学位論文要旨



No 119224
著者(漢字) 逆瀬川,三有生
著者(英字)
著者(カナ) サカセガワ,ミユッセ
標題(和) 植物の炭化機構と炭化生産物の特性
標題(洋) Plant Carbonization Mechanism and Characteristics of the Products
報告番号 119224
報告番号 甲19224
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2775号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷田貝,光克
 東京大学 教授 相良,泰行
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
 東京大学 助教授 山川,隆
 森林総合研究所 研究室長 大平,辰朗
内容要旨 要旨を表示する

緒言

植物の炭化時に得られる燻煙とその凝縮物である液体生成物は、様々な生理作用を有することが報告されてきた。具体例として、植物種子への休眠打破及び発芽促進作用、植物体に対する生長促進や抑制等の作用、昆虫への忌避、殺虫作用、微生物に対する増殖促進、抑制作用、殺菌作用等が挙げられる。また、植物炭化時の生成物の有用性は、古くから経験的に知られており、農業分野での農薬としての木酢液の使用、燻製技術による食品の保存、植物燻煙の殺虫、忌避剤への代用等、人の生活とも密接に関っている。

加えて、近年では、ゼロエミッションへの指向から、資源の高効率利用、廃棄物の有効利用の取り組みが行われているが、達成は至難で、その最終段階においても多少の残さが排出される。これらの残さは棄却、焼却されるが、焼却時に発生する熱分解生成物の有効利用法を開発、実用化することで、資源のさらなる高効率の利用が可能となる。

このように植物の炭化時に得られる燻煙、液体生成物においては、有用性が古くから知られ、かつゼロエミッション指向による有効用途開発が必要とされているものの、実際の炭化機構に関する研究は、木材等を中心に行われているほかは、まだ端緒についたばかりである。また、液体生成物に関しては、その構成成分について比較的詳細に研究されているものの、凝縮する以前の燻煙や液体生成物のヘッドスペース成分に関してはほとんど研究されていない。そこで、本研究では、植物の葉、種子、抽出成分、精油と精油を元に作られた合成香料等の非木材材料の炭化を行い、生成物の検討を行うとともに、炭化機構の解明と生成物の特性評価を行った。

植物の炭化機構

本章では、植物の炭化機構を解明することを目的として実験装置を考案し、それらを用いて、チャ、ニーム、クスノキの葉、ニームの種子、カユプテ精油、ラベンダー合成香料等を材料として炭化を行い、生成物の含有化合物から、植物の炭化機構について考察を行った。

結果として、まず、175℃以下で、試料の乾燥により水の放出される。熱分解も開始され、アミノ酸の熱分解を示唆するcarbonyl化合物、pyrazine類、ヘミセルロースの熱分解を示唆する酢酸、furan類が検出された。また、葉では、pyrrole類が生成した。pyrrole類を熱分解で生成する化合物としてはクロロフィル、アミノ酸等があるが、クロロフィルを含まない種子では、この温度帯でpyrrole類が検出されないので、クロロフィルの分解を示唆するものと思われる。気相では275℃程度まで、含硫化合物が検出された。disulfide類については加熱前のneemに含まれ、かつ、他の植物を用いた実験で加熱時、非加熱時を通じて香気成分として検出されたため、加熱前からの含有香気成分の放出を示唆するものと考えられる。225℃からはphenol類の生成が盛んになるが、この温度帯でのphenol類の基質として知られるリグニンの熱分解の報告例はなく、チャでは熱水抽出されていない葉のみで多量のphenol類が生じているため、親水性のタンパク質や茶カテキン類が由来と考えられる。また、amide類の生成が液相で検出され、アミノ酸、タンパク質等の分解が示唆された。225℃から325℃で、種子から高級脂肪酸が生成された。また、気中で直鎖アルカン類等が高い含有率を示し、炭化終了時まで続いた。また、325℃以上でfuran類はほぼ検出されず、ヘミセルロースの熱分解の終了が示唆された。325℃から375℃で、種子から液相へ直鎖アルカン類等の生成が盛んとなり、芳香族化合物も、同時に液相で多く生成し、気相でも徐々に含有率が増加した。425℃以上で、酸類はほぼ検出されなくなり、酸類の供給源であるセルロース等の分解が終了し、芳香族化が起こっていることが示唆される。さらにnitrile類の放出が盛んとなり、タンパク質の顕著な分解が示唆された。375℃から475℃で、葉からの高級脂肪酸、直鎖アルカン類等の生成が盛んになり、葉表面のクチクラの崩壊が示唆された。475℃から525℃にかけ、液相はほとんど回収されないが、気相ではcarbonyl化合物、nitrile類、芳香族化合物、直鎖アルカン類等が検出された。

