学位論文要旨



No 119223
著者(漢字) 山副,敦司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマゾエ,アツシ
標題(和) Janibacter 属細菌による芳香族化合物の分解に関する研究
標題(洋)
報告番号 119223
報告番号 甲19223
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2774号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 山川,隆
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

多環芳香族化合物(PAHs)は環境中で頻繁に検出される発がん性あるいは突然変異を誘発する潜在性をもつ汚染物質である。PAHsの環境中での動態は社会的関心を集めており、また、バイオレメディエーションによる環境浄化を効率よく行うためにこれら化合物の微生物分解に関する研究が精力的に行わている。

細菌によるPAHsの好気的分解代謝系においては、はじめにその化合物のベンゼン環に水酸基の形で酸素を添加する初発酸化反応が重要であり、その反応は大きく2つのタイプに分けられることが知られている。Naphthaleneや phenanthrene の場合、二酸素原子添加酵素によりベンゼン環に対しシス型に2つの水酸基が導入され、ジヒドロジオール体へと変換される。このタイプの反応を lateral dioxygenation と呼ぶ(paragraph-A)。一方で、dibenzo-p-dioxin や carbazole などのヘテロ原子を含む化合物の場合、分子内の酸素や窒素といったヘテロ原子が直接結合している芳香環上の炭素原子 (angular position) とそれに隣接する炭素原子に2つの水酸基が導入される。このタイプの二酸素原子添加反応 angular dioxygenation と呼ぶ(paragraph-B)。これまでに単離された angular dioxygenation を触媒する菌はPAH分解能力が高い事が知られている。しかし、lateral dioxygenation を触媒する分解菌に比べ angular dioxygenation を触媒する分解菌に関する報告は少ない。

近年、深刻な社会問題となっているダイオキシン類は、dibenzofuran (DF) 分解菌によって分解される事が報告されている。そこで本研究ではDFをモデル化合物として angular dioxygenation を触媒する菌の単離を行い、その分解菌のPAHs分解能力を研究することで環境浄化などの応用のための基礎的知見を得ることを目的とした。

dibenzofuran (DF) 分解菌の単離と同定

土壌を集積培養することにより、DFを唯一の炭素源として生育するYY-1株を単離した。YY-1株の16S rDNA配列を決定しBLASTによる検索を行ったところ、放線菌の一種である、Terrabacter 属 Janibacter 属細菌に96〜97%の高い相同性を示した。これらの属に近縁種の基準株を用いて系統樹を作成したところ、YY-1株は Janibacter 属細菌とクラスターを形成し、この属の菌である事が示唆された。確認のため Janibacter 属細菌の基準株をカルチャーコレクションより取り寄せ、YY-1株と合わせて生理学的および生化学的試験を行った。その結果、YY-1株と Janibacter 属基準株に分類学的性質に多くの共通性が見られたのでYY-1株を Janibacter 属と同定した。

YY-1株によるDFの分解

DFを唯一の炭素源とした培地でYY-1株を培養したところ、約13時間の倍加時間を示し、初期濃度1g/LのDFを96時間で94%以上分解した。また、DF分解中間代謝産物の同定をGC-MSを用いて行ったところ、中間代謝産物として2, 3, 2'-trihydroxybiphenyl、dihydroxy-dihydrodibenzofuran などが検出された。これにもとづいてDF分解の代謝経路を推定した(paragraph)。YY-1株によるDF分解では、(a) angular dioxygenation、(b) lateral dioxygenation の両方による経路が関与している事が明らかになった。また、代謝産物の量から angular dioxygenation による分解が主要な経路だと考えられた。

