

リュウガンの収量変動と気象条件との関係

チェンマイ県中部では着花が、北部では着果がリュウガン生産に影響を及ぼしていることが明らかとなり、気象条件がこれらの発育過程に影響を及ぼしている可能性が考えられた。そこで、ランプン県とチェンマイ県の収量データと気象データを用いてステップワイズ回帰分析を行い、収量変動を引き起こしている気象要因を明らかにしようとした。ランプン県では、収量変動に対する寄与は12月の低温遭遇指数(基準温度から日最低気温を差し引いた値を合計したもの)が最も大きく、次いで前年の収量であった。したがって、冬季の気温が高い地域では、12月の夜温が高い年に花序形成が不良になって、収量低下が起こり、その影響が次年度に及んで、収量変動を示すようになると考えられた。チェンマイ県では収量変動に対する寄与は収穫年次が最も大きかった。これは、チェンマイ県では、1990年以降、収量水準が上昇したことによるもので、チェンマイ県が南北に長く、また産地が拡大し、北部の産地が増加した結果であると考えられた。チェンマイ県でも、地域を限定すれば、ランプン県同様、収量と12月の低温遭遇指数との間には密接な関係が認められたと思われる。前年収量はチェンマイ県でも収量変動に寄与していたので、リュウガンは隔年結果性が強く、この性質が収量変動を増大させていると考えられた。

塩素酸カリウム施用技術導入後のリュウガン生産上の問題点

1998年に、塩素酸カリウム(KClO3)が時季に関係なく、リュウガンの花成を誘導することが明らかにされ、その後、不時栽培を目的としたKClO3の施用が広まった。そこで、KClO3の普及によって冬季の気温の高い地域において着花数の不足という生産上の問題が解消され、リュウガン農家の経営が改善されたのか、どうかを明らかにする目的で、着花数不足が問題になっていたチェンマイ県中部と問題になっていなかった北部の商業果樹園において2002年冬に聞き取り調査を行った。着花数不足が問題になっていた中部では、KClO3によって着花枝率や収量が増加したが、果実が小さく、果皮が薄くなり、価格が低下したため、果実売上高は増加していないことが明らかになった。また、この地域では、KClO3の施用時期を早めても収穫までにより長い期間が必要となるため、不時栽培は行われておらず、冬季の気温が高い地域においてリュウガン農家の経営を改善するためには、KClO3に頼らない着花促進技術の開発が必要と考えられた

リュウガンの花序と花序形成における形態的特徴

2001年3月に、リュウガンの花序の形態的特徴を肉眼観察によって調べた。リュウガンの花序は、岐散花序を構成単位とするthyrseのうち、主軸基部に複合花序(sub-thyrsoid)が形成され、sub-thyrsoid基部にもさらにsub-thyrsoidが形成されるpleiothyrsoidであることが明らかになった。次に、花序形成の形態的特徴を明らかにするため、2001年11月下旬から、枝先端の未展開の葉を含む部分(以後、シュートと呼ぶ)を毎週採取し、その形態変化を観察した。11月下旬のシュートに形成されていた一次側枝と二次側枝の原基の数は、発育を完了した花序の一次側枝や二次側枝の数とほぼ一致した。最初の形態変化は、それら側枝の頂部付近における苞葉の出現であり、ついで主軸頂部でも苞葉が出現した。また、苞葉葉腋には岐散花序が形成された。すなわち、リュウガンの花序形成とは、主軸上および既に形成されていた側枝の茎頂分裂組織が苞葉と岐散花序を形成していくことであることが示された。

リュウガンの花序形成と気温との関係

リュウガンの花序形成に及ぼす気温の影響を明らかにするため、2001〜2002年冬にチェンマイ県中部と北部において、上記の花序の形態変化とともに、シュートの伸長量の変化を調べ、それぞれの気温との関係を調べた。着花枝率は、冬季の気温の高いチェンマイ県中部より気温の低い北部で高かった。花序にならなかったシュートも最終的にはほとんど全てが発育し、発育枝、あるいは、側枝上に苞葉と岐散花序を持ち主軸上には普通葉を持つ、花序と発育枝の中間型のシュートに発達した。これらのことから、花成は低温下で起こり、花成が起こらなかったシュートは、その後の高温下で発育枝や中間型のシュートになると考えられた。北部では、日最高気温が30℃程度に上昇した12月上〜下旬と1月中下旬に、中部では1月中下旬に、大部分のシュートが伸長を開始し、多くのシュートで苞葉が出現したことから、高温はシュートの発育を促進すると同時に、花成誘導されたシュートにおける苞葉の形成を促進することが示唆された。気温の高い中部では、12月には日最高気温30℃前後の高温に4週間遭遇したにも関わらずシュートは伸長を開始せず、12月下旬に再度低温に遭遇した後に一斉に伸長を開始したことから、リュウガンのシュートは11〜12月には浅い自発休眠の状態にあり、低温によって覚醒すると推察された。1月中旬までに伸長を開始したシュートは全て花序に発達し、それ以降に伸長を開始したシュートは、花序の他、発育枝や中間型のシュートになったので、リュウガンの花成は、休眠からある程度覚醒したシュートで起こると考えられた。

以上要するに、タイ北部におけるリュウガンの収量変動の主な原因は、冬季の気温が高い地域において、12月の夜温が高い年に花序形成が不良になることであり、隔年結果性が高いことが収量変動をより顕著なものにしていることが示唆された。また、リュウガンのシュートは11〜12月に浅い自発休眠状態にあり、低温によって休眠から覚醒するとともに花成が起こることが示された。花成と休眠との間には密接な関係があることが示唆されたが、この点については今後の研究が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