以上のように、非木材材料は各温度帯において木材と著しく異なる炭化時の挙動を示すことが解明され、温度帯による燻煙成分の違いが示されたことは、非木材材料の炭化の基礎研究に重要な知見である。

また、炭化生成物の含有化合物の種類、生成量は、炭化法に依存し、チャ炭化時の酢酸、ニームのphenol類等で炭化法による顕著な生成量の違いが観察された。これらの違いは、炭化装置内に留まる時間により起こる生成物の二次分解、生成物同士の相互作用によるもので、炭化装置の構造に起因したものであった。

これらの知見は、同じ材料から炭化方法を変えることで、異なるpHや含有化合物をもつ生成物を作りわけることが可能になることを示唆しており、廃棄物の有効利用法の開発に際し、有利となると考えられる。

Caffeine、camphorなどの昇華性化合物は、経験的に液体生成物中に含まれることが知られていたが、熱分解をほとんど受けずに昇華し、炭化過程の低・中温期に液体画分に回収されることが明らかになった。

カユプテ精油では、主成分の1,8-cineoleは加熱によりほとんど変化しないが、α-/β-pineneで、C15化合物への重合、他のモノテルペン類への変換、低分子化合物への分解等が観察された。ラベンダー香料では、加熱前の主成分のlinalyl acetateは加熱により含有率が著しく減少し、アルケンの生成、アセチル基の転位、水素移動、エステルの加水分解等により生成したと思われる化合物の含有率が上昇した。これらのことから、香気成分を含む資材の炭化過程における挙動が明らかになり、香気成分を加熱して用いる際の貴重な知見を提供した。

炭化生成物の特性

植物の液体炭化生成物の特性評価として、シロアリReticulitermes speratusを用いて殺蟻試験を行った。また、植物精油および合成香料の熱分解生成物については、加熱前後での香気成分の比較を行った。

チャの熱水抽出残さの熱分解液体生成物は葉のそれより強い活性を示した。試料をしみ込ませたろ紙上にシロアリを置く接触条件に比べ、ろ紙とシロアリを離す非接触条件では、殺蟻活性は弱まり、葉由来の試料は100倍希釈時に殺蟻活性をほぼ失った。これらの結果より、葉は非接触条件で殺蟻性を失う試料が観察されたため接触径路で作用する化合物が、熱水抽出残さでは非接触条件でも高い殺蟻性を発揮していたため非接触径路で作用する化合物が、主として活性に関っていると考えられる。チャ葉470℃炭化生成物、チャ葉メタノール逐次抽出物470℃炭化生成物は高い殺蟻活性を示し、これらは、殺蟻活性の報告例のあるphenol類の含有率が他試料に比べ高いため、強い活性を示したものと考えられる。このようにチャの液体炭化生成物は殺蟻活性を有することが示され、廃棄物の炭化処理に有用な成分を生み出すことが示唆された。

ニームの葉と種子では、470℃で炭化した際に、供試試料の全ての葉由来の試料および一部の種子で強い殺蟻活性を示した。これらの強い殺蟻活性は共通して多く含まれるフェノール類に起因するものと思われる。

カユプテ精油の熱分解生成物を用いた殺蟻試験では、殺蟻活性は加熱前の精油に比べ上昇し、反応器内雰囲気温度370℃で処理した精油は2日間でシロアリを全滅させた。加熱処理温度を370℃から470℃へと上昇させると殺蟻活性は弱まった。これらの殺蟻活性成分としてα-terpineolが挙げることができる。

カユプテ精油のダイナミックヘッドスペース法による香気性成分で、モノテルペン類が90%以上の含有率を示した。加熱により、モノテルペン類の含有率は上昇し、470℃では98%以上がモノテルペン類となった。主成分の1,8-cineoleの含有率はほぼ一定だが、加熱により検出されなくなった化合物や新たに検出されるようになった化合物の存在が確認され、化合物の構造変化が起こっていることが観察された。ラベンダー合成香料の香気性成分では、モノテルペン類は加熱前には50%程度の含有率を示したが、加熱により30%程度へと減少した。香りの主成分であるlinalyl acetate、linaloolや加熱前、低い含有率で検出されていた芳香族化合物も含有率が減少した。一方、炭化水素、carbonyl化合物等では含有率が上昇したが、含有率が上昇した化合物は、主として非環状モノテルペンの分子内水素移動、酸化、メチル基転位等により生じたと考えることができる化合物であった。加熱時の熱分解生成物の香気成分変化を追うことで、実用時に有用な基礎的知見を得ることが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