YY-1株によるPAHsおよび関連化合物の分解

YY-1株の芳香族化合物資化性試験を行った。YY-1株はDF、Fluorene を唯一の炭素源として、および Dibenzothiophene を唯一の炭素・硫黄源として生育した。次に休止菌体を用いてPAH分解試験を行った。PAH(各10mg/L)を加えた培地において24時間の休止菌体反応を行ったところ、YY-1株はベンゼン環を2, 3個含む化合物で55%〜100%、ベンゼン環を4個含む化合物で16%〜42%分解した(paragraph)。特にDFおよびその類似構造化合物は非常によく分解された。YY-1株によって最も分解されにくい化合物は Chrysene であった。GC-MSによる Fluorene、Dibenzo-p-dioxin、Dibenzothiophene、Dipheny ether の分解における中間代謝産物の同定を行った。その結果、いずれの化合物からも angular および lateral dioxygenation 経由だと考えられる代謝産物が検出され、さらに methylenic oxidation や sulfoxidation などの monooxygenation 反応も触媒する事が分かった(paragraph)。

dibenzofuran 分解遺伝子(DbfA)の単離

既知の dioxygenase large subunit 遺伝子の保存領域をもとに作成したプライマーを用い、YY-1株の全DNAを鋳型としPCRを行ったところ、約0.3kbのDNA断片の増幅が確認された。得られたPCR断片の塩基配列を決定したところ、Terrabacter sp. YK3 株および Terrabacter sp. DBF63 の angular dioxygenase にそれぞれ99%の相同性を示す2種類のDFの分解に関与すると思われる配列を含んでいる事が確認された。また、これらの遺伝子は、YY-1株と別の地点で単離された別のDF分解菌とも高い相同性を示すことから、DF分解菌に共通のdioxygenaseが環境中で広範囲に分布している可能性が示唆された(paragraph)。

まとめ

本研究では、DFをモデル化合物として集積培養をすることにより、土壌からJanibacter 属細菌YY-1株の単離に成功した。YY-1株は、DF以外にも Fluorene および Dibenzothiophene を唯一の炭素源として生育した。また、この菌株は芳香族化合物の分解において angular dioxygenation、lateral dioxygenation、methylenic oxidation、salfoxidation などの多様な代謝経路を持ち合わせ、様々な化合物を分解できる事が明らかになった。YY-1株のもつ広い基質特異性から環境浄化や有用物質生産などへの応用が期待される。

PCRによってDF分解遺伝子の単離を行ったところ、これまでにDF分解菌として報告のあるTerrabacter 属、Janibacter 属細菌の angular dioxygenase と高い相同性を持つ2つの配列がYY-1株から見つかった。異なる地域で単離された分解菌が共通の配列を保持していることは、共通のDF分解系遺伝子が環境中で水平伝達しているためだと考えられる。この共通の配列を用いることで環境中のDF分解菌のモニタリングが可能だと思われる。また、細菌の汚染土壌への適応・進化メカニズムが解明されれば、分解系遺伝子の水平伝達を利用した効率的な Bioremediation も可能だと考えられる。

細菌によるPAHs初発酸化反応

YY-1株によるDF分解経路

YY-1株によるPAHsの分解A : コントロール(YY-1熱失活60℃、30分)、B : YY-1株

YY-1株による monooxidation

DF分解菌の angular dioxygenase をコードする遺伝子の分子系統樹

審査要旨 要旨を表示する

多環芳香族化合物は環境中で頻繁に検出される発がん性あるいは突然変異を誘発する潜在性をもつ汚染物質である。これらのの環境中での動態は社会的関心を集めており、また、バイオレメディエーションによる環境浄化を効率よく行うためにこれら化合物の微生物分解に関する研究が精力的に行われている。細菌による多環芳香族化合物の好気的分解代謝系は、はじめにその化合物のベンゼン環に水酸基の形で酸素を添加する初発酸化反応が重要であり、その反応は大きく2つのタイプに分けられることが知られている。naphthaleneや phenanthrene の場合、二酸素原子添加酵素によりベンゼン環に対しシス型に2つの水酸基が導入され、ジヒドロジオール体へと変換される。このタイプの反応はlateral dioxygena- tionと呼ばれている。一方で、dibenzo-p-dioxin や carbazoleなどのヘテロ原子を含む化合物の場合、分子内の酸素や窒素といったヘテロ原子が直接結合している芳香環上の炭素原子 (angular position) とそれに隣接する炭素原子に2つの水酸基が導入される。このタイプの二酸素原子添加反応はangular dioxygenationと呼ばれている。これまでに単離されたangular dioxygenation を触媒する菌は多環芳香族化合物分解能力が高い事が知られている。しかし、lateral dioxygenation を触媒する分解菌に比べ angular dioxygenation を触媒する分解菌に関する報告は少ない。近年、汚染物質として深刻な社会問題を引き起こしているダイオキシン類は、dibenzofuran (DF) 分解菌によって分解される事が報告されている。この研究では上記の環境問題に対応するための基礎的知見を得るため、DFをモデル化合物としてangular dioxygenation を触媒する菌の単離を行い、その分解菌の多環芳香族化合物分解能力を解明した。