リュウガンはムクロジ科の亜熱帯果樹で,タイでは経済上重要な果実である。しかし,収量の年次変動が大きく,生産の安定が望まれている。リュウガンの花序形成には,一定期間の低温が必要で,花成が誘導される時期に気温が高いと着花数が不足し,これが収量変動の原因になると言われているが,確かめられてはいない。また,リュウガンの花序形成については植物ホルモンなどとの関連が調査されているが,気象条件との関係,花序形成の際の形態的変化,花序の形態的特徴は明らかにされていない。本研究は,タイ北部のリュウガン生産の不安定化をもたらしている要因について検討し,また,タイ北部におけるリュウガンの花序形成と気温との関係について明らかにした研究である。得られた結果は次の通りである。

まずタイ北部におけるリュウガン生産上の問題点を明らかにするため,チェンマイ県中部と北部の果樹園において聞き取り調査を行った。その結果,両地域とも,鱗翅目や双翅目などの昆虫やダニによる被害を栽培上問題とした農家が最も多かったが,中部では年に2回,北部では年に5回程度の殺虫剤散布を行うことによってそれらの被害は軽減できることが示唆された。病害虫に次いで回答の多かった栽培上の問題点は,気温の高い中部では着花数の不足,北部では着果不良であった。中部で着花数不足を問題とした農家は,問題としなかった農家に比べ,窒素施用量が多く,剪定の程度が強く,リュウガンの着花数は気温だけでなく,栽培条件によっても影響されることが示唆された。

チェンマイ県中部では着花が,北部では着果がリュウガン生産に影響を及ぼしていることが明らかとなり,気象条件がこれらの発育過程に影響を及ぼしている可能性が考えられたので,ランプン県とチェンマイ県の収量データと気象データを用いてステップワイズ回帰分析を行った。ランプン県では,収量変動に対する寄与は12月の低温遭遇指数(基準温度から日最低気温を差し引いた値を合計したもの)が最も大きく,次いで前年の収量であった。したがって,冬季の気温が高い地域では,12月の夜温が高い年に花序形成が不良になって,収量低下が起こり,その影響が次年度に及んで,収量変動を示すようになると考えられた。チェンマイ県では収量変動に対する寄与は収穫年次が最も大きかった。これは,チェンマイ県では,1990年以降,収量水準が上昇したことによるもので,チェンマイ県が南北に長く,また産地が拡大し,北部の産地が増加した結果であると考えられた。

次に,近年急速に普及した塩素酸カリウム(KClO3)の施用技術がリュウガンの着花数に及ぼす影響を明らかにする目的で,チェンマイ県中部と北部の商業果樹園において聞き取り調査を行った。着花数不足が問題になっていた中部では,KClO3によって着花枝率や収量が増加したが,果実が小さく,果皮が薄くなり,価格が低下したため,果実売上高は増加していないことが明らかになった。また,この地域では,KClO3の施用時期を早めても収穫までにより長い期間が必要となるため,不時栽培は行われておらず,冬季の気温が高い地域においてリュウガン農家の経営を改善するためには,KClO3に頼らない着花促進技術の開発が必要と考えられた。

リュウガンの花序は,岐散花序を構成単位とするthyrseのうち,主軸基部に複合花序(sub-thyrsoid)が形成され,sub-thyrsoid基部にもさらにsub-thyrsoidが形成されるpleiothyrsoidであることが明らかになった。また11月下旬から,枝先端の未展開の葉を含む部分(以後,シュートと呼ぶ)を毎週採取し,その形態変化を観察したところ,12月中旬になると一部の側枝では,既に11月下旬に形成されていた葉原基の腋部に苞葉が出現し,この苞葉葉腋にやがて岐散花序が形成された。すなわち,リュウガンの花序形成とは,主軸上および既に形成されていた側枝の茎頂分裂組織が苞葉と岐散花序を形成していくことであることが示された。

最後に,リュウガンの花序形成に及ぼす気温の影響を明らかにするため,チェンマイ県中部と北部において,花序の形態変化,シュートの伸長量の変化と気温との関係を調べた。着花枝率は,冬季の気温の高いチェンマイ県中部より気温の低い北部で高かった。花序にならなかったシュートも最終的にはほとんど全てが発育した。これらのことから,花成は低温下で起こり,花成が起こらなかったシュートは,その後の高温下で発育枝になると考えられた。北部では,日最高気温が30℃程度に上昇した12月上〜下旬と1月中下旬に,中部では1月中下旬に,大部分のシュートが伸長を開始し,多くのシュートで苞葉が出現したことから,高温はシュートの発育を促進すると同時に,花成誘導されたシュートにおける苞葉の形成を促進することが示唆された。気温の高い中部では,12月には日最高気温30℃前後の高温に4週間遭遇したにも関わらずシュートは伸長を開始せず,12月下旬に再度低温に遭遇した後に一斉に伸長を開始したことから,リュウガンのシュートは11〜12月には浅い自発休眠の状態にあり,低温によって覚醒すると推察された。1月中旬までに伸長を開始したシュートは全て花序に発達し,それ以降に伸長を開始したシュートは,花序の他,発育枝や中間型のシュートになったので,リュウガンの花成は,休眠からある程度覚醒したシュートで起こると考えられた。

以上要するに,本研究は,リュウガンのシュートは11〜12月に浅い自発休眠状態にあり,低温によって休眠から覚醒するとともに花成が起こるため, 12月の夜温が高いと花序形成が不良となり,収量変動が起こることを示した研究で,学術上,応用上の価値が認められた。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)を授与されるに相応しいと認めた。

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