近年、バイオマスの有効利用が叫ばれる中で、様々な植物資源が炭材として利用され、熱分解生成物の特性に着目した新しい用途が開発され利用されだしている。木質系資源の熱分解生成物の一つである燻煙とその凝縮物である液体生成物に関しては、植物種子への休眠打破及び発芽促進作用、植物生長促進や抑制作用、昆虫忌避・殺虫作用、微生物増殖促進・抑制作用、殺菌作用等様々な生理作用を有することが報告されてきた。また、それらの働きのうちのあるものはその有用性が古くから経験的に知られ、農業分野での農薬代替としての利用、燻製技術による食品の保存、燻煙の殺虫・忌避剤への代用等、人の生活とも密接に関っている。しかしながらこれらの研究・利用は木材を中心に行われてきたものがほとんどであり、非木質系資源の炭化・熱分解機構および熱分解生成物の特性などについてはほとんど研究が行われていないのが現状である。ゼロエミッションの考え方も定着しつつあるなかで、植物資源の高効率利用、廃棄物の有効利用の取り組みが行われ、バイオマス資源の種類も多様化しているのが現状である。また、液体生成物に関してはその構成成分については比較的詳細に研究されているものの、凝縮する前の燻煙や液体生成物のヘッドスペース成分に関してはほとんど研究されていない。

そのような背景のもとで、本論文では非木質系資源の熱分解における燻煙成分の挙動、液体構成成分を詳細に検討することにより、熱分解機構の解明と生成物の特性評価を行った。

本論文は3章からなり、第1章では研究の背景と本論文の研究目的が述べられている。以下、2章、3章の大要を示す。

植物の炭化機構

本論文では従来行われてきた熱分解後に凝縮した液体生成物の解析に留まらず、凝縮前の燻煙成分の構成成分、挙動を明らかにすることを目的としているため、まず、燻煙成分の捕集が可能な装置を試作した。捕集装置は電気炉に直結し、排煙を凝縮させて捕集するトラップと気体成分を捕集するダイナミックヘッドスペースサンプラーを装着可能な互換性のある装置を開発し、経時的な成分変化の測定を可能にした。

チャ、ニーム、クスノキの葉、ニーム種子、カユプテ精油、ラベンダー調合香料を原料として熱分解反応を試みた結果、通常の木酢液が強い酸性を示すのに対してチャ葉の熱分解液ではアルカリ性を示し、その原因がクロロフィル由来のピロール類等の窒素化合物であることを明らかにした。さらに経時的に温度を上昇させてそれぞれの温度域で生成する化合物を特定し、ヘミセルロース、セルロース、リグニンの分解域を明らかにし、化合物の生成機構を明らかにした。チャおよびクスノキに含まれるカフェイン、カンファー等の昇華性化合物は、熱分解を受けずに昇華し、炭化過程の低・中温期に液体画分に回収されること、カユプテ精油の主成分である1,8-シネオールは加熱によりほとんど変化しないがα、β-ピネンでは重合、分解が生じること、ラベンダー香料ではアルケンの生成が起こることなどを明らかにし、香気成分を含む資材の炭化過程における挙動を明らかにし、炭化利用のみならず、アロマテラピー等で香気成分を加熱して用いる際の貴重な知見を提供し、非木質系資材は木材と著しく異なる炭化時の挙動を示すことを明らかにした。

炭化生成物の特性

液体炭化生成物の特性評価として、シロアリReticulitermes speratus対する殺蟻活性を調べた。その結果、チャの熱水抽出残さの熱分解液体生成物は葉のそれより強い活性を示し、前者では非接触経路で、後者では接触による成分が主に殺蟻活性に関わっていることを明らかにした。チャ葉、ニーム葉・種子470度炭化生成物は高い殺蟻活性を示し、その活性にフェノール類が関与していることを明らかにし、植物廃棄物の炭化処理により有用成分が生成することを示唆した。

精油の加熱によるヘッドスペース成分は、カユプテ精油では主に低沸点のモノテルペン類の含有率が高くなるが、一部の精油では炭化水素、カルボニル類の含有率が上昇したが、含有率が上昇した化合物は、主として非環状モノテルペンの分子内水素移動、酸化、メチル基転位等により生じた化合物であることを確認し、加熱時の熱分解生成物の生成機構を明らかにした。

以上本論文は、非木質系資源の熱分解機構、特に今までほとんど解明されていなかった燻煙状態での熱分解成分の挙動、特性を明らかにし、また、非木質系バイオマス廃棄物の有効利用に関わる知見を提供したもので、学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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