序論に続く第二章では、土壌約500サンプルからを集積培養することにより、DFを唯一の炭素源として生育する微生物を分離してYY-1株を得た。。YY-1株の16S rDNA配列を決定しBLASTによる検索を行ったところ、放線菌に近縁なTerrabacter属Janibacter属細菌に96〜97%の高い相同性を示した。これらの属に近縁種の基準株を用いて系統樹を作成したところ、YY-1株はJani-bacter属細菌とクラスターを形成し、この属の菌である事が示唆された。確認のためJanibacter属細菌の基準株をカルチャーコレクションより取り寄せ、YY-1株と合わせて生理学的および生化学的試験を行った。その結果、YY-1株とJanibacter属基準株に分類学的性質に多くの共通性が見られたのでYY-1株をJanibacter属と同定した。

第三章ではYY-1株のDFの分解経路を解明した。DF分解中間代謝産物の同定をGC-MSを用いて行ったところ、中間代謝産物として 2,3,2'-trihydroxybiphenyl、dihydroxydihydrodiben-zofuran などが検出された。これにもとづいてDF分解の代謝経路を推定した。YY-1株によるDF分解では、(a) angular dioxygenation、 (b) lateral dioxygenation の両方の経路が存在している事が明らかになった。また、代謝産物の量からangular dioxygenation による分解が主要な経路だと考えられた。

第四章では、YY-1株による各種の多環芳香族化合物の分解特性を解明した。YY-1株はDF、 fluoreneを唯一の炭素源として、およびdibenzothiopheneを唯一の炭素・硫黄源として生育した。次に休止菌体を用いて分解試験を行った。多環芳香族化合物(各10mg/L)を加えた培地において24時間の休止菌体反応を行ったところ、YY-1株はベンゼン環を2,3個含む化合物で55%〜100%、ベンゼン環を4個含む化合物で16%〜42%分解した(図 3)。特にDFおよびその類似構造化合物は非常によく分解された。YY-1株によって最も分解されにくい化合物はchryseneであった。GC-MSによるfluorene、dibenzo-p-dioxin、dibenzothiophene、diphenyl etherの分解における中間代謝産物の同定を行った。その結果、いずれの化合物からもangularおよびlateral dioxygenation経由だと考えられる代謝産物が検出され、さらにmethylenic oxidationや sulfo-xidationなどの monooxygenation反応も触媒する事が分かった。

第五章では、YY-1株のDF分解遺伝子(DbfA)の単離を行った。既知のdioxygenase large subunit遺伝子の保存領域をもとに作成したプライマーを用い、YY-1株の全DNAを鋳型としPCRを行ったところ、約0.3kbのDNA断片の増幅が確認された。得られたPCR断片の塩基配列を決定したところ、Terrabacter sp. YK3株および Terrabacter sp. DBF63のangular dioxygenaseにそれぞれ99%の相同性を示す2種類のDFの分解に関与すると思われる配列を含んでいる事が確認された。また、これらの遺伝子は、YY-1株と別の地点で単離された別のDF分解菌とも高い相同性を示すことから、DF分解菌に共通のdioxygenaseが環境中に広範囲に分布している可能性が示唆された。

以上、本論文はダイオキシンのモデル化合物であるジベンゾフランの新規な分解細菌を分離して分解特性を解明したものであり、審査委員一同は学術上、応用上価値あるものと認め、博士(農学)の学位論文として十分な内容を含むものと認めた。